89 / 144
魂の還る惑星 第五章 Sothis-水の上の星-
第五章 第三話
しおりを挟む
「あ、そうだ。柊兄に聞かれたんだけど、『こうぞう』って、どんな字だった?」
「え? 封筒どうしたの?」
椿矢の問いに、楸矢は封筒が燃えた経緯を話した。
楸矢の話を聞くと椿矢は黙り込んだ。
「どうしたの?」
「……前に、ムーシケーが意志を伝えてきたのは小夜ちゃんが初めてだって言ったことがあったんだけど……」
「柊兄と小夜ちゃんから聞いたよ」
「そのとき、ムーシケーが伝えてきてたのに分からなかっただけかもしれないとも言ったんだよね」
「うん。それも聞いた」
「後者だったのかもしれない」
「つまり、ムーシケーは意志を伝えようとしてたのに誰も分からなかったってこと?」
「もしかしたらね」
呪詛のムーシカを書いた物は雨宮家の蔵には何冊もある。
今は榎矢が持ち出したまま戻してないので所在不明だが。
封筒の中に書かれていた呪詛はあまりにも危険すぎるからこれだけは抹消したいと判断して小夜に燃やさせたとも考えられるが、そうではなく呪詛の書かれたものは全て人目に触れないようにしたかったのにムーシケーの意志が分かる者がいなかったため今まで焼却出来なかった可能性も十分有り得る。
雨宮家の者がクレーイス・エコーに選ばれ続けていたのも呪詛の書かれた古文書を処分したかったからなのかもしれない。
呪詛のムーシカは色んな国の言語で存在するが古典ギリシア語のものはほとんどない。
数少ない古典ギリシア語のものも古代ギリシアの文献に載っている単語が使用されているからまず間違いなく地球で作られたものだ。
ムーシケーにいた頃のムーシコスにも感情はあったのだから当然、怒りや憎しみなどを覚えることはあったと思うが、だからといってムーシカで相手を攻撃するようなことはしなかったのだろう。
あるいはムーシケーにいた頃のムーシコスやムーシカにはそんな能力はなかったのかもしれない。
地球という環境か、もしくは地球人の血が混ざったことでムーシカに特殊な効力が発生するようになった可能性も考えられる。
ムーシケーからしたら呪詛などにムーシカを使われるのは不本意だから出来れば存在を全て消してしまいたいのだろう。
魂に刻まれているとはいっても呪詛のムーシカがあるということを知らなければ、それを望むものもいないから存在に気付かれずにすむ可能性が高くなる。
椿矢は光蔵の漢字を教えた。
「気になることって何?」
「紙に書かれてた僕の知り合いも、小夜ちゃんと同じように呪詛が聴こえたんだよね。小夜ちゃんからお祖父さんのこと、何か聞いたことない?」
「ムーシカが聴こえるってことは人に話しちゃダメって言われてたってことくらい」
楸矢は卒業式のときのことを話した。
「気になったから柊兄に小夜ちゃんのこと聞いたんだよね。相続の手続きするときにご両親のこと調べたはずだから」
柊矢の話によると、両親が亡くなったのは小夜が二歳のときだった。
小夜の祖父は母方だった。
小夜の母は幼い頃、事故で大ケガをした後、養子に出された。
祖父の戸籍には娘の名前は記載されていたが特別養子縁組先として載っていたのは全く関係ない夫婦で、その家には養子を含め子供は一人もいなかった。
付き合いもなかったようだから金でも払って戸籍に名前を載せてもらっただけではないかと柊矢は言っていた。
子供のいない夫婦を養子先として戸籍に載せ、実際には別の夫婦の元に養子に出したのだ。
死んだことにして名前を消さなかったのは将来何かあって孫を引き取らなければならなくなったとき、自分の戸籍に娘の名前が載っていないと引き取るのが難しくなるから残しておいたのだろう。
養子に出した後は完全に連絡を絶っていたため、小夜が二歳の時に親子三人で事故に遭って両親が亡くなったときもすぐには祖父に知らせが届かなかった。
「事故?」
「うん。急な坂道をすごいスピードで下って壁に激突したんだって。小夜ちゃんはチャイルドシートにいたから無事だったって」
車は大破して原形を留めていなかった。
それだけの事故に遭ったにもかかわらず子供が無事だったチャイルドシートなら有名になっていてもおかしくはなかった。
そうならなかったのはチャイルドシートが車の外に放り出されたからだ。
結果的に子供が無事だったと言うだけでチャイルドシートが外れて車体から飛び出したなどとは口が裂けても言うわけにはいかなかった。
「もしかして、チャイルドシートはほとんど破損してなくて、小夜ちゃんは奇跡的に助かった?」
「あんたの言いたいことは分かるよ。柊兄も事故の記事や写真見て同じこと考えたって言ってたし。けどさ、その頃のクレーイス・エコーはあんたの祖父ちゃんだったんでしょ。その次は沙陽でそれが七年前だよね?」
椿矢が頷くと、楸矢は話を続けた。
小夜は二ヶ月ほど福祉施設にいた。
すぐには引き取り手が見つからなかったため、小夜が親と住んでいたアパートにあった荷物は全て処分されてしまっていて祖父が迎えに行ったときには何も残っていなかったらしい。
小夜の両親が亡くなった頃はまだTwitterやFacebookもなかったからウェブ上にも写真の類は残っていなかった。
柊矢が見つけることが出来たのは事故の記事に載っていた顔写真だけだったそうだ。
小夜に見たいか訊ねると「考えさせて欲しい」と言ったきりなのでまだ見せてないと言っていた。
写真が残ってる楸矢と違い小夜は写真ですら親の顔を見たことがなかったのだ。
「え? 封筒どうしたの?」
椿矢の問いに、楸矢は封筒が燃えた経緯を話した。
楸矢の話を聞くと椿矢は黙り込んだ。
「どうしたの?」
「……前に、ムーシケーが意志を伝えてきたのは小夜ちゃんが初めてだって言ったことがあったんだけど……」
「柊兄と小夜ちゃんから聞いたよ」
「そのとき、ムーシケーが伝えてきてたのに分からなかっただけかもしれないとも言ったんだよね」
「うん。それも聞いた」
「後者だったのかもしれない」
「つまり、ムーシケーは意志を伝えようとしてたのに誰も分からなかったってこと?」
「もしかしたらね」
呪詛のムーシカを書いた物は雨宮家の蔵には何冊もある。
今は榎矢が持ち出したまま戻してないので所在不明だが。
封筒の中に書かれていた呪詛はあまりにも危険すぎるからこれだけは抹消したいと判断して小夜に燃やさせたとも考えられるが、そうではなく呪詛の書かれたものは全て人目に触れないようにしたかったのにムーシケーの意志が分かる者がいなかったため今まで焼却出来なかった可能性も十分有り得る。
雨宮家の者がクレーイス・エコーに選ばれ続けていたのも呪詛の書かれた古文書を処分したかったからなのかもしれない。
呪詛のムーシカは色んな国の言語で存在するが古典ギリシア語のものはほとんどない。
数少ない古典ギリシア語のものも古代ギリシアの文献に載っている単語が使用されているからまず間違いなく地球で作られたものだ。
ムーシケーにいた頃のムーシコスにも感情はあったのだから当然、怒りや憎しみなどを覚えることはあったと思うが、だからといってムーシカで相手を攻撃するようなことはしなかったのだろう。
あるいはムーシケーにいた頃のムーシコスやムーシカにはそんな能力はなかったのかもしれない。
地球という環境か、もしくは地球人の血が混ざったことでムーシカに特殊な効力が発生するようになった可能性も考えられる。
ムーシケーからしたら呪詛などにムーシカを使われるのは不本意だから出来れば存在を全て消してしまいたいのだろう。
魂に刻まれているとはいっても呪詛のムーシカがあるということを知らなければ、それを望むものもいないから存在に気付かれずにすむ可能性が高くなる。
椿矢は光蔵の漢字を教えた。
「気になることって何?」
「紙に書かれてた僕の知り合いも、小夜ちゃんと同じように呪詛が聴こえたんだよね。小夜ちゃんからお祖父さんのこと、何か聞いたことない?」
「ムーシカが聴こえるってことは人に話しちゃダメって言われてたってことくらい」
楸矢は卒業式のときのことを話した。
「気になったから柊兄に小夜ちゃんのこと聞いたんだよね。相続の手続きするときにご両親のこと調べたはずだから」
柊矢の話によると、両親が亡くなったのは小夜が二歳のときだった。
小夜の祖父は母方だった。
小夜の母は幼い頃、事故で大ケガをした後、養子に出された。
祖父の戸籍には娘の名前は記載されていたが特別養子縁組先として載っていたのは全く関係ない夫婦で、その家には養子を含め子供は一人もいなかった。
付き合いもなかったようだから金でも払って戸籍に名前を載せてもらっただけではないかと柊矢は言っていた。
子供のいない夫婦を養子先として戸籍に載せ、実際には別の夫婦の元に養子に出したのだ。
死んだことにして名前を消さなかったのは将来何かあって孫を引き取らなければならなくなったとき、自分の戸籍に娘の名前が載っていないと引き取るのが難しくなるから残しておいたのだろう。
養子に出した後は完全に連絡を絶っていたため、小夜が二歳の時に親子三人で事故に遭って両親が亡くなったときもすぐには祖父に知らせが届かなかった。
「事故?」
「うん。急な坂道をすごいスピードで下って壁に激突したんだって。小夜ちゃんはチャイルドシートにいたから無事だったって」
車は大破して原形を留めていなかった。
それだけの事故に遭ったにもかかわらず子供が無事だったチャイルドシートなら有名になっていてもおかしくはなかった。
そうならなかったのはチャイルドシートが車の外に放り出されたからだ。
結果的に子供が無事だったと言うだけでチャイルドシートが外れて車体から飛び出したなどとは口が裂けても言うわけにはいかなかった。
「もしかして、チャイルドシートはほとんど破損してなくて、小夜ちゃんは奇跡的に助かった?」
「あんたの言いたいことは分かるよ。柊兄も事故の記事や写真見て同じこと考えたって言ってたし。けどさ、その頃のクレーイス・エコーはあんたの祖父ちゃんだったんでしょ。その次は沙陽でそれが七年前だよね?」
椿矢が頷くと、楸矢は話を続けた。
小夜は二ヶ月ほど福祉施設にいた。
すぐには引き取り手が見つからなかったため、小夜が親と住んでいたアパートにあった荷物は全て処分されてしまっていて祖父が迎えに行ったときには何も残っていなかったらしい。
小夜の両親が亡くなった頃はまだTwitterやFacebookもなかったからウェブ上にも写真の類は残っていなかった。
柊矢が見つけることが出来たのは事故の記事に載っていた顔写真だけだったそうだ。
小夜に見たいか訊ねると「考えさせて欲しい」と言ったきりなのでまだ見せてないと言っていた。
写真が残ってる楸矢と違い小夜は写真ですら親の顔を見たことがなかったのだ。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
Starlit 1996 - 生命の降る惑星 -
月夜野 すみれ
SF
『最後の審判』と呼ばれるものが起きて雨が降らなくなった世界。
緑地は海や川沿いだけになってしまい文明も崩壊した。
17歳の少年ケイは殺されそうになっている少女を助けた。
彼女の名前はティア。農業のアドバイザーをしているティアはウィリディスという組織から狙われているという。
ミールという組織から狙われているケイは友人のラウルと共にティアの護衛をすることになった。
『最後の審判』とは何か?
30年前、この惑星に何が起きたのだろうか?
雨が降らなくなった理由は?
タイトルは「生命(いのち)の降る惑星(ほし)」と読んで下さい。
カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる