歌のふる里

月夜野 すみれ

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魂の還る惑星 第八章 Tistrya -雨の神-

第八章 第四話

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「ごめんね、小夜ちゃん。あいつ、恥ずかしいんだよ。色仕掛けで近づいたのにあっさり振られちゃったから」
 椿矢が聞こえよがしにあざけった。
 榎矢は赤い顔で振り返って椿矢を睨み付けると足早に去って行った。
「あんたの弟も知り合いを訊ねてきたのか?」
「いや、あいつは別件。親の代理でね」
「えっと……宗二さんのホントの名前は……」
 清美が小夜達を見た。
 もう顔を合わせることはないだろうと思っていたから聞いてなかったが、楸矢が椿矢とかなり親しげにしているからまた会う機会があるかもしれないと思って訊ねた。
 小夜が答えようとしたとき、
「宗二でいいよ」
 椿矢が肩をすくめた。
「え? でも……」
 清美が戸惑ったような表情を浮かべた。
 小夜も意外そうな顔をしていた。
「宗二って君達をだますために使った偽名でしょ。その名前で呼ばれる度に振られたこと思い出して古傷えぐられるはずだからさ。この先もずっとその名前で呼んでやって。いい気味だから」
 椿矢が人の悪い笑みを浮かべて言った。
 この人、弟には容赦ないな……。
 楸矢は横目で椿矢を見た。
 兄弟だから遠慮がないのかもしれない。
 もっとも遠慮がないのと意地悪は別だが。

 買い出しから帰ってきて、荷物を家の中に運び込んでいると柊矢がそわそわしているのに気付いた。
 さっきからムーシカが聴こえている。
「柊兄、後はやっとくから小夜ちゃんと散歩にでも行ってきたら? 南の方に人気のない浜辺があるらしいよ。そうだよね、清美ちゃん」
「はい。松林を抜けた先だそうです」
「西の方には灯台があるんでしょ。俺達はそっちに行こうよ」
 楸矢がそう言って清美を誘った。
「じゃあ、後は頼んだ。お前達もあんまり遅くなるなよ」
 柊矢はそう言うと小夜と連れだって出掛けていった。
 旅行へ来てもムーシカ奏でるとか、柊兄ブレないな……。
 キタラは持っていかなかったから二人で歌うのだろう。

 柊矢と小夜が並んで歩いていると、突然クレーイスが輝きだしてムーシカが聴こえてきた。
 柊矢にもそのムーシカが伝わってきた。
 このムーシカは!
「小夜、早く歌え!」
 柊矢の強い口調に小夜は目を丸くしたが、すぐに歌い始めた。
 次々と歌声や演奏が加わっていく。椿矢も歌っている。
 柊矢は注意深く小夜を見守っていたが、なんともなさそうだった。
 間に合ったのか……?
 歌い終わった小夜が柊矢を見上げた。
 柊矢は、このムーシカは以前小夜が呪詛で倒れたときにムーシケーが伝えてきたものだと教えた。
「じゃあ、今、聴こえたのって呪詛のムーシカ……」
「聴こえたのか!? 無事か!? 具合は!?」
 柊矢が顔色を変えた。
「あ、すぐ掻き消されちゃったのでなんともありません」
 その言葉に柊矢は胸を撫で下ろした。
 どうやら今回はぎりぎりのところで間に合ったようだ。
 しかし当人が聴こえたと言っているのだしムーシケーがクレーイスを通して伝えてきたことから考えても狙いは小夜だろう。
 だが小夜を狙う理由が分からない。クレーイス・エコーが邪魔なのは帰還派くらいだろうが沙陽はともかく他の者は諦めただろう。
 クレーイス・エコーが関係ないとなると残る狙いはムーシケーくらいしか思い付かないが惑星に敵対するものなどいるのか?
 ムーシケーの外側を回る惑星は砕けてしまってもう無い。
 ムーシケーと二重惑星のグラフェーは意識がないはずだし、仮にあったとしてもムーシケーの恋人――人ではないが――なのだから狙うとは思えない。
 この地球がある太陽系の惑星が現時点で判明しているだけで八つということを考えればムーシケーが回っている恒星にも他に惑星があるのかもしれない。
 惑星同士が敵対するというのも意味不明だが、それをいうなら惑星が意志を持っていたり歌ったりすること自体、人知を超えているからそこは深く考えても仕方ないだろう。
 再び何事もなかったかのようにムーシコスがムーシカを奏で始めた。
「とりあえず歌うか」
「はい」
 柊矢と小夜は聴こえてくるムーシカに合わせて歌い始めた。

 楸矢と清美が食料を冷蔵庫に入れていると小夜の歌声が聴こえてきた。
 このムーシカ、この前の……。
 一瞬、不安に駆られたが歌ってるのは小夜だから彼女は無事だし狙われたのが誰にしろ呪詛は払われたと考えていいはずだ。
 ムーシケーのムーシカが終わるとムーシコスが別のムーシカを歌い始めた。
 小夜の歌声も聴こえる。
 一緒にいる柊矢に何かあれば小夜が呑気のんきに普通のムーシカを歌っているはずがないから柊矢も大丈夫だろう。
 念の為スマホをチェックしてみたが小夜からも柊矢からもメッセージは来てなかった。
「楸矢さん、終わりましたから、あたし達も出掛けませんか?」
 清美が声をかけてきた。
「そうだね、行こうか」
 楸矢と清美は連れだって出かけた。

 柊矢と小夜、楸矢と清美はほぼ同時に家に戻ってきた。
 居間に入るとソファに座って小さくなっている香奈を隣に立った涼花が上から睨み付けていた。
「どうしたの?」
 小夜が香奈達に声をかけた。
「香奈があたし達を誘ったホントの理由わけが分かったの!」
「どういうこと?」
 小夜が首をかしげた。
「ここお化けが出るんだって!」
「ええ!」
 清美が怯えたように後退あとずさった。
 柊矢と楸矢、小夜も目を見張ったがそれはクレーイスが光り出したからだ。
「お化けって?」
 小夜が訊ねた。
 ホントにお化けなら小夜も怖いが、ただのお化けにクレーイスが反応するわけがない。
 香奈の話によると、この辺りは昔から夜になると海辺の崖の方から女性の歌声が聴こえると言われていた。
 歌声……。
 最近は観光客が増えてきたこともあり観光協会の人が御祓おはらいしてくれる人を呼んだらしい。
 神社で香奈が知り合いのおばさん(観光協会の人)と鉢合わせして事の次第しだいを聞いたそうだ。
 その言葉に柊矢と楸矢、小夜は顔を見合わせた。
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