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魂の還る惑星 第七章 Takuru-冬-
第七章 第五話
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ムーシコスは他人に興味を示さないし群れたりもしないのだが、他のムーシコスを見つけると寄ってくる。
雨宮家と霍田家以外のムーシコス同士のカップルは大抵このパターンだ。
いくら他人に無関心とは言っても地球人の中で疎外感を抱いているからムーシコスを見つけると安心するのだろう。
従妹の両親(霧生兄弟の叔父叔母)がノートを見せる――というか祖母の死を知らせる――のに反対したのは遺産の取り分を減らしたくなかったからのようだがムーシコスは金に執着しない。
かなり地球人に近いムーシコスでさえ金や物に拘る者はほとんどいないのだ。
地球人の一家だから狙われた理由はノートだけだろうし、それはもう霧生兄弟の手に渡ってしまったのだからこれ以上、従妹が狙われることはないはずだ。
ノートは返却したと言っていたが、祖母の手元にあった半世紀近くの間は何もなかったのだから今後もないだろう。
仮に何かあったとしても向こうから縁を切ったのだから知ったことではない。
だがノートのせいで狙われたのなら今でも呪詛の依頼の件は終わっていないということになる。
そういえば今回、霧生兄弟が狙われたという話は聞いてない。
以前の帰還派のことは別件だし、両親と祖父は殺されたのは確かなようだが今度の件では小夜だけだ。
椿矢が霧生兄弟の従妹の事故を調べてみるとすぐに記事が見つかった。
楸矢の従妹の交通事故も居眠り運転だった。
ただ、一瞬、意識を失ったもののすぐに気が付いてブレーキを踏んでハンドルを切ったから従妹はケガですんだ。
従妹が事故に遭ったのは榎矢が叔父に頼まれた書類を椿矢に届けた日で時間もその頃だった。
つまり小夜が学校で呪詛払いのムーシカを歌ったときだから楸矢の手にノートが渡らないようにするために従妹を狙ったのは間違いないだろう。
だが小夜が呪詛払いのムーシカを歌ったために従妹の暗殺は失敗した。
椿矢はノートの呪詛の依頼者が来たときの記述を思い出そうとした。
しかし訪ねてきた男を追い返した、以上のことは書いてなかったはずだ。
それ以外で重要そうなものといえばリストくらいだ。
歌詞はムーシコスなら、そういうものがあるという事さえ分かれば後は望むだけで知ることが出来るから紙に書いてあるものを見る必要はない。
だがリストに名前がある者のほとんどが逝去していることを考えるとリストを渡したくなかったというのも考えづらい。
小夜との関係にしてもリストに他界した小夜の祖父の名前があっただけだ。
それとも自分に分からなかっただけで他に小夜と繋がりのある人物の名前があったのか?
分かるとしたら……柊矢君か。
「兄さん? こんなとこで何してんの?」
背後から榎矢の声が聞こえてきた。
「こんなとこって自分ちでしょ」
椿矢は榎矢に言い返した。
「入んないの?」
「今から入るよ」
椿矢は足を踏み出しかけて、
「今日、父さんいる?」
と訊ねた。
父に会いに来たのだから居ないなら入る意味がない。
「いるよ。依頼人が打合せに来るんだって」
「そ」
小夜を助ける手懸かりを掴むためだ。
小夜に、もしものことがあれば柊矢も跟いていってしまうだろう。
二人を守ることは楸矢を助けることにも繋がる。
椿矢は覚悟を決めると門の中に足を踏み入れた。
両親はダイニングにいた。テーブルの上の湯飲みは普段使いのものだ。依頼人はまだ来てないらしい。
「なんだ、最近よく帰ってくるな」
大学の助手になって給料をもらうようになるとすぐに家を出て、その後は帰ってなかったから、ここのところ何度も顔を出しているが意外なのだろう。
椿矢は子供の頃から家族を始めとした一族の人間に対して軽蔑を露わにしていて辛辣なことを言っていた。血筋だの家系だのという戯言を言う者にだけだが。
特に祖父に対してはバカにした態度を隠そうともしなかったために仲は険悪だった。
「ちょっとね。父さん、沢口さんのこと、よく知ってた?」
「いや、あの人は祖父さんの知り合いだったからな。会ったのも、あの人がうちに来たときだけだし」
「祖父様とはどういう知り合いだったの?」
「何かのきっかけでお互いムーシコスだと分かって、それ以来、話し相手になってたらしい。沢口さんは周りにムーシコスがほとんどいなくて他には相談が出来なかったそうでな」
「沢口さんの娘さんは? 朝子さん、だったよね?」
「あの人は……ムーシコスが好きじゃなかったから、うちにも滅多に来なかったんで、よくは知らんな」
椿矢や榎矢によそよそしかったのは子供嫌いなのではなくムーシコスが嫌いだったからなのか。
「彼女だってムーシコスでしょ。それなのに嫌ってたの?」
「うん……」
父は一瞬、躊躇った後、
「あの人は……、ちょっと、おかしなところがあってな」
と言った。
「どこが?」
「ムーシカが聴こえてくると、よく目を押さえていた」
「目? 耳じゃなくて?」
ムーシカは耳で聴いているわけではないが、それでも音として認識されているから聴きたくないと思ったら普通は耳を塞ぐ。
そのとき不意に祖父の日記にあった記述を思い出した。
「父さん、ありがと」
椿矢はそう言うと蔵へ向かった。
蔵の中から祖父の日記を取りだして開くとページをめくった。
雨宮家と霍田家以外のムーシコス同士のカップルは大抵このパターンだ。
いくら他人に無関心とは言っても地球人の中で疎外感を抱いているからムーシコスを見つけると安心するのだろう。
従妹の両親(霧生兄弟の叔父叔母)がノートを見せる――というか祖母の死を知らせる――のに反対したのは遺産の取り分を減らしたくなかったからのようだがムーシコスは金に執着しない。
かなり地球人に近いムーシコスでさえ金や物に拘る者はほとんどいないのだ。
地球人の一家だから狙われた理由はノートだけだろうし、それはもう霧生兄弟の手に渡ってしまったのだからこれ以上、従妹が狙われることはないはずだ。
ノートは返却したと言っていたが、祖母の手元にあった半世紀近くの間は何もなかったのだから今後もないだろう。
仮に何かあったとしても向こうから縁を切ったのだから知ったことではない。
だがノートのせいで狙われたのなら今でも呪詛の依頼の件は終わっていないということになる。
そういえば今回、霧生兄弟が狙われたという話は聞いてない。
以前の帰還派のことは別件だし、両親と祖父は殺されたのは確かなようだが今度の件では小夜だけだ。
椿矢が霧生兄弟の従妹の事故を調べてみるとすぐに記事が見つかった。
楸矢の従妹の交通事故も居眠り運転だった。
ただ、一瞬、意識を失ったもののすぐに気が付いてブレーキを踏んでハンドルを切ったから従妹はケガですんだ。
従妹が事故に遭ったのは榎矢が叔父に頼まれた書類を椿矢に届けた日で時間もその頃だった。
つまり小夜が学校で呪詛払いのムーシカを歌ったときだから楸矢の手にノートが渡らないようにするために従妹を狙ったのは間違いないだろう。
だが小夜が呪詛払いのムーシカを歌ったために従妹の暗殺は失敗した。
椿矢はノートの呪詛の依頼者が来たときの記述を思い出そうとした。
しかし訪ねてきた男を追い返した、以上のことは書いてなかったはずだ。
それ以外で重要そうなものといえばリストくらいだ。
歌詞はムーシコスなら、そういうものがあるという事さえ分かれば後は望むだけで知ることが出来るから紙に書いてあるものを見る必要はない。
だがリストに名前がある者のほとんどが逝去していることを考えるとリストを渡したくなかったというのも考えづらい。
小夜との関係にしてもリストに他界した小夜の祖父の名前があっただけだ。
それとも自分に分からなかっただけで他に小夜と繋がりのある人物の名前があったのか?
分かるとしたら……柊矢君か。
「兄さん? こんなとこで何してんの?」
背後から榎矢の声が聞こえてきた。
「こんなとこって自分ちでしょ」
椿矢は榎矢に言い返した。
「入んないの?」
「今から入るよ」
椿矢は足を踏み出しかけて、
「今日、父さんいる?」
と訊ねた。
父に会いに来たのだから居ないなら入る意味がない。
「いるよ。依頼人が打合せに来るんだって」
「そ」
小夜を助ける手懸かりを掴むためだ。
小夜に、もしものことがあれば柊矢も跟いていってしまうだろう。
二人を守ることは楸矢を助けることにも繋がる。
椿矢は覚悟を決めると門の中に足を踏み入れた。
両親はダイニングにいた。テーブルの上の湯飲みは普段使いのものだ。依頼人はまだ来てないらしい。
「なんだ、最近よく帰ってくるな」
大学の助手になって給料をもらうようになるとすぐに家を出て、その後は帰ってなかったから、ここのところ何度も顔を出しているが意外なのだろう。
椿矢は子供の頃から家族を始めとした一族の人間に対して軽蔑を露わにしていて辛辣なことを言っていた。血筋だの家系だのという戯言を言う者にだけだが。
特に祖父に対してはバカにした態度を隠そうともしなかったために仲は険悪だった。
「ちょっとね。父さん、沢口さんのこと、よく知ってた?」
「いや、あの人は祖父さんの知り合いだったからな。会ったのも、あの人がうちに来たときだけだし」
「祖父様とはどういう知り合いだったの?」
「何かのきっかけでお互いムーシコスだと分かって、それ以来、話し相手になってたらしい。沢口さんは周りにムーシコスがほとんどいなくて他には相談が出来なかったそうでな」
「沢口さんの娘さんは? 朝子さん、だったよね?」
「あの人は……ムーシコスが好きじゃなかったから、うちにも滅多に来なかったんで、よくは知らんな」
椿矢や榎矢によそよそしかったのは子供嫌いなのではなくムーシコスが嫌いだったからなのか。
「彼女だってムーシコスでしょ。それなのに嫌ってたの?」
「うん……」
父は一瞬、躊躇った後、
「あの人は……、ちょっと、おかしなところがあってな」
と言った。
「どこが?」
「ムーシカが聴こえてくると、よく目を押さえていた」
「目? 耳じゃなくて?」
ムーシカは耳で聴いているわけではないが、それでも音として認識されているから聴きたくないと思ったら普通は耳を塞ぐ。
そのとき不意に祖父の日記にあった記述を思い出した。
「父さん、ありがと」
椿矢はそう言うと蔵へ向かった。
蔵の中から祖父の日記を取りだして開くとページをめくった。
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