歌のふる里

月夜野 すみれ

文字の大きさ
上 下
51 / 144
魂の還る惑星 第一章 Sirius-シリウス-

第一章 第五話

しおりを挟む
「俺が歌っても聴こえないだろ」
 柊矢が答えた。
「別に聴こえなくてもいいじゃないですか。私は柊矢さんと歌いたいです」
 そう言われてみればムーシカはムーシコスに聴こえてしまうというだけで聴かせなければいけないわけではない。
 聴かせるのが義務ならキタリステースの演奏が聴こえるのが特定の楽器を弾いたときだけのはずがない。
「そうか。なら、歌ってみるか」

 演奏は好きだが、小夜が椿矢と歌っているのを見て自分も一緒に歌えたらと思ったのも事実だ。
 高校や大学の副科で声楽もあったから歌えないわけではない。
 小夜が嬉しそうな表情になった。
 柊矢はキタラを手に取ると弾きながら歌い始めた。

 わぁ! 柊矢さんの歌声、初めて聴いたけどすごく素敵……。

 柊矢はキタリステースだからこの歌声が聴こえているのは目の前にいる小夜だけだ。
 柊矢の歌声を独り占め出来ていると思うとこれ以上ないくらい幸せだった。
 小夜が柊矢の歌声に聞き惚れる。
 女声パートに入ると歌詞が浮かんできた。小夜は歌い始めた。

 楸矢は小夜の歌声を聴いて顔を上げた。
 歌声が時々止まってキタラの演奏だけになる。
 既存のムーシカではない。しかも歌詞は恋人同士が語りあっているものだ。

「……まさかと思うけど、これデュエットなんじゃ……」
 やがて歌声と演奏が終わった。
 心の中で今のムーシカを思い浮かべてみると小夜の歌声が止まっていた部分にも歌詞があった。

 やっぱり、あれ、二人で歌ってたのか……。
 柊兄がキタリステースで良かった……。

 柊矢と小夜が互いに熱い想いを語り合っているムーシカを四六時中聴かされたりしたらたまらない。

 どうせならもっと早くくっついてくれれば大学の寮に申し込んだのに。
 今から申し込んでも入れてくれるかな……。

 今のデュエットはなんとなく雰囲気が昔のムーシケーがグラフェーに向かって歌っていたムーシカに似ている。
 ムーシケーのムーシカには歌詞はなかった――少なくとも聴こえなかった――し、グラフェーも歌ってなかった(多分)にしても、こんなムーシカを絶え間なく聴かされ続けて平気だったムーシコスって一体どんな精神構造してたんだ……。

 翌日、楸矢が大学の教科書を買っているとき、キタラの音が聴こえてきた。

「嘘だろ」
 楸矢は思わず声を漏らしてしまった。
 周りの人間が怪訝けげんそうに楸矢を見ながら通り過ぎていく。
 キタラの音だけが聴こえている。
 既存のものではないからまた柊矢が新しいムーシカを創ったのだ。
 ラブソングだし、そろそろ小夜が家に着く頃だからきっと歌って聴かせるのだろう。

 勘弁してよ……。

 楸矢が店を出るとキタラの演奏が終わった。
 入れ違いに椿矢の歌声が聴こえてきた。
 楸矢は向きを変えると高田馬場駅に向かって歩き出した。

 小夜は買い物袋エコバッグを抱えて家路を急いでいた。
 さっきキタラの音色が聴こえていた。
 新しいムーシカだったし柊矢がまた創ったのだ。
 家に帰れば柊矢が歌ってくれるはずだ。
 旋律も歌詞も分かってるとはいえ、やはり本人が歌うのを直接聴きたい。
 小夜の足は徐々に速くなっていき最後には駆けだしていた。

 椿矢は聴衆の中に大きな鞄を持った楸矢がいるのに気付いた。
 お開きになって聴衆がいなくなると楸矢は椿矢の隣に腰を掛けた。
 すぐに小夜の透き通った歌声が聴こえてくる。
 椿矢はそれには加わらずに隣の楸矢の方を向いた。

「君達っていつも一緒にムーシカ奏でてるのかと思った」
「今、柊兄と小夜ちゃんが二人で歌ってるから」
 聴こえているのは小夜と男のムーソポイオスの歌声と副旋律のコーラス、それとキタリステースの演奏だ。
 だが、これは昨日柊矢が作ったデュエットである。
 当然、聴こえてないだけで男声パートは柊矢も歌っているはずだ。
「やっぱり、柊矢君と歌ってたんだ」
「そ。柊兄の声が聴こえなかったのだけが救いだよ」
「同じ家なのに聴こえなかったの? よそで歌ってたとか?」
「うち、音楽室があるから」
「音楽室って、防音設備がある部屋ってこと? すごいね」
「あんたんち、ムーシコスの一族なんでしょ。無いの?」
「キタリステース用の楽器はどれも古楽器だからね。ムーソポイオスは声量押さえればいいだけだし」

 昔の楽器というのはそれほど音は大きくない。
 基本的には上流階級の人間が自宅などで趣味として弾くか、旅芸人などが広場で人を集めて演奏するものだったからだ。
 もちろん音の大きいものもあったことはあったが数は少なかった。
 現代のように大きいコンサートホールでの演奏会などが無かったから大きい音を出す必要がなかったのだ。
 ムーソポイオスも声量はそれほどない。
 ムーシカであればどこにいてもムーシコスには聴こえるから声楽家のようにコンサートホール全体に響かせられるような声量は必要ないのだ。

 不意に椿矢がくすくす笑いだした。

「何、いきなり」
「いや、小夜ちゃんの声しか聴こえなくても歌詞で恋人同士のデュエットだってことは分かったでしょ。沙陽あのひとどんな顔して聴いてたのかなって」
 確かにデュエットで小夜の声しか聴こえてなければ男声パートを歌っているのはキタリステース――つまり柊矢――ということくらい見当が付くだろう。
 歌声が聴こえなくても歌詞を知りたければムーシコスなら望めば分かる。
 今は男のムーソポイオスが男声パートを歌っているが。

「男の方、あんたの弟?」
「違うよ。少ないとは言っても僕達以外にも男のムーソポイオスはいるからね。けど今、柊矢君が歌ってるんだよね。柊矢君、怒らないかな」
「平気でしょ。っていうか、そもそも完全に二人の世界に入っちゃってるから聴こえてるかどうかも怪しいし」
 楸矢は肩をすくめた。
「榎矢がよく君達のこと血が薄いって言ってるけど、僕の知ってる中で一番ムーシコスらしいのは柊矢君と小夜ちゃんだね」
「それなら柊兄や小夜ちゃんは帰還派になってないとおかしいんじゃないの?」
「逆だよ。ムーシカさえ奏でられればそれで満足だから場所はどこでもいいんだよ。ムーシケーである必要ないってこと」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

Starlit 1996 - 生命の降る惑星 -

月夜野 すみれ
SF
『最後の審判』と呼ばれるものが起きて雨が降らなくなった世界。 緑地は海や川沿いだけになってしまい文明も崩壊した。 17歳の少年ケイは殺されそうになっている少女を助けた。 彼女の名前はティア。農業のアドバイザーをしているティアはウィリディスという組織から狙われているという。 ミールという組織から狙われているケイは友人のラウルと共にティアの護衛をすることになった。 『最後の審判』とは何か? 30年前、この惑星に何が起きたのだろうか? 雨が降らなくなった理由は? タイトルは「生命(いのち)の降る惑星(ほし)」と読んで下さい。 カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

【キャラ文芸大賞 奨励賞】壊れたアンドロイドの独り言

蒼衣ユイ/広瀬由衣
キャラ文芸
若手イケメンエンジニア漆原朔也を目当てにインターンを始めた美咲。 目論見通り漆原に出会うも性格の悪さに愕然とする。 そんなある日、壊れたアンドロイドを拾い漆原と持ち主探しをすることになった。 これが美咲の家族に大きな変化をもたらすことになる。 壊れたアンドロイドが家族を繋ぐSFミステリー。 illust 匣乃シュリ様(Twitter @hakonoshuri)

サドガシマ作戦、2025年初冬、ロシア共和国は突如として佐渡ヶ島に侵攻した。

セキトネリ
ライト文芸
2025年初冬、ウクライナ戦役が膠着状態の中、ロシア連邦東部軍管区(旧極東軍管区)は突如北海道北部と佐渡ヶ島に侵攻。総責任者は東部軍管区ジトコ大将だった。北海道はダミーで狙いは佐渡ヶ島のガメラレーダーであった。これは中国の南西諸島侵攻と台湾侵攻を援助するための密約のためだった。同時に北朝鮮は38度線を越え、ソウルを占拠した。在韓米軍に対しては戦術核の電磁パルス攻撃で米軍を朝鮮半島から駆逐、日本に退避させた。 その中、欧州ロシアに対して、東部軍管区ジトコ大将はロシア連邦からの離脱を決断、中央軍管区と図ってオビ川以東の領土を東ロシア共和国として独立を宣言、日本との相互安保条約を結んだ。 佐渡ヶ島侵攻(通称サドガシマ作戦、Operation Sadogashima)の副指揮官はジトコ大将の娘エレーナ少佐だ。エレーナ少佐率いる東ロシア共和国軍女性部隊二千人は、北朝鮮のホバークラフトによる上陸作戦を陸自水陸機動団と阻止する。 ※このシリーズはカクヨム版「サドガシマ作戦(https://kakuyomu.jp/works/16818093092605918428)」と重複しています。ただし、カクヨムではできない説明用の軍事地図、武器詳細はこちらで掲載しております。 ※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...