Christmas Eve

月夜野 すみれ

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第四話

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 だが約束の前日、友人から先輩の外国行きが決まったと聞かされた。
 留学ではない。
 外国の楽団員になる事が決まったのだ。
 先輩に電話して確かめると事実だと告げられた。
 クリスマスはその話をするつもりで誘ったのだと。
 様々な感情が交錯こうさくして頭が一杯になり何も考えられなくなった。
 思わず「明日は行かない」と口にしていた。
 来るまで待っているという先輩の言葉が終わる前に電話を切っていた。
 彼女は待ち合わせに行かなかった。

ひどいですよね、クリスマスにすっぽかすなんて」
「…………」
 年明けに友人から先輩が外国へ行ったと聞かされた。
「在学中だったんだよね? 大学やめてまで入りたかった楽団だったの?」
「音楽家として食べていくのは大変なんですよ」

 ソロの音楽家なら大学に通い続けられる。
 元々音大の楽器専攻は音楽家を養成するためにあるようなものだからコンサートのために休んだところで文句は言わないし、そもそも余程よほど人気と実力があって世界中から引っ張りだこになるほどでもなければ大学に通えないほど頻繁ひんぱんに演奏会に呼ばれる事はない。
 仮に通えなかったとしても音楽家としてやっていけるなら学歴は関係ないから中退したところでどうということもない。

 だがソロでやっていけるのはほんの一握りだ。
 運が良ければどこかの楽団へ入れるが、大半の卒業生は音楽教室で教えたり、教員免許を取って音楽教師になったりする。
 どうしても音楽家になりたいがソロでやっていけるほどではない者はバイトで食いつなぎながらどこかの楽団に空席待ちをしている状態だ。
 学生のうちに楽団から声が掛かるのは幸運なのだ。
 その話をったら次の機会は一生ないかもしれない。

「学生のうちに話が来るくらいなら次もあるんじゃないの?」
「定年退職があって毎年一定の空きが出来るサラリーマンとは違いますから。楽団って基本的に定年がないので」
 先輩が断って他の人がその席に座ってしまったら次はいつ欠員が出るか分からない。
 みんな一度あり付いたらしがみついて離さないからだ。
 仮に席が空いても再び誘ってもらえるとは限らない。
 ソロとしてやっていけるだけの実力が無い者にとっては一生に一度のチャンスかもしれないのだ。
「もしかして毎年ここで……」
「まさか」
 彼女が笑った。

 先輩が高校を卒業する年のクリスマス、三年生も誘って部員達で高田馬場にあるカラオケボックスでパーティをした。
 その時、部員の一人が十年後にこの店で同じメンバーでパーティしようと言い出して全員が同意した。

「じゃあ、今日はその時の人達がパーティしてるの?」
「してないと思いますよ。そのお店、もうありませんし」
 卒業した後まで連絡取りあってる人はほとんどいない。
 まだ付き合いのある友人達は他の予定が入っている。
 毎年三年生が出て行き、新入生が入ってくる部活で特定の年の部員だけでと言うのは無理がある。
 ただ一縷いちるの望みを掛けたのだ。
 他に彼とした約束は無かったから。
 紘彬はなんと言えばいいか分からずに黙り込んだ。

 その時、不意にヴァイオリンの音色が聴こえてきた。
 振り返るとバスロータリーの前で一人の男性が『Last Christmas』を演奏していた。

「へぇ、ヴァイオリンでこういう曲けるんだ」
 そう言って彼女を見ると頬を涙が伝っていた。
「……先輩」
「え?」
 紘彬が聞き返した時には女性はけ出していた。

「先輩!」
 走り寄ってくる女性に気付いた男性が演奏をやめた。
 女性が男性の前で顔をおおい、男性が困ったような顔で頭をいた。
 道行く人達が足を止めて成り行きを見守っている。
 一頻ひとしきり女性とり取りをした後、男性が『Love's Greeting(愛の挨拶)』を弾き始めた。

「お、上手くいったのか」
 そう言った紘彬の懐のスマホから、
「ドラマみたいですね! すごい!」
 桐子のはしゃいだ声が聞こえた。

 演奏を終えた男性が女性に連れられて紘彬のところにやってきた。

「おめでと、でいんだよね?」
「はい!」
「『Last Christmas』は彼女が好きな曲だから?」
「いえ、あなたと一緒にいるのを見て、やっぱりもう彼氏がいたのかと思って……」
「ああ、未練たらたらの曲だから……」
「桜井さん!」
 スマホから如月の突っ込む声が聞こえてきた。
「あ、ごめん」
「いいんです」
 男性が笑った。
 彼の方も十年前の約束に望み掛けて一時帰国したのだ。

「彼女が男に絡まれないように側にいて下さったそうで」
 男性が頭を下げた。
「これからどうするの? 一緒に外国行くの?」
「実は私、先輩の所属する楽団がある街の支店に転属願いを出そうかずっと迷ってたんです」
 だが彼が既に他の女性と付き合っていた場合、転属したらそれを見る事になってしまうかもしれない。
 それで迷っていたのだ。
 彼の方も彼女の事をずっと想っていてくれたなら心置きなく転属願いを出せる。

「じゃあ、これからは一緒にいられるんだ」
「はい!」
「良かったね。お幸せに」
「ありがとうございます」
 二人は紘彬に礼を言って改札口に消えていった。

「……で、俺達の待ち人は?」
「どうやらあの二人の再会がサンタさんの最後のプレゼントだったみたいですねぇ」
 如月が言った。

 懐に入れたスマホから『Christmas Eve』が聴こえてきた。
 如月達がいる店内で流れているのだ。
 紘彬は溜息をいた。
 待ち人はその日も現れないままクリスマスの夜は更けていった。
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感想 1

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みんなの感想(1件)

志賀雅基
2023.06.24 志賀雅基

失礼致します、志賀です。

こちらも短い中に過去から現在までのドラマが詰め込まれているのが見事でした。それに紘彬くんのバトルシーンは圧倒されます。作者様は何か体術をされていたのでしょうか? 画が浮かぶほど格好良い……ですが私物警棒。密林か楽〇でポチッているのを想像してツボりました。

愉しい時間をありがとうございました☆ミ

2023.06.24 月夜野 すみれ

こちらも感想ありがとうございます。
中学で剣道の授業を1時間受けた以外は全く何もしたことないんです。
基本的にTVのチャンバラ物や時代小説の描写を参考にしています。
TVは録画したものをコマ送りで細かい動きを見たりしていました。
最近は古武術の動画を公開して下さっている方々がいるので、そう言う動画を参考にしたりしています。

解除

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