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魂の還る惑星 第四章 アトボシ
第四章 第八話
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柊矢はノートを読み終えると、
「これがその子の連絡先か?」
表紙の付箋を見ながら訊ねた。
「多分。……どうするの?」
「親に内緒で持ち出したんだろ。早く返せば気付かれずにすむかもしれない。そうすれば、その子が叱られることもない」
「祖母ちゃんのことは?」
「どうもしない。その子の親だって俺達に関わりたくないから黙ってろって言ったんだろ」
「……でも、あの子、多分従妹だよね?」
「だから? その子は俺達と親戚付き合いしたがってたのか? 単にこれを読んだ方がいいと言っただけなんだろ?」
「それは……」
確かにノートを見せるべきだと思ったと言っただけで従妹だとは告げてこなかったが、楸矢が従兄という事は知っていたはずだ。
だが名前すら名乗らなかった。
つまり、そう言うことか……。
親子して頭が変だったのだから、その孫達もおかしい可能性がある。
日記に近い個人的なものを親の反対を押し切ってまで見せたのも祖母が楸矢達をどう思っているか知らせたかったのかもしれない。
だとしたら、これは近付かないで欲しいという意思表示だ。
ノートを読んだのに『人に聴こえない歌が聴こえる』という部分に触れなかったということは従妹を始めとして誰一人ムーシコスはいないのだ。
皆地球人なのだとしたら自分達のことを頭がおかしいと思っている相手とは関わらない方がいいだろう。
祖母ちゃんの顔、見てみたい気もするけど……。
楸矢は両親の顔も写真でしか知らないし、記憶の中の祖父も大分曖昧になってきた。
柊矢を除けば唯一の肉親に会ってみたいが、向こうが嫌がっているのに無理に面会を求めるわけにはいかない。
何より肉親である祖母に面と向かって「気味が悪い」などと言われたりしたら一生心の傷として残るだろう。
それに楸矢が会いに行ったりしたら従妹がノートを無断で持ち出したことがバレてしまう。
それは祖母が生きていたことを教えてくれた恩を仇で返すことになる。
元々死んだと思っていたのだ。
それに肉親が誰一人残ってない小夜のことを思えば兄がいる分だけ楸矢は恵まれているのだからこれ以上の贅沢は望むべきではない。
柊矢はなるべく早めに返すようにと言って楸矢にノートを渡した。
楸矢は黙って受け取るとスマホを出してメールを打ち始めた。
小夜は夕食を作りながら二人のやりとりを聞いていた。
身内の話だと気付いたときすぐに席を外そうとしたのだが、楸矢にその必要はないと止められ、どうせ後から説明するなら一緒に聞いていた方が手間が省けると柊矢にも言われたのでそのまま料理を続けたのだ。
もっとも、柊矢はノートを音読したわけではないから内容は分からないが。
二人に掛けるべき言葉を思い付かないまま塩を取ろうと横を向いたとき封筒が足下に落ちているのに気付いた。
拾い上げた途端、クレーイスが光りムーシカが小夜の口をついて出てきた。
柊矢と楸矢が小夜に顔を向けた。
小夜は封筒に目を向けていたが見ていないのは明らかだった。
思い浮かべるまでもなくムーシケーのムーシカだと分かった。
ムーシケーが歌わせているのだ。
ムーシカを歌い始めるのと同時に封筒に火が点き燃え始めた。
驚きのあまり言葉もない二人の目の前で、あっという間に封筒が灰になって消えていく。
封筒の大半を燃やし尽くした炎が小夜の指先に届く寸前で、柊矢が封筒を払い落とした。
その瞬間、小夜が我に返ったように顔を上げた。
封筒は床に落ちる前に完全に燃え尽きてしまった。
灰も全て粉々になって散ってしまい痕跡すら残ってない。
同時に炎も消えて床には焦げ跡一つ付かなかった。
「あ! す、すみません!」
小夜は慌てて頭を下げた。
無意識にやったこととはいえ柊矢達の祖父が書いたものを燃やしてしまった。
育ての親だった人の手書きのものなら形見として残しておきたかったはずだ。
「気にしなくていい。今のはムーシケーのムーシカだった。ムーシケーの意志だ」
「でも、柊矢さん達のお祖父様が書いたものなのに……」
「祖父はその封筒を燃やすように祖母に頼んでいた。本来なら今ここには無かったはずのものだ」
「柊兄の言う通り、小夜ちゃんが気にする必要ないよ。呪詛のムーシカだからムーシケーが燃やさせたんだよ。それに書いたの祖父ちゃんじゃないし」
「祖父さんじゃない? お前、祖父さんの筆跡覚えてるのか? ノートには誰の字かは書いてなかったぞ」
柊矢の言葉に楸矢は慌てて封筒の中身はムーシカの歌詞だったから以前ムーシカの研究をしていると言っていた椿矢に見せたのだと言い繕った。
椿矢は読み終えたノートを返そうとして、さっき封筒を置いたことを思い出した。
とりあえずノートと一緒に封筒も渡したが楸矢は中身を取り出して開くとすぐに椿矢に差し出した。
読めないと判断して返してきたのは、ぱっと見てすぐに分かった。
紙に書かれた文章もミミズがのたくったような字だったからだ。
椿矢は苦笑して紙を受け取るとそれに目を通し始めた。
読み始めた途端、椿矢の表情が険しくなった。
読み終えると封筒に入れて楸矢に渡した。
「何が書いてあったの?」
珍しく真剣な顔をした椿矢に楸矢が戸惑った様子で訊ねた。
「呪詛のムーシカの歌詞と、呪詛して欲しい相手の名前」
「え?」
「お祖父さん、封筒は燃やして欲しいって書いてたでしょ。呪詛のムーシカだから他のムーシコスに知られないように処分を頼んだんだと思う」
歌詞を読んで思い浮かべてみると確かにそのムーシカはあった。
「ホントにそのムーシカがあるか確かめたってことは、あんたは知らなかったってこと?」
「別に呪詛はうちの専売特許って訳じゃないからね」
椿矢が苦笑いしながら答えた。
それから真顔になると、
「柊矢君が読めば分かっちゃうことだから話しておくけど、呪詛の相手の一人は霞乃光蔵って名前だった」
と告げた。
「霞乃……って、まさか……」
楸矢が目を見開いた。
「お祖父さんじゃなくて親戚って可能性もあるけどね。親戚なら名字が同じでも不思議はないし」
とはいえ親戚がいたら柊矢が小夜を引き取ることはなかったはずだ。
「……小夜ちゃんのお祖父さんが亡くなったのは最近だから、祖父ちゃんは呪詛してないってことだよね?」
楸矢が縋るように椿矢に訊ねた。
自分の祖父が小夜の祖父を呪詛していたとしたら二度と小夜の顔をまともに見られない。
「これがその子の連絡先か?」
表紙の付箋を見ながら訊ねた。
「多分。……どうするの?」
「親に内緒で持ち出したんだろ。早く返せば気付かれずにすむかもしれない。そうすれば、その子が叱られることもない」
「祖母ちゃんのことは?」
「どうもしない。その子の親だって俺達に関わりたくないから黙ってろって言ったんだろ」
「……でも、あの子、多分従妹だよね?」
「だから? その子は俺達と親戚付き合いしたがってたのか? 単にこれを読んだ方がいいと言っただけなんだろ?」
「それは……」
確かにノートを見せるべきだと思ったと言っただけで従妹だとは告げてこなかったが、楸矢が従兄という事は知っていたはずだ。
だが名前すら名乗らなかった。
つまり、そう言うことか……。
親子して頭が変だったのだから、その孫達もおかしい可能性がある。
日記に近い個人的なものを親の反対を押し切ってまで見せたのも祖母が楸矢達をどう思っているか知らせたかったのかもしれない。
だとしたら、これは近付かないで欲しいという意思表示だ。
ノートを読んだのに『人に聴こえない歌が聴こえる』という部分に触れなかったということは従妹を始めとして誰一人ムーシコスはいないのだ。
皆地球人なのだとしたら自分達のことを頭がおかしいと思っている相手とは関わらない方がいいだろう。
祖母ちゃんの顔、見てみたい気もするけど……。
楸矢は両親の顔も写真でしか知らないし、記憶の中の祖父も大分曖昧になってきた。
柊矢を除けば唯一の肉親に会ってみたいが、向こうが嫌がっているのに無理に面会を求めるわけにはいかない。
何より肉親である祖母に面と向かって「気味が悪い」などと言われたりしたら一生心の傷として残るだろう。
それに楸矢が会いに行ったりしたら従妹がノートを無断で持ち出したことがバレてしまう。
それは祖母が生きていたことを教えてくれた恩を仇で返すことになる。
元々死んだと思っていたのだ。
それに肉親が誰一人残ってない小夜のことを思えば兄がいる分だけ楸矢は恵まれているのだからこれ以上の贅沢は望むべきではない。
柊矢はなるべく早めに返すようにと言って楸矢にノートを渡した。
楸矢は黙って受け取るとスマホを出してメールを打ち始めた。
小夜は夕食を作りながら二人のやりとりを聞いていた。
身内の話だと気付いたときすぐに席を外そうとしたのだが、楸矢にその必要はないと止められ、どうせ後から説明するなら一緒に聞いていた方が手間が省けると柊矢にも言われたのでそのまま料理を続けたのだ。
もっとも、柊矢はノートを音読したわけではないから内容は分からないが。
二人に掛けるべき言葉を思い付かないまま塩を取ろうと横を向いたとき封筒が足下に落ちているのに気付いた。
拾い上げた途端、クレーイスが光りムーシカが小夜の口をついて出てきた。
柊矢と楸矢が小夜に顔を向けた。
小夜は封筒に目を向けていたが見ていないのは明らかだった。
思い浮かべるまでもなくムーシケーのムーシカだと分かった。
ムーシケーが歌わせているのだ。
ムーシカを歌い始めるのと同時に封筒に火が点き燃え始めた。
驚きのあまり言葉もない二人の目の前で、あっという間に封筒が灰になって消えていく。
封筒の大半を燃やし尽くした炎が小夜の指先に届く寸前で、柊矢が封筒を払い落とした。
その瞬間、小夜が我に返ったように顔を上げた。
封筒は床に落ちる前に完全に燃え尽きてしまった。
灰も全て粉々になって散ってしまい痕跡すら残ってない。
同時に炎も消えて床には焦げ跡一つ付かなかった。
「あ! す、すみません!」
小夜は慌てて頭を下げた。
無意識にやったこととはいえ柊矢達の祖父が書いたものを燃やしてしまった。
育ての親だった人の手書きのものなら形見として残しておきたかったはずだ。
「気にしなくていい。今のはムーシケーのムーシカだった。ムーシケーの意志だ」
「でも、柊矢さん達のお祖父様が書いたものなのに……」
「祖父はその封筒を燃やすように祖母に頼んでいた。本来なら今ここには無かったはずのものだ」
「柊兄の言う通り、小夜ちゃんが気にする必要ないよ。呪詛のムーシカだからムーシケーが燃やさせたんだよ。それに書いたの祖父ちゃんじゃないし」
「祖父さんじゃない? お前、祖父さんの筆跡覚えてるのか? ノートには誰の字かは書いてなかったぞ」
柊矢の言葉に楸矢は慌てて封筒の中身はムーシカの歌詞だったから以前ムーシカの研究をしていると言っていた椿矢に見せたのだと言い繕った。
椿矢は読み終えたノートを返そうとして、さっき封筒を置いたことを思い出した。
とりあえずノートと一緒に封筒も渡したが楸矢は中身を取り出して開くとすぐに椿矢に差し出した。
読めないと判断して返してきたのは、ぱっと見てすぐに分かった。
紙に書かれた文章もミミズがのたくったような字だったからだ。
椿矢は苦笑して紙を受け取るとそれに目を通し始めた。
読み始めた途端、椿矢の表情が険しくなった。
読み終えると封筒に入れて楸矢に渡した。
「何が書いてあったの?」
珍しく真剣な顔をした椿矢に楸矢が戸惑った様子で訊ねた。
「呪詛のムーシカの歌詞と、呪詛して欲しい相手の名前」
「え?」
「お祖父さん、封筒は燃やして欲しいって書いてたでしょ。呪詛のムーシカだから他のムーシコスに知られないように処分を頼んだんだと思う」
歌詞を読んで思い浮かべてみると確かにそのムーシカはあった。
「ホントにそのムーシカがあるか確かめたってことは、あんたは知らなかったってこと?」
「別に呪詛はうちの専売特許って訳じゃないからね」
椿矢が苦笑いしながら答えた。
それから真顔になると、
「柊矢君が読めば分かっちゃうことだから話しておくけど、呪詛の相手の一人は霞乃光蔵って名前だった」
と告げた。
「霞乃……って、まさか……」
楸矢が目を見開いた。
「お祖父さんじゃなくて親戚って可能性もあるけどね。親戚なら名字が同じでも不思議はないし」
とはいえ親戚がいたら柊矢が小夜を引き取ることはなかったはずだ。
「……小夜ちゃんのお祖父さんが亡くなったのは最近だから、祖父ちゃんは呪詛してないってことだよね?」
楸矢が縋るように椿矢に訊ねた。
自分の祖父が小夜の祖父を呪詛していたとしたら二度と小夜の顔をまともに見られない。
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