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魂の還る惑星 第二章 タツァーキブシ-立上げ星-
第二章 第一話
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弦楽器の音色に合わせて男の人の歌声が聴こえてくる。
楽器の音は〝聴こえる〟のに、男の人の歌声は〝聴こえない〟から、この人はキタリステースだ。
男の人の弾く楽器の旋律にあわせてムーソポイオスの合唱が聴こえてくる。他のキタリステースの楽器の合奏も聴こえている。
明かりは側に置いてある松明のものだけ。地上は真っ暗で、松明の明かりがその周りだけを照らしている。
それに対して夜空は眩しいくらい沢山の星が輝いていた。
星の数ほど、という言葉は単なる比喩ではないことが良く分かるほど沢山の瞬く星々。
どうやら海辺らしく波が打ち寄せる音が聞こえてくる。
雲一つなく晴れ渡った夜空は満天の星が競い合っている。
その中で青白い星が強い輝きを放っていた。
不意に小枝が折れる音がして男の人がムーシカを中断した。他のムーシコスの歌声や演奏は続いている。
「ごめん。邪魔するつもりはなかったんだ。それ、あんたの国の唄? 変わった唄だね。それにその楽器も」
ムーシカを知らないということはこの女性は地球人だ。
男性は心なしか、がっかりしたようだった。
「俺の国の唄じゃないよ。どこからか聴こえてくるけど、他の人は誰も聴こえないって……」
「他の人には聴こえない唄が聴こえるの?」
「今も聴こえてるよ」
男がそう言うと、女性は口をつぐんで耳を傾けるような仕草をした。
しばらくそうしていてから、
「聴こえないよ」
と言った。
「そっか」
男は淋しそうに微笑った。
新宿駅の近くを歩いていた楸矢は椿矢の歌声を聞いて中央公園に向かっていたが、次のムーシカが始まると椿矢は歌うのをやめてしまった。
今は小夜がデュエットのムーシカを歌っているが男声パートは椿矢ではないムーソポイオスが歌っている。
それでも中央公園に行ってみると椿矢がベンチに座っていた。
「なんで歌ってないの?」
「さすがに人前でデュエットの男声パートだけ歌うのはちょっとね」
確かに女声パートが聴こえていない人は変に思うだろう。
一応ムーシカを奏でているときに別のムーシカは奏でない、という暗黙の了解がある。
他人に危害を加えるようなムーシカを打ち消すときは例外だが。
柊矢のようにキタリステースが歌ったり、ムーソポイオスが演奏する分には他のムーシコスには聴こえないから他のムーシカを奏でることは出来るが、椿矢が歌ったら聴こえてしまう。
「楸矢君はどうしたの? 小夜ちゃんと柊矢君が歌ってるから出てきたって訳じゃないんでしょ」
どこにいても聴こえるのだから近所だろうと遠くだろうと変わりはない。
わざわざ家から離れた中央公園まで来る必要はない。
「俺は予備校でパンフレット貰った帰り」
楸矢は紙袋を持ち上げた。
「本気で別の大学考えてるんだ」
「うーん……」
「違うの? パンフレットまで貰ってきたのに」
「色々問題山積みでさ……」
楸矢はベンチの背もたれに寄りかかって空を見上げた。
「柊矢君、好きなとこ行っていいって言ってくれたなら、今更反対したりしないでしょ」
「うん」
「じゃあ、何が問題なの?」
「まず、どこ受ければいいのか分からない。俺、音楽しか知らないし」
楸矢は小学生の頃から勉強が苦手だったが祖父も柊矢もどれだけ悪い成績を取ろうと何も言わなかった。
ただ教師には叱られるから中学に入った頃から試験の前だけは勉強していたが酷い点数しか取れなかった。
それでも柊矢は怒らなかったので力を尽くした結果だから許してくれてるのだろうと思っていた。
それで慌てたのが担任の教師だった。
この成績で入れる高校はない。
だが幸い何度かコンクールで優勝したことがあってフルートが上手いことは周知の事実だった。
同じ中学を卒業した柊矢が音大付属に進学していたこともあり、なんとか同じ高校を推薦入試で受けられるようにしてくれた。
推薦なら実技と面接だけだ。
それで一般科目の試験は受けずに高校に進学できた。
高校でもやはり成績は悪かったが音楽科は実技優先だったから試験前に勉強する程度で後はフルートの練習ばかりしていた。
さすがに、いくら音楽科とはいえこの成績は問題があると教師に再三注意され追試や補習、宿題などを出され、それらをこなすことでなんとか見逃してもらっていた。
だから音楽以外のことは自分でも得手不得手さえ判断出来ないくらいよく分かっていなかった。
「特に希望がないなら、とりあえず入れるとこ入れば?」
そもそも最初から目指しているものがあって大学に入る者は日本ではそれほど多くはないだろう。
大抵は成績に応じた大学を受験して受かったところに行く。
椿矢の高校のクラスメイトも、医学部に入れるだけ成績を取ってるから医大に入ったとか、願書を出せばセンター試験の結果だけで合否が決まるからという理由で出願したら合格したから法学部に入ったとか、そんなのは珍しくない。
さすがに医学部に入った者は頑張って医者になったが、法学部へ行った者は法科大学院へは進まず普通の企業に就職した。
元々出願だけで受かったから法学部卒の肩書き目当てに入学しただけで法曹界に入る気はなかったようだ。
もちろんウルドゥー語を学びたいという確固たる信念の元、東大に合格したのにそれを蹴って東京外語大に進んだ猛者もいた。
「ウルドゥーってどこだよ」とか「蹴るくらいなら最初から受けるな」とか散々突っ込まれていたが、これは東大合格者数を一人でも増やしたい高校側に懇願されたという事情があるから仕方ない。
楽器の音は〝聴こえる〟のに、男の人の歌声は〝聴こえない〟から、この人はキタリステースだ。
男の人の弾く楽器の旋律にあわせてムーソポイオスの合唱が聴こえてくる。他のキタリステースの楽器の合奏も聴こえている。
明かりは側に置いてある松明のものだけ。地上は真っ暗で、松明の明かりがその周りだけを照らしている。
それに対して夜空は眩しいくらい沢山の星が輝いていた。
星の数ほど、という言葉は単なる比喩ではないことが良く分かるほど沢山の瞬く星々。
どうやら海辺らしく波が打ち寄せる音が聞こえてくる。
雲一つなく晴れ渡った夜空は満天の星が競い合っている。
その中で青白い星が強い輝きを放っていた。
不意に小枝が折れる音がして男の人がムーシカを中断した。他のムーシコスの歌声や演奏は続いている。
「ごめん。邪魔するつもりはなかったんだ。それ、あんたの国の唄? 変わった唄だね。それにその楽器も」
ムーシカを知らないということはこの女性は地球人だ。
男性は心なしか、がっかりしたようだった。
「俺の国の唄じゃないよ。どこからか聴こえてくるけど、他の人は誰も聴こえないって……」
「他の人には聴こえない唄が聴こえるの?」
「今も聴こえてるよ」
男がそう言うと、女性は口をつぐんで耳を傾けるような仕草をした。
しばらくそうしていてから、
「聴こえないよ」
と言った。
「そっか」
男は淋しそうに微笑った。
新宿駅の近くを歩いていた楸矢は椿矢の歌声を聞いて中央公園に向かっていたが、次のムーシカが始まると椿矢は歌うのをやめてしまった。
今は小夜がデュエットのムーシカを歌っているが男声パートは椿矢ではないムーソポイオスが歌っている。
それでも中央公園に行ってみると椿矢がベンチに座っていた。
「なんで歌ってないの?」
「さすがに人前でデュエットの男声パートだけ歌うのはちょっとね」
確かに女声パートが聴こえていない人は変に思うだろう。
一応ムーシカを奏でているときに別のムーシカは奏でない、という暗黙の了解がある。
他人に危害を加えるようなムーシカを打ち消すときは例外だが。
柊矢のようにキタリステースが歌ったり、ムーソポイオスが演奏する分には他のムーシコスには聴こえないから他のムーシカを奏でることは出来るが、椿矢が歌ったら聴こえてしまう。
「楸矢君はどうしたの? 小夜ちゃんと柊矢君が歌ってるから出てきたって訳じゃないんでしょ」
どこにいても聴こえるのだから近所だろうと遠くだろうと変わりはない。
わざわざ家から離れた中央公園まで来る必要はない。
「俺は予備校でパンフレット貰った帰り」
楸矢は紙袋を持ち上げた。
「本気で別の大学考えてるんだ」
「うーん……」
「違うの? パンフレットまで貰ってきたのに」
「色々問題山積みでさ……」
楸矢はベンチの背もたれに寄りかかって空を見上げた。
「柊矢君、好きなとこ行っていいって言ってくれたなら、今更反対したりしないでしょ」
「うん」
「じゃあ、何が問題なの?」
「まず、どこ受ければいいのか分からない。俺、音楽しか知らないし」
楸矢は小学生の頃から勉強が苦手だったが祖父も柊矢もどれだけ悪い成績を取ろうと何も言わなかった。
ただ教師には叱られるから中学に入った頃から試験の前だけは勉強していたが酷い点数しか取れなかった。
それでも柊矢は怒らなかったので力を尽くした結果だから許してくれてるのだろうと思っていた。
それで慌てたのが担任の教師だった。
この成績で入れる高校はない。
だが幸い何度かコンクールで優勝したことがあってフルートが上手いことは周知の事実だった。
同じ中学を卒業した柊矢が音大付属に進学していたこともあり、なんとか同じ高校を推薦入試で受けられるようにしてくれた。
推薦なら実技と面接だけだ。
それで一般科目の試験は受けずに高校に進学できた。
高校でもやはり成績は悪かったが音楽科は実技優先だったから試験前に勉強する程度で後はフルートの練習ばかりしていた。
さすがに、いくら音楽科とはいえこの成績は問題があると教師に再三注意され追試や補習、宿題などを出され、それらをこなすことでなんとか見逃してもらっていた。
だから音楽以外のことは自分でも得手不得手さえ判断出来ないくらいよく分かっていなかった。
「特に希望がないなら、とりあえず入れるとこ入れば?」
そもそも最初から目指しているものがあって大学に入る者は日本ではそれほど多くはないだろう。
大抵は成績に応じた大学を受験して受かったところに行く。
椿矢の高校のクラスメイトも、医学部に入れるだけ成績を取ってるから医大に入ったとか、願書を出せばセンター試験の結果だけで合否が決まるからという理由で出願したら合格したから法学部に入ったとか、そんなのは珍しくない。
さすがに医学部に入った者は頑張って医者になったが、法学部へ行った者は法科大学院へは進まず普通の企業に就職した。
元々出願だけで受かったから法学部卒の肩書き目当てに入学しただけで法曹界に入る気はなかったようだ。
もちろんウルドゥー語を学びたいという確固たる信念の元、東大に合格したのにそれを蹴って東京外語大に進んだ猛者もいた。
「ウルドゥーってどこだよ」とか「蹴るくらいなら最初から受けるな」とか散々突っ込まれていたが、これは東大合格者数を一人でも増やしたい高校側に懇願されたという事情があるから仕方ない。
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