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魂の還る惑星 第三章 Sopdet -太陽を呼ぶ星-
第三章 第三話
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歌い終えた小夜が視聴覚室のドアを開けると廊下に清美がいた。
「清美、なんでここに……」
「それはこっちの台詞だよ。具合が悪いって言って教室飛び出したのに、なんでこんなところで歌なんか歌ってんの?」
防音とは言えドアの近くで歌ったから聴こえてしまったのだろう。
「それは……」
「もしかして、また柊矢さんに贈る歌?」
「そ、そんなとこ……」
清美は溜息を吐いた。
「歌うときは楸矢さんに聴こえないところにしてあげてね」
「う、うん」
ムーシカでそれは無理なのだが小夜は頷くしかなかった。
楸矢が話しているとき、小夜の歌声が聴こえてきた。時計に目をやる。
「まだ、授業が終わったばっかのはずだけど、まさか学校で歌ってるのかな」
「これは……」
椿矢が真剣な表情になった。
「どうしたの?」
「これ、呪詛払いのムーシカだよ」
「え?『じゅそ』って呪いの呪詛?」
「そう。この前、小夜ちゃんが車に轢かれそうになったとき、小夜ちゃんにはムーシカが聴こえたけど、柊矢君には聴こえなかったんだよね?」
「うん。森も見えなかったって言ってたよ。小夜ちゃんが突然立ち止まったと思ったら、真ん前を車が通り過ぎてったって」
「そのムーシカで車の運転手を眠らせたんだと思う」
それでコントロールを失った車が小夜を撥ねそうになったからムーシケーが足止めをしたのだ。
「そういえば、柊兄が帰還派に狙われて事故ったときもムーシカが聴こえてきたと思ったら意識を失ったって……。それが呪詛?」
「そう。それに君も病院送りにさせられて危うく死ぬところだったでしょ。普通は当人にしか聴こえないはずなんだけど、小夜ちゃんには聴こえたって言ってたよね」
確かにあの時、楸矢と小夜には聴こえていたが柊矢は聴こえないと言っていた。
「多分、今も何かの呪詛のムーシカが聴こえたから、小夜ちゃんはそれを打ち消すために歌ったんだよ」
「でも、小夜ちゃん、呪詛払いのムーシカなんていつの間に知ったんだろ」
「知ってたわけじゃないでしょ。つい最近までムーシコスのこととか何も知らなかったくらいなんだから。ただ、この前の事故の時と似たようなムーシカが聴こえてきたから打ち消した方がいいんじゃないかって考えて、そういうムーシカを歌ったんだと思う」
ムーシコスなら望めばムーシカの旋律と歌詞はすぐに分かる。
「今、あんたも呪詛のムーシカ聴こえてなかったよね?」
「うん、普通は呪詛を受けてる当人以外聴こえないものだからね」
「じゃあ、小夜ちゃんはクレーイス・エコーだから聴こえたってこと? それとも聴こえる人がクレーイス・エコーに選ばれるの?」
「クレーイス・エコーは関係ないよ。極稀に聴こえる人がいるんだよ」
椿矢がそう言ったとき、テーブルの横に椿矢に似た面差しの青年が来た。
年は楸矢と同じくらいだろうか。
青年は椿矢の前にA4サイズの封筒を置いた。
「人をパシリにしないで欲しいんだけど」
「それは叔父さんに言ってよ。楸矢君、こいつが榎矢。榎矢、楸矢君だ」
「知ってるよ。この前、会ったの覚えてないの?」
椿矢に喧嘩腰の口調で言った。
「そのとき、お前達が起こした停電のせいで真っ暗だったの覚えてないの?」
椿矢が小馬鹿にした表情で言い返した。
榎矢はむっとした顔で椿矢を睨み付ける。それから周囲を見回した。
「今の、兄さんがあの子に歌わせたんじゃないの?」
「また、お前達の悪巧み邪魔しちゃったかな?」
椿矢が挑発するように訊ねた。
「誰が呪詛してたにしろ今のは僕じゃないよ」
榎矢はそう言うと踵を返した。
「ちょっと待った」
椿矢が榎矢を呼び止めた。
「何?」
「お前、小夜ちゃんに先祖返りって言ったそうだけど」
「だから?」
「どういう意味?」
椿矢が訊ねた。
「え?」
「小夜ちゃんを先祖返りだと思った理由。もしかして、雨宮家ではムーシコスの家系を追ってて、小夜ちゃんはそれ以外の家から出てきたとか?」
「先祖返りって言ったのは能力の強さのことだよ。血の薄まってる家系なんかいちいち調べたりするわけないでしょ」
「その割には楸矢君と柊矢君が親戚だって知ってたよね」
椿矢が嘲るように言った。
暗に「いつも楸矢達のことを血が薄いって言ってるのに」と仄めかしている。
榎矢は答えに詰まって椿矢を睨んだ。
「そもそも、能力が強いって何のこと言ってるわけ?」
「能力がなきゃクレーイス・エコーには選ばれないでしょ」
「それだけ? クレーイス・エコーに選ばれたなら能力があるだろうって思っただけ? 何か出来たとか、したとかじゃなく? クレーイス・エコーを選ぶ基準はムーシケーの意志に従う人でしょ」
「あの子も同じこと言ってたけど、もしかして、あれ兄さんの入れ知恵?」
「小夜ちゃんの話聞けば誰だって分かるよ。ああ、そういえばお前、振られたから話聞けなかったんだったね」
椿矢がせせら笑いを浮かべた。
榎矢の顔が赤くなった。椿矢を険しい目で睨み付けている。
こいつも呪詛のムーシカ知ってるのに大丈夫なのか?
楸矢はハラハラしながら椿矢と榎矢を交互に見た。
さすがに実の兄を呪詛したりはしないと思うが自分達が三人とも命を狙われたことを考えると安心出来ない。
「あ、ごめん。古傷えぐっちゃったかな。色男気取って皆の前で、女子高生落とすのなんか簡単だって大見得切ったのに、相手にされなくて大恥掻いちゃったんだよね」
「誰からそれを……!」
「やっぱり、そう言ったんだ」
椿矢のしてやったりという笑みを見て鎌を掛けられたと気付いた榎矢が耳まで赤くなった。
「意志って言うけど、今までは意志表示なんてしたことなかったじゃない」
「意志表示したことなかったのはムーシケーに行こうなんて考えるバカがいなかったからでしょ」
椿矢は冷めた表情で辛辣な言葉を放った。
榎矢の形相がますます険しくなった。
「まぁ、いいや。これ届けてくれたお駄賃やるよ」
その言葉に榎矢が手を出したのを見て楸矢は目を丸くした。
これだけ虚仮にされたのに、あっさり手を出すって結構単純な性格なんだな。
椿矢が呪詛の心配をしないのも頷ける。
「清美、なんでここに……」
「それはこっちの台詞だよ。具合が悪いって言って教室飛び出したのに、なんでこんなところで歌なんか歌ってんの?」
防音とは言えドアの近くで歌ったから聴こえてしまったのだろう。
「それは……」
「もしかして、また柊矢さんに贈る歌?」
「そ、そんなとこ……」
清美は溜息を吐いた。
「歌うときは楸矢さんに聴こえないところにしてあげてね」
「う、うん」
ムーシカでそれは無理なのだが小夜は頷くしかなかった。
楸矢が話しているとき、小夜の歌声が聴こえてきた。時計に目をやる。
「まだ、授業が終わったばっかのはずだけど、まさか学校で歌ってるのかな」
「これは……」
椿矢が真剣な表情になった。
「どうしたの?」
「これ、呪詛払いのムーシカだよ」
「え?『じゅそ』って呪いの呪詛?」
「そう。この前、小夜ちゃんが車に轢かれそうになったとき、小夜ちゃんにはムーシカが聴こえたけど、柊矢君には聴こえなかったんだよね?」
「うん。森も見えなかったって言ってたよ。小夜ちゃんが突然立ち止まったと思ったら、真ん前を車が通り過ぎてったって」
「そのムーシカで車の運転手を眠らせたんだと思う」
それでコントロールを失った車が小夜を撥ねそうになったからムーシケーが足止めをしたのだ。
「そういえば、柊兄が帰還派に狙われて事故ったときもムーシカが聴こえてきたと思ったら意識を失ったって……。それが呪詛?」
「そう。それに君も病院送りにさせられて危うく死ぬところだったでしょ。普通は当人にしか聴こえないはずなんだけど、小夜ちゃんには聴こえたって言ってたよね」
確かにあの時、楸矢と小夜には聴こえていたが柊矢は聴こえないと言っていた。
「多分、今も何かの呪詛のムーシカが聴こえたから、小夜ちゃんはそれを打ち消すために歌ったんだよ」
「でも、小夜ちゃん、呪詛払いのムーシカなんていつの間に知ったんだろ」
「知ってたわけじゃないでしょ。つい最近までムーシコスのこととか何も知らなかったくらいなんだから。ただ、この前の事故の時と似たようなムーシカが聴こえてきたから打ち消した方がいいんじゃないかって考えて、そういうムーシカを歌ったんだと思う」
ムーシコスなら望めばムーシカの旋律と歌詞はすぐに分かる。
「今、あんたも呪詛のムーシカ聴こえてなかったよね?」
「うん、普通は呪詛を受けてる当人以外聴こえないものだからね」
「じゃあ、小夜ちゃんはクレーイス・エコーだから聴こえたってこと? それとも聴こえる人がクレーイス・エコーに選ばれるの?」
「クレーイス・エコーは関係ないよ。極稀に聴こえる人がいるんだよ」
椿矢がそう言ったとき、テーブルの横に椿矢に似た面差しの青年が来た。
年は楸矢と同じくらいだろうか。
青年は椿矢の前にA4サイズの封筒を置いた。
「人をパシリにしないで欲しいんだけど」
「それは叔父さんに言ってよ。楸矢君、こいつが榎矢。榎矢、楸矢君だ」
「知ってるよ。この前、会ったの覚えてないの?」
椿矢に喧嘩腰の口調で言った。
「そのとき、お前達が起こした停電のせいで真っ暗だったの覚えてないの?」
椿矢が小馬鹿にした表情で言い返した。
榎矢はむっとした顔で椿矢を睨み付ける。それから周囲を見回した。
「今の、兄さんがあの子に歌わせたんじゃないの?」
「また、お前達の悪巧み邪魔しちゃったかな?」
椿矢が挑発するように訊ねた。
「誰が呪詛してたにしろ今のは僕じゃないよ」
榎矢はそう言うと踵を返した。
「ちょっと待った」
椿矢が榎矢を呼び止めた。
「何?」
「お前、小夜ちゃんに先祖返りって言ったそうだけど」
「だから?」
「どういう意味?」
椿矢が訊ねた。
「え?」
「小夜ちゃんを先祖返りだと思った理由。もしかして、雨宮家ではムーシコスの家系を追ってて、小夜ちゃんはそれ以外の家から出てきたとか?」
「先祖返りって言ったのは能力の強さのことだよ。血の薄まってる家系なんかいちいち調べたりするわけないでしょ」
「その割には楸矢君と柊矢君が親戚だって知ってたよね」
椿矢が嘲るように言った。
暗に「いつも楸矢達のことを血が薄いって言ってるのに」と仄めかしている。
榎矢は答えに詰まって椿矢を睨んだ。
「そもそも、能力が強いって何のこと言ってるわけ?」
「能力がなきゃクレーイス・エコーには選ばれないでしょ」
「それだけ? クレーイス・エコーに選ばれたなら能力があるだろうって思っただけ? 何か出来たとか、したとかじゃなく? クレーイス・エコーを選ぶ基準はムーシケーの意志に従う人でしょ」
「あの子も同じこと言ってたけど、もしかして、あれ兄さんの入れ知恵?」
「小夜ちゃんの話聞けば誰だって分かるよ。ああ、そういえばお前、振られたから話聞けなかったんだったね」
椿矢がせせら笑いを浮かべた。
榎矢の顔が赤くなった。椿矢を険しい目で睨み付けている。
こいつも呪詛のムーシカ知ってるのに大丈夫なのか?
楸矢はハラハラしながら椿矢と榎矢を交互に見た。
さすがに実の兄を呪詛したりはしないと思うが自分達が三人とも命を狙われたことを考えると安心出来ない。
「あ、ごめん。古傷えぐっちゃったかな。色男気取って皆の前で、女子高生落とすのなんか簡単だって大見得切ったのに、相手にされなくて大恥掻いちゃったんだよね」
「誰からそれを……!」
「やっぱり、そう言ったんだ」
椿矢のしてやったりという笑みを見て鎌を掛けられたと気付いた榎矢が耳まで赤くなった。
「意志って言うけど、今までは意志表示なんてしたことなかったじゃない」
「意志表示したことなかったのはムーシケーに行こうなんて考えるバカがいなかったからでしょ」
椿矢は冷めた表情で辛辣な言葉を放った。
榎矢の形相がますます険しくなった。
「まぁ、いいや。これ届けてくれたお駄賃やるよ」
その言葉に榎矢が手を出したのを見て楸矢は目を丸くした。
これだけ虚仮にされたのに、あっさり手を出すって結構単純な性格なんだな。
椿矢が呪詛の心配をしないのも頷ける。
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