歌のふる里

月夜野 すみれ

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魂の還る惑星 第七章 Takuru-冬-

第七章 第十二話

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 その夜、小夜の家が火事になった。

 ……あれはクレーイス・エコーになったから現れたのではなく小夜の危険を知らせるためだったのだろうか。
 そういえば……。

 椿矢はムーシカを奏でる以外でムーシコスを見分ける唯一の方法がムーサの森に気付くことだと言っていた。
 ムーサの森は、どこにいても聴こえるムーシカと違ってあまり離れた場所からでは見えないが半径一キロ程度の距離なら間に障害物があっても見える。
 近くにいるムーシコスに森に気付いたところを見られたらムーシコスだとバレる。
 だから姿を現さなかったのではないかと言っていた。

 だが柊矢と楸矢は子供の頃から度々あの森を見ていた。
 同じ新宿区内に住んでいたのだから柊矢達に見えていたとき気付いてなかったのは変だ。
 森はいつも超高層ビルの辺りに出ていたが、その辺は霧生家より霞乃家の方が遥かに近い。

 小夜にだけ見えないようにしていたのか……。

 触ることが出来るとはいってもムーサの森は実体ではない。
 実体なら地球人にも見えるが実際はムーシコスの目にしか映らない。
 もし椿矢の言う通り、柊矢が小夜を守れると判断したのだとしたら手元に楽器がなくても何か手段があるはずだ。
 ただ、ムーシケーの意思はかなり分かりづらい。

 小夜ですら、よく分からなくて困惑しているくらいなのに柊矢や楸矢に正確な意図が掴めるかどうか……。
 実際、あのときムーサの森が小夜の危険を知らせるために出てきたのだとしたらなんの警告になっていなかった。
 そのときノックの音が聞こえた。

「なんだ」
「柊矢さん、まだお仕事中ですか?」
 小夜の声に立ち上がってドアに向かった。
 部屋のすぐ外に小夜が立っていた。
「清美ちゃんが帰るのか?」
「清美が帰ったので、お時間あるなら歌いませんか?」
 以前は柊矢が音楽室で小夜を待っているか、小夜が歌い始めると柊矢や楸矢が音楽室へ行っていて誘うのはいつも柊矢や楸矢の方からだったが、最近は小夜の方からも柊矢に声を掛けてくるようになった。
 少なくともムーシカを奏でることに関しては遠慮がなくなってきたのだろう。
 出来ればこの調子で他のことも遠慮しなくなってくれるといいのだが。

「帰った? 送ってくって言っておいただろ」
「楸矢さんが送っていきました」
「そうか」
 清美は柊矢より楸矢に送ってもらう方が嬉しいだろう。
「なら、音楽室に行こう」
「はい」
 小夜が嬉しそうに頷いた。

 音楽室でキタラを手に取った柊矢は小夜に疑問をぶつけてみた。

「お前が初めて歌ったのはいつだ?」
「え?」
 質問の意図を図りかねた小夜が首をかしげた。
「初めて会ったとき、超高層ビルのそばで歌ってただろ。いつからあそこで歌ってた?」
 柊矢が管理している不動産は西新宿にいくつかあるからあの辺りにはよく行く。
 もし昔から小夜が西新宿の辺りで歌っていたならもっと早く出会っていたはずだ。

「柊矢さんと初めて会う何日か前です」
「その前にムーシカを歌ったことは?」
「ありません。ダメって言われてたのと、抵抗あったので」
「歌うのがダメ? 抵抗って言うのはどういう意味だ? 聴こえるって言うのを禁止されてたんだろ」
「聴こえるって言うのもですけど、歌うのも絶対ダメだって。学校の音楽の授業以外では絶対歌うなって言われてたんです」
「抵抗って言うのは?」
「自分でもはっきりとは……。ただ、なんとなく怖くて……」

 小夜は呪詛が聴こえる。
 両親が亡くなった時も聴こえていて、それで事故が起きたと薄々勘付いていたなら無意識にムーシカが怖くなっても不思議はないかもしれない。

「なら……」
「だんだん怖くなくなってきたんです。あの辺を歩きながら聴いてると、なんだか気分が軽くなってきて……。それで、あそこなら人通りが少ないし見通しがいいから人が見えたらすぐやめられるし、歌ってるところを見られなければお祖父ちゃんにもバレないんじゃないかと思って」
 おそらく恐怖心だけではなくムーシケーが歌いたい衝動を抑え込んでいたのだろう。

 椿矢が小夜はムーシケーとの共感力が強いようだと言っていた。
 だから小夜の口を使って歌うことが出来たのだろうと。
 だとすれば衝動を抑えることも出来るだろう。
 ムーシコスの大半は、例えクレーイス・エコーであろうとムーシケーの意志が分からないくらいだから直接働きかけるのは無理なようだが小夜にはある程度干渉出来るようだ。

 抑えるのをやめたのは何故なぜだ?
 あの辺で歌っていれば遠からず柊矢が気付いてやってくると分かっていたからか?
 帰還派が動き出していたからムーシケーを溶かされる前にクレーイス・エコームーソポイオスが必要になると思ったのか?
 クレーイス・エコームーソポイオスを選ぶのが選定者キタリステースなのだとしたら柊矢が小夜と出会ったからと言って選ぶ保証はないと思うのだが。
 柊矢なら小夜を選ぶと思ったのだろうか。
 実際、選んだのだからそう考えていたとしたら予想は的中したことになる。

「どうしたんですか、急に」
「いや、なんでもない」
 柊矢はそう言うとキタラを奏で始めた。

 楸矢が清美と並んで歩いていると小夜の歌声とキタラの音が聴こえてきた。

 そういえば、清美ちゃんが一緒だったから夕食前に歌えなかったんだっけ。

 お互いの熱い想いを語り合っているデュエットを聴かされても清美と一緒なら平気だ。
 柊矢と小夜がデートをしないなら自分が出掛ければいいのだ。

「清美ちゃんはテーマパーク、嫌じゃないんだよね?」
「もちろん、大好きです!」
「じゃあ、旅行から帰ったら一緒に行こうよ」
「はい! 喜んで!」
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