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魂の還る惑星 第二章 タツァーキブシ-立上げ星-
第二章 第二話
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「それが二つ目。俺、成績悪すぎて、かなり猛勉強しないとどこも受かりそうにない」
「音大付属って音楽以外の授業、全然ないの?」
椿矢が不思議そうに訊ねた。
「あるよ。普通の科目も多少は出来ないといくら付属でも大学へは進めないから試験の時は頑張って勉強してた。でも全然ダメでさ。本来は進学させられないんだけど、フルートの成績が良いから特別に目を瞑ったって先生に言われた」
「柊矢君に叱られなかった?」
「俺がフルートに集中してると思ってたから」
「フルートに打ち込んでるなら普通の勉強おろそかでも怒らないんだ」
椿矢が面白がってるような表情で言った。
「柊兄、音楽第一だから。それなのに音楽家目指してたわけでもないんだからね。柊兄がヴァイオリニストになってもいい程度にしか考えてなかったなんて、ライバル連中に知られたら絶対、後ろから刺されるよ」
「なんで?」
「すっげぇ才能あったから。柊兄には敵わないからって一度コンクールでヴァイオリン隠されたことあったんだよね。それで柊兄は他の人から借りたの」
借りたヴァイオリンは出場者が使ってる中で一番の安物で音も値段相応だった。
少なくとも持ち主が弾いたときはそうだった。
高いものはそれだけ良い音が出るから貸してくれたのは一番安いヴァイオリンを使っていた人だけだったのだ。
ライバル達は皆、これで柊矢の優勝はなくなったと確信した。
「ヴァイオリンが違うだけで優勝出来るかどうかが変わるものなの?」
「楽器って基本的に高いものほどいい音が出るんだよ。しかも、楽器には個性がある上に毎日弾き込んでる人がいる場合その人のクセも付くから、いきなりだと思い通りの音を出すのは難しいんだよね。素人には同じに聴こえるだろうけどコンクールの審査員になるのはそういう音の違いが分かる人達なわけだし」
知人が良い物を安価で譲ってくれたとかでない限り、安い楽器はそれだけポテンシャルが低い。
それは、そのまま出せる音色の限界に跳ね返ってくる。素人ならともかくコンクールに出場するような人間だと楽器の性能に足を引っ張られることもあるのだ。
良いヴァイオリンでも初めて使うものでは思うような音は出せないのに、その上安物で音色が悪いとなれば優勝は絶望的だ。
楸矢も慰めの言葉を考え始めていた。
「もしかして、優勝しちゃった?」
「そ。ホントに同じヴァイオリンなのかってくらい持ち主が弾いたときとは全然音色が違っててさ。まぁ、柊兄が自分のヴァイオリンで弾いた時と比べたら大分劣ってたけど」
それでも他の参加者を圧倒するには十分だった。
「皆、愕然としてた。ホント、マジで参加者全員ムンクの叫びみたいな顔でさ」
楸矢は大真面目に話しているのだが椿矢は腹を抱えて笑った。
「持ち主まであのヴァイオリンでこんな音が出せるんだって唖然としちゃってて。まぁ、持ち主は単に楽器の性能引き出せてなかっただけだけど……。柊兄の後の人達、可哀想だったよ。動揺しすぎて演奏めちゃくちゃだった人もいてさ。誰だか知らないけど、この中の一人が隠したヤツなんだろうなって考えたらいい気味だって思った。でも、同時に俺にはこんだけの才能はないなって」
高価なものを使っていたのに一番安いヴァイオリンを弾いた柊矢に負けたのだ。
柊矢の方が良い楽器だったからという言い訳が出来なかったどころか、初めて使う安いヴァイオリンという大きなハンデを背負ってた相手に負けたのだから皆自尊心をズタズタにされたはずだ。
あれは参加者全員に相当な衝撃を与えただろう。
あの中にヴァイオリニストへの道を断念した者が一人や二人いてもおかしくない。
ヴァイオリンを隠すような卑怯な真似をした者は自業自得だが、関係なかった人からしたら、とんだとばっちりだ。
柊矢はそれなりに高価なものを使っていたから、隠されていなければ負けたのは柊矢の腕ではなくヴァイオリンが良かったからだという言い訳が出来た。
周囲の人にも、自分自身にも。
「ま、そこでめげちゃうようなメンタルじゃ、どっちにしろプロは無理だけどさ。でも楽器が違う俺でさえ、かなり凹んだんだからヴァイオリン弾いてた人達のダメージ半端なかったと思うよ。だから、フルート奏者になることを期待されてたわけじゃなかったって分かって正直ほっとした部分もあるんだよね。俺にはあんな才能ないからさ」
弾ける楽器は独学のブズーキのみ、音楽はムーシカだけしか知らない椿矢には音楽家(の卵)の悩みは理解してやれそうになかった。
ムーシカに才能は関係ない。
ムーシカというのは鳥の囀りのようなもので、奏でたいたいときに奏でる、ただそれだけだ。
ムーシコスは、地球人の原始的な本能にプラスしてムーシカを奏でるというのがあるだけだ。
本能による行為だから、シンプルであり、かつ、原始的。
それがムーシカなのだ。
そのときムーシカが終わった。
次のムーシカが始まる様子はない。
そろそろ夕食を作り始める時間だから少なくとも小夜はもう今日デュエットを歌うことはないだろう。
「俺、帰るよ。あんたのファンに睨まれてるし」
楸矢の言葉に周りを見回すと椿矢のムーシカをよく聴きに来る人達が少し離れたところからこちらを窺っていた。
おそらく歌っていないのは楸矢と話しているせいだと思っているのだろう。
楸矢が行ってしまうと椿矢はブズーキを弾き始めた。
すぐに周りに聴衆が集まってきた。
「音大付属って音楽以外の授業、全然ないの?」
椿矢が不思議そうに訊ねた。
「あるよ。普通の科目も多少は出来ないといくら付属でも大学へは進めないから試験の時は頑張って勉強してた。でも全然ダメでさ。本来は進学させられないんだけど、フルートの成績が良いから特別に目を瞑ったって先生に言われた」
「柊矢君に叱られなかった?」
「俺がフルートに集中してると思ってたから」
「フルートに打ち込んでるなら普通の勉強おろそかでも怒らないんだ」
椿矢が面白がってるような表情で言った。
「柊兄、音楽第一だから。それなのに音楽家目指してたわけでもないんだからね。柊兄がヴァイオリニストになってもいい程度にしか考えてなかったなんて、ライバル連中に知られたら絶対、後ろから刺されるよ」
「なんで?」
「すっげぇ才能あったから。柊兄には敵わないからって一度コンクールでヴァイオリン隠されたことあったんだよね。それで柊兄は他の人から借りたの」
借りたヴァイオリンは出場者が使ってる中で一番の安物で音も値段相応だった。
少なくとも持ち主が弾いたときはそうだった。
高いものはそれだけ良い音が出るから貸してくれたのは一番安いヴァイオリンを使っていた人だけだったのだ。
ライバル達は皆、これで柊矢の優勝はなくなったと確信した。
「ヴァイオリンが違うだけで優勝出来るかどうかが変わるものなの?」
「楽器って基本的に高いものほどいい音が出るんだよ。しかも、楽器には個性がある上に毎日弾き込んでる人がいる場合その人のクセも付くから、いきなりだと思い通りの音を出すのは難しいんだよね。素人には同じに聴こえるだろうけどコンクールの審査員になるのはそういう音の違いが分かる人達なわけだし」
知人が良い物を安価で譲ってくれたとかでない限り、安い楽器はそれだけポテンシャルが低い。
それは、そのまま出せる音色の限界に跳ね返ってくる。素人ならともかくコンクールに出場するような人間だと楽器の性能に足を引っ張られることもあるのだ。
良いヴァイオリンでも初めて使うものでは思うような音は出せないのに、その上安物で音色が悪いとなれば優勝は絶望的だ。
楸矢も慰めの言葉を考え始めていた。
「もしかして、優勝しちゃった?」
「そ。ホントに同じヴァイオリンなのかってくらい持ち主が弾いたときとは全然音色が違っててさ。まぁ、柊兄が自分のヴァイオリンで弾いた時と比べたら大分劣ってたけど」
それでも他の参加者を圧倒するには十分だった。
「皆、愕然としてた。ホント、マジで参加者全員ムンクの叫びみたいな顔でさ」
楸矢は大真面目に話しているのだが椿矢は腹を抱えて笑った。
「持ち主まであのヴァイオリンでこんな音が出せるんだって唖然としちゃってて。まぁ、持ち主は単に楽器の性能引き出せてなかっただけだけど……。柊兄の後の人達、可哀想だったよ。動揺しすぎて演奏めちゃくちゃだった人もいてさ。誰だか知らないけど、この中の一人が隠したヤツなんだろうなって考えたらいい気味だって思った。でも、同時に俺にはこんだけの才能はないなって」
高価なものを使っていたのに一番安いヴァイオリンを弾いた柊矢に負けたのだ。
柊矢の方が良い楽器だったからという言い訳が出来なかったどころか、初めて使う安いヴァイオリンという大きなハンデを背負ってた相手に負けたのだから皆自尊心をズタズタにされたはずだ。
あれは参加者全員に相当な衝撃を与えただろう。
あの中にヴァイオリニストへの道を断念した者が一人や二人いてもおかしくない。
ヴァイオリンを隠すような卑怯な真似をした者は自業自得だが、関係なかった人からしたら、とんだとばっちりだ。
柊矢はそれなりに高価なものを使っていたから、隠されていなければ負けたのは柊矢の腕ではなくヴァイオリンが良かったからだという言い訳が出来た。
周囲の人にも、自分自身にも。
「ま、そこでめげちゃうようなメンタルじゃ、どっちにしろプロは無理だけどさ。でも楽器が違う俺でさえ、かなり凹んだんだからヴァイオリン弾いてた人達のダメージ半端なかったと思うよ。だから、フルート奏者になることを期待されてたわけじゃなかったって分かって正直ほっとした部分もあるんだよね。俺にはあんな才能ないからさ」
弾ける楽器は独学のブズーキのみ、音楽はムーシカだけしか知らない椿矢には音楽家(の卵)の悩みは理解してやれそうになかった。
ムーシカに才能は関係ない。
ムーシカというのは鳥の囀りのようなもので、奏でたいたいときに奏でる、ただそれだけだ。
ムーシコスは、地球人の原始的な本能にプラスしてムーシカを奏でるというのがあるだけだ。
本能による行為だから、シンプルであり、かつ、原始的。
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そのときムーシカが終わった。
次のムーシカが始まる様子はない。
そろそろ夕食を作り始める時間だから少なくとも小夜はもう今日デュエットを歌うことはないだろう。
「俺、帰るよ。あんたのファンに睨まれてるし」
楸矢の言葉に周りを見回すと椿矢のムーシカをよく聴きに来る人達が少し離れたところからこちらを窺っていた。
おそらく歌っていないのは楸矢と話しているせいだと思っているのだろう。
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