歌のふる里

月夜野 すみれ

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魂の還る惑星 第九章 Ka'ulua-天国の女王-

第九章 第四話

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「ムーシケーは呪詛を消したがってた。全ての呪詛を」
 やはり……。
 雨宮家の者が三代も続けて選ばれていたのは蔵にある古文書を処分したかったのだ。
「楸矢君達の従妹を狙ったのは?」
「ムーシケーはその子の手にあの封筒が渡れば、あの中に書かれている呪詛を消すだろうと思ったからよ」
 朝子の目的はリストではなく呪詛の歌詞を消させるのを阻止したかったのだ。
 魂に刻まれてるとは言っても存在を知らなければ思い浮かべようとはしない。
「ムーシケーの意志を知って、それの意味がようやく分かったの」
 朝子は地面を指した。
「そこにある怨念のかたまりは呪詛のムーシカを強化するものだと。それがあればムーシケーのムーシカでも払えない呪詛が可能になる。わたしが呪詛を消す気がないと知るとムーシケーは私をクレーイス・エコーから外して、その怨念の塊にも近付けないようにした」
何故なぜ消すのを拒んだんですか。あなたのお父さんは呪詛で亡くなったわけではないでしょう」
「呪詛で死んだのは義兄あに。あなたはまだ小さかったから覚えてないでしょうけど沢口の父には息子がいたのよ。私の義理の兄。義父ちちは呪詛とは無縁の人で呪詛のことは何も知らなかった。もちろん義兄も。でも、そんなの関係ない。義兄は呪詛で殺された。私は義兄に呪詛が巻き付いて命を奪うところを見ていた。義父は呪詛なんてものがあることすら知らなかったから義兄の死は心臓発作だと思い込んでいたけれど」
「家族が呪詛で死んだなら尚更なおさら呪詛なんて消したいと思うものじゃないの!?」
 楸矢が怒鳴った。
 身内を失う悲しみを知っていながら他人ひとの家族を奪った朝子の行為が許せないという表情だった。
 朝子は自分がやられたのと同じ事を無関係の人間に対してやったのだ。
「義兄を殺したムーシカを創っておきながらそれを消したいだなんて身勝手すぎるでしょう!」
「それはこっちの台詞だ!」
「ムーシケーが創ったわけではないし、そもそもムーシケーにいた頃には呪詛のムーシカなんてありませんでしたよ。呪詛は地球に来てから……」
「それがなんなの? どこで出来たにせよ、ムーシカがなければ義兄あには死ななかった! 他人ひとを傷付けたりしたことのない人だったのに! いつも私に優しくしてくれてた! その義兄をムーシカが奪ったのよ!」
 朝子は話してるうちに激昂げきこうしてきたようだった。
「それで自分も同じことしたっての!?」
「ムーシカを使わない呪詛だってありますよ。ムーシコスだからムーシカを使ってるっていうだけで」
「関係ないわ! ムーシカが義兄を殺した。なのに今更呪詛を消そうなんて許さない!」
「それで、俺達の親や俺の祖父ちゃん殺したっての!? あんた、どうかしてる!」
 楸矢の怒りには恨みと悲しみが籠もっていた。
 小夜は何も言わなかったが同じ思いだろう。
 椿矢は何も言えなかった。
 椿矢の両親は今でも健在だ。
 知識では親のいない子供もいるということを知っていても、その子がどういう思いをしているのかまでは分かってなかった。
 親がいる友達を見て羨ましいと思いながら育ってきた小夜や楸矢の気持ちを完全に理解することは出来ないし、両親がいない寂しさや悲しさは椿矢には想像も付かない。
 朝子は楸矢を無視すると小夜の方を向いた。
「憎いなら呪詛でわたしを殺せばいい。呪詛を強めるものがそこにあるからムーシケーのムーシカでも払えない。今なら簡単に殺せるわよ」
 朝子が醜い笑みを浮かべた。
「呪詛ならいくらでも浮かんでくるでしょう」
 これが狙いか!
 小夜が朝子を呪詛すればクレーイス・エコーから外される。
 朝子はどこかで幼い小夜を見かけて気付いたのだ。
 小夜には呪詛を消せる能力ちからがあると。
 これ以上、小夜を狙ってもムーシケーに邪魔されるだけなら自分の命と引き替えにクレーイス・エコーから外させ呪詛を消させないようにする気なのだ。
「小夜ちゃ……!」
 言いかけた椿矢の腕を楸矢が掴んで止めた。
 椿矢が振り返ると楸矢が俯いていた。
 朝子を殺したところで亡くなったご両親やお祖父さんは帰ってこない。
 そんなありきたりの言葉を言ったところで意味はない。
 それくらい楸矢だって百も承知だ。
 それでも許せないのだ。
 しかし朝子が死んだら一生重荷を負って生きていかなければならないのは小夜だ。
 まだ十六歳の小夜にそんな十字架を背負わせていいのか。
 だが小夜も両親を朝子に殺されている。立場は楸矢と同じだ。
 小夜のことを思うなら止めなければいけないと思う反面、楸矢と同じように復讐を望んだ小夜を止める資格が雨宮家の人間である椿矢にあるのかとも思う。
 椿矢自身は呪詛などしたことはなくても親はしていた。
 呪詛で稼いだ金で育てられたのだ。それを知りながらどの面下げて呪詛をやめろなどと言えるだろうか。
 ふと、さっきの朝子の言葉が浮かんだ。

 ――ムーシケーは小夜を信じてる――

 朝子をはばむのをやめたのは面倒めんどくさくなったからではないだろう。
 朝子はもう六十近い。人間の一生など惑星ほしのそれに比べたらほんの一瞬なのだから朝子の寿命が尽きるまで近付けないようにしておくことなどムーシケーにとっては容易たやすいはずだ。
 えてやめたのはここに小夜がいるからだ。
 朝子がどういうつもりで言ったにせよ、ムーシケーは小夜がやらないと確信してるのだ。
 椿矢は朝子の言った言葉に望みを託すことにした。
 仮に小夜が復讐を選んだとしても責められない。
 小夜は写真ですら親の顔を見たことがないのだ。
 朝子が逆恨みで小夜を狙ったりしなければ失われることのなかった命、幸せな子供時代。
 それらを奪われた小夜が仕返しを望んだとして、それを責めることが出来る人間がいるだろうか。
 椿矢が身体の力を抜くと、楸矢は掴んでいた腕を放した。
 柊矢は黙って小夜に寄り添っていた。
 何も言わないのはムーシケー同様信じているからなのか、復讐しても構わないと思っているからなのかは分からなかった。
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