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魂の還る惑星 第十章 Seirios -光り輝くもの-
第十章 第五話
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そう、ムーシコスではなくなった朝子はこのムーシカの恩寵を受けられない。
大切な人を失った悲しみや大勢の人を殺したことに対する罪悪感、それだけのことをしても結局何も成し遂げられなかった挫折感、二十年近い歳月を浪費しただけという徒労感や虚無感、ムーシケーに復讐する手段を奪われて、もう何も出来なくなったという無力感。
その他にも沢山の苦しみを抱えているだろうが、それらを消し去ってくれるこのムーシカを聴くことは出来ない。
おそらくムーシコスの知人が目の前で歌ってくれたとしても効果はないだろう。
このムーシカで悲しみや辛さが消えるのはムーシケーが魂を通して負の感情を浄化しているからだ。
ムーシケーと魂が繋がっていない朝子の心が癒やされることはない。
因果応報とはいえ途轍もないしっぺ返しを喰らったな。
生きていくというのは時に死ぬより辛い。
だからムーシコスはムーシカを聴いたり奏でたりすることで心を癒やしてきたのだ。
何よりムーシコスでなくなった朝子は死んでもムーシケーへは逝けない。
朝子の義兄はムーシケーへ還ったのだから死んだ後も逢うことは出来ないのだ。
おそらく、それがムーシケーの意図した罰だったのだろう。
クレーイス・エコーになったことがありムーシケーの意志も分かったなら、ムーシコスの魂がムーシケーへ還るということも知っているはずだ。
朝子がまだ気付いてなかったとしても遠からず悟るだろう。
死後の世界でも最愛の人との再会は叶わない。
真の意味で義兄を永遠に失ったのだと。
楸矢の悲しみを目の当たりにし、小夜の境遇を知った椿矢としては微塵も同情する気にはならないが。
特にまだ十六の小夜が朝子に対する復讐を選ばなかっただけではなく、霧生兄弟の祖父を恨むのは筋違いと言い切り、その上で他人のために祈っているムーシカを聴いた後では。
義兄が亡くなったとき朝子は今の小夜の倍以上の歳だったのだ。
別に左の頬を差し出したり敵を愛したりする必要はない。
小夜のように他人のために祈れという気もない――さすがにこれはこれで特殊すぎる――。
だが、いい年した大人が赤の他人を巻き込まないくらいの良識は持てなかったのか。
歌い終えると小夜は続けて新しいムーシカを歌い始めた。
今度もラブソングではなかった。明るい曲調で聴いてるだけで楽しい気分になってくる。
皆で仲良くしようという感じの歌詞だからおそらく長い間寂しい思いをしてきた呪詛のムーシカを慰め、励ますためのものだろう。
地球人なら歌に感情などないというところだろうが、楸矢はムーシケーやムーシコスの魂を構成しているのはムーシカだと言っていた。
だとすればムーシカもそれ自体が魂ということになる。
ムーシカは感情が発露して旋律になったものだからムーシカ自体にも感情が宿っているのだ。
というか宿っているからムーシカを思い浮かべたとき感情も一緒に伝わってくるのだろう。
さっきのムーシカを歌うほどではないが沈んだ気持ちを浮上させたいときに向いてる曲だ。
「また創ってるし……」
楸矢の呆れた声に椿矢は笑った。
「二曲続けて新しいムーシカって……」
楸矢の方はもはや呆れを通り越して言葉も出てこない。
椿矢は笑っているから周囲にムーシカ創りまくる者がいなかったとはいえムーシコスというのはこういう生き物なのだろう。
「これが小夜ちゃんなりの元気を出す方法なんだよ」
「これだけ創りまくってれば少人数でも惑星全体を覆うくらい楽勝だよね~。夕辺見た海、全部凍り付いてたし」
惑星全体が凍り付いているのだから海も凍っていて当然なのだが、さすがに水平線まで見渡す限りの海面が全て旋律で凍り付いている光景は想像を絶するものだった。
榎矢の言う通り自分は地球人の血がかなり濃いらしい。
血っていうか、地球人の魂の部分が多いんだろうな……。
やはり自分は柊矢のおまけでクレーイス・エコーに選ばれたのだ。
おそらく自分は地球人と結婚して子孫はいずれムーシコスではなくなるに違いない。
逆に柊矢と小夜の子孫はいつか破片の脅威がなくなった時ムーシケーへ還るだろう。
もっとも血筋ではなく魂の問題だから予想とは全く違った結果になるかもしれないが、どちらにしろ遠い未来の話だから実際のところはどうなるかは分からない。
とはいえ椿矢の言うことも分かる。
というかムーシケーの意識――魂――を見て何故ムーシカを奏でると気持ちが洗われるのか理解した。
個人の感情が一滴の墨だとしたらムーシケーの魂は海だ。
海に一滴の墨を垂らしてもすぐに薄められて消えてしまう。
一滴の墨どころか座礁したタンカーから漏れ出した大量の原油でさえ海全体を汚すことは出来ない。
同様に個人の負の感情もムーシケーの魂という大海に飲み込まれればすぐに霧散してしまう。
さっきの小夜のムーシカは、それまで副次的なものだった負の感情を消すという効果を直接的なものにしただけだ。
とはいえ長い間に蓄積されてきた負の感情がムーシカに呪詛の能力を与えてしまったのかもしれない。
大切な人を失った悲しみや大勢の人を殺したことに対する罪悪感、それだけのことをしても結局何も成し遂げられなかった挫折感、二十年近い歳月を浪費しただけという徒労感や虚無感、ムーシケーに復讐する手段を奪われて、もう何も出来なくなったという無力感。
その他にも沢山の苦しみを抱えているだろうが、それらを消し去ってくれるこのムーシカを聴くことは出来ない。
おそらくムーシコスの知人が目の前で歌ってくれたとしても効果はないだろう。
このムーシカで悲しみや辛さが消えるのはムーシケーが魂を通して負の感情を浄化しているからだ。
ムーシケーと魂が繋がっていない朝子の心が癒やされることはない。
因果応報とはいえ途轍もないしっぺ返しを喰らったな。
生きていくというのは時に死ぬより辛い。
だからムーシコスはムーシカを聴いたり奏でたりすることで心を癒やしてきたのだ。
何よりムーシコスでなくなった朝子は死んでもムーシケーへは逝けない。
朝子の義兄はムーシケーへ還ったのだから死んだ後も逢うことは出来ないのだ。
おそらく、それがムーシケーの意図した罰だったのだろう。
クレーイス・エコーになったことがありムーシケーの意志も分かったなら、ムーシコスの魂がムーシケーへ還るということも知っているはずだ。
朝子がまだ気付いてなかったとしても遠からず悟るだろう。
死後の世界でも最愛の人との再会は叶わない。
真の意味で義兄を永遠に失ったのだと。
楸矢の悲しみを目の当たりにし、小夜の境遇を知った椿矢としては微塵も同情する気にはならないが。
特にまだ十六の小夜が朝子に対する復讐を選ばなかっただけではなく、霧生兄弟の祖父を恨むのは筋違いと言い切り、その上で他人のために祈っているムーシカを聴いた後では。
義兄が亡くなったとき朝子は今の小夜の倍以上の歳だったのだ。
別に左の頬を差し出したり敵を愛したりする必要はない。
小夜のように他人のために祈れという気もない――さすがにこれはこれで特殊すぎる――。
だが、いい年した大人が赤の他人を巻き込まないくらいの良識は持てなかったのか。
歌い終えると小夜は続けて新しいムーシカを歌い始めた。
今度もラブソングではなかった。明るい曲調で聴いてるだけで楽しい気分になってくる。
皆で仲良くしようという感じの歌詞だからおそらく長い間寂しい思いをしてきた呪詛のムーシカを慰め、励ますためのものだろう。
地球人なら歌に感情などないというところだろうが、楸矢はムーシケーやムーシコスの魂を構成しているのはムーシカだと言っていた。
だとすればムーシカもそれ自体が魂ということになる。
ムーシカは感情が発露して旋律になったものだからムーシカ自体にも感情が宿っているのだ。
というか宿っているからムーシカを思い浮かべたとき感情も一緒に伝わってくるのだろう。
さっきのムーシカを歌うほどではないが沈んだ気持ちを浮上させたいときに向いてる曲だ。
「また創ってるし……」
楸矢の呆れた声に椿矢は笑った。
「二曲続けて新しいムーシカって……」
楸矢の方はもはや呆れを通り越して言葉も出てこない。
椿矢は笑っているから周囲にムーシカ創りまくる者がいなかったとはいえムーシコスというのはこういう生き物なのだろう。
「これが小夜ちゃんなりの元気を出す方法なんだよ」
「これだけ創りまくってれば少人数でも惑星全体を覆うくらい楽勝だよね~。夕辺見た海、全部凍り付いてたし」
惑星全体が凍り付いているのだから海も凍っていて当然なのだが、さすがに水平線まで見渡す限りの海面が全て旋律で凍り付いている光景は想像を絶するものだった。
榎矢の言う通り自分は地球人の血がかなり濃いらしい。
血っていうか、地球人の魂の部分が多いんだろうな……。
やはり自分は柊矢のおまけでクレーイス・エコーに選ばれたのだ。
おそらく自分は地球人と結婚して子孫はいずれムーシコスではなくなるに違いない。
逆に柊矢と小夜の子孫はいつか破片の脅威がなくなった時ムーシケーへ還るだろう。
もっとも血筋ではなく魂の問題だから予想とは全く違った結果になるかもしれないが、どちらにしろ遠い未来の話だから実際のところはどうなるかは分からない。
とはいえ椿矢の言うことも分かる。
というかムーシケーの意識――魂――を見て何故ムーシカを奏でると気持ちが洗われるのか理解した。
個人の感情が一滴の墨だとしたらムーシケーの魂は海だ。
海に一滴の墨を垂らしてもすぐに薄められて消えてしまう。
一滴の墨どころか座礁したタンカーから漏れ出した大量の原油でさえ海全体を汚すことは出来ない。
同様に個人の負の感情もムーシケーの魂という大海に飲み込まれればすぐに霧散してしまう。
さっきの小夜のムーシカは、それまで副次的なものだった負の感情を消すという効果を直接的なものにしただけだ。
とはいえ長い間に蓄積されてきた負の感情がムーシカに呪詛の能力を与えてしまったのかもしれない。
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