125 / 144
魂の還る惑星 第八章 Tistrya -雨の神-
第八章 第七話
しおりを挟む「いや、普通のムーシコスと地球人の区別は付かないね。クレーイス・エコーならムーシコスって事だから」
沙陽が、自分がクレーイス・エコーだと分かったのは、沙陽か彼女と親しい人間がクレーイス・エコーが分かる人間だったのだ。
最初のクレーイス・エコーが選定者というのは椿矢が最近思い付いた仮説だから本当にムーソポイオスを選んでいるのがキタリステースなのか確証はないし、当時はそんなこと思いもよらなかったから当然誰かに話したこともない。
沙陽が分かる人間だとしたらムーソポイオスしか分からないのだろう。
だから柊矢と付き合っていながら気付けなかったのだ。
「ただ……」
朝子の叔父は一瞬躊躇うように言い淀んだ。
「兄は昔からムーシコスが分かったんだよ。『見える』と言ってたな」
「見える……」
「人間が見えるのは当たり前だろって言ったら、ムーシカが見えるって言うんだ。ムーシコスは奏でてないときでもムーシカに覆われてるとかなんとか」
やはり色聴だったのだ。
厳密には少し違うようだが共感覚の持ち主だったのは間違いなさそうだ。
奏でてなくても、というのもムーシカと言うよりはムーシコスが発している何かが見えたのだろう。
「時々おかしなことを言うことはあったが、それでも昔はまともだったんだよ。結婚して、子供……朝子も生まれて、普通の家庭を築いてたんだが……人が死ぬところを見ておかしくなってしまったんだ」
「どなたが亡くなったんですか?」
「知らない人だよ。兄と私が道を歩いてるときに近くを通りがかった人が突然倒れて亡くなったんだ。きっと心臓発作か何かだと思うんだが、兄はムーシカのせいだって言い出してね。でも、そのときムーシカは聴こえてなかったんだよ」
呪詛は当人にしか聴こえないが、共感覚で聴こえなくても見えたのか、あるいは小夜のように呪詛が聴こえる人で見ることも出来たのか。
ムーシカが〝見えた〟なら死因が呪詛だと分かっても不思議はない。
「兄は、あの人はムーシカのせいで死んだって言い張ってね。それ以来、ムーシコスは邪悪な悪魔だの、ムーシカは呪いだのって言うようになって……。悪魔を滅ぼすとか言い出して仕事を辞めて毎日どこかをほっつき歩くようになって……奥さんは愛想を尽かして出ていってしまったんだ」
「…………」
「奥さんも朝子を連れていってくれれば良かったのに、朝子も父親と同じようにおかしなことを言うからって置いていってしまってね」
霧生兄弟の祖父と父は普通のムーシコスだったのに、それでも祖母は息子を「気味が悪い」とまで書いていたくらいだ。
共感覚は今でさえ知らない人が多いのだから、ましてや朝子が子供の頃は普通の人は知らなかったはずだ。
父娘揃って聴こえない歌が〝聴こえる〟というだけでも地球人には異様に映るのに、その上〝見える〟などと言い出したら逃げられても仕方ない。
「けど、母親が出ていってすぐに兄が事故で亡くなってしまってね」
「事故? もしかして交通事故ですか?」
霧生兄弟の祖父が呪詛したわけではないだろう。
小夜の母は霧生兄弟の祖父に警告されて養子に出されたのではないかと言っていた。
呪詛で殺した、もしくは殺すつもりがあったのなら小夜の祖父に警告などしないはずだ。
だが諺が長年伝わっているのは人々にそれを真理だと思わせる事象があるからだ。
人を呪わば、というのもその一つだ。
霧生兄弟の祖父から警告を受けた誰かが先手を打ったのかもしれないし、呪詛を依頼された者が危険なのは朝子の父の方だと判断したとしてもおかしくない。
「階段で足を踏み外したんだよ」
「階段を下りてるときに意識を失ったとか……」
「いや、見てた人の話によると下りてる最中に頭を振ったらしいんだ。その拍子にバランスを崩したって言ってたよ。兄はムーシカが嫌いで聴こえてくるとよく振り払うみたいな仕草をしてたから、そのときも多分……」
それなら呪詛ではなく普通のムーシカだったのだろう。
見たくなくて咄嗟に首を振ってしまったのだ。
「……奥さんは地球人だったから沢口さんが朝子さんを引き取ったと聞きましたが……」
「当時、私は失業中でね。独身だったから自分一人ならなんとかなったけど、朝子までは養えなくて……。葬式に来た沢口君が引き取ってもいいって言ってくれたんでお願いしたんだよ。朝子を置いて出ていった地球人より同じムーシコスの方がいいと思ってね」
楸矢が観光案内所の近くまで来たとき椿矢と出会した。
「楸矢君。小夜ちゃんは?」
開口一番椿矢が訊ねた。
椿矢も昨日の呪詛払いのムーシカを聴いて小夜を心配していたのだろう。
楸矢は昨日、柊矢から聞いた話をした。
「そう」
椿矢が考え込むような表情で言った。
「それで君は? どこに行くの?」
「ここってお化けが出るって知ってる?」
「うん。お化けって言うか幽霊でしょ」
「観光協会の人が御祓いの人、呼んだって言うからそのお化けが出る場所聞きに」
「それなら榎矢が知ってるよ」
椿矢があっさりと答えた。
「その御祓いの人って榎矢だから」
「もしかして、もう御祓いしちゃった?」
「いや、見つからなかったって言って手ぶらで帰ってきた」
口振りからして「使えねーヤツ」と思っているのは明らかだった。
「御祓いも呪詛なの?」
「いや、うちは呪詛や呪詛払いもするってだけでムーシカで出来る事ならなんでもやってるから」
「例えば?」
「雨乞いや雨鎮、それに御祓い――つまり、除霊――や治癒の祈祷とか」
そういえば治癒のムーシカを教えてくれたのは椿矢だ。
「椿矢君はなんで幽霊の出る場所なんて知りたいの? 肝試しのためとかじゃないんでしょ」
楸矢は事情を話した。
「幽霊は地球人のはずだけど……」
椿矢が考え込むような表情で言った。
「まぁ、いいや。榎矢から場所聞いて案内するよ」
「ありがと。助かった~」
楸矢が大きく息を吐いた。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
月と太陽
もちっぱち
ライト文芸
雪村 紗栄は
月のような存在でいつまでも太陽がないと生きていけないと思っていた。
雪村 花鈴は
生まれたときから太陽のようにギラギラと輝いて、誰からも好かれる存在だった。
そんな姉妹の幼少期のストーリーから
高校生になった主人公紗栄は、
成長しても月のままなのか
それとも、自ら光を放つ
太陽になることができるのか
妹の花鈴と同じで太陽のように目立つ
同級生の男子との出会いで
変化が訪れる
続きがどんどん気になる
姉妹 恋愛 友達 家族
いろんなことがいりまじった
青春リアルストーリー。
こちらは
すべてフィクションとなります。
さく もちっぱち
表紙絵 yuki様
できそこないの幸せ
さくら/黒桜
BL
溺愛・腹黒ヤンデレ×病弱な俺様わんこ 主人公総愛され
***
現役高校生でありながらロックバンド「WINGS」として地道に音楽活動を続けている、今西光と相羽勝行。
父親の虐待から助けてくれた親友・勝行の義弟として生きることを選んだ光は、生まれつき心臓に病を抱えて闘病中。大学受験を控えながらも、光を過保護に構う勝行の優しさに甘えてばかりの日々。
ある日四つ葉のクローバー伝説を聞いた光は、勝行にプレゼントしたくて自分も探し始める。だがそう簡単には見つからず、病弱な身体は悲鳴をあげてしまう。
音楽活動の相棒として、義兄弟として、互いの手を取り生涯寄り添うことを選んだ二人の純愛青春物語。
★★★ WINGSシリーズ本編第2部 ★★★
高校3年生の物語を収録しています。
▶本編Ⅰ 背徳の堕天使 全2巻
(kindle電子書籍)の続編になります。読めない方向けににあらすじをつけています。
冒頭の人物紹介&あらすじページには内容のネタバレも含まれますのでご注意ください。
※前作「両翼少年協奏曲」とは同じ時系列の話です
視点や展開が多少異なります。単品でも楽しめますが、できれば両方ご覧いただけると嬉しいです
※主人公は被虐待のトラウマを抱えています。軽度な暴力シーンがあります。苦手な方はご注意くだださい。
こちら京都府警騎馬隊本部~私達が乗るのはお馬さんです
鏡野ゆう
ライト文芸
ここにいるおまわりさん達が乗るのは、パトカーでも白バイでもなくお馬さんです。
京都府警騎馬隊に配属になった新米警察官と新米お馬さんのお話。
※このお話はフィクションです。実在の京都府警察騎馬隊とは何ら関係はございません※
※カクヨム、小説家になろうでも公開中※
またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。
朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。
婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。
だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。
リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。
「なろう」「カクヨム」に投稿しています。
フレンドコード▼陰キャなゲーマーだけど、リア充したい
さくら/黒桜
ライト文芸
高校デビューしたら趣味のあう友人を作りたい。ところが新型ウイルス騒ぎで新生活をぶち壊しにされた、拗らせ陰キャのゲームオタク・圭太。
念願かなってゲーム友だちはできたものの、通学電車でしか会わず、名前もクラスも知らない。
なぜかクラスで一番の人気者・滝沢が絡んできたり、取り巻きにねたまれたり、ネッ友の女子に気に入られたり。この世界は理不尽だらけ。
乗り切るために必要なのは――本物の「フレンド」。
令和のマスク社会で生きる高校生たちの、フィルターがかった友情と恋。
※別サイトにある同タイトル作とは展開が異なる改稿版です。
※恋愛話は異性愛・同性愛ごちゃまぜ。青春ラブコメ風味。
※表紙をまんが同人誌版に変更しました。ついでにタイトルも同人誌とあわせました!
家政夫くんと、はてなのレシピ
真鳥カノ
ライト文芸
12/13 アルファポリス文庫様より書籍刊行です!
***
第五回ライト文芸大賞「家族愛賞」を頂きました!
皆々様、本当にありがとうございます!
***
大学に入ったばかりの泉竹志は、母の知人から、家政夫のバイトを紹介される。
派遣先で待っていたのは、とてもノッポで、無愛想で、生真面目な初老の男性・野保だった。
妻を亡くして気落ちしている野保を手伝ううち、竹志はとあるノートを発見する。
それは、亡くなった野保の妻が残したレシピノートだった。
野保の好物ばかりが書かれてあるそのノートだが、どれも、何か一つ欠けている。
「さあ、最後の『美味しい』の秘密は、何でしょう?」
これは謎でもミステリーでもない、ほんのちょっとした”はてな”のお話。
「はてなのレシピ」がもたらす、温かい物語。
※こちらの作品はエブリスタの方でも公開しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる