歌のふる里

月夜野 すみれ

文字の大きさ
上 下
59 / 144
魂の還る惑星 第二章 タツァーキブシ-立上げ星-

第二章 第一話

しおりを挟む
 弦楽器の音色に合わせて男の人の歌声が聴こえてくる。
 楽器の音は〝聴こえる〟のに、男の人の歌声は〝聴こえない〟から、この人はキタリステースだ。
 男の人の弾く楽器の旋律にあわせてムーソポイオスの合唱が聴こえてくる。他のキタリステースの楽器の合奏も聴こえている。
 明かりは側に置いてある松明のものだけ。地上は真っ暗で、松明の明かりがその周りだけを照らしている。
 それに対して夜空は眩しいくらい沢山の星が輝いていた。
 星の数ほど、という言葉は単なる比喩ではないことが良く分かるほど沢山の瞬く星々。
 どうやら海辺らしく波が打ち寄せる音が聞こえてくる。
 雲一つなく晴れ渡った夜空は満天の星が競い合っている。
 その中で青白い星が強い輝きを放っていた。
 不意に小枝が折れる音がして男の人がムーシカを中断した。他のムーシコスの歌声や演奏は続いている。
「ごめん。邪魔するつもりはなかったんだ。それ、あんたの国のうた? 変わった唄だね。それにその楽器も」
 ムーシカを知らないということはこの女性は地球人だ。
 男性は心なしか、がっかりしたようだった。
「俺の国の唄じゃないよ。どこからか聴こえてくるけど、他のもんは誰も聴こえないって……」
「他のひとには聴こえない唄が聴こえるの?」
「今も聴こえてるよ」
 男がそう言うと、女性は口をつぐんで耳をかたむけるような仕草をした。
 しばらくそうしていてから、
「聴こえないよ」
 と言った。
「そっか」
 男は淋しそうに微笑わらった。

 新宿駅の近くを歩いていた楸矢は椿矢の歌声を聞いて中央公園に向かっていたが、次のムーシカが始まると椿矢は歌うのをやめてしまった。
 今は小夜がデュエットのムーシカを歌っているが男声パートは椿矢ではないムーソポイオスが歌っている。
 それでも中央公園に行ってみると椿矢がベンチに座っていた。

「なんで歌ってないの?」
「さすがに人前でデュエットの男声パートだけ歌うのはちょっとね」
 確かに女声パートが聴こえていない人は変に思うだろう。
 一応ムーシカを奏でているときに別のムーシカは奏でない、という暗黙の了解がある。
 他人に危害を加えるようなムーシカを打ち消すときは例外だが。
 柊矢のようにキタリステースが歌ったり、ムーソポイオスが演奏する分には他のムーシコスには聴こえないから他のムーシカを奏でることは出来るが、椿矢が歌ったら聴こえてしまう。

「楸矢君はどうしたの? 小夜ちゃんと柊矢君が歌ってるから出てきたって訳じゃないんでしょ」
 どこにいても聴こえるのだから近所だろうと遠くだろうと変わりはない。
 わざわざ家から離れた中央公園まで来る必要はない。
「俺は予備校でパンフレット貰った帰り」
 楸矢は紙袋を持ち上げた。
「本気で別の大学考えてるんだ」
「うーん……」
「違うの? パンフレットまで貰ってきたのに」
「色々問題山積みでさ……」
 楸矢はベンチの背もたれに寄りかかって空を見上げた。
「柊矢君、好きなとこ行っていいって言ってくれたなら、今更反対したりしないでしょ」
「うん」
「じゃあ、何が問題なの?」
「まず、どこ受ければいいのか分からない。俺、音楽しか知らないし」

 楸矢は小学生の頃から勉強が苦手だったが祖父も柊矢もどれだけ悪い成績を取ろうと何も言わなかった。
 ただ教師には叱られるから中学に入った頃から試験の前だけは勉強していたが酷い点数しか取れなかった。
 それでも柊矢は怒らなかったので力をくした結果だから許してくれてるのだろうと思っていた。
 それで慌てたのが担任の教師だった。
 この成績で入れる高校はない。
 だが幸い何度かコンクールで優勝したことがあってフルートが上手いことは周知の事実だった。
 同じ中学を卒業した柊矢が音大付属に進学していたこともあり、なんとか同じ高校を推薦入試で受けられるようにしてくれた。
 推薦なら実技と面接だけだ。
 それで一般科目の試験は受けずに高校に進学できた。

 高校でもやはり成績は悪かったが音楽科は実技優先だったから試験前に勉強する程度で後はフルートの練習ばかりしていた。
 さすがに、いくら音楽科とはいえこの成績は問題があると教師に再三注意され追試や補習、宿題などを出され、それらをこなすことでなんとか見逃してもらっていた。
 だから音楽以外のことは自分でも得手不得手さえ判断出来ないくらいよく分かっていなかった。

「特に希望がないなら、とりあえず入れるとこ入れば?」
 そもそも最初から目指しているものがあって大学に入る者は日本ではそれほど多くはないだろう。
 大抵は成績に応じた大学を受験して受かったところに行く。
 椿矢の高校のクラスメイトも、医学部に入れるだけ成績を取ってるから医大に入ったとか、願書を出せばセンター試験の結果だけで合否が決まるからという理由で出願したら合格したから法学部に入ったとか、そんなのは珍しくない。
 さすがに医学部に入った者は頑張って医者になったが、法学部へ行った者は法科大学院へは進まず普通の企業に就職した。
 元々出願だけで受かったから法学部卒の肩書き目当てに入学しただけで法曹界ほうそうかいに入る気はなかったようだ。
 もちろんウルドゥー語を学びたいという確固たる信念の元、東大に合格したのにそれを蹴って東京外語大に進んだ猛者もさもいた。
「ウルドゥーってどこだよ」とか「蹴るくらいなら最初から受けるな」とか散々突っ込まれていたが、これは東大合格者数を一人でも増やしたい高校側に懇願こんがんされたという事情があるから仕方ない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

雪狐 氷の王子は番の黒豹騎士に溺愛される

Noah
BL
【祝・書籍化!!!】令和3年5月11日(木) 読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!! 黒猫を庇って派手に死んだら、白いふわもこに転生していた。 死を望むほど過酷な奴隷からスタートの異世界生活。 闇オークションで競り落とされてから獣人の国の王族の養子に。 そこから都合良く幸せになれるはずも無く、様々な問題がショタ(のちに美青年)に降り注ぐ。 BLよりもファンタジー色の方が濃くなってしまいましたが、最後に何とかBLできました(?)… 連載は令和2年12月13日(日)に完結致しました。 拙い部分の目立つ作品ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。 Noah

死が二人を別こうとも。

すずなり。
恋愛
同じクラスに気になる女の子がいる。かわいくて・・・賢くて・・・みんなの人気者だ。『誰があいつと付き合うんだろうな』・・・そんな話が男どもの間でされてる中、俺は・・・彼女の秘密を知ってしまう。 秋臣「・・・好きだ!」 りら「!!・・・ごめんね。」 一度は断られた交際の申し込み。諦めれない俺に、彼女は秘密を打ち明けてくれた。 秋臣「それでもいい。俺は・・・俺の命が終わるまで好きでいる。」 ※お話の内容は全て想像の世界です。現実世界とは何の関係もございません。 ※コメントや感想は受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※誤字脱字や表現不足などは日々訂正していきますのでどうかご容赦ください。(目が悪いので見えてない部分も多いのです・・・すみません。) ※ただただこの世界を楽しんでいただけたら幸いです。   すずなり。

七海さん

ホットサン
ライト文芸
僕はマンションの屋上から飛び降りた。 そしたら、、        道川洋が体験した不思議な物語。

とらんす☆みっしょん

矢的春泥
ライト文芸
ミッション系高校に通う少女と魂を入れ替えられてしまった少年。 慣れない女の子の身体で、慣れないキリスト教の生活を送るハメに。 男と女、神道とキリスト教。 本来交わるはずのなかった二つの運命。 それぞれの歯車が噛み合うことで、新たな物語が動き出す。 学園青春TSF(transsexual fiction) 聖書の引用には、以下の聖書を使用しています。 日本聖書協会『口語訳新約聖書(1954年版)』『口語訳旧約聖書(1955年版)』 bible.salterrae.net

家政夫くんと、はてなのレシピ

真鳥カノ
ライト文芸
12/13 アルファポリス文庫様より書籍刊行です! *** 第五回ライト文芸大賞「家族愛賞」を頂きました! 皆々様、本当にありがとうございます! *** 大学に入ったばかりの泉竹志は、母の知人から、家政夫のバイトを紹介される。 派遣先で待っていたのは、とてもノッポで、無愛想で、生真面目な初老の男性・野保だった。 妻を亡くして気落ちしている野保を手伝ううち、竹志はとあるノートを発見する。 それは、亡くなった野保の妻が残したレシピノートだった。 野保の好物ばかりが書かれてあるそのノートだが、どれも、何か一つ欠けている。 「さあ、最後の『美味しい』の秘密は、何でしょう?」 これは謎でもミステリーでもない、ほんのちょっとした”はてな”のお話。 「はてなのレシピ」がもたらす、温かい物語。 ※こちらの作品はエブリスタの方でも公開しております。

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐@書籍発売中
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

数億光年先の遠い星の話 

健野屋文乃
SF
数億光年離れた遠い星は、かつての栄えた人類は滅亡し、人類が作った機械たちが、繁栄を謳歌していた。そこへ、人類に似た生命体が漂着した。

フレンドコード▼陰キャなゲーマーだけど、リア充したい

さくら/黒桜
ライト文芸
高校デビューしたら趣味のあう友人を作りたい。ところが新型ウイルス騒ぎで新生活をぶち壊しにされた、拗らせ陰キャのゲームオタク・圭太。 念願かなってゲーム友だちはできたものの、通学電車でしか会わず、名前もクラスも知らない。 なぜかクラスで一番の人気者・滝沢が絡んできたり、取り巻きにねたまれたり、ネッ友の女子に気に入られたり。この世界は理不尽だらけ。 乗り切るために必要なのは――本物の「フレンド」。 令和のマスク社会で生きる高校生たちの、フィルターがかった友情と恋。 ※別サイトにある同タイトル作とは展開が異なる改稿版です。 ※恋愛話は異性愛・同性愛ごちゃまぜ。青春ラブコメ風味。 ※表紙をまんが同人誌版に変更しました。ついでにタイトルも同人誌とあわせました!

処理中です...