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魂の還る惑星 第十章 Seirios -光り輝くもの-
第十章 第八話
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「恋と戦争、手段を選ばずって言うからね」
いくら魂の片割れでも、それだけで相手に対する気持ちが強まるわけではない。
おそらく夕辺の一件で更に小夜に対する想いが深まったのだろう。
その上ムーシケーが祝福を与えるようなムーシカまで聴いたら完全に心を鷲掴みにされただろう。
やがて別のデュエットが始まった。
これは以前、柊矢が作ったものだから男声パートは男のムーシコスが歌っているが柊矢も歌っているのは想像に難くない。
「歌ってるの、近くだね」
椿矢が歌声のする方を向いた。
肉声が届くほどの距離ではないが方向が分かる程度には近い。
「聴きに行ってくる」
椿矢の言葉に楸矢が信じられないという表情になった。
やはり椿矢もムーシコスなんだと思っているのが顔に書いてある。
椿矢は笑いながら後ろ手に手を振ると小夜の歌声の方に向かって歩き出した。
エピローグ
「なんで僕がこんなことしなきゃいけないの」
榎矢がバーベキューの道具を運びながら文句を言った。
「貸しがあるでしょ」
椿矢が素っ気ない声で答えて庭にバーベキューの道具を持ち出させた。
「火は僕が熾すからお前は野菜洗ってきて。洗い終わったら、それ持って父さんと母さんと連れてきて」
「そこまでの借り?」
榎矢が不満そうに顔を顰めた。
「自分が食べるものでしょ。それとも食材費自分で出す? それなら僕がやるけど」
榎矢は渋々食材の入った袋を受け取った。
「でも、なんで急に……」
「楸矢君の話、聞いてたら親に感謝しないといけない気になってね。お前が沢山食べるだろうと思って材料多めに用意してきたよ」
「ホント?」
榎矢が意外そうな表情を浮かべた。
「いくら何でもお前だけ除け者にするほど冷たくないつもりだけど? ちゃんとお前が腹一杯食べても十分な量の肉と野菜、買ってあるよ。肉に串を刺すのも忘れないようにね」
椿矢がそう言うと、榎矢は食材の入った大きな袋を抱えて嬉しそうに母屋へ駆けていった。
ホント、バカなヤツ。
椿矢は白い目で榎矢の背中を見送った。
あれだけ単純なのによく他人を騙せるなどと考えたものだ。
それも自分より遥かに利口な小夜を。
成績の良さと賢さはイコールではない。
相手と自分の力量を見極められ、分からないことは素直に教えを請える謙虚さを持っている楸矢は賢明だ。
つまらない対抗心で意味もなく喧嘩売ってきたりもしないし……。
椿矢はバーベキューグリルの真ん中に古文書を積み上げるとその周りを囲むように炭を置いて紙に火を点けた。
以前、榎矢が蔵に戻すのを手伝ってジャンル別にさせたのは呪詛に関するものを一ヶ所にまとめるためだ。
終わった後で確認を買って出たのも、そそっかしい榎矢が置き間違えて別の場所に紛れ込んでないか確かめたのだ。
椿矢はそれを持ち出してきて炭の焚き付けにした。
古文書が灰になる度に次々と文献を火にくべていった。
焚書なんて学問の敵なのに自宅のものとはいえ大量の古文書燃やしたなんて知られたら大学クビになるな。
まぁ、地球の歴史とは関係ないものだし……。
最後の一冊が灰になった頃、炭に火が回り始めた。
これでもう呪詛に関する資料は残ってない。
呪詛の依頼が来たとき文献が見つからなくてパニックになってる両親の姿が目に浮かぶ。
そして榎矢がまた大事なものを無くしたといってこっぴどく叱られるところも。
椿矢はその光景を想像して人の悪い笑みを浮かべた。
呪詛の資料は全て始末した。
呪詛のムーシカは小夜が普通のムーシカにしてしまったから思い浮かべたくても浮かんでこない。
呪詛の作り方の資料も全て燃やしたから新しく作ることも出来ない。
まぁ、小夜ちゃんがムーシカ変成させちゃったから資料があっても作れないけど。
だがムーシケーはムーシカを悪用出来ることを知られるようなものは残しておきたくないだろう。
呪詛に限らず嵐や強風など効力を発するムーシカに関する記述がある資料は、治癒や怨霊の浄化のムーシカのように人の役に立つもの以外全て燃やした。
霍田家など他所の家のものまで消すのは無理だから処分できたのは雨宮家の資料だけだが。
今後、雨宮家が受けられる祈祷の依頼は治療と霊の御祓いに関するものだけだ。
雨乞いや雨鎮の資料も残してあるが今時の農家や農協が雨乞いや雨鎮を頼んでくるとは思えない。
しかし親孝行というのはまるきり嘘ではない。
楸矢の親に対する憧れを聞いていたら多少は両親に感謝しないと彼や小夜に申し訳ない気になったのだ。
椿矢の両親は、楸矢が羨ましいと言っていたことは全てやってくれていた。
おそらく他にも羨ましいと思っていたことは沢山あるだろう。
あまりにも多すぎて全部は話しきれなかっただけだ。
寝言ばかり言ってる親だが楸矢や小夜からしたらこんな両親でも羨ましいに違いない。
ムーシカを悪用する資料を始末したから、いつの日か雨宮家の人間がもう一度クレーイス・エコーに選ばれることもあるだろう。
それが椿矢なりの親孝行だ。
まぁ、小夜ちゃんは死ぬまでクレーイス・エコーのままだろうから、うちの親が生きている間に雨宮家の人間がクレーイス・エコーになることはないだろうけど。
そのとき食材を抱えた榎矢が両親を連れて戻ってきた。
椿矢は榎矢にうちわを渡した。
「炭には着火してるからこれで風送ってればそのうち焼けるようになるよ」
上手く仰がないと火が消えてしまうかもしれないがどうせここは自宅の庭だ。
消えてしまったら台所で焼けばいい。
「え? 僕がやるの?」
「僕の用は済んだから」
椿矢はそう言って後ろ手に手を振ると家を後にした。
いくら魂の片割れでも、それだけで相手に対する気持ちが強まるわけではない。
おそらく夕辺の一件で更に小夜に対する想いが深まったのだろう。
その上ムーシケーが祝福を与えるようなムーシカまで聴いたら完全に心を鷲掴みにされただろう。
やがて別のデュエットが始まった。
これは以前、柊矢が作ったものだから男声パートは男のムーシコスが歌っているが柊矢も歌っているのは想像に難くない。
「歌ってるの、近くだね」
椿矢が歌声のする方を向いた。
肉声が届くほどの距離ではないが方向が分かる程度には近い。
「聴きに行ってくる」
椿矢の言葉に楸矢が信じられないという表情になった。
やはり椿矢もムーシコスなんだと思っているのが顔に書いてある。
椿矢は笑いながら後ろ手に手を振ると小夜の歌声の方に向かって歩き出した。
エピローグ
「なんで僕がこんなことしなきゃいけないの」
榎矢がバーベキューの道具を運びながら文句を言った。
「貸しがあるでしょ」
椿矢が素っ気ない声で答えて庭にバーベキューの道具を持ち出させた。
「火は僕が熾すからお前は野菜洗ってきて。洗い終わったら、それ持って父さんと母さんと連れてきて」
「そこまでの借り?」
榎矢が不満そうに顔を顰めた。
「自分が食べるものでしょ。それとも食材費自分で出す? それなら僕がやるけど」
榎矢は渋々食材の入った袋を受け取った。
「でも、なんで急に……」
「楸矢君の話、聞いてたら親に感謝しないといけない気になってね。お前が沢山食べるだろうと思って材料多めに用意してきたよ」
「ホント?」
榎矢が意外そうな表情を浮かべた。
「いくら何でもお前だけ除け者にするほど冷たくないつもりだけど? ちゃんとお前が腹一杯食べても十分な量の肉と野菜、買ってあるよ。肉に串を刺すのも忘れないようにね」
椿矢がそう言うと、榎矢は食材の入った大きな袋を抱えて嬉しそうに母屋へ駆けていった。
ホント、バカなヤツ。
椿矢は白い目で榎矢の背中を見送った。
あれだけ単純なのによく他人を騙せるなどと考えたものだ。
それも自分より遥かに利口な小夜を。
成績の良さと賢さはイコールではない。
相手と自分の力量を見極められ、分からないことは素直に教えを請える謙虚さを持っている楸矢は賢明だ。
つまらない対抗心で意味もなく喧嘩売ってきたりもしないし……。
椿矢はバーベキューグリルの真ん中に古文書を積み上げるとその周りを囲むように炭を置いて紙に火を点けた。
以前、榎矢が蔵に戻すのを手伝ってジャンル別にさせたのは呪詛に関するものを一ヶ所にまとめるためだ。
終わった後で確認を買って出たのも、そそっかしい榎矢が置き間違えて別の場所に紛れ込んでないか確かめたのだ。
椿矢はそれを持ち出してきて炭の焚き付けにした。
古文書が灰になる度に次々と文献を火にくべていった。
焚書なんて学問の敵なのに自宅のものとはいえ大量の古文書燃やしたなんて知られたら大学クビになるな。
まぁ、地球の歴史とは関係ないものだし……。
最後の一冊が灰になった頃、炭に火が回り始めた。
これでもう呪詛に関する資料は残ってない。
呪詛の依頼が来たとき文献が見つからなくてパニックになってる両親の姿が目に浮かぶ。
そして榎矢がまた大事なものを無くしたといってこっぴどく叱られるところも。
椿矢はその光景を想像して人の悪い笑みを浮かべた。
呪詛の資料は全て始末した。
呪詛のムーシカは小夜が普通のムーシカにしてしまったから思い浮かべたくても浮かんでこない。
呪詛の作り方の資料も全て燃やしたから新しく作ることも出来ない。
まぁ、小夜ちゃんがムーシカ変成させちゃったから資料があっても作れないけど。
だがムーシケーはムーシカを悪用出来ることを知られるようなものは残しておきたくないだろう。
呪詛に限らず嵐や強風など効力を発するムーシカに関する記述がある資料は、治癒や怨霊の浄化のムーシカのように人の役に立つもの以外全て燃やした。
霍田家など他所の家のものまで消すのは無理だから処分できたのは雨宮家の資料だけだが。
今後、雨宮家が受けられる祈祷の依頼は治療と霊の御祓いに関するものだけだ。
雨乞いや雨鎮の資料も残してあるが今時の農家や農協が雨乞いや雨鎮を頼んでくるとは思えない。
しかし親孝行というのはまるきり嘘ではない。
楸矢の親に対する憧れを聞いていたら多少は両親に感謝しないと彼や小夜に申し訳ない気になったのだ。
椿矢の両親は、楸矢が羨ましいと言っていたことは全てやってくれていた。
おそらく他にも羨ましいと思っていたことは沢山あるだろう。
あまりにも多すぎて全部は話しきれなかっただけだ。
寝言ばかり言ってる親だが楸矢や小夜からしたらこんな両親でも羨ましいに違いない。
ムーシカを悪用する資料を始末したから、いつの日か雨宮家の人間がもう一度クレーイス・エコーに選ばれることもあるだろう。
それが椿矢なりの親孝行だ。
まぁ、小夜ちゃんは死ぬまでクレーイス・エコーのままだろうから、うちの親が生きている間に雨宮家の人間がクレーイス・エコーになることはないだろうけど。
そのとき食材を抱えた榎矢が両親を連れて戻ってきた。
椿矢は榎矢にうちわを渡した。
「炭には着火してるからこれで風送ってればそのうち焼けるようになるよ」
上手く仰がないと火が消えてしまうかもしれないがどうせここは自宅の庭だ。
消えてしまったら台所で焼けばいい。
「え? 僕がやるの?」
「僕の用は済んだから」
椿矢はそう言って後ろ手に手を振ると家を後にした。
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※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
独特の世界観が魅力的ですし、二人の行く末も興味深く拝見させていただきました!
読ませていただきありがとうございました。
感想ありがとうございます!
そう言っていただけて感激です。
こちらこそ読んで下さってありがとうございました!