99 / 144
魂の還る惑星 第六章 Al-Shi'ra -輝く星-
第六章 第三話
しおりを挟む
掌の上に載っていたのはクレーイスだった。
「お前! また小夜ちゃ……」
「これは偽物」
榎矢が椿矢の言葉を遮った。
「え?」
「あの子、沙陽さんがクレーイス狙ってるって気付いて、本物隠して偽物持ってたんだよ」
「……それ、小夜ちゃんが持ってた偽物ってこと?」
「それは偽物だって気付いたときに沙陽さんが捨てた」
どちらにしろ小夜から盗ったのだ。
椿矢は弟の頭の悪さに眩暈を覚えた。
どうしてムーシコスというのは、こう揃いも揃ってバカばかりなのか!
小夜が本物を盗られないように偽物を持っていて、帰還派がそれに気付かずに手に入れたということは騙し取ったか盗み取ったかのどちらかだ。
そして、それを知っているということは犯行に荷担していたということだ。
本物を隠して偽物を持ち歩くだけの頭がある小夜がそう易々と口車に乗せられて騙し取られるわけがない。
それにクレーイスが必要だという嘘を信じたのだとしたら本物を渡すはずだ。
つまり隙を突いて盗んだか強引に奪ったのだ。
こっそり盗ったなら窃盗罪ですむが、奪い盗るときに小夜にケガをさせていたら強盗罪に問われる。
人を雇ってやらせたとしても強盗教唆罪だ。
強盗罪というのは被害者が軽傷でも殺人罪より重い罪に問われる。
呪詛のように超自然的な力を使った犯行と違い、クレーイスを奪ってくるというのは誰かが実行したはずで、それなら犯罪の立証が可能だ。
榎矢は色仕掛けを使おうとしたくらいだから強盗はしてないだろうし人を雇えるような金も持ってないから他の帰還派の仕業だろう。
しかし帰還派の誰かが実行犯なら強盗の、人を雇ったなら強盗教唆の共犯だ。
榎矢を始めとした帰還派の連中は、小夜か小夜の後見人である柊矢が被害届を出したら強盗罪で刑務所送りになると理解しているのだろうか。
というか窃盗罪にしろ強盗罪にしろ親告罪ではないから何らかの拍子に露見して捕まることは大いに有り得る。
日常的に違法行為をしているチンピラを雇ったなら他の犯罪を犯して捕まったときに余罪を自白させられて犯行が発覚する可能性は十分ある。
榎矢は初犯だから有罪になっても執行猶予で刑務所には入らなくてすむかもしれないが前科は付く。
まぁ、前科持ちになればこれ以上バカなことはしでかさないようになるだろう。
ムーシコスは音楽のことしか考えてない音楽バカと言えないこともないが、学業成績の悪さに目を瞑ってでも入学させたいと思ってもらえるだけの実力がある楸矢のような音楽バカならいざ知らず、普通のムーシコスにそんな才能はない。
ムーシコスに音痴はいないし楽器もある程度弾けるとはいえ地球人に才能を認めてもらえるほどではないからただのバカだ。
もっとも柊矢にしろ小夜にしろ二人共かなり賢いし、楸矢にしても成績は悪いらしいが割と思慮深いから、帰還派というのはムーシコスの中でも特に頭の悪い連中の集まりなのかもしれない。
「これは祖父様の」
榎矢は偽クレーイスをポケットに仕舞った。
「確かに僕が眺めてるときにクレーイスが無くなったけど、どこかへやっちゃったわけじゃないよ。僕の目の前で消えちゃったんだよ」
「え、じゃあ……」
椿矢がようやくまともに榎矢の方を向いた。
「沙陽さんと同じ。祖父様もクレーイス・エコーから外されたの。それを隠すためにこれ作ったんだよ。それで、祖父様が死んだら僕がこれを祖父様の持ち物から取り出すように言われてたの」
死んだのにクレーイスが残ってたら偽物だとバレるから亡くなった直後に処分する必要がある。
それを榎矢に頼んだのは、ムーシコスはパートナーが死ぬと一緒に逝ってしまうことが多いから祖母では偽クレーイスを取り出して処分する時間がないかもしれないと考えたからだろう。
つまり、
「父さん達もそのことは知らなかったんだ……」
知っていたら、うっかり者の榎矢ではなく父か母に頼んだはずだ。
バカで口の軽い榎矢がよく十八年も秘密を守ってこられたと感心しかけたが、内緒にしていたわけではなく何度も無くしてないと訴えていたが誰も相手にしなかっただけだと思い至った。
クレーイスが忽然と消えたという事を上手く説明出来なくて「無くしてない」と言う言葉だけを繰り返していたから皆から聞き流されてしまっていたのだ。
「祖父様と祖母様と僕だけの秘密だったんだよ」
ずっと誰かに話したかったようだ。
そして、今になってようやく偽クレーイスという証拠を見せればいいと気付いたのだ。
思い付くまでに二十年近く掛かるなんて……。
椿矢は軽蔑の眼差しを榎矢に向けた。
榎矢はまたバカにされてると気付いたようだが、その理由が分からないらしい。
椿矢は溜息を吐いた。
「つまり僕は地面の穴って訳だ」
「え?」
「王様の耳はロバの耳って話くらい知ってるでしょ」
「ああ」
それすら知らないようだと、大して偏差値の高くない大学に裏口入学しなければならないほど成績が悪かったんじゃないかと疑いたくなるが、さすがにその程度の知識はあったようだ。
楸矢のように音大付属や音大に実技で入れるだけの才能があるならまだしも、なんの取り柄もないバカの上に知識まで乏しかったりしたら目も当てられない。
「まぁ、いいや。地面の穴でも秘密を教えてくれたんだからお駄賃やるよ」
その言葉に榎矢が手を出した。
「お金じゃなくて労働。頭脳労働の方ね。手伝ってやるって言ってるの」
榎矢が気まずそうに手を下ろした。
「お前、適当に並べてるけど父さん達は仕事に必要だから返せって言ったんでしょ」
椿矢は棚の一番端に置いてある本を指した。
「お前! また小夜ちゃ……」
「これは偽物」
榎矢が椿矢の言葉を遮った。
「え?」
「あの子、沙陽さんがクレーイス狙ってるって気付いて、本物隠して偽物持ってたんだよ」
「……それ、小夜ちゃんが持ってた偽物ってこと?」
「それは偽物だって気付いたときに沙陽さんが捨てた」
どちらにしろ小夜から盗ったのだ。
椿矢は弟の頭の悪さに眩暈を覚えた。
どうしてムーシコスというのは、こう揃いも揃ってバカばかりなのか!
小夜が本物を盗られないように偽物を持っていて、帰還派がそれに気付かずに手に入れたということは騙し取ったか盗み取ったかのどちらかだ。
そして、それを知っているということは犯行に荷担していたということだ。
本物を隠して偽物を持ち歩くだけの頭がある小夜がそう易々と口車に乗せられて騙し取られるわけがない。
それにクレーイスが必要だという嘘を信じたのだとしたら本物を渡すはずだ。
つまり隙を突いて盗んだか強引に奪ったのだ。
こっそり盗ったなら窃盗罪ですむが、奪い盗るときに小夜にケガをさせていたら強盗罪に問われる。
人を雇ってやらせたとしても強盗教唆罪だ。
強盗罪というのは被害者が軽傷でも殺人罪より重い罪に問われる。
呪詛のように超自然的な力を使った犯行と違い、クレーイスを奪ってくるというのは誰かが実行したはずで、それなら犯罪の立証が可能だ。
榎矢は色仕掛けを使おうとしたくらいだから強盗はしてないだろうし人を雇えるような金も持ってないから他の帰還派の仕業だろう。
しかし帰還派の誰かが実行犯なら強盗の、人を雇ったなら強盗教唆の共犯だ。
榎矢を始めとした帰還派の連中は、小夜か小夜の後見人である柊矢が被害届を出したら強盗罪で刑務所送りになると理解しているのだろうか。
というか窃盗罪にしろ強盗罪にしろ親告罪ではないから何らかの拍子に露見して捕まることは大いに有り得る。
日常的に違法行為をしているチンピラを雇ったなら他の犯罪を犯して捕まったときに余罪を自白させられて犯行が発覚する可能性は十分ある。
榎矢は初犯だから有罪になっても執行猶予で刑務所には入らなくてすむかもしれないが前科は付く。
まぁ、前科持ちになればこれ以上バカなことはしでかさないようになるだろう。
ムーシコスは音楽のことしか考えてない音楽バカと言えないこともないが、学業成績の悪さに目を瞑ってでも入学させたいと思ってもらえるだけの実力がある楸矢のような音楽バカならいざ知らず、普通のムーシコスにそんな才能はない。
ムーシコスに音痴はいないし楽器もある程度弾けるとはいえ地球人に才能を認めてもらえるほどではないからただのバカだ。
もっとも柊矢にしろ小夜にしろ二人共かなり賢いし、楸矢にしても成績は悪いらしいが割と思慮深いから、帰還派というのはムーシコスの中でも特に頭の悪い連中の集まりなのかもしれない。
「これは祖父様の」
榎矢は偽クレーイスをポケットに仕舞った。
「確かに僕が眺めてるときにクレーイスが無くなったけど、どこかへやっちゃったわけじゃないよ。僕の目の前で消えちゃったんだよ」
「え、じゃあ……」
椿矢がようやくまともに榎矢の方を向いた。
「沙陽さんと同じ。祖父様もクレーイス・エコーから外されたの。それを隠すためにこれ作ったんだよ。それで、祖父様が死んだら僕がこれを祖父様の持ち物から取り出すように言われてたの」
死んだのにクレーイスが残ってたら偽物だとバレるから亡くなった直後に処分する必要がある。
それを榎矢に頼んだのは、ムーシコスはパートナーが死ぬと一緒に逝ってしまうことが多いから祖母では偽クレーイスを取り出して処分する時間がないかもしれないと考えたからだろう。
つまり、
「父さん達もそのことは知らなかったんだ……」
知っていたら、うっかり者の榎矢ではなく父か母に頼んだはずだ。
バカで口の軽い榎矢がよく十八年も秘密を守ってこられたと感心しかけたが、内緒にしていたわけではなく何度も無くしてないと訴えていたが誰も相手にしなかっただけだと思い至った。
クレーイスが忽然と消えたという事を上手く説明出来なくて「無くしてない」と言う言葉だけを繰り返していたから皆から聞き流されてしまっていたのだ。
「祖父様と祖母様と僕だけの秘密だったんだよ」
ずっと誰かに話したかったようだ。
そして、今になってようやく偽クレーイスという証拠を見せればいいと気付いたのだ。
思い付くまでに二十年近く掛かるなんて……。
椿矢は軽蔑の眼差しを榎矢に向けた。
榎矢はまたバカにされてると気付いたようだが、その理由が分からないらしい。
椿矢は溜息を吐いた。
「つまり僕は地面の穴って訳だ」
「え?」
「王様の耳はロバの耳って話くらい知ってるでしょ」
「ああ」
それすら知らないようだと、大して偏差値の高くない大学に裏口入学しなければならないほど成績が悪かったんじゃないかと疑いたくなるが、さすがにその程度の知識はあったようだ。
楸矢のように音大付属や音大に実技で入れるだけの才能があるならまだしも、なんの取り柄もないバカの上に知識まで乏しかったりしたら目も当てられない。
「まぁ、いいや。地面の穴でも秘密を教えてくれたんだからお駄賃やるよ」
その言葉に榎矢が手を出した。
「お金じゃなくて労働。頭脳労働の方ね。手伝ってやるって言ってるの」
榎矢が気まずそうに手を下ろした。
「お前、適当に並べてるけど父さん達は仕事に必要だから返せって言ったんでしょ」
椿矢は棚の一番端に置いてある本を指した。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
Starlit 1996 - 生命の降る惑星 -
月夜野 すみれ
SF
『最後の審判』と呼ばれるものが起きて雨が降らなくなった世界。
緑地は海や川沿いだけになってしまい文明も崩壊した。
17歳の少年ケイは殺されそうになっている少女を助けた。
彼女の名前はティア。農業のアドバイザーをしているティアはウィリディスという組織から狙われているという。
ミールという組織から狙われているケイは友人のラウルと共にティアの護衛をすることになった。
『最後の審判』とは何か?
30年前、この惑星に何が起きたのだろうか?
雨が降らなくなった理由は?
タイトルは「生命(いのち)の降る惑星(ほし)」と読んで下さい。
カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜
SunYoh
SF
ーー22世紀半ばーー
魂の源とされる精神世界「インナースペース」……その次元から無尽蔵のエネルギーを得ることを可能にした代償に、さまざまな災害や心身への未知の脅威が発生していた。
「インナーノーツ」は、時空を超越する船<アマテラス>を駆り、脅威の解消に「インナースペース」へ挑む。
<第一章 「誘い」>
粗筋
余剰次元活動艇<アマテラス>の最終試験となった有人起動試験は、原因不明のトラブルに見舞われ、中断を余儀なくされたが、同じ頃、「インナーノーツ」が所属する研究機関で保護していた少女「亜夢」にもまた異変が起こっていた……5年もの間、眠り続けていた彼女の深層無意識の中で何かが目覚めようとしている。
「インナースペース」のエネルギーを解放する特異な能力を秘めた亜夢の目覚めは、即ち、「インナースペース」のみならず、物質世界である「現象界(この世)」にも甚大な被害をもたらす可能性がある。
ーー亜夢が目覚める前に、この脅威を解消するーー
「インナーノーツ」は、この使命を胸に<アマテラス>を駆り、未知なる世界「インナースペース」へと旅立つ!
そこで彼らを待ち受けていたものとは……
※この物語はフィクションです。実際の国や団体などとは関係ありません。
※SFジャンルですが殆ど空想科学です。
※セルフレイティングに関して、若干抵触する可能性がある表現が含まれます。
※「小説家になろう」、「ノベルアップ+」でも連載中
※スピリチュアル系の内容を含みますが、特定の宗教団体等とは一切関係無く、布教、勧誘等を目的とした作品ではありません。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
タイトルは最後に
月夜野 すみれ
ライト文芸
「歌のふる里」シリーズ、番外編です。
途中で出てくる美大の裕也サイドの話は「Silent Bells」という別の短編ですが、アルファポリスではこの話の最終話として投稿しています。
小夜と楸矢の境遇を長々と説明してますが、これは「歌のふる里」と「魂の還る惑星」を読んでなくても分かるように入れたものなので、読んで下さってる方は飛ばして下さい。
飛ばせるように塊にしてあります。
塊の中に新情報は入れてませんので飛ばしても問題ありません。
カクヨム、小説家になろう、pixivにも同じものを投稿しています(完結済みです)。
pixivは「タイトルは最後に」「Silent Bells」ともにファンタジー設定なし版です。
鋼殻牙龍ドラグリヲ
南蛮蜥蜴
ファンタジー
歪なる怪物「害獣」の侵攻によって緩やかに滅びゆく世界にて、「アーマメントビースト」と呼ばれる兵器を操り、相棒のアンドロイド「カルマ」と共に戦いに明け暮れる主人公「真継雪兎」
ある日、彼はとある任務中に害獣に寄生され、身体を根本から造り替えられてしまう。 乗っ取られる危険を意識しつつも生きることを選んだ雪兎だったが、それが苦難の道のりの始まりだった。
次々と出現する凶悪な害獣達相手に、無双の機械龍「ドラグリヲ」が咆哮と共に牙を剥く。
延々と繰り返される殺戮と喪失の果てに、勇敢で臆病な青年を待ち受けるのは絶対的な破滅か、それともささやかな希望か。
※小説になろう、カクヨム、ノベプラでも掲載中です。
※挿絵は雨川真優(アメカワマユ)様@zgmf_x11dより頂きました。利用許可済です。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる