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第二話
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最後の終電が発車して改札口が閉じられた。
「家、この近く?」
「そこからタクシーに乗ります」
女性はそう言うと車道の近くで手を上げた。
タクシーが止まったのを見届けると紘彬達は徒歩で警察署に向かった。
翌日、紘彬が行くと女性はもう来ていた。
紘彬は五十センチほど間を開けて隣に立った。
「俺、明日は休みなんだけど……」
「大丈夫です。昨日まで絡まれた事ありませんでしたから」
「もしかして俺があそこに来る前から待ってた?」
「一日から」
となると一週間前からだ。
紘彬が休みの日は他の刑事が代わりに張り込む。
ここは見えているから何か有れば助けてくれるだろう。
「ドロボー!」
その声に振り返ると男が走ってくるところだった。
動こうとしない紘彬を女性が不思議そうに見上げたとき、男が二人の前に差し掛かった。
その瞬間、紘彬が男に足を掛けた。
転んだ男が道路に叩き付けられる直前、男のコートの背を掴んで勢いを殺した。
紘彬はコートを離すと地面に伏せる形になった男の腕を後ろ手に回した。
通報を受けた駅前の派出所の警官が駆け付けてきた。
警官達は敢えて敬礼はせずに頭を下げて礼を言うと男を連れていった。
「こういうお仕事に慣れてらっしゃるんですね」
「いや、俺は派出所勤務した事ないから街中のごたごたはあんまり」
「え?」
「国家公務員試験で警官になると最初から刑事だから」
「そう言う試験で入る人って管理職になるんだと思ってました」
「普通はね。俺はキャリアから外れたから……」
「あ、すみません」
女性が慌てて謝った。
「気にしなくて良いよ。おかげで転勤ないし書類も報告書と始末書くらいだし」
問題起こさなければ始末書書かなくていいんですよ。
スマホで話を聞いていた如月はそう突っ込みそうになるのを堪えた。
その日も女性の待ち人は現れず、紘彬は彼女がタクシーに乗るのを見届けてから帰途に付いた。
二日後、紘彬は始発前に駅に向かった。
紘彬の家は高田馬場駅から歩いて十五分ほどのところだから始発前に来られる。
やはり彼女は駅が開く前から来ていた。
二人の目の前で駅のシャッターが開いていく。
女性が改札口が見える壁の前に立つと紘彬は横に並んだ。
「張り込みって何日も掛かるものなんですか?」
「うん」
「ドラマだとすぐに来るからこんなに何日も待つものだとは思いませんでした」
「ホント、十分くらいで現れてくれれば定時で帰れるのにな」
紘彬が苦笑いしながら辺りを見回す。
早朝の駅前には人影が無かった。
「桜井さん、駅前の牛丼屋で強盗です!」
懐のスマホから如月の声が聞こえた。
如月が住所を告げる。
辺りを見回すと走って行く男の背が目に映った。
他には誰もいないからあの男だ。
紘彬は男を追って駆け出した。
足音に気付いたのが男が振り向く。
振り切れないと気付いた男は、
「来るな!」
と言ってナイフを振り回した。
「え……」
男が声を上げた時には紘彬は男の懐に飛び込んでいた。
ナイフを持っている男の腕を左手で押さえると衿を掴んで背負い投げを掛けた。
男は路面に背中から叩き付けられた。
「ぐっ!」
衝撃で動けずにいる男を俯せにすると腕を掴んで後ろ手に回した。
顔を上げると駅の方から派出所の警官が駆けてきた。
「おい、こいつに手錠掛けろ。もう一人はその辺にこいつのナイフが落ちてるはずだから捜してくれ」
一人が手錠を掛け、もう一人が落ちていたナイフを拾った。
「桜井さん、ご無事ですか?」
パトカーから降りてきた如月が言った。
「ああ」
紘彬は頷くと警官の方を向き笑顔で、
「お手柄だったな」
と言って警官の肩に手を置いた。
「は?」
「強盗捕まえるなんて凄いじゃないか」
「え?」
「後は頼んだ」
紘彬は後ろ手に手を振って駅に戻っていった。
警官が訊ねるように如月を見る。
「手柄あげるから報告書書いといてって事」
「しかし、捕まえたのは警部補……」
「手錠かけたの君でしょ。桜井さんも手錠持ってるけどわざと君達に掛けさせたの。報告書書くの嫌だから」
「えぇ……」
制服警官二人は顔を見合わせた。
駅に戻ると女性が同じ場所に立っていた。
「捕まえたんですか?」
「派出所の警官がね」
紘彬の言葉に女性は頷いた。
夕方、駅前のロータリーで男性がギターを弾きながら歌い始めた。
公開中の映画の主題歌がアメリカ人歌手がカバーしている『Last Christmas』だからか数曲に一回の割合で歌っている。
「クリスマスに失恋の話なんかよく観る気になるな」
紘彬がぽつりと言った。
「失恋の話なんですか?」
「違うの?『Last Christmas』が主題歌なら失恋の話じゃないかと思ってたんだけど」
『Last Christmas』の歌詞は解釈の余地はあるが、おおよそのところは、
去年のクリスマスに告白したが翌日振られた。
だから今度は別の人に愛を捧げる事にした。
でも君に誘惑されたらまた好きになるだろう。
けど来年は別の人に愛を捧げるから。
と言うような事をクリスマスパーティの会場らしきところで振った相手を見ながら心の中で呟いている感じの内容である。
「ハリウッド映画だから歌詞の意味が分からないって事はないだろうし」
紘彬の言葉に女性が笑った。
「俺、なんか変な事言った?」
「私、学生の頃、歌詞を知らずに聴いていて、片想いしてる人にこの曲が好きだって言っちゃったんです」
後になって歌詞の意味を知った。
「きっと変な子だって思われましたよね」
「どうかな。歌詞を知らない人結構いるらしいから」
「そうなんですか?」
「結婚式でこの曲流したやつがいるって聞いた事がある」
紘彬がそう言うと女性が再び笑った。
「あのさ、俺は仕事だけど君は? 学生じゃないよね?」
「有休消化です。入社以来使った事なかったので」
「十二月によく休めたね」
「すっごい嫌な顔されました」
「だよね。……アイドルとか待ってるわけじゃないよね?」
この辺に有名人が住んでいるとは聞いていない。
わざわざ届けを出す必要があるわけではないので紘彬が知らないだけという事も無くは無いのだが、有名人が住んでいるとトラブルが起きる事が多いし警邏中の警官が見掛ければ警察署内で噂になるので居れば嫌でも地元警察の耳に入る。
「家、この近く?」
「そこからタクシーに乗ります」
女性はそう言うと車道の近くで手を上げた。
タクシーが止まったのを見届けると紘彬達は徒歩で警察署に向かった。
翌日、紘彬が行くと女性はもう来ていた。
紘彬は五十センチほど間を開けて隣に立った。
「俺、明日は休みなんだけど……」
「大丈夫です。昨日まで絡まれた事ありませんでしたから」
「もしかして俺があそこに来る前から待ってた?」
「一日から」
となると一週間前からだ。
紘彬が休みの日は他の刑事が代わりに張り込む。
ここは見えているから何か有れば助けてくれるだろう。
「ドロボー!」
その声に振り返ると男が走ってくるところだった。
動こうとしない紘彬を女性が不思議そうに見上げたとき、男が二人の前に差し掛かった。
その瞬間、紘彬が男に足を掛けた。
転んだ男が道路に叩き付けられる直前、男のコートの背を掴んで勢いを殺した。
紘彬はコートを離すと地面に伏せる形になった男の腕を後ろ手に回した。
通報を受けた駅前の派出所の警官が駆け付けてきた。
警官達は敢えて敬礼はせずに頭を下げて礼を言うと男を連れていった。
「こういうお仕事に慣れてらっしゃるんですね」
「いや、俺は派出所勤務した事ないから街中のごたごたはあんまり」
「え?」
「国家公務員試験で警官になると最初から刑事だから」
「そう言う試験で入る人って管理職になるんだと思ってました」
「普通はね。俺はキャリアから外れたから……」
「あ、すみません」
女性が慌てて謝った。
「気にしなくて良いよ。おかげで転勤ないし書類も報告書と始末書くらいだし」
問題起こさなければ始末書書かなくていいんですよ。
スマホで話を聞いていた如月はそう突っ込みそうになるのを堪えた。
その日も女性の待ち人は現れず、紘彬は彼女がタクシーに乗るのを見届けてから帰途に付いた。
二日後、紘彬は始発前に駅に向かった。
紘彬の家は高田馬場駅から歩いて十五分ほどのところだから始発前に来られる。
やはり彼女は駅が開く前から来ていた。
二人の目の前で駅のシャッターが開いていく。
女性が改札口が見える壁の前に立つと紘彬は横に並んだ。
「張り込みって何日も掛かるものなんですか?」
「うん」
「ドラマだとすぐに来るからこんなに何日も待つものだとは思いませんでした」
「ホント、十分くらいで現れてくれれば定時で帰れるのにな」
紘彬が苦笑いしながら辺りを見回す。
早朝の駅前には人影が無かった。
「桜井さん、駅前の牛丼屋で強盗です!」
懐のスマホから如月の声が聞こえた。
如月が住所を告げる。
辺りを見回すと走って行く男の背が目に映った。
他には誰もいないからあの男だ。
紘彬は男を追って駆け出した。
足音に気付いたのが男が振り向く。
振り切れないと気付いた男は、
「来るな!」
と言ってナイフを振り回した。
「え……」
男が声を上げた時には紘彬は男の懐に飛び込んでいた。
ナイフを持っている男の腕を左手で押さえると衿を掴んで背負い投げを掛けた。
男は路面に背中から叩き付けられた。
「ぐっ!」
衝撃で動けずにいる男を俯せにすると腕を掴んで後ろ手に回した。
顔を上げると駅の方から派出所の警官が駆けてきた。
「おい、こいつに手錠掛けろ。もう一人はその辺にこいつのナイフが落ちてるはずだから捜してくれ」
一人が手錠を掛け、もう一人が落ちていたナイフを拾った。
「桜井さん、ご無事ですか?」
パトカーから降りてきた如月が言った。
「ああ」
紘彬は頷くと警官の方を向き笑顔で、
「お手柄だったな」
と言って警官の肩に手を置いた。
「は?」
「強盗捕まえるなんて凄いじゃないか」
「え?」
「後は頼んだ」
紘彬は後ろ手に手を振って駅に戻っていった。
警官が訊ねるように如月を見る。
「手柄あげるから報告書書いといてって事」
「しかし、捕まえたのは警部補……」
「手錠かけたの君でしょ。桜井さんも手錠持ってるけどわざと君達に掛けさせたの。報告書書くの嫌だから」
「えぇ……」
制服警官二人は顔を見合わせた。
駅に戻ると女性が同じ場所に立っていた。
「捕まえたんですか?」
「派出所の警官がね」
紘彬の言葉に女性は頷いた。
夕方、駅前のロータリーで男性がギターを弾きながら歌い始めた。
公開中の映画の主題歌がアメリカ人歌手がカバーしている『Last Christmas』だからか数曲に一回の割合で歌っている。
「クリスマスに失恋の話なんかよく観る気になるな」
紘彬がぽつりと言った。
「失恋の話なんですか?」
「違うの?『Last Christmas』が主題歌なら失恋の話じゃないかと思ってたんだけど」
『Last Christmas』の歌詞は解釈の余地はあるが、おおよそのところは、
去年のクリスマスに告白したが翌日振られた。
だから今度は別の人に愛を捧げる事にした。
でも君に誘惑されたらまた好きになるだろう。
けど来年は別の人に愛を捧げるから。
と言うような事をクリスマスパーティの会場らしきところで振った相手を見ながら心の中で呟いている感じの内容である。
「ハリウッド映画だから歌詞の意味が分からないって事はないだろうし」
紘彬の言葉に女性が笑った。
「俺、なんか変な事言った?」
「私、学生の頃、歌詞を知らずに聴いていて、片想いしてる人にこの曲が好きだって言っちゃったんです」
後になって歌詞の意味を知った。
「きっと変な子だって思われましたよね」
「どうかな。歌詞を知らない人結構いるらしいから」
「そうなんですか?」
「結婚式でこの曲流したやつがいるって聞いた事がある」
紘彬がそう言うと女性が再び笑った。
「あのさ、俺は仕事だけど君は? 学生じゃないよね?」
「有休消化です。入社以来使った事なかったので」
「十二月によく休めたね」
「すっごい嫌な顔されました」
「だよね。……アイドルとか待ってるわけじゃないよね?」
この辺に有名人が住んでいるとは聞いていない。
わざわざ届けを出す必要があるわけではないので紘彬が知らないだけという事も無くは無いのだが、有名人が住んでいるとトラブルが起きる事が多いし警邏中の警官が見掛ければ警察署内で噂になるので居れば嫌でも地元警察の耳に入る。
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