歌のふる里

月夜野 すみれ

文字の大きさ
上 下
137 / 144
魂の還る惑星 第十章 Seirios -光り輝くもの-

第十章 第一話

しおりを挟む
第十章 Seiriosセイリオス -光り輝くもの-

 小夜が柊矢にドアを開けてもらって車を降りると話があると言われた。
 楸矢は何か言いたげに二人に目を向けたが黙って家に入った。
 柊矢は、自分の祖父が呪詛の依頼をされたときのリストに小夜の祖父の名前があったこと、祖父は小夜の祖父を含めそのリストに載っていた人達に警告したらしいことを話した。
 小夜の祖父はその警告を聞いた後、娘が事故に遭ったので安全のために養子に出して連絡を絶っていたようだと伝えた。
「お母さんのため……」
 養子に出した後、会ったり連絡したりしなかったのは娘の安全を守るためだった。
 小夜の頬を涙が伝った。
 お父さんやお母さんがいる人が羨ましかった。
 でも、それは口に出せない。そんな素振りも見せられない。
 ただでさえ迷惑をかけているのにこれ以上困らせるわけにはいかないし、祖父を悲しませたくない。
 そう思うと両親のことを訊ねることすら出来なかった。でも本当は聞きたかった。
 両親がいないのは仕方ない。
 ただ、せめて知りたかった。どんな人だったのか、自分の名前に由来はあるのか、何故なぜいないのか、いつか話してくれると思って待っていた。
 祖父が亡くなったのも悲しかったが、同時に両親のことを聞く機会が永久に失われたという喪失感も大きかった。
 柊矢から、祖父は母を養子に出した後は一度も会ったことがなかったと聞かされて、いつまで待っても教えてもらうことは出来なかったのだと知ったときはもっと悲しかった。
 TwitterやFacebookも無かった頃だったし、個人のホームページやブログも作ってなかったらしく、ネット上にも写真は残ってないとのことだった。
 柊矢に事故の記事に載った写真ならあると言われたが躊躇ためらいがあり、まだ見せてもらっていなかった。
 もし母と縁を切っていたなら祖父の許可なく見るのは裏切るみたいで気が引けた。
 育ててもらった恩をあだで返すのはいやだ。
 ましてや縁を切るほど嫌われていたとしたら尚更なおさらだ。
 かといって今となっては許可をもらうことも出来ない。
 だから見られなかった。
「……じゃあ、母は嫌われていたわけじゃなかったんですね」
 小夜がかすれた小さな声で訊ねた。
「嫌っていたなら、わざわざ戸籍を偽ったりしない」
「え?」
「実際に養子に出した家とは別の家が戸籍に載ってた。お母さんの居場所を隠すために違う家に出したことにしてたんだ。祖父が警告していなければ……」
「柊矢さんのお祖父様は祖父を助けようとして下さったんですから何も悪くありません。感謝こそすれ、恨んだりするのは筋違いですから責任を感じたりしないで下さい」
 口を開いたら涙が零れるのは分かっていたが、それでもこれだけはきちんと伝えなければいけないと思って顔を見てきっぱりと言い切った。
 涙が次々と頬を伝わっていったが構わず、本心だと分かるように声が震えないように必死で力を込めた。
 柊矢にちゃんと伝わったのは表情で分かった。
 柊矢は黙って小夜にハンカチを渡すとドアを開けてくれた。
 母は嫌われていたわけではなかった。
 むしろ全力で守ろうとしたくらい大切に思われていた。
 養子に出す前の写真すらなかったのも他人ひとに知られないようにするために一枚残らず処分したからだろう。
 それだけでも心の負担が少しだけ軽くなった。
 それと同時に、改めて母が祖父と一緒に暮らせなかったこと、大事に思っていたからこそ会うことすら出来なかったことが余計に悲しかった。

 小夜は部屋へ入ると枕に顔を押しつけて声が外に漏れないようにして泣き続けた。
 泣き疲れて寝入ってしまう瞬間、クレーイスからムーシケーのムーシカが聴こえてきた。
 小夜はそのムーシカを聴きながら眠りに落ちた。

 狭いアパートの一室で若い男性がクラリネットで『愛の夢』を吹いていた。
 若い女性が困ったような笑みを浮かべながら、
「また、近所の人から苦情が来るわよ」
 と言った。
「今日は、お隣も下の階も留守だから大丈夫だよ」
 吹き終えた男が答えた。
「そうやって恋人に演奏するの、なんて言ってたっけ」
「セレナーデ。日本語で小夜曲さよきょく。小さい夜の曲って書いて小夜曲って言うんだ」
 男の言葉に、
「小夜曲……じゃあ、もし女の子なら『小夜さよ』っていうのは?」
 女性が言った。
「え、もしかして……」
 驚いた表情の男に女性が照れたような笑みを浮かべた。
「前に『愛の挨拶』を吹いてくれたでしょ。多分、あの日の……」
「やった! じゃあ、次は小夜のためにシューベルトの子守唄を……」
「まだ女の子かどうか分からないのに」
「子守唄なんだからどっちでも……」
 男の言葉が大きなノックの音で遮られた。
「部屋で楽器の演奏しないでって何度言ったら分かるんですか!」
 外から大家さんの怒鳴り声がして二人は首をすくめた。
 男は大家さんに謝るために玄関に向かった。

 翌日、椿矢は夕辺の場所へ向かっていた。
 朝子が言っていた地球人の怨念の塊というものが明るい場所でなら見られるかもしれないと思ったのだ。
 小夜は怨念の塊に捕らわれていた呪詛のムーシカは解放したが、地球人の怨念に対しては何もしてないからまだ残っているはずだ。
 怨念だけしかなければ椿矢にも見えないが慰霊碑のような物があるかもしれない。
 榎矢――と言うか椿矢達の父――が受けた依頼は幽霊の御祓いで怨霊の浄化ではないが、素人なら幽霊と怨霊を混同することは有りるし、幽霊と怨霊を一纏ひとまとめにしていたのかもしれない。
 榎矢は幽霊の出る場所に目印はないと言っていたが粗忽そこつなヤツだから聞き漏らした可能性がある。
 小夜が消したのは呪詛のムーシカだけで怨念を浄化するムーシカは残っているから存在を確認出来たら浄化するつもりだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

時給900円アルバイトヒーロー

Emi 松原
ライト文芸
会社をクビになった主人公、先野 優人(36)は、必死で次の就職先を探すも良い職場が見つからなかった。 ある日家のポストに入っていた「君もヒーローにならないか!?」という胡散臭いアルバイト募集のチラシ。 優人は藁をもすがる思いで、アルバイトに応募する。 アルバイト先は「なんでも屋」だった。 どうなる、優人!

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

苗木萌々香は6割聴こえない世界で生きてる

一月ににか
ライト文芸
黒猫のぬいぐるみ・アオを大切にしている高校2年生の苗木萌々香は、片耳が聞こえない。 聞こえるけれど聴こえない。そんな状態を理解してくれる人は身近におらず、アオは萌々香にとって唯一本音を話せる友人兼家族だった。 ある日、文化祭委員を押し付けられてしまった萌々香はクラスメイトの纐纈君の思わぬやさしさに触れ、消極的な自分を変えたいと願うようになる。 解決方法のない苦しみの中でもがく萌々香の成長の物語。 表紙イラスト/ノーコピライトガールさま

長編「地球の子」

るりさん
ライト文芸
高橋輝(たかはしあきら)、十七歳、森高町子(もりたかまちこ)、十七歳。同じ学校でも顔を合わせたことのなかった二人が出会うことで、変わっていく二人の生活。英国への留学、各国への訪問、シリンという不思議な人間たちとの出会い、そして、輝や町子の家族や友人たちのこと。英国で過ごすクリスマスやイースター。問題も多いけど楽しい毎日を過ごしています。

拝啓、隣の作者さま

枢 呂紅
ライト文芸
成績No. 1、完璧超人美形サラリーマンの唯一の楽しみはWeb小説巡り。その推し作者がまさか同じ部署の後輩だった! 偶然、推し作家の正体が会社の後輩だと知ったが、ファンとしての矜持から自分が以前から後輩の小説を追いかけてきたことを秘密にしたい。けれども、なぜだか後輩にはどんどん懐かれて? こっそり読みたい先輩とがっつり読まれたい後輩。切っても切れないふたりの熱意が重なって『物語』は加速する。 サラリーマンが夢見て何が悪い。推し作家を影から応援したい完璧美形サラリーマン×ひょんなことから先輩に懐いたわんこ系後輩。そんなふたりが紡ぐちょっぴりBLなオフィス青春ストーリーです。 ※ほんのりBL風(?)です。苦手な方はご注意ください。

【総集編】未来予測短編集

Grisly
SF
⭐︎登録お願いします。未来はこうなる! 当たったら恐ろしい、未来予測達。 SF短編小説。ショートショート集。 これだけ出せば 1つは当たるかも知れません笑

処理中です...