歌のふる里

月夜野 すみれ

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魂の還る惑星 第六章 Al-Shi'ra -輝く星-

第六章 第三話

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 てのひらの上に載っていたのはクレーイスだった。

「お前! また小夜ちゃ……」
「これは偽物」
 榎矢が椿矢の言葉を遮った。
「え?」
「あの子、沙陽さんがクレーイス狙ってるって気付いて、本物隠して偽物持ってたんだよ」
「……それ、小夜ちゃんが持ってた偽物ってこと?」
「それは偽物だって気付いたときに沙陽さんが捨てた」

 どちらにしろ小夜からったのだ。
 椿矢は弟の頭の悪さに眩暈めまいを覚えた。

 どうしてムーシコスというのは、こう揃いも揃ってバカばかりなのか!

 小夜が本物を盗られないように偽物を持っていて、帰還派がそれに気付かずに手に入れたということはだまし取ったか盗み取ったかのどちらかだ。
 そして、それを知っているということは犯行に荷担かたんしていたということだ。

 本物を隠して偽物を持ち歩くだけの頭がある小夜がそう易々やすやすと口車に乗せられて騙し取られるわけがない。
 それにクレーイスが必要だという嘘を信じたのだとしたら本物を渡すはずだ。

 つまり隙を突いて盗んだか強引に奪ったのだ。
 こっそりったなら窃盗罪ですむが、奪い盗るときに小夜にケガをさせていたら強盗罪に問われる。
 人を雇ってやらせたとしても強盗教唆きょうさ罪だ。
 強盗罪というのは被害者が軽傷でも殺人罪より重い罪に問われる。

 呪詛のように超自然的な力を使った犯行と違い、クレーイスを奪ってくるというのは誰かが実行したはずで、それなら犯罪の立証が可能だ。
 榎矢は色仕掛けを使おうとしたくらいだから強盗はしてないだろうし人を雇えるような金も持ってないから他の帰還派の仕業しわざだろう。

 しかし帰還派の誰かが実行犯なら強盗の、人を雇ったなら強盗教唆の共犯だ。
 榎矢を始めとした帰還派の連中は、小夜か小夜の後見人である柊矢が被害届を出したら強盗罪で刑務所送りになると理解しているのだろうか。

 というか窃盗罪にしろ強盗罪にしろ親告しんこく罪ではないから何らかの拍子ひょうし露見ろけんして捕まることは大いに有り得る。
 日常的に違法行為をしているチンピラを雇ったなら他の犯罪を犯して捕まったときに余罪を自白させられて犯行が発覚する可能性は十分ある。
 榎矢は初犯だから有罪になっても執行猶予で刑務所には入らなくてすむかもしれないが前科は付く。

 まぁ、前科持ちになればこれ以上バカなことはしでかさないようになるだろう。

 ムーシコスは音楽ムーシカのことしか考えてない音楽バカと言えないこともないが、学業成績の悪さに目をつぶってでも入学させたいと思ってもらえるだけの実力がある楸矢のような音楽バカならいざ知らず、普通のムーシコスにそんな才能はない。
 ムーシコスに音痴はいないし楽器もある程度けるとはいえ地球人に才能を認めてもらえるほどではないからただのバカだ。

 もっとも柊矢にしろ小夜にしろ二人共かなり賢いし、楸矢にしても成績は悪いらしいが割と思慮深いから、帰還派というのはムーシコスの中でも特に頭の悪い連中の集まりなのかもしれない。

「これは祖父様じいさまの」
 榎矢は偽クレーイスをポケットに仕舞しまった。
「確かに僕がながめてるときにクレーイスが無くなったけど、どこかへやっちゃったわけじゃないよ。僕の目の前で消えちゃったんだよ」
「え、じゃあ……」
 椿矢がようやくまともに榎矢の方を向いた。

「沙陽さんとおんなじ。祖父様もクレーイス・エコーから外されたの。それを隠すためにこれ作ったんだよ。それで、祖父様が死んだら僕がこれを祖父様の持ち物から取り出すように言われてたの」

 死んだのにクレーイスが残ってたら偽物だとバレるから亡くなった直後に処分する必要がある。
 それを榎矢に頼んだのは、ムーシコスはパートナーが死ぬと一緒にってしまうことが多いから祖母では偽クレーイスを取り出して処分する時間がないかもしれないと考えたからだろう。

 つまり、
「父さん達もそのことは知らなかったんだ……」
 知っていたら、うっかり者の榎矢ではなく父か母に頼んだはずだ。

 バカで口の軽い榎矢がよく十八年も秘密を守ってこられたと感心しかけたが、内緒にしていたわけではなく何度も無くしてないと訴えていたが誰も相手にしなかっただけだと思い至った。
 クレーイスが忽然こつぜんと消えたという事を上手く説明出来なくて「無くしてない」と言う言葉だけを繰り返していたからみんなから聞き流されてしまっていたのだ。

「祖父様と祖母様と僕だけの秘密だったんだよ」
 ずっと誰かに話したかったようだ。
 そして、今になってようやく偽クレーイスという証拠を見せればいいと気付いたのだ。

 思い付くまでに二十年近く掛かるなんて……。

 椿矢は軽蔑の眼差しを榎矢に向けた。
 榎矢はまたバカにされてると気付いたようだが、その理由が分からないらしい。
 椿矢は溜息をいた。

「つまり僕は地面の穴って訳だ」
「え?」
「王様の耳はロバの耳って話くらい知ってるでしょ」
「ああ」
 それすら知らないようだと、大して偏差値の高くない大学に裏口入学しなければならないほど成績が悪かったんじゃないかと疑いたくなるが、さすがにその程度の知識はあったようだ。

 楸矢のように音大付属や音大に実技で入れるだけの才能があるならまだしも、なんの取り柄もないバカの上に知識までとぼしかったりしたら目も当てられない。

「まぁ、いいや。地面の穴でも秘密を教えてくれたんだからお駄賃やるよ」
 その言葉に榎矢が手を出した。
「お金じゃなくて労働。頭脳労働の方ね。手伝ってやるって言ってるの」
 榎矢が気まずそうに手を下ろした。
「お前、適当に並べてるけど父さん達は仕事に必要だから返せって言ったんでしょ」
 椿矢は棚の一番端に置いてある本を指した。
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