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魂の還る惑星 第四章 アトボシ
第四章 第二話
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「でも、助手ってそんなに暇なの? 仕事しながら研究したり外で歌ったり」
「ムーシケーの研究って、向こうに住んでた頃のムーシカ探して、翻訳して歌詞の内容からどんなところだったのかとか、どういう生活してたかとかを調べることでしょ」
地球なら遺跡などの発掘調査も出来るがムーシケーではそうもいかない。
そもそも遺跡があるのかという問題もあるが。
さすがに数千年となると口頭での伝承も残ってない。
残っているのはムーシカだけだ。
幸いムーシカは創られたときのままの状態で魂に刻まれて変化することがない。
「大学でやってるのは古代ギリシアの文献史学の研究補助だから結構ムーシカの研究に役に立ってるよ。文献に載ってない単語はムーシケーにいた頃に使われていた言葉の可能性があるからね」
ムーシケーで使われていた言葉が古典ギリシア語なのはほぼ間違いないから後は古典ギリシア語のムーシカを、ムーシケーにいた頃に創られたものと地球で創られたものに選り分けて、ムーシケーで創られたムーシカを翻訳すればいい。
とはいえ四千年も経つと言葉はかなり変わってしまうのでムーシケーの言葉なのか古代ギリシアの古語なのかの見極めはかなり難しい。
その上で言葉の発音だけを頼りに元の意味を突き止めて翻訳するのは簡単ではない。
「ムーシケーで使ってた言葉が文献に載ってないって言い切れるの?」
「断言は出来ないけどムーシケーから来たのは、おおよそ三、四千年前くらい、ギリシア文字が使われ始めたのは紀元前九世紀頃、千年も経ったら言葉はかなり変わるから」
「でも、文献に古代ギリシアの言葉が全部載ってるわけじゃないでしょ。古代ギリシアに広辞苑があったとは思えないし」
「その為にわざわざアメリカに留学したんだよ」
「古代ギリシアの研究するのにギリシアじゃなくてアメリカ行ったの?」
「アメリカ留学は比較言語学を学ぶためだよ」
比較言語学というのは同系統と思われる比較的近い言語を比べて元の言葉――祖語――を再構したりする学問で、ヨーロッパで発展した。
しかし当のヨーロッパでは言葉は他の言語と混ざり合うことがあるのでこの方法は成立しないとされ印欧比較言語学は廃れてきた。
だが日本語のように他言語と混ざり合う機会の少ない言語では比較言語学は有用なのでアメリカやロシアではアルタイ諸語の比較研究が続いている。
だからアメリカに留学してアルタイ諸語の比較言語学を学んできたのだという。
「そこでなんで日本語が出てくるのかよく分かんないんだけど」
「単語同士を比較して元の言葉の意味を調べる方法が知りたかったんだよ。だから、言語はなんでも良かったけど、印欧比較言語学は研究してるところが少なくなってるからアルタイ諸語の比較研究を学びに行ったの。幸い日本人だから日本語習う必要ないし」
「アメリカで日本語の研究するってのも意味分かんない。日本語なら日本でいいじゃん」
「日本語に限らず、日本の源流を探る研究は第二次大戦の反動で日本ではやりづらいんだよね」
意味が理解出来てない様子の楸矢に、椿矢は戦前の皇国史観や戦後のGHQのことなどを説明してくれた。
「それ、日本史で習う?」
「まぁ、日本の歴史だからね」
椿矢が苦笑しながら答えた。
本当に勉強が出来ないんだなと思っているのが表情に出ていたが、バカにしているような嫌な印象は受けない。
出来の悪い弟を微笑ましく見ているという感じだ。
「あんたが教えてくれて良かった。ずっとGHQがなんなのかよく分かんなくてさ。柊兄に聞いたらまた叱られるところだったよ」
「GHQと何か関係あるの?」
楸矢は自分の家がある住宅街はGHQに言われて作られたという話をした。
ただその話を聞いてもGHQが何者で、どうして都の計画に口出ししてきたのかが分からなかったのだという。
「柊矢君って楸矢君のことイスかテーブルくらいにしか思ってないんだよね?」
「改めて人から言われるとすっげぇ凹むけど、そう」
「ごめん。でも、それなのに怒るの?」
「眼中にはなくても頭はいいから成績とか居残りとかのこと、全部しっかり覚えてるんだよね。どうでもいいと思ってたから怒らなかったってだけで。前に、すっげぇ音楽の才能あったって言ったじゃん」
「うん」
「それなのに柊兄って勉強も出来たの。音大やめた数ヶ月後に、予備校にも行かずに夜間部とはいえ普通の大学にあっさり入れたくらい」
「ホントに予備校行ってないの? 楸矢君が知らなかっただけじゃなくて」
「昼間は不動産管理とか税金関係のセミナー行ってたから予備校に通う暇なかったみたい」
つまり事務関係のことを学びながら並行して自力で受験勉強をしていたのだ。
「うちの高校から普通科の大学入るのすっげぇ大変なんだよ」
椿矢もそれは楸矢の高校を改めて調べてみたから知っていた。
楸矢の高校に限らず大抵の音楽大学付属高校というのは音大に進んで音楽家になるのが前提――全員がなれるわけではないにしても――の学校だから実技重視で一般科目の成績は参考程度にしか見ないらしい――普通科目の点数も良くないと入れない音大もあるらしいがそれは例外といっていい――。
楸矢の高校も一般科目は申し訳程度なので他の大学へ進む生徒は滅多にいない。
というか別の音大ならともかく普通科の大学へは相当猛勉強しないと入れない。
授業では一般科目は碌に教えてないので大学入試以前に共通テストで弾かれてしまうような点数しか取れないのだ。
だから柊矢がどこに入ったのかは知らないが、まともに一般科目の授業をしていない高校を出たにも関わらず、予備校へも通わずにセンター試験を通って普通科の大学に受かったのだとしたら一般科目も学生時代から自発的に勉強していたということだから確かにかなり優秀だ。
「ムーシケーの研究って、向こうに住んでた頃のムーシカ探して、翻訳して歌詞の内容からどんなところだったのかとか、どういう生活してたかとかを調べることでしょ」
地球なら遺跡などの発掘調査も出来るがムーシケーではそうもいかない。
そもそも遺跡があるのかという問題もあるが。
さすがに数千年となると口頭での伝承も残ってない。
残っているのはムーシカだけだ。
幸いムーシカは創られたときのままの状態で魂に刻まれて変化することがない。
「大学でやってるのは古代ギリシアの文献史学の研究補助だから結構ムーシカの研究に役に立ってるよ。文献に載ってない単語はムーシケーにいた頃に使われていた言葉の可能性があるからね」
ムーシケーで使われていた言葉が古典ギリシア語なのはほぼ間違いないから後は古典ギリシア語のムーシカを、ムーシケーにいた頃に創られたものと地球で創られたものに選り分けて、ムーシケーで創られたムーシカを翻訳すればいい。
とはいえ四千年も経つと言葉はかなり変わってしまうのでムーシケーの言葉なのか古代ギリシアの古語なのかの見極めはかなり難しい。
その上で言葉の発音だけを頼りに元の意味を突き止めて翻訳するのは簡単ではない。
「ムーシケーで使ってた言葉が文献に載ってないって言い切れるの?」
「断言は出来ないけどムーシケーから来たのは、おおよそ三、四千年前くらい、ギリシア文字が使われ始めたのは紀元前九世紀頃、千年も経ったら言葉はかなり変わるから」
「でも、文献に古代ギリシアの言葉が全部載ってるわけじゃないでしょ。古代ギリシアに広辞苑があったとは思えないし」
「その為にわざわざアメリカに留学したんだよ」
「古代ギリシアの研究するのにギリシアじゃなくてアメリカ行ったの?」
「アメリカ留学は比較言語学を学ぶためだよ」
比較言語学というのは同系統と思われる比較的近い言語を比べて元の言葉――祖語――を再構したりする学問で、ヨーロッパで発展した。
しかし当のヨーロッパでは言葉は他の言語と混ざり合うことがあるのでこの方法は成立しないとされ印欧比較言語学は廃れてきた。
だが日本語のように他言語と混ざり合う機会の少ない言語では比較言語学は有用なのでアメリカやロシアではアルタイ諸語の比較研究が続いている。
だからアメリカに留学してアルタイ諸語の比較言語学を学んできたのだという。
「そこでなんで日本語が出てくるのかよく分かんないんだけど」
「単語同士を比較して元の言葉の意味を調べる方法が知りたかったんだよ。だから、言語はなんでも良かったけど、印欧比較言語学は研究してるところが少なくなってるからアルタイ諸語の比較研究を学びに行ったの。幸い日本人だから日本語習う必要ないし」
「アメリカで日本語の研究するってのも意味分かんない。日本語なら日本でいいじゃん」
「日本語に限らず、日本の源流を探る研究は第二次大戦の反動で日本ではやりづらいんだよね」
意味が理解出来てない様子の楸矢に、椿矢は戦前の皇国史観や戦後のGHQのことなどを説明してくれた。
「それ、日本史で習う?」
「まぁ、日本の歴史だからね」
椿矢が苦笑しながら答えた。
本当に勉強が出来ないんだなと思っているのが表情に出ていたが、バカにしているような嫌な印象は受けない。
出来の悪い弟を微笑ましく見ているという感じだ。
「あんたが教えてくれて良かった。ずっとGHQがなんなのかよく分かんなくてさ。柊兄に聞いたらまた叱られるところだったよ」
「GHQと何か関係あるの?」
楸矢は自分の家がある住宅街はGHQに言われて作られたという話をした。
ただその話を聞いてもGHQが何者で、どうして都の計画に口出ししてきたのかが分からなかったのだという。
「柊矢君って楸矢君のことイスかテーブルくらいにしか思ってないんだよね?」
「改めて人から言われるとすっげぇ凹むけど、そう」
「ごめん。でも、それなのに怒るの?」
「眼中にはなくても頭はいいから成績とか居残りとかのこと、全部しっかり覚えてるんだよね。どうでもいいと思ってたから怒らなかったってだけで。前に、すっげぇ音楽の才能あったって言ったじゃん」
「うん」
「それなのに柊兄って勉強も出来たの。音大やめた数ヶ月後に、予備校にも行かずに夜間部とはいえ普通の大学にあっさり入れたくらい」
「ホントに予備校行ってないの? 楸矢君が知らなかっただけじゃなくて」
「昼間は不動産管理とか税金関係のセミナー行ってたから予備校に通う暇なかったみたい」
つまり事務関係のことを学びながら並行して自力で受験勉強をしていたのだ。
「うちの高校から普通科の大学入るのすっげぇ大変なんだよ」
椿矢もそれは楸矢の高校を改めて調べてみたから知っていた。
楸矢の高校に限らず大抵の音楽大学付属高校というのは音大に進んで音楽家になるのが前提――全員がなれるわけではないにしても――の学校だから実技重視で一般科目の成績は参考程度にしか見ないらしい――普通科目の点数も良くないと入れない音大もあるらしいがそれは例外といっていい――。
楸矢の高校も一般科目は申し訳程度なので他の大学へ進む生徒は滅多にいない。
というか別の音大ならともかく普通科の大学へは相当猛勉強しないと入れない。
授業では一般科目は碌に教えてないので大学入試以前に共通テストで弾かれてしまうような点数しか取れないのだ。
だから柊矢がどこに入ったのかは知らないが、まともに一般科目の授業をしていない高校を出たにも関わらず、予備校へも通わずにセンター試験を通って普通科の大学に受かったのだとしたら一般科目も学生時代から自発的に勉強していたということだから確かにかなり優秀だ。
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