歌のふる里

月夜野 すみれ

文字の大きさ
上 下
95 / 144
魂の還る惑星 第五章 Sothis-水の上の星-

第五章 第九話

しおりを挟む
「ところで、その子の名前、聞いた?」
「聞いてない。あの子、名乗らなかったし、向こうも俺達と関わる気ないみたいだからさ。俺には柊兄と小夜ちゃんいるから、それでいいやって。あ、それとあんたも」
 楸矢の言葉に椿矢は楽しげな笑い声を上げた。
「どうせ結婚したら嫌でも親戚付き合いしなきゃいけなくなるよ」
 椿矢は笑いながらそう言った。

「すごいご馳走! これ全部、小夜ちゃんと清美ちゃんが作ったの!?」
 楸矢がテーブルに並んだ料理を見て声を上げた。
 部屋には飾り付けもしてある。
「作ったのはほとんど小夜です」
「清美も色々手伝ってくれましたよ。清美が手伝ってくれたからケーキも作れたんだよ」
「二人ともありがとう! 二回もケーキ食べられるなんて嬉しいよ」
「楸矢さん、ケーキ好きだったんですか?」
 甘すぎなければいいとは聞いていたが特に好きだとは言ってなかったような気がしたが勘違いだったのだろうか。
「好きっていうか、ケーキってなんか特別な感じがするじゃん。だから、お祝いしてもらってるんだなって実感するっていうか……。今までお祝いとかしてもらったことないし」
 小夜は頷くと、
「部屋の飾りは清美が全部やってくれたんです」
 と続けた。
「ありがとう、清美ちゃん」
「ご馳走になるだけじゃ申し訳ないので」

 プレゼントがダメならと、ささやかな飾りを買ってきたのだ。
 恐る恐る柊矢に飾っていいかお伺いを立てると構わないと言ってくれた。
 柊矢が飾り付けに感心しているのを見て、霧生兄弟も早くに両親を亡くして祖父に育てられたという話を思い出した。
 小夜だけではなく、柊矢や楸矢もこう言う家庭での祝い事とは無縁の環境で育ったのだ。

「まさかたいを使ったご馳走が出るなんて……鯛なんて高いですよね? あたし、お呼ばれしちゃってホントに良かったんですか?」
「気にする必要はない。祝いに来てくれただけで十分だ」
「そうだよ、清美ちゃん。それに、作るの手伝ってくれたんでしょ。でも、これ、ホントすごいね。塩の塊の中に鯛が入ってるなんて」
 楸矢が塩を崩しながら言った。
「炊き込みご飯は清美が作ってくれたんです」
「ホント!? これもすごく美味しいよ」
「小夜に教わったとおりにやっただけですよ」
 清美が慌てて手を振った。
 簡単な料理で、それも細かく指示してもらったから作れたのだ。
 さすがの清美もそれを自分が作ったと言えるほど図太くはない。
「でも、教われば作れるってことはお料理出来るんだ」
「えっと……」

 楸矢の期待に満ちた視線に清美は言葉に詰まった。
 出来ると答えて万が一何か作ってほしいと言われたときに出来なかったら失望されるだろうが、楸矢の口振りからして料理の上手い子が好みらしいから出来ないとも答えたくない。

「出来ますよ」
 小夜が代わりに答えた。
「小夜!」
「色々手伝ってくれたけど、どれもちゃんと作れてるじゃない。やれば出来るよ」
「そっかな。じゃあ、練習しようかな」
 清美が照れたように言った。

「清美、おはよう」
 小夜は教室に入ると清美に声をかけた。
「おはよ。ね、小夜、楸矢さんの好みってどんなタイプ? 大人の女性だとちょっと厳しいんだけど、守備範囲広いなら高校生もありだよね?」
「そうだね」
 楸矢の好みはよく分からないが、中学の頃の彼女は同い年だったそうだし女子高生の彼女もいい、などとも言っていた。
 清美とは話もあうようだからチャンスはあるだろう。
「楸矢さんの好みのタイプ、聞いておいてくれない?」
「いいよ」
 小夜は頷いた。

 楸矢が帰ると小夜はもう夕食を作っているところだった。

「お帰りなさい」
 小夜は鍋の火を弱めると冷蔵庫から唐揚げを取り出して手早く火を通すと楸矢の前に置いた。
「あの、楸矢さん」
「何?」
「楸矢さんって、どんな子が好みなんですか?」
「っていうと?」
「例えば、お料理出来る子とか……」
 当たり前だが自分の事が好みかを聞いているのではない。清美のことだ。
 楸矢はちょっと考えてから、
「昨日ご馳走作ってくれたとき、清美ちゃんって実際どれくらい手伝ってくれたの?」
 と訊ね返した。
「色々やってくれましたよ」
「じゃあ、お料理は普通に作れるって思っていいの?」
「はい。普段作ってないので慣れてないだけです」

 手際のよくない部分もあったが、それは数をこなしていれば解決する。
 それ以外は特に問題はなかった。
 慣れてないのに調味料を目分量で量るようないい加減なこともせず、きちんと量っていた。
 まぁ、楸矢に食べてもらうのだから失敗できないと必死だったというのはあるだろうが。

「古いって言われそうだけど彼女の手料理って憧れてるんだよね。別に特別上手とかじゃなくてもいいんだけどさ」

 その気持ちは小夜にも理解出来た。
 楸矢は別に料理は女性がするべきという古い考えで言っているわけではないのだ。
 小夜も母親に作ってもらったお弁当に憧れていた。
 だから少しでもそういうお弁当に近付けたくて料理の練習をした。
 作ってもらうことは無理でもコンプレックスを持たなくてすむようなお弁当は作れるようになった。
 両親がいないことは知られていたから「誰に作ってもらったの?」と聞かれることはなかった。

 楸矢も生まれてすぐ両親を亡くして育ての親は祖父だけだったのだからクラスメイトが持ってくる綺麗に盛り付けられたお弁当が羨ましかったのだろう。
 そういう子供の頃の憧れというか、不可抗力で欲しくても手に入らなかったものに対する憧憬しょうけいの念というのはそう簡単には消えない。

 彼女、というか特別な相手が自分のために何かしてくれるという状況シチュエーションを経験してみたいのだ。
 小夜も柊矢がヴァイオリンを弾いてくれるのが嬉しいから楸矢の気持ちは理解出来る。
 柊矢がヴァイオリンを弾いてくれる度に楸矢がげんなりした顔をしているのを見ると申し訳ない気持ちになってしまうが。

「それ以外には何かありますか? 大人の女性の方がいいとか」
「年には拘らないよ。まぁ、さすがに中学生以下とか三十超えてるとかだと厳しいけど」
 小夜は頷いて礼を言うと夕食の支度に戻った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。

Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。 それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。 そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。 しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。 命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

ベスティエンⅢ【改訂版】

花閂
ライト文芸
美少女と強面との美女と野獣っぽい青春恋愛物語。 恋するオトメと武人のプライドの狭間で葛藤するちょっと天然の少女と、モンスターと恐れられるほどの力を持つ強面との、たまにシリアスたまにコメディな学園生活。 名門お嬢様学校に通う少女が、彼氏を追いかけて地元で恐れられる最悪の不良校に入学。 女子生徒数はわずか1%という環境でかなり注目を集めるなか、入学早々に不良をのしてしまったり暴走族にさらわれてしまったり、彼氏の心配をよそに前途多難な学園生活。 不良たちに暴君と恐れられる彼氏に溺愛されながらも、さらに事件に巻き込まれていく。 人間の女に恋をしたモンスターのお話がハッピーエンドだったことはない。 鐵のような両腕を持ち、鋼のような無慈悲さで、鬼と怖れられ獣と罵られ、己のサガを自覚しながらも 恋して焦がれて、愛さずにはいられない。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

世界一可愛い私、夫と娘に逃げられちゃった!

月見里ゆずる(やまなしゆずる)
ライト文芸
私、依田結花! 37歳! みんな、ゆいちゃんって呼んでね! 大学卒業してから1回も働いたことないの! 23で娘が生まれて、中学生の親にしてはかなり若い方よ。 夫は自営業。でも最近忙しくって、友達やお母さんと遊んで散財しているの。 娘は反抗期で仲が悪いし。 そんな中、夫が仕事中に倒れてしまった。 夫が働けなくなったら、ゆいちゃんどうしたらいいの?! 退院そいてもうちに戻ってこないし! そしたらしばらく距離置こうって! 娘もお母さんと一緒にいたくないって。 しかもあれもこれも、今までのことぜーんぶバレちゃった! もしかして夫と娘に逃げられちゃうの?! 離婚されちゃう?! 世界一可愛いゆいちゃんが、働くのも離婚も別居なんてあり得ない! 結婚時の約束はどうなるの?! 不履行よ! 自分大好き!  周りからチヤホヤされるのが当たり前!  長年わがまま放題の(精神が)成長しない系ヒロインの末路。

セリフ&声劇台本

まぐろ首領
ライト文芸
自作のセリフ、声劇台本を集めました。 LIVE配信の際や、ボイス投稿の際にお使い下さい。 また、投稿する際に使われる方は、詳細などに 【台本(セリフ):詩乃冬姫】と記入していただけると嬉しいです。 よろしくお願いします。 また、コメントに一言下されば喜びます。 随時更新していきます。 リクエスト、改善してほしいことなどありましたらコメントよろしくお願いします。 また、コメントは返信できない場合がございますのでご了承ください。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...