Christmas Eve

月夜野 すみれ

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第三話

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「知り合いです」
「知り合い? 恋人とかじゃなく?」
「残念ながら」
「ここ通るの?」
「山手線に乗ってれば上は通りますけど高田馬場では下りないと思います」

 高田馬場駅は改札口は一階だがホームは階段を上ったところにある。
 線路は高架こうか上にある。
 二人がるのは線路の下なのだ。

「そう」
「良くないですか? ここにるの」
「警察に捕まるかって意味なら、ここにる分には人に迷惑かけてないから問題はないよ。ストーキングでもなさそうだし」
「違います」
 女性が笑った。

「ただ待ち合わせをすっぽかされたなら、そう言う相手はやめた方がいいんじゃないかと思って」
 紘彬の言葉に女性の表情が悲しげにくもった。

 その時、制服を着た高校生らしい女の子が茶色い革ジャンの男と一緒に路地に入っていくのが見えた。

「如月、派出所に連絡しろ。女子高生が革ジャンの男と裏の方へ向かってる」
「今一人が警邏けいら中でもう一人は派出所に来た人の対応に当たっています」
 如月が答える。
 紘彬は舌打ちした。

「しょうがない。見張り頼む」
 如月にそう言うと革ジャン男と女子高生のあとを追った。

 革ジャン男と女子高生は工事現場の前に立っていた。

 こんなところで何をしているのかといぶかしみながら、
「失礼ですが……」
 紘彬が声を掛けると革ジャンが振り返った。

 この前女性に絡んで紘彬が追い払った男だった。

「なんですかぁ」
 男が嫌なわらいを浮かべた。

 女子高生が男から離れたかと思うと工事現場から数人の男が出てきて紘彬を取り囲んだ。
 全員鉄パイプや角材を持っている。

 紘彬が声を掛けた革ジャン男も道の脇の壁に立て掛けてある鉄パイプに右手を伸ばした。

「なるほど」
 どうやらおびき出されてしまったようだ。
「如月……」
 懐に入ってるスマホにそう言い掛けたとき革ジャン男が左手でポケットの中から取り出した物をひらひらさせた。
 電波を妨害してるのか。

「それ、俺の分は無いよな?」
 紘彬が鉄パイプをした。

「ねぇよ!」
「やっちまえ!」

 革ジャンが鉄パイプを振り下ろす。
 紘彬は右足を引くとたいを開いてけた。

 紘彬は腰の後ろに隠していた特殊警棒を右手で抜きながら目の前を通り過ぎた革ジャンの背中を左手で押す。
 革ジャンが、紘彬の背後から襲い掛かってきた青いジャケットの男に倒れ込む。

「えっ!」「うぉ!」

 二人の脇から黒いスカジャンの男が飛び出してきて角材を勢いよく横に振る。

 紘彬は数歩後ろに下がった。
 勢いの付いた角材が壁にぶつかる。
 衝撃で黒いスカジャンがよろけて角材を取り落とした。

 赤い上着の男が走り寄ってきながら鉄パイプを突き出す。
 体を開いてけつつ足を掛ける。
 赤い上着男が地面に転がった。

 前方と左右の斜め後ろから男達が同時に襲い掛かってくる。
 紘彬は素早いり身で前にいる水色のスカジャンの懐に飛び込むと足払いを掛けて転ばせた。
 反転して警棒を振り上げ右の男の鉄パイプをはじく。

 そのまま警棒を振り下ろして左の男の鉄パイプを思い切り叩いた。
 男達の手から鉄パイプが落ちる。
 倒れていた水色のスカジャンが落ちている角材に手を伸ばそうとした。

「やめとけ」
 紘彬は角材を踏みながら言った。
 背後から鉄パイプが振り下ろされる。

 それをけると、その男の腕を掴んで背負い投げを掛けた。
 水色のスカジャンの横に革ジャンが転がる。

 その時、
「桜井警部補! ご無事ですか!」
 派出所の警官達が駆け付けてきた。

 紘彬との通信が途切れた事に気付いた如月が連絡を入れたのだろう。

 警官を見た青いジャケットの男と黒いスカジャン男が反対の方向に逃げ出した。

 紘彬は警棒と鉄パイプを逃げている二人の男の足に投げる。
 警棒と鉄パイプに足を取られた男達が地面に転倒する。

 警官達が革ジャンと赤、水色に手錠を掛けている間、紘彬は地面に転がっている青ジャケと黒ジャンが起き上がれないように抑えていた。

「手錠、五つあるか?」
「一つ足りませんが……」
 片方の警官がひもを取り出した。

 警官は紐でも拘束出来るように訓練を受けている。
 もう一人の警官が署に連行用のパトカーを要請していた。

 紘彬はパトカーが到着するのを見届けると駅に戻った。

 二十五日の夜、紘彬と女性は相変わらず駅に立っていた。

「来ちゃいましたね」
 女性が言った。
「え?」
 紘彬は思わず周りを見回した。

「そうじゃなくて、クリスマス。あと数時間で終わっちゃいますね」
「あぁ」
「……すっぽかしたの、私の方なんです」
「え?」
「クリスマスに誘われたんです」
 女性がテーマパークの名前を言った。

 ネズミがいるとこか……。

「ネズミきらい?」
 女性でも好きではない人はいる。
 紘彬の問いに女性は苦笑いして首を振ると、ぽつぽつと語り始めた。

 中学の時、友達に誘われて新宿の超高層ビル前で行われるイベントを見に行った。
 都内の高校の吹奏楽部や管弦楽部が交代で演奏するものだ。

 その中に先輩がいた。
 都立高校のオーケストラ部の部員の一人として演奏していたのだ。

 女性は先輩に一目惚れした。
 親に頼み込んでフルートを買ってもらい、中学の吹奏楽部に入った。
 必死で勉強してかろうじて先輩のいる高校に受かりオーケストラ部に入部した。
 オーケストラ部や管弦楽かんげんがく部のある高校は総じて偏差値が高い。
 部活でフルートの練習をしながらと言うのは大変だったが同じ高校に通いたい一心いっしんで頑張った。

 女性が入学したとき先輩は三年だったから部員として一緒にいられた期間は短かったが親しくなれた。

 卒業後も先輩はオーケストラ部の演奏会は必ず聴きに来てくれた。
 女性も先輩が演奏会に出る時は必ず行った。

 会えたのはその時くらいだったから高校三年の冬、クリスマスに会わないかと誘われた時は驚いたが同時に嬉しくもあった。
 高校は都立だったから同じ学校に通えたが先輩が進学したのは音大である。
 音大はお金が掛かるから先輩と同じ学校に通いたいと言うだけの理由で入るのは無理だ。

 彼女は普通の私立大に推薦入学で進学する事になった。
 合格の報告をしたらテーマパークに誘われた。
 きっと先輩は合格を祝ってくれるために誘ってくれたんだと思った。

 先輩に誘われて舞い上がり約束の日を楽しみにしていた。
 わざわざ誘ってくれたのだから先輩も自分を想ってくれているかもしれない。

 意を決して約束の日に告白する事にした。
 服を選び、プレゼントも悩み抜いて決め、お化粧の練習もした。
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