歌のふる里

月夜野 すみれ

文字の大きさ
上 下
76 / 144
魂の還る惑星 第三章 Sopdet -太陽を呼ぶ星-

第三章 第八話

しおりを挟む
「香奈、どこかから音楽、聴こえない?」
「音楽? 聴こえないけど、なんで?」
「歌みたいなのが聴こえるから。……誰かのスマホかな」
「そうじゃない? 今は聴こえないでしょ」
「うん。止まった」
 聴こえているのにとぼけているという様子もない。
 香奈も地球人だろう。
 この前このムーシカが聴こえてきたのは香奈の従兄の写真を見せられたときだ。

「香奈の従兄も海外旅行、行くんだよね?」
「でなきゃ留守番頼まれたりしないよ。家族全員で行って誰もいなくなるから頼まれたんだよ」
「だよね」
 小夜は考え込んだ。
 旅行でいなくなるなら従兄も関係ないだろう。
「もしかして、彼と上手くいってないから従兄紹介して欲しいとか?」
「まさか」
 小夜は慌てて首を振った。
 知らない男の人と会わされるなんて冗談ではない。
「旅行のこと、今日柊矢さんに聞いてみる」
 小夜は思わずそう答えてしまっていた。
「お願いね」
 香奈がそう言ったとき予鈴が鳴った。

「え、彼女との別れ方? 大学のことかと思った」
 椿矢が意外そうに言った。
「しかも、柊矢君と同い年って、柊矢君、君がそんな年上の相手と付き合ってるって知ってるの?」

 柊矢と小夜の方が年の差は大きいとは言っても、楸矢が彼女と付き合いだした頃は柊矢と小夜はまだ出会ってもいなかった。
 楸矢は、柊矢が弟ですら視界に入ってなかったらしいと言う話をした。

「俺がフルートに打ち込んでると思ってたから怒らなかったんじゃなくて、まともに認識されてなかっただけだった。家族すら見えてないって、なんて言うか、ムーシコスってホントに異星人だったんだなって……」
 楸矢はがっくりと肩を落として言った。
「お祖父さんが亡くなって柊矢君と二人になったってことは、ご両親はその前からいなかったんだよね?」
「うん」
「そっか、周りにムーシコスがいなかったんじゃ分からないよね」
「やっぱ、ムーシコスってみんなこんななんだ」
「うん、まぁ……。そうなんだけど……話には聞いてたけどみんな大袈裟に言ってるんだと思ってた」
「どういうこと?」

 一族の中でも特にムーシコスらしいムーシコスというのは、ムーシコスにすら変人扱いされるほどムーシカ以外のことには関心を示さないと聞いていた。
 パートナーだけは例外だが。
 だが椿矢はそんなムーシコスに会ったことはなかった。
 だからオーバーに言ってるか、昔いた変わり者の話に尾ひれが付いただけだと思っていた。

「榎矢とか沙陽あのひととかが、やたらムーシコスってことにこだわってたけど、僕も含めてみんな相当地球人に近くなってるんだね。そこまで他人が見えてない人なんて、雨宮家うちにはいないし、多分霍田つるた家にもいないよ。榎矢が小夜ちゃんのこと先祖返りって言ったけど、それは柊矢君の方だね」

 小夜は周囲に気を遣いすぎるくらいだと言う話だから他人は見えている。
 楸矢が、柊矢はすごい才能があったと言っていた。
 家族の贔屓目ひいきめで良く見えていたのではなく、本当にかなりの才能があって、しかも音楽をやっていたにも関わらず音楽家になりたかったわけではないというのも執着心のなさの表れだろう。

 音楽家の肩書きは演奏そのものではない。
 柊矢の関心は演奏自体だから音楽家と言う肩書きやそれに伴う称賛しょうさんや名声などという付随事項ふずいじこうはどうでもよかったのだ。

「つまり、あんたが前に言ったとおり、ムーシコスらしいムーシコスってこと?」
「多分、ムーシケーにいた頃のムーシコスに一番近いのが柊矢君だと思うよ。近いって言うか、案外そのまんまなのかもね。だから、クレーイス・エコーに選ばれたのかも」
「でも、家族でさえ眼中に入ってないんだから赤の他人なんか完全に見えないでしょ。それでどうやってクレーイス・エコームーソポイオス選ぶのさ」
「小夜ちゃんは見つけたでしょ。それに、沙陽あのひとと付き合ってたってことは、一応沙陽あのひとだって視界の隅くらいには入ってたってことだし。ムーシカしか頭にないからこそ、ムーソポイオスだけは見えるよ」
 椿矢の言葉を聞いて納得した。

 確かに地球の音楽と違って演奏だけのムーシカはない。
 必ず歌詞が付いている。
 歌うことが大前提なのだからそういう意味ではキタリステースにとってムーソポイオスは特別な存在だ。

「ま、それはおいといて、別れたいのは冷めたから?」
「冷めたって言うか……」
 よく行く喫茶店で何度か顔を合わせるうちに親しくなった。
 それで、お互い軽い気持ちで付き合おうと持ちかけられたので承諾したのだ。
 そのときは特に好きな子もいなかったし美人で大人の女性と付き合うのも面白そう、くらいの気持ちだった。
 だが向こうが本気になってしまった。
 婚活していると聞いたときは、なら近いうちに別れ話を切り出してくるだろうと思っていたのだが、どうやら遠回しなプロポーズの催促だったらしい。

「結婚する気ないの? 今の話だと柊矢君は反対しそうにないけど」
「元々別れるの前提だったから付き合ったんだし、この歳で結婚する気なんてないよ。大体、向こうは社会人なんだから結婚したら食べさせてもらうことになるじゃん。俺、大学は行きたいから卒業まで働けないし、ヒモになる気ないし」

 今は女性が働いて男性が家事をする家庭もある。
 家族を養うのは男の方という考えは古い。
 働きながら大学へ通う者もいるが、話を聞いた感じだと楸矢の成績では仕事をする余裕などないだろう。

 両親というものを知らず、育ての親だった祖父も小学生の時に亡くして、その後は無関心な兄と二人だったのだから普通の家庭に対する憧憬しょうけいは人一倍強いに違いない。
 憧れが強い分、妥協はしたくないのだろう。
 それに小夜の手料理に喜んでいるということは今の彼女は料理が出来ないのだろうが、料理が作れるという条件は外せないようだ。

 だが料理をするのは女性というのも古い。
 正直なところ、こんな古い考えの楸矢の理想にあう女性が見つかるのか心配になってくる。
しおりを挟む

処理中です...