歌のふる里

月夜野 すみれ

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魂の還る惑星 第二章 タツァーキブシ-立上げ星-

第二章 第十話

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 楸矢の言葉に、
「その事故っていつ頃?」
 と椿矢が訊ねた。
「七年前」
「歌ってたのは間違いなく沙陽あのひとじゃなかったんだね」
 椿矢が難しい顔で確認するように訊ねた。
「多分、沙陽じゃないと思うけど……。でも、嵐の時まで沙陽の歌声聴いたことなかったし、七年も前だからはっきりとは……」
 そのときスマホが振動する音が聞こえた。椿矢のものではない。
 楸矢が取り出したスマホの画面に「聖子」と表示されていた。
「ごめん、今日はもう帰るよ。相談に乗ってくれてありがと」
 椿矢にそう言うとスマホを耳に当てて話ながら足早に歩いていった。

「小夜、清美、聞いてくれた? 行くなら乗り物の予約とかあるから早くしないと」
「説得中だから、もうちょっと待って」
 清美がそう言うと、香奈は小夜の方を向いた。
「小夜は?」
 小夜は咄嗟とっさに思考を巡らせたが断る口実は思い付かなかった。
「ごめん、まだ聞く機会がなくて……」
「早くしてね」
 香奈はそう念を押すと席に戻った。
「小夜、楸矢さんに聞いてくれた?」
「え?」
「彼女とどうなってるのか。それ次第で本気で親を説得するか決めようと思ってるんだよね」
「清美……」
 聞いてみて、上手くいってるという答えが返ってきたらどうするつもりなのかと思ったが、そしたら香奈の親戚の家からお参りに行くのだろう。

「なんか、人、増えてない?」
 楸矢が去っていく聴衆を見ながら言った。
「あ、やっぱり、楸矢君もそう思う?」
 ブズーキをしまいながら椿矢が答えた。
 椿矢は隣に座った楸矢が足下に置いた鞄に目を向けた。ファスナーが開いていて中に入っている本が目に入った。
「予備校でイタリア語はやらないよね?」
「イタリア語は大学の方」
「第二外国語にイタリア語、選んだんだ」
「あと、情報メディア選ばないならもう一カ国、選択しないと。そのうえ三年からはラテン語までやらないといけないんだから柊兄が一年でやめたの正解だよね」
 げんなりした表情で楸矢は教科書にはさまっていたカリキュラム表を見せた。

「最低三カ国語? 情報メディア選ばなかったら四カ国?」
「そ。普通の大学は英語ともう一カ国語でいいんだって? 高校の第二外国語でイタリア語とってたし、イタリア語とスペイン語は似てるって聞いたから、イタリア語とスペイン語とれば少しは楽かなって思ったけど……やっぱ普通の大学行きたい」
 楸矢がぼやいた。
「四カ国語も出来たら就職先よりどりみどりじゃない? 普通の大学よりよっぽどつぶしが利きそうだけど」
「それはちゃんと出来るようになったらでしょ。第一、一つはラテン語だよ。ラテン語なんて、どこで使うのさ」
「例えば、欧州会社なんかはラテン語使ってる場合があるらしいよ。日本支社では日本語使ってるだろうけど、本社から送られてくる書類はラテン語のところもあるかも」

 英語の他にイタリア語やスペイン語が話せれば大抵の国では言葉に困らない。
 出張にしろ赴任ふにんにしろ重宝ちょうほうがられるのは間違いない。
 それにラテン語が出来る者は多くないから外資系で本社がラテン語を使っているところなどはラテン語が出来れば就職の時かなり有利なはずだ。

「欧州会社って何の会社?」
「ヨーロッパの欧州会社法に基づいて設立されてる会社の総称だから色んな業種があるよ」
「つまり、基本的にはヨーロッパにある会社ってこと?」
「そうだね。あとは、医学用語なんかはラテン語らしいから医者になるならラテン語が必要なんじゃない?」
「それ、イヤミ? エスカレーター式の大学でさえ進学危なかったのに医学部とかどうやって入るのさ」
 楸矢の言葉に椿矢は苦笑した。

 ちょっとした好奇心から楸矢の高校と大学を調べてみたのだがそんなに偏差値の高い学校ではなかった。
 まぁ、音楽家を育てるための大学やその付属高校だから普通の科目は最低限なのだろう。
 それは世界的に活躍するようになったとき困らないように外国語が最低三カ国語というのを見ても分かる。
 その大学に付属高校からにも関わらず進学がやっとだったのでは裏口でも使わない限り医学部は無理に違いない。
 音大への進学もフルートの実技で一般科目の成績はお目こぼししてもらったそうだし高校も推薦入学なのだろう。
 音楽家育成に力を入れている高校や大学にフルートの腕で入っているのだから楸矢も才能はあるに違いない。
 だからこそ他人の実力や自分の限界が分かってしまうのかもしれないが。

「イタリア語が得意だったならだけど、入試で英語の代わりに第二外国語選択出来るとこ選べば? イタリア語で受験出来る大学があるかは知らないけど、第二外国語の試験は英語より簡単らしいよ。外国語の勉強の時間はぶければその分、別の科目の勉強に時間けるし」
 椿矢はそう言いながらカリキュラム表を眺めた。
「独唱及び合唱って、楸矢君も歌えるんだ」
「ピアノと声楽は高校の時から副科でやってるから」
「じゃあ、柊矢君も上手いよね」
「歌ってるの聴いた事はないけど声楽の成績は凄く良かったよ」
 楸矢が落ち込んだ様子で答えた。
 おそらく楸矢よりもかなり良かったのだろう。
 まぁ、キタリステースだろうとムーシコスに音痴はいないが。
 聴こえないだけで演奏しながら歌っているキタリステースは珍しくない。

「柊矢君と小夜ちゃんのデュエット、聴いてみたいなぁ。……何?」
 信じられないという表情の楸矢を見て椿矢が不思議そうに訊ねた。
「いや、リアリストでもやっぱムーシコスなんだなって。ムーシカ聴けるなら二人の世界に入ってるカップル見ても平気とか、俺には考えられないけど」
 楸矢のうんざりした顔を見て椿矢は苦笑した。
 相当辟易へきえきさせられているようだ。
 椿矢は再びカリキュラム表に目を落とした。

「そういえば、帰還派ってもう諦めたんだよね?」
沙陽あのひとは知らないけど、他の連中は諦めたはずだよ。元々帰還派って沙陽あのひと以外はムーシコスはムーシケーに住むべきって言う原理主義的な考えで行こうとしてた連中だから、いつ隕石が落ちてきて死ぬか分からないようなところに行きたいなんて考えないよ。どうして?」
 楸矢は、小夜が狙われて危ないところでムーシケーに助けられた話をした。
 椿矢は驚いた表情で聞いていた。

「この前、僕の連絡先、教えたでしょ」
「うん」
「明日からは歌う場所変えるから、用があったら電話かメールしてよ。お茶でも飲みながら話そう」
「あんた、男同士でお茶飲んで楽しい?」
「公園のベンチで話すのはいいの?」
 椿矢が可笑しそうに訊ねた。
 それもそうかと思って楸矢は頷いた。
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