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魂の還る惑星 第十章 Seirios -光り輝くもの-
第十章 第四話
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椿矢には地球の音楽は分からないから沙陽の〝歌〟が地球人にどういう印象を与えるのかは判断がつかない。
ムーシカとしては今に至るまで一度も歌われたことがない時点でムーシコスが誰も評価してないのは聞くまでもない。
ムーシコスはムーシカを奏でる時、その時点で自分の気持ちに近いものを望むから、感情の伝わってこない沙陽の〝歌〟は浮かんでこないのだ。
「そういえば、地球の音楽っぽい演奏するキタリステースがたまにいるね」
「そうなの?」
「地球の音楽――て言うか、クラシック音楽――ってさ、作曲したときの社会情勢とか心情や状況とかを知った上で、どうすれば作曲家の意図したとおりに表現出来るか考えるんだよね。この曲を演奏するときはここを強調した方がより作曲者の意図通りになるんじゃないか、とか」
だから西洋音楽史が必須科目なのだ。
「ムーシカの演奏もさ、時々、ここを強調した方が創った人の意図に沿ってるって思ったんじゃないかって感じの演奏があるんだよね。多分、クラシック音楽やってるムーシコスなんじゃないかな」
「へぇ」
そのとき小夜の歌声が聴こえてきた。
静かだが、暗く垂れ込めた雲間から差し込んできた一条の光のような美しい旋律だった。
これ以上悲しい思いをする人がいないように、皆が幸せに暮らしていけるようにという願いを歌っていた。
人々の平安と安寧、そして亡くなった人達に対する鎮魂の想いが込められている。
これは祈りだ。
伝わってくる感情は、さっき楸矢のアメイジング・グレイスを聴いたときに感じたものと酷似していた。
多少の違いはあるものの楸矢と小夜の境遇はよく似ている。
両親を知らず、祖父に育てられ、その祖父も亡くした。二人とも同じ悲しみや寂しさを経験してきたのだ。
だから小夜は他の人が自分と同じ悲しみに見舞われないようにという想いを込めて歌っているのだ。
今まで小夜が創ってきたのはラブソングばかりということを考えれば、こんなムーシカが出来てしまうほど底知れない悲しみを味わってきたのだと思い知らされる。
そして、他人には計り知れないほど傷付いていたにも関わらず、それを表に出さなかったことにも驚いた。
楸矢君が腫れ物に触るような扱いをするわけだ。
これだけ深い傷を負っていても表面上は平気そうに見えるように振る舞えるのだと知ってしまうと確かに傷付けてないか常に心配が付き纏う。
それはともかく、この発露した感情は自分の悲しみだとしても、願っているのは他の者が同じ思いをしないことだ。
どれだけ辛くても他の人間のことまで思いやれる小夜のムーシカを聴いていると全ての悲しみや苦しみが洗い流されていく。
これは小夜の願いであり、この世の全ての人のための祈りでもある。
この先どれだけ辛く悲しいことがあったとしても、このムーシカが消してくれる。
悲しいときや苦しいときでもこのムーシカを奏でれば辛い思いが消える。
「……まるでムーシケーのムーシカみたい」
人間が創ったとは思えないような、荘厳さすら感じるムーシカだから楸矢がそう感じるのも無理はない。
しかし伝わってくる感情からして明らかにムーシケーのムーシカではない。
もっとも、ここまで綺麗に負の感情を消してしまえるのはムーシケーの力によるものだろう。
小夜の祈りにムーシケーが応えたのだ。
「こんなムーシカ創っちゃうなんてすごいね」
楸矢は感嘆しているが、これが本来の〝歌〟の姿なのだ。
歌とは祈りだ。
ムーシコスも地球人も、太古の人々は自然の恵みに感謝し安寧な日々を願って歌っていたのだ。
自らのためではなく他人のための祈りだからこそムーシケーはこのムーシカに祝福を与えた。
小夜の願いに応え人々に対する恩寵を。
椿矢はリアリストだし、ムーシコスは地球人ではないということを生まれたときから聞かされて育ってきたから無神論者だ。
だがアメリカで生活するのに宗教に無知というわけにはいかないから多少の知識はあったがそれだけだった。
知識として知ってはいても信仰心のない椿矢には今ひとつ理解出来なかった「神の無限の愛」がどういうものなのかようやく分かった気がした。
「アガペー」自体はギリシア語だが、古代ギリシアとキリスト教では言葉の指す意味が違うから、キリスト教でいう「アガペー」がどういうものか今一つピンとこなかった。
古代ギリシアの「アガペー」に「神の愛」という意味はない。
原始キリスト教徒が「神の愛」を表す言葉として古典ギリシア語の「無償の愛」を表す「アガペー」という言葉を借用したのだ。
小夜のムーシカを聴いてようやく理解出来た。
というか実際に感じることが出来た。
ムーシケーは神ではないが、それでもこれは『神の愛』だ。
とはいえ、やはりムーシケーは神ではないから恩恵を与えられるのはムーシコスに限られてしまう。
このムーシカを、ムーシコスに対する(ムーシケーからの)無償の愛と捉えるなら、夕辺朝子からムーシケーの魂を切り離したのは厳罰だ。
朝子にこのムーシカは聴こえない。
このムーシカの恩恵は受けられないから生涯悲しみや苦しみから解放されることはない。
もっともムーシケーも小夜がこんなムーシカを創るとは思ってなかっただろうから結果的に想定していなかった罰になったということか。
朝子自身は一生知ることはないだろうが自分がやったことに対して相応の報いを受ける結果になった。
小夜は復讐など望んでいないだろうし、このムーシカはあくまで祈りであってムーシコスはその恩恵を受けているだけに過ぎない。
そもそも小夜はムーシコスのためだけに祈っているのではないだろう。
このムーシカは地球人も含めたの全ての人のための祈りだ。
ただムーシケーが干渉できるのはムーシコスだけだから地球人には恩恵が及ばないというだけで。
ムーシカとしては今に至るまで一度も歌われたことがない時点でムーシコスが誰も評価してないのは聞くまでもない。
ムーシコスはムーシカを奏でる時、その時点で自分の気持ちに近いものを望むから、感情の伝わってこない沙陽の〝歌〟は浮かんでこないのだ。
「そういえば、地球の音楽っぽい演奏するキタリステースがたまにいるね」
「そうなの?」
「地球の音楽――て言うか、クラシック音楽――ってさ、作曲したときの社会情勢とか心情や状況とかを知った上で、どうすれば作曲家の意図したとおりに表現出来るか考えるんだよね。この曲を演奏するときはここを強調した方がより作曲者の意図通りになるんじゃないか、とか」
だから西洋音楽史が必須科目なのだ。
「ムーシカの演奏もさ、時々、ここを強調した方が創った人の意図に沿ってるって思ったんじゃないかって感じの演奏があるんだよね。多分、クラシック音楽やってるムーシコスなんじゃないかな」
「へぇ」
そのとき小夜の歌声が聴こえてきた。
静かだが、暗く垂れ込めた雲間から差し込んできた一条の光のような美しい旋律だった。
これ以上悲しい思いをする人がいないように、皆が幸せに暮らしていけるようにという願いを歌っていた。
人々の平安と安寧、そして亡くなった人達に対する鎮魂の想いが込められている。
これは祈りだ。
伝わってくる感情は、さっき楸矢のアメイジング・グレイスを聴いたときに感じたものと酷似していた。
多少の違いはあるものの楸矢と小夜の境遇はよく似ている。
両親を知らず、祖父に育てられ、その祖父も亡くした。二人とも同じ悲しみや寂しさを経験してきたのだ。
だから小夜は他の人が自分と同じ悲しみに見舞われないようにという想いを込めて歌っているのだ。
今まで小夜が創ってきたのはラブソングばかりということを考えれば、こんなムーシカが出来てしまうほど底知れない悲しみを味わってきたのだと思い知らされる。
そして、他人には計り知れないほど傷付いていたにも関わらず、それを表に出さなかったことにも驚いた。
楸矢君が腫れ物に触るような扱いをするわけだ。
これだけ深い傷を負っていても表面上は平気そうに見えるように振る舞えるのだと知ってしまうと確かに傷付けてないか常に心配が付き纏う。
それはともかく、この発露した感情は自分の悲しみだとしても、願っているのは他の者が同じ思いをしないことだ。
どれだけ辛くても他の人間のことまで思いやれる小夜のムーシカを聴いていると全ての悲しみや苦しみが洗い流されていく。
これは小夜の願いであり、この世の全ての人のための祈りでもある。
この先どれだけ辛く悲しいことがあったとしても、このムーシカが消してくれる。
悲しいときや苦しいときでもこのムーシカを奏でれば辛い思いが消える。
「……まるでムーシケーのムーシカみたい」
人間が創ったとは思えないような、荘厳さすら感じるムーシカだから楸矢がそう感じるのも無理はない。
しかし伝わってくる感情からして明らかにムーシケーのムーシカではない。
もっとも、ここまで綺麗に負の感情を消してしまえるのはムーシケーの力によるものだろう。
小夜の祈りにムーシケーが応えたのだ。
「こんなムーシカ創っちゃうなんてすごいね」
楸矢は感嘆しているが、これが本来の〝歌〟の姿なのだ。
歌とは祈りだ。
ムーシコスも地球人も、太古の人々は自然の恵みに感謝し安寧な日々を願って歌っていたのだ。
自らのためではなく他人のための祈りだからこそムーシケーはこのムーシカに祝福を与えた。
小夜の願いに応え人々に対する恩寵を。
椿矢はリアリストだし、ムーシコスは地球人ではないということを生まれたときから聞かされて育ってきたから無神論者だ。
だがアメリカで生活するのに宗教に無知というわけにはいかないから多少の知識はあったがそれだけだった。
知識として知ってはいても信仰心のない椿矢には今ひとつ理解出来なかった「神の無限の愛」がどういうものなのかようやく分かった気がした。
「アガペー」自体はギリシア語だが、古代ギリシアとキリスト教では言葉の指す意味が違うから、キリスト教でいう「アガペー」がどういうものか今一つピンとこなかった。
古代ギリシアの「アガペー」に「神の愛」という意味はない。
原始キリスト教徒が「神の愛」を表す言葉として古典ギリシア語の「無償の愛」を表す「アガペー」という言葉を借用したのだ。
小夜のムーシカを聴いてようやく理解出来た。
というか実際に感じることが出来た。
ムーシケーは神ではないが、それでもこれは『神の愛』だ。
とはいえ、やはりムーシケーは神ではないから恩恵を与えられるのはムーシコスに限られてしまう。
このムーシカを、ムーシコスに対する(ムーシケーからの)無償の愛と捉えるなら、夕辺朝子からムーシケーの魂を切り離したのは厳罰だ。
朝子にこのムーシカは聴こえない。
このムーシカの恩恵は受けられないから生涯悲しみや苦しみから解放されることはない。
もっともムーシケーも小夜がこんなムーシカを創るとは思ってなかっただろうから結果的に想定していなかった罰になったということか。
朝子自身は一生知ることはないだろうが自分がやったことに対して相応の報いを受ける結果になった。
小夜は復讐など望んでいないだろうし、このムーシカはあくまで祈りであってムーシコスはその恩恵を受けているだけに過ぎない。
そもそも小夜はムーシコスのためだけに祈っているのではないだろう。
このムーシカは地球人も含めたの全ての人のための祈りだ。
ただムーシケーが干渉できるのはムーシコスだけだから地球人には恩恵が及ばないというだけで。
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