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魂の還る惑星 第七章 Takuru-冬-
第七章 第四話
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楸矢は柊矢が小夜のためにしょっちゅうヴァイオリンを弾いていると言っていたが、小夜の歌声とキタラの音はよく聴こえてるから実際にはそれほど多いわけではない。
他の娯楽に目もくれずにひたすらムーシカを奏で続けている柊矢と小夜。
椿矢の周囲にここまでのムーシコスは一人もいなかった。
本当にシーラカンスなんだな……。
ムーシコスの一族がどうのと寝言をほざいてる連中にあの二人を見せて、あれが本物のムーシコスだと言ってやりたい。
「前に小夜ちゃんが、ムーシコスは音楽を愛する平和な種族だと思ってたって言ってたの思い出したよ。ムーシカ奏でる以外のことしないなら平和は平和だよね。戦争とかもしないって事なんだし」
確かにその通りだ。
とはいえ地球にいるムーシコスの中で本当にムーシカだけで満足出来てしまうのは恐らく柊矢と小夜だけだと思うが。
「ところで僕も教えて欲しいことがあるんだけど」
「何?」
「君のお父さん、何年生まれ?」
「え……? えーっと……確か、父さんの一歳の誕生日に、親子三人で完成したばかりの超高層ビルのレストランに行ったって聞いたけど。初めて出来た超高層ビルってなんだっけ、えっと……」
開業が七十一年だからそのとき一歳なら七十年生まれだ。
「ありがと」
椿矢は自分の家の門の前で溜息を吐いた。
家を出たときは二度と戻らないと決めていた。
縁を切ったつもりだった。
研究職に就くなら大学院で博士号を取った方が有利だったのだがどうせ学会には発表できない研究をするのだし――そもそも学会自体、存在しないが――それなら給料さえ貰えれば一生下っ端のままで構わないと割り切って大学の助手になった。
博士号が必要になったら論文を出して取ればいい。
とにかく一日も早く家を出たかった。
つまらない妄言を聞かされるのはこれ以上我慢出来なかったし、いちいち喧嘩を吹っ掛けてくる榎矢も鬱陶しくてしょうがなかった。
それなのに、その不肖の弟のせいで何度も戻る羽目になり、ようやく一件落着して今度こそ帰る必要がなくなったと思っていたのだが……。
夢を叶えてくれた、か……。
もしかしたら柊矢君を失う以上に小夜ちゃんを亡くしたときの衝撃の方が大きいかもしれないな。
椿矢の両親は今でも健在だしムーシコスの家系がどうのという碌でもない世迷い言は言うがそれを抜かせば普通の親だ。
楸矢の言っていた小夜が叶えてくれた憧れは、どれもこれも椿矢や榎矢が当たり前のように享受してきたもので羨望の対象になるようなものだなんて思ってもみなかった。
柊矢の小言ですら言われるのは嫌だとしても、反面、親に叱られるというのはこういう感じなのかという思いはあるかもしれない。
椿矢に両親を知らずに育った楸矢や小夜の気持ちを理解してやることは出来ない。
ましてや名前の由来どころか親の写真すら見たことのない小夜の心情は想像も付かない。
その点では親に感謝すべきなのだろう。
家系だ血筋だと言う痴れ言は勘弁して欲しいが。
生まれてすぐに両親を亡くし、それ以前に祖母も出ていってしまって女親を知らなかった楸矢にとって小夜は憧れていた理想の母親そのものだったのだ。
おそらく甘えたり我が儘を言ったりしても小夜のことだから優しく笑って応えてくれてるに違いない。
柊矢が怒ったときも取りなしてくれていると言っていた。
楸矢の存在を意識するようになって成績などのことで叱るようになった柊矢は厳しい父親みたいなものだろうし、その父親から庇ってくれる小夜は思い描いていた母親そのものだろう。
厳格な父親と優しい母親。小夜が来たことで子供の頃から夢見ていた理想の家庭をようやく経験出来たのだ。
だが楸矢は両親を疑似体験出来たが小夜にそれをさせてくれる相手はいない。
柊矢とは年が離れているといっても親子というほどではないから、どれだけ柊矢が甘やかそうと「お父さんみたい」とは思わないはずだ。
父親に似てるところがあれば別だろうが、小夜はおそらく父親の事は何も覚えてないだろう。
小夜の両親の事故の記録の中に両親の画像もあったが、父親の方は運転免許証の写真らしく、しかつめらしい顔で映っていた。
柊矢と似通った点はない。
母親の方はスマホの普及前だったから多分ガラケーで撮ったものを借りてきたのだろう。
解像度が低くどんな顔だったのかはっきりとは分からなかった。
残ってる写真があれだけなんて……。
この上、小夜とそれに引きずられた柊矢まで早逝なんてことになったりしたらさすがの椿矢でも落ち込みそうだ。
だが一人で残された楸矢はそれどころでは済まないだろう。
霧生兄弟の父親の生まれた年から考えて物心ついた頃というのは沢口の知り合いが亡くなった時期と一致している。
この前の小夜に対する呪詛の半世紀近く前だったことと考え合わせると、呪詛の依頼と小夜に対する呪詛が別人なのは確かだ。
だが関係ないとは言い切れない。
霧生兄弟の従妹が狙われたのはノートが霧生兄弟の手に渡るのを阻止するためだ。
楸矢が従妹を始めとした祖母の新しい家族は皆地球人だろうと言っていたが、それは椿矢も同感だ。
従妹も叔母も「歌が聴こえる」という部分には触れなかったそうだし、ノートを読んだ者の中に誰か一人でもムーシコスがいれば霧生兄弟に会いにきただろう。
他の娯楽に目もくれずにひたすらムーシカを奏で続けている柊矢と小夜。
椿矢の周囲にここまでのムーシコスは一人もいなかった。
本当にシーラカンスなんだな……。
ムーシコスの一族がどうのと寝言をほざいてる連中にあの二人を見せて、あれが本物のムーシコスだと言ってやりたい。
「前に小夜ちゃんが、ムーシコスは音楽を愛する平和な種族だと思ってたって言ってたの思い出したよ。ムーシカ奏でる以外のことしないなら平和は平和だよね。戦争とかもしないって事なんだし」
確かにその通りだ。
とはいえ地球にいるムーシコスの中で本当にムーシカだけで満足出来てしまうのは恐らく柊矢と小夜だけだと思うが。
「ところで僕も教えて欲しいことがあるんだけど」
「何?」
「君のお父さん、何年生まれ?」
「え……? えーっと……確か、父さんの一歳の誕生日に、親子三人で完成したばかりの超高層ビルのレストランに行ったって聞いたけど。初めて出来た超高層ビルってなんだっけ、えっと……」
開業が七十一年だからそのとき一歳なら七十年生まれだ。
「ありがと」
椿矢は自分の家の門の前で溜息を吐いた。
家を出たときは二度と戻らないと決めていた。
縁を切ったつもりだった。
研究職に就くなら大学院で博士号を取った方が有利だったのだがどうせ学会には発表できない研究をするのだし――そもそも学会自体、存在しないが――それなら給料さえ貰えれば一生下っ端のままで構わないと割り切って大学の助手になった。
博士号が必要になったら論文を出して取ればいい。
とにかく一日も早く家を出たかった。
つまらない妄言を聞かされるのはこれ以上我慢出来なかったし、いちいち喧嘩を吹っ掛けてくる榎矢も鬱陶しくてしょうがなかった。
それなのに、その不肖の弟のせいで何度も戻る羽目になり、ようやく一件落着して今度こそ帰る必要がなくなったと思っていたのだが……。
夢を叶えてくれた、か……。
もしかしたら柊矢君を失う以上に小夜ちゃんを亡くしたときの衝撃の方が大きいかもしれないな。
椿矢の両親は今でも健在だしムーシコスの家系がどうのという碌でもない世迷い言は言うがそれを抜かせば普通の親だ。
楸矢の言っていた小夜が叶えてくれた憧れは、どれもこれも椿矢や榎矢が当たり前のように享受してきたもので羨望の対象になるようなものだなんて思ってもみなかった。
柊矢の小言ですら言われるのは嫌だとしても、反面、親に叱られるというのはこういう感じなのかという思いはあるかもしれない。
椿矢に両親を知らずに育った楸矢や小夜の気持ちを理解してやることは出来ない。
ましてや名前の由来どころか親の写真すら見たことのない小夜の心情は想像も付かない。
その点では親に感謝すべきなのだろう。
家系だ血筋だと言う痴れ言は勘弁して欲しいが。
生まれてすぐに両親を亡くし、それ以前に祖母も出ていってしまって女親を知らなかった楸矢にとって小夜は憧れていた理想の母親そのものだったのだ。
おそらく甘えたり我が儘を言ったりしても小夜のことだから優しく笑って応えてくれてるに違いない。
柊矢が怒ったときも取りなしてくれていると言っていた。
楸矢の存在を意識するようになって成績などのことで叱るようになった柊矢は厳しい父親みたいなものだろうし、その父親から庇ってくれる小夜は思い描いていた母親そのものだろう。
厳格な父親と優しい母親。小夜が来たことで子供の頃から夢見ていた理想の家庭をようやく経験出来たのだ。
だが楸矢は両親を疑似体験出来たが小夜にそれをさせてくれる相手はいない。
柊矢とは年が離れているといっても親子というほどではないから、どれだけ柊矢が甘やかそうと「お父さんみたい」とは思わないはずだ。
父親に似てるところがあれば別だろうが、小夜はおそらく父親の事は何も覚えてないだろう。
小夜の両親の事故の記録の中に両親の画像もあったが、父親の方は運転免許証の写真らしく、しかつめらしい顔で映っていた。
柊矢と似通った点はない。
母親の方はスマホの普及前だったから多分ガラケーで撮ったものを借りてきたのだろう。
解像度が低くどんな顔だったのかはっきりとは分からなかった。
残ってる写真があれだけなんて……。
この上、小夜とそれに引きずられた柊矢まで早逝なんてことになったりしたらさすがの椿矢でも落ち込みそうだ。
だが一人で残された楸矢はそれどころでは済まないだろう。
霧生兄弟の父親の生まれた年から考えて物心ついた頃というのは沢口の知り合いが亡くなった時期と一致している。
この前の小夜に対する呪詛の半世紀近く前だったことと考え合わせると、呪詛の依頼と小夜に対する呪詛が別人なのは確かだ。
だが関係ないとは言い切れない。
霧生兄弟の従妹が狙われたのはノートが霧生兄弟の手に渡るのを阻止するためだ。
楸矢が従妹を始めとした祖母の新しい家族は皆地球人だろうと言っていたが、それは椿矢も同感だ。
従妹も叔母も「歌が聴こえる」という部分には触れなかったそうだし、ノートを読んだ者の中に誰か一人でもムーシコスがいれば霧生兄弟に会いにきただろう。
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