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魂の還る惑星 第八章 Tistrya -雨の神-
第八章 第十話
しおりを挟む「ただ、いざというときのために意志が分かるものを選んでおく必要があるんじゃないかな」
「ムーシケーの意志が分かるムーシコスだけ殺せばムーシケーは意志を伝えることが出来なくなる」
「そう」
「だからクレーイス・エコーでも俺達は狙われないのか。俺達にはムーシケーの意志は分からないからな」
「そして、リストに載ってた僕の知り合いは小夜ちゃんと同じく呪詛が聴こえた。クレーイス・エコーにはなってないみたいだからムーシケーの意志は知らなかっただろうけど、もしクレーイス・エコーに選ばれていたら……」
「ムーシケーの意志が分かったかもしれないって事だな」
「そういうこと。雨宮家や霍田家の人間がリストに載ってなかったのもそう考えれば辻褄が合うんだよね。どっちの家にいもムーシケーに意志があったって話が伝わってないって事は分かった人間がいなかったって事だから」
楸矢は柊矢と椿矢を交互に見ていた。
この二人、ほとんど話したことないはずなのにツーカーじゃん。
どちらも一を聞いて十を知るという感じで最後まで言う前に話が通じている。
楸矢は改めて榎矢に同情した。
兄がこんな目から鼻に抜けるような賢さじゃ、人並み程度でもかなり見劣りするよな。
榎矢は普通科の大学へ行ってることを考えると楸矢は彼より更に出来が悪いという事だ。
楸矢は音楽科でフルートが吹けるとは言っても大して才能があるわけではないのだからなんのアドバンテージにもならない。
なんだか、すっげぇ落ち込んできた。
「それで、ムーシケーが伝えたい事って何?」
楸矢はなんとなく不愉快な気分になって不機嫌な声で訊ねた。
「呪詛のこと……かな」
「呪詛? なんでムーシケーが呪詛なん……」
「呪詛をやめさせたいんだろ。封筒、燃やしたくらいだし」
「呪詛のムーシカってどれも地球の言語のものばかりだから、おそらくムーシケーにいた頃には無かったんだと思う」
楸矢が片手を上げた。
「あのさ、後にしろって言われるかもしれないけど聞いていい? 前もなんかの時に地球の言語しかないって言ってたことあったよね。でも、あんた地球上の言葉、全部知ってるの? ムーシケーにいたときの言葉研究してるってことは、ムーシケーで使ってた言葉が全部分かってるって訳でもないんでしょ」
「ムーシカを思い浮かべたときの歌詞って文字で出てくるんじゃなくて発音が分かるわけでしょ」
ムーシケーにいた頃のムーシコスは文字を持っていなかったのだから当然、浮かんでくる歌詞は発音だけだ。
旋律と一緒に歌詞の発音が浮かんでくるから知らない言語のムーシカでも歌うことが出来るのだ。
「発音記号で検索すれば大体出てくるから」
古典ギリシア語のように現代とは発音の違う言語や今では失われた言語もあるが椿矢は複数の言語に精通している。
それも現代語だけではなく古代の研究をしているから古代語も多少知識がある。
その上で比較言語学を学んでいるので知らない言語でも発音が近いものを探しだして類似性を見れば地球上のものかどうか凡そは推測出来る。
現存してない地球の古代語なのかムーシケーの言葉なのかの区別を付けられるように、地球の古代の言語の研究者とも頻繁に交流を持って教えを受けたり論文を読んだりしているから大体の見当は付くらしい。
椿矢は楸矢に祖父がクレーイス・エコーから外されたときのことを話した。
「謡祈祷は呪詛以外のこともするんだけど、今の時代に雨乞いはしないでしょ」
「治癒の祈祷もするって言ってなかった?」
「まともな人は具合が悪かったら病院行くよ」
病院嫌いの人間は多いが、だからといって祈祷を頼もうとは考えない。
病院嫌いが医者にかからないのはそのうち治ると軽く考えているから行かないのだ。
当然、祈祷師などと言う医者より見つけるのが大変な人種を捜したりする手間など掛けない。
とはいえ、わざわざその手間を掛けて祈祷を頼みに来る物好きもいることはいる。
医者に見放された重傷者ならともかく、病院に行けばすぐに治るような者が来るのだから呆れる。
「続けて選ばれて、死ぬまで変わらなかったのはうちの蔵にある呪詛の資料を消したかったんじゃないかな」
「わざわざこんなところまで来てそれを報告したかったんじゃないだろ」
「さっき朝子さんを見かけたんだよ。彼女、なんでここに来たんだろうって思って。呪詛なら東京で出来るでしょ。車の運転手、眠らせるとかなら別だけど」
運転手を眠らせるのも遠くから出来るが、タイミングを計るためには近くで見ている必要がある。
車のコントロールを失わせて突っ込ませるような物理的なものはムーシケーに阻まれてしまうから直接命を狙うような呪詛を使うしかないわけだが、そういうものはわざわざここまで出向いてくる必要がない。
「昨日の呪詛も失敗してる事を考えると確実に小夜ちゃん仕留めるために来たんじゃないかと思うんだけど、それがなんなのかよく分からないんだよね。それで、君達の意見を聞きたくて。何か動機に心当たりはない?」
「ムーシケーの意志が関係してるなら俺達には分からんから小夜に聞くしかないが……」
「小夜ちゃんも分からなくて困ってるんだよね。俺達がここへ来たのはムーシケーの意志だけど、今回のムーシケーの意志はお化けのことだから呪詛とは関係ないんじゃないの? あんたもお化けは地球人だって言ってたよね?」
「榎矢から聞いた限りじゃ幽霊は怨霊じゃないから呪詛とは関係なさそうだったけど……。あいつ、バカだから依頼人から何か大切なこと聞き漏らしてるのかも……」
ホントに榎矢にはキツいな……。
頭から見下されてるのと、イスかテーブル扱いなのと、どっちがマシなんだろう。
椿矢が黙り込んだ。
「どうした?」
「あいつ、夕辺は出なかったって言って御祓いしないで帰ってきたんだよね。どうせ目印になるもの聞き忘れたか、場所を間違えて見付けられなかったんだろうと思ってたけど……。君達がその件で来たならもしかしてムーシケーに阻まれたのかなって。そうだとしても、呪詛の件と関係あるかは分からないんだけど……」
「祓ってないなら今日も出るって事だな。それなら行ってみれば分かるだろう」
椿矢は柊矢達との待ち合わせの時間と場所が決まると帰っていった。
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