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魂の還る惑星 第九章 Ka'ulua-天国の女王-
第九章 第一話
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第九章 Ka'ulua-天国の女王-
船が難破したと聞かされてからもう一カ月近く経った。
いつまで待っても男は帰ってこなかった。
アトはひたすら崖の上で歌っていた。
凍てつく青白い光を放つ星が南の空で輝いている。
冷たくて強い風が打ち付けてくる。体温がどんどん奪われていく。
それでもアトは海に向かって歌おうとしていた。
身体が熱い。
咳が酷くて声が出ない。
歌わなきゃいけないのに。
歌えばきっと帰ってくる。
身体に力が入らない。もう立っていることすら出来ない。
歌わなきゃ……。
歌声さえ届けば……。
次の朝、崖の側で倒れているアトを村の者が見つけた。既に冷たくなっていた。
「可哀想に。せめてここに葬ってやろう」
村長はそう言うと若い者達にアトを埋葬させた。
穴の底にアトの遺体が置かれたとき、何かが見えた気がした。
「榎矢の話が間違ってなきゃこの辺だけど……」
「小夜、足下に気を付けろよ」
柊矢が小夜の肩を抱きながら言った。
そのときクレーイスが光ったかと思うと崖の近くに光の玉が現れた。
途切れ途切れに歌が聴こえてくる。
以前クレーイスから聴こえていたのとは違う。
「これ……ムーシカじゃないよね?」
旋律はムーシカに似ているがムーシカではない。
「この人が歌おうとしているムーシカです」
小夜が光の玉を見ながら言った。
「……って……ええ! これ、人魂!?」
楸矢がぎょっとしたように身を引いた。
小夜は柊矢を見上げて安心させるように微笑むと肩に置かれた手を外した。
そして光の玉に向かって足を踏み出した。
光の玉の前で立ち止まると小夜はそれに手を触れた。
光が小夜に吸い込まれるようにして消えた。
彼女の想いが伝わってくる。
ずっと夢で見ていたのはこの人だ。
ムーシケーはこの人のために自分をここへ来させたのだ。
この人の願いを叶えるために。
これがムーシケーの意志だ。
この人があの男の人を想う気持ちは自分の柊矢に対する気持ちと同じくらい強い。
ムーシケーもグラフェーの事を想ってるからこの人の気持ちが理解出来るんだ。
そして歌いたいという願いも。
好きな人のために歌いたい。一緒にムーシカを奏でたい。その想いはムーシコスの誰にも負けない。
だからムーシケーはこの人の願いを叶えてあげたかったのだ。
小夜はそのまま崖の方へ歩いていく。
「小夜ちゃん!?」
「小夜!」
柊矢が腕を掴んで止めようとしたとき、クレーイスが柊矢を制止するように光った。
柊矢の手が止まる。
小夜は崖の近くで足を止めるとアトの想いをムーシカにして歌い始めた。
「……これ、ムーシケーのムーシカじゃないよね」
「……今、小夜が創ったムーシカだ」
「なんだか……いつも小夜ちゃんが創ってるのとは雰囲気が違うような……」
「代わりに創ったんだよ」
椿矢が言った。
「え?」
「あの魂の人が歌いたかったムーシカを小夜ちゃんが代わりに創って歌ってるんだよ」
小夜の歌声が風とともに海の上を流れていく。
今、小夜が創ったムーシカだからムーシコスの演奏も合唱もない。
柊矢達もムーシコスも小夜の歌声を聴いていた。
やがて海の向こうにぼんやりしたものが浮かんだかと思うとゆっくり近付いてきた。
それは人の姿をしていた。海の上を歩いてくる。
歌い終わると海からやってきた人影が小夜の近くで止まった。
竪琴を持った男の人だった。
小夜の中から光の玉が抜け出して男の前で女性の姿になった。
柊矢がすぐに小夜に近寄って顔を覗き込んだ。
小夜は柊矢を見上げて微笑んだ。
小夜に何事もなかったと分かった男性陣が一斉に安堵の溜息を漏らした。
「ありがとう。アトの唄のおかげでようやく帰ってこられた」
男は女性に向かってそう言うと手にしていた竪琴を弾きながら歌い出した。
クレーイスから聴こえていた魂に刻まれてないムーシカだ。
男の歌声が竪琴の音色とともに流れていく。
昔の言葉の上に方言も混じっているから正確な歌詞は分からないがラブソングだ。
ムーシカから男の感情が伝わってくる。
アトに負けないくらい強く彼女のことを想っている。
「この唄を君に届けたかったんだ」
歌い終えた男が言った。
男はキタリステースだから肉声の届くところで歌わなければ地球人だけではなくムーシコスでも聴こえない。
「板に掴まって海で漂いながらずっとアトのこと考えてた。アトにもう一度会いたかった。そしたらこの唄が浮かんできて、これをアトに聴いて欲しいって思った」
魂に刻まれていなかったのは、おそらく演奏出来なかったからだろう。
助けを待っているうちに力尽きて水底に沈んでしまったのだ。
それから長い間、アトは男が帰ってこられるようにムーシカを歌おうとし、男はアトの元に帰ろうとして海の上を彷徨っていたのだ。
男は小夜がアトの代わりに歌ったムーシカを頼りにようやく帰ってこられた。
二人を見ていた小夜がムーシカを歌い始めた。
いつも歌っているごく普通のムーシカだった。
楸矢は戸惑ったような表情をしたが柊矢はすぐにキタラを弾き始めた。
ムーシコスも合奏や合唱を始めた。
椿矢もブズーキを弾きながら副旋律のコーラスを歌い始めたのを見て楸矢も演奏に加わった。
船が難破したと聞かされてからもう一カ月近く経った。
いつまで待っても男は帰ってこなかった。
アトはひたすら崖の上で歌っていた。
凍てつく青白い光を放つ星が南の空で輝いている。
冷たくて強い風が打ち付けてくる。体温がどんどん奪われていく。
それでもアトは海に向かって歌おうとしていた。
身体が熱い。
咳が酷くて声が出ない。
歌わなきゃいけないのに。
歌えばきっと帰ってくる。
身体に力が入らない。もう立っていることすら出来ない。
歌わなきゃ……。
歌声さえ届けば……。
次の朝、崖の側で倒れているアトを村の者が見つけた。既に冷たくなっていた。
「可哀想に。せめてここに葬ってやろう」
村長はそう言うと若い者達にアトを埋葬させた。
穴の底にアトの遺体が置かれたとき、何かが見えた気がした。
「榎矢の話が間違ってなきゃこの辺だけど……」
「小夜、足下に気を付けろよ」
柊矢が小夜の肩を抱きながら言った。
そのときクレーイスが光ったかと思うと崖の近くに光の玉が現れた。
途切れ途切れに歌が聴こえてくる。
以前クレーイスから聴こえていたのとは違う。
「これ……ムーシカじゃないよね?」
旋律はムーシカに似ているがムーシカではない。
「この人が歌おうとしているムーシカです」
小夜が光の玉を見ながら言った。
「……って……ええ! これ、人魂!?」
楸矢がぎょっとしたように身を引いた。
小夜は柊矢を見上げて安心させるように微笑むと肩に置かれた手を外した。
そして光の玉に向かって足を踏み出した。
光の玉の前で立ち止まると小夜はそれに手を触れた。
光が小夜に吸い込まれるようにして消えた。
彼女の想いが伝わってくる。
ずっと夢で見ていたのはこの人だ。
ムーシケーはこの人のために自分をここへ来させたのだ。
この人の願いを叶えるために。
これがムーシケーの意志だ。
この人があの男の人を想う気持ちは自分の柊矢に対する気持ちと同じくらい強い。
ムーシケーもグラフェーの事を想ってるからこの人の気持ちが理解出来るんだ。
そして歌いたいという願いも。
好きな人のために歌いたい。一緒にムーシカを奏でたい。その想いはムーシコスの誰にも負けない。
だからムーシケーはこの人の願いを叶えてあげたかったのだ。
小夜はそのまま崖の方へ歩いていく。
「小夜ちゃん!?」
「小夜!」
柊矢が腕を掴んで止めようとしたとき、クレーイスが柊矢を制止するように光った。
柊矢の手が止まる。
小夜は崖の近くで足を止めるとアトの想いをムーシカにして歌い始めた。
「……これ、ムーシケーのムーシカじゃないよね」
「……今、小夜が創ったムーシカだ」
「なんだか……いつも小夜ちゃんが創ってるのとは雰囲気が違うような……」
「代わりに創ったんだよ」
椿矢が言った。
「え?」
「あの魂の人が歌いたかったムーシカを小夜ちゃんが代わりに創って歌ってるんだよ」
小夜の歌声が風とともに海の上を流れていく。
今、小夜が創ったムーシカだからムーシコスの演奏も合唱もない。
柊矢達もムーシコスも小夜の歌声を聴いていた。
やがて海の向こうにぼんやりしたものが浮かんだかと思うとゆっくり近付いてきた。
それは人の姿をしていた。海の上を歩いてくる。
歌い終わると海からやってきた人影が小夜の近くで止まった。
竪琴を持った男の人だった。
小夜の中から光の玉が抜け出して男の前で女性の姿になった。
柊矢がすぐに小夜に近寄って顔を覗き込んだ。
小夜は柊矢を見上げて微笑んだ。
小夜に何事もなかったと分かった男性陣が一斉に安堵の溜息を漏らした。
「ありがとう。アトの唄のおかげでようやく帰ってこられた」
男は女性に向かってそう言うと手にしていた竪琴を弾きながら歌い出した。
クレーイスから聴こえていた魂に刻まれてないムーシカだ。
男の歌声が竪琴の音色とともに流れていく。
昔の言葉の上に方言も混じっているから正確な歌詞は分からないがラブソングだ。
ムーシカから男の感情が伝わってくる。
アトに負けないくらい強く彼女のことを想っている。
「この唄を君に届けたかったんだ」
歌い終えた男が言った。
男はキタリステースだから肉声の届くところで歌わなければ地球人だけではなくムーシコスでも聴こえない。
「板に掴まって海で漂いながらずっとアトのこと考えてた。アトにもう一度会いたかった。そしたらこの唄が浮かんできて、これをアトに聴いて欲しいって思った」
魂に刻まれていなかったのは、おそらく演奏出来なかったからだろう。
助けを待っているうちに力尽きて水底に沈んでしまったのだ。
それから長い間、アトは男が帰ってこられるようにムーシカを歌おうとし、男はアトの元に帰ろうとして海の上を彷徨っていたのだ。
男は小夜がアトの代わりに歌ったムーシカを頼りにようやく帰ってこられた。
二人を見ていた小夜がムーシカを歌い始めた。
いつも歌っているごく普通のムーシカだった。
楸矢は戸惑ったような表情をしたが柊矢はすぐにキタラを弾き始めた。
ムーシコスも合奏や合唱を始めた。
椿矢もブズーキを弾きながら副旋律のコーラスを歌い始めたのを見て楸矢も演奏に加わった。
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