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魂の還る惑星 第一章 Sirius-シリウス-
第一章 第二話
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「ヘビやカエルより変な人に気を付けた方がいいわよ。最近怪しい人がうろついてるから」
「怪しい人?」
家に戻りかけていた柊矢が聞き咎めて引き返してきた。
男女の違いがあるとはいえ柊矢は楸矢に対してはかなり素っ気ない。
小中学生の頃でさえ放任主義で成績のことで学校に呼び出されようが帰りが夜遅くなろうが何も言わなかった。
元カノの霍田沙陽にも似たような態度を取っていたからそういう性格なのかと思っていたが、小夜に対してだけは恋人になる前から過剰なくらい過保護だった。
楸矢はブラコンではないし、年が八歳も離れている上に物心ついた頃から楽器を習っていた関係で一緒に遊ぶということもなかったため特に仲が良かったわけではない――というか柊矢が無関心すぎて仲良くなりようがなかった――から小夜に嫉妬したりはしないが。
楸矢は、柊矢が家の音楽室を使っていて練習できないときに遊びに行ったりしたことはあったが、柊矢は練習に熱中するあまり沙陽とのデートをすっぽかしたこともあったくらいだから遊びに行ったことは殆どない。
すっぽかされた沙陽は激怒したが柊矢はその時おざなりに謝っただけで後はその話を蒸し返されても適当に流してしまうため喧嘩にすらならなかった。
怒鳴り散らしてた沙陽の方は喧嘩してるつもりだったかもしれないが。
そう考えると自分や沙陽と、小夜との違いは一体なんなのかと考えることがある。
「いつ頃の話ですか?」
柊矢が真顔でおばさんに訊ねた。
「最近よ。ときどき見かけない人が歩いてるの」
「まだ送り迎えをやめるのは早かったか?」
柊矢が心配そうに小夜を見た。
「大丈夫です。ここ、早稲田駅に行くとき通るところですから知らない人が歩いててもおかしくないですよ」
小夜が慌てて手を振った。
考え込んでいる様子の柊矢を見て助けを求めるように楸矢に顔を向けた。
「……ヘビがいないとネズミとか増えちゃって大変じゃない?」
楸矢が話題を変えるように言った。
「……この家にネズミが少ないのは新しいからかと……」
戦地から帰ってきた柊矢達の曾祖父がここの土地を購入して家を建てたのは戦後だが、その後、都が耐震補強のためのリフォームに助成金を出していたときに建て替えたので建物は比較的新しかった。
「新しいかどうかは関係ないんじゃない? 捕食動物がいるかどうかの違いだと思うよ。家の中まで入ってきて食べてるし」
「ヘビがですか!?」
「うん。部屋の中にはまず入ってこないけど、天井裏ずるずる這ってる音がしたらヘビだよ」
「冬眠から覚めたみたいだし、よくあることだから驚くなよ」
二人の言葉に小夜が真っ青になった。
ネズミは不衛生とはいえ見た目は可愛いから気にならない。
天井裏を走り回る音は少々うるさいが。
しかし天井からヘビが這いずり回る音が聞こえてきたりしたら気を失ってしまいそうだ。
朝から恐ろしい話を聞いてしまったが柊矢の気は逸らすことが出来たようだった。
放課後、帰り支度をしていると男性の甘い歌声が聴こえてきた。
そこに合唱する女性の声が幾重にも重なっている。様々な楽器の音色も聴こえた。
この声、椿矢さんだ……。
きっと中央公園だよね。
清美を誘って行ってみようか。
前に小夜が彼氏はいないと答えた時、立候補していい? なんて言っていたくらいだから彼女はいないだろう。
椿矢はムーシコスに拘っている帰還派を軽蔑している節があったから地球人でも気に入れば付き合ってくれそうだ。
問題は地球人かどうかより二十代半ばくらいのようだから高校生を相手にしてくれるかだ。
「清美、今日予定ある?」
「うん、深雪が彼の友達紹介してくれるって」
「そうなんだ。上手くいくといいね」
「ありがと。また明日ね」
清美が行ってしまったので小夜は一人で中央公園に向かった。
椿矢はいつものように中央公園でベンチに座ってブズーキを弾いていた。
何人かの聴衆に囲まれて歌っている。
ブズーキというのはマンドリンに似た楽器でボディは洋梨のような形をしていてネックが長くピックで弦を弾いて音を出す。
最近のブズーキの中には弦が八本のものもあるが椿矢のブズーキは古いものなので六本だった。
甘いテノールに重なるソプラノやアルトの重唱、副旋律のコーラスに様々な楽器の演奏が風のように流れていく。
小夜はムーシカに聴き惚れていた。
椿矢は小夜に気付くと手招きした。
小夜が側に行くと、
「良かったら一緒に歌わない?」
と誘ってきた。
「え?」
「デュエットのムーシカは女性がいないと歌えないからさ。柊矢君に怒られちゃうかな」
確かに聴こえてしまうが怒ったりはしないだろう。
今までにも椿矢と歌ったことはあるのだし、デュエットは歌ったことがないから小夜としても是非歌ってみたかった。
「私も歌いたいです」
「じゃ、まず、これね」
椿矢がブズーキで前奏を弾くと歌詞が浮かんできた。
まず、小夜が歌い、続いて椿矢が歌い始めた。
他のムーソポイオスは副旋律のコーラスのみで主旋律は小夜と椿矢だけだった。
ムーシコスは奏でるのも好きだが聴くのも好きだから男女一人ずつのデュエットを鑑賞して楽しんでいるのだ。そこに楽器の演奏が重なっていく。
男声パートと女声パートを交互に歌ったり一緒に歌ったりするのは普段のムーシカとはまた違った楽しさがあった。
小夜は旋律に身を任せて夢中になって歌い続けた。
何曲か歌ってお開きになったところで柊矢に気付いた。
スーツを着ているから仕事で近くに来ていたようだ。
「あ、柊矢君。ごめん、小夜ちゃん借りちゃった」
「別に」
柊矢は肩を竦めた。特に気にしている様子はないのを見て小夜はホッとした。
椿矢に別れを告げると、柊矢と小夜は帰途についた。
「怪しい人?」
家に戻りかけていた柊矢が聞き咎めて引き返してきた。
男女の違いがあるとはいえ柊矢は楸矢に対してはかなり素っ気ない。
小中学生の頃でさえ放任主義で成績のことで学校に呼び出されようが帰りが夜遅くなろうが何も言わなかった。
元カノの霍田沙陽にも似たような態度を取っていたからそういう性格なのかと思っていたが、小夜に対してだけは恋人になる前から過剰なくらい過保護だった。
楸矢はブラコンではないし、年が八歳も離れている上に物心ついた頃から楽器を習っていた関係で一緒に遊ぶということもなかったため特に仲が良かったわけではない――というか柊矢が無関心すぎて仲良くなりようがなかった――から小夜に嫉妬したりはしないが。
楸矢は、柊矢が家の音楽室を使っていて練習できないときに遊びに行ったりしたことはあったが、柊矢は練習に熱中するあまり沙陽とのデートをすっぽかしたこともあったくらいだから遊びに行ったことは殆どない。
すっぽかされた沙陽は激怒したが柊矢はその時おざなりに謝っただけで後はその話を蒸し返されても適当に流してしまうため喧嘩にすらならなかった。
怒鳴り散らしてた沙陽の方は喧嘩してるつもりだったかもしれないが。
そう考えると自分や沙陽と、小夜との違いは一体なんなのかと考えることがある。
「いつ頃の話ですか?」
柊矢が真顔でおばさんに訊ねた。
「最近よ。ときどき見かけない人が歩いてるの」
「まだ送り迎えをやめるのは早かったか?」
柊矢が心配そうに小夜を見た。
「大丈夫です。ここ、早稲田駅に行くとき通るところですから知らない人が歩いててもおかしくないですよ」
小夜が慌てて手を振った。
考え込んでいる様子の柊矢を見て助けを求めるように楸矢に顔を向けた。
「……ヘビがいないとネズミとか増えちゃって大変じゃない?」
楸矢が話題を変えるように言った。
「……この家にネズミが少ないのは新しいからかと……」
戦地から帰ってきた柊矢達の曾祖父がここの土地を購入して家を建てたのは戦後だが、その後、都が耐震補強のためのリフォームに助成金を出していたときに建て替えたので建物は比較的新しかった。
「新しいかどうかは関係ないんじゃない? 捕食動物がいるかどうかの違いだと思うよ。家の中まで入ってきて食べてるし」
「ヘビがですか!?」
「うん。部屋の中にはまず入ってこないけど、天井裏ずるずる這ってる音がしたらヘビだよ」
「冬眠から覚めたみたいだし、よくあることだから驚くなよ」
二人の言葉に小夜が真っ青になった。
ネズミは不衛生とはいえ見た目は可愛いから気にならない。
天井裏を走り回る音は少々うるさいが。
しかし天井からヘビが這いずり回る音が聞こえてきたりしたら気を失ってしまいそうだ。
朝から恐ろしい話を聞いてしまったが柊矢の気は逸らすことが出来たようだった。
放課後、帰り支度をしていると男性の甘い歌声が聴こえてきた。
そこに合唱する女性の声が幾重にも重なっている。様々な楽器の音色も聴こえた。
この声、椿矢さんだ……。
きっと中央公園だよね。
清美を誘って行ってみようか。
前に小夜が彼氏はいないと答えた時、立候補していい? なんて言っていたくらいだから彼女はいないだろう。
椿矢はムーシコスに拘っている帰還派を軽蔑している節があったから地球人でも気に入れば付き合ってくれそうだ。
問題は地球人かどうかより二十代半ばくらいのようだから高校生を相手にしてくれるかだ。
「清美、今日予定ある?」
「うん、深雪が彼の友達紹介してくれるって」
「そうなんだ。上手くいくといいね」
「ありがと。また明日ね」
清美が行ってしまったので小夜は一人で中央公園に向かった。
椿矢はいつものように中央公園でベンチに座ってブズーキを弾いていた。
何人かの聴衆に囲まれて歌っている。
ブズーキというのはマンドリンに似た楽器でボディは洋梨のような形をしていてネックが長くピックで弦を弾いて音を出す。
最近のブズーキの中には弦が八本のものもあるが椿矢のブズーキは古いものなので六本だった。
甘いテノールに重なるソプラノやアルトの重唱、副旋律のコーラスに様々な楽器の演奏が風のように流れていく。
小夜はムーシカに聴き惚れていた。
椿矢は小夜に気付くと手招きした。
小夜が側に行くと、
「良かったら一緒に歌わない?」
と誘ってきた。
「え?」
「デュエットのムーシカは女性がいないと歌えないからさ。柊矢君に怒られちゃうかな」
確かに聴こえてしまうが怒ったりはしないだろう。
今までにも椿矢と歌ったことはあるのだし、デュエットは歌ったことがないから小夜としても是非歌ってみたかった。
「私も歌いたいです」
「じゃ、まず、これね」
椿矢がブズーキで前奏を弾くと歌詞が浮かんできた。
まず、小夜が歌い、続いて椿矢が歌い始めた。
他のムーソポイオスは副旋律のコーラスのみで主旋律は小夜と椿矢だけだった。
ムーシコスは奏でるのも好きだが聴くのも好きだから男女一人ずつのデュエットを鑑賞して楽しんでいるのだ。そこに楽器の演奏が重なっていく。
男声パートと女声パートを交互に歌ったり一緒に歌ったりするのは普段のムーシカとはまた違った楽しさがあった。
小夜は旋律に身を任せて夢中になって歌い続けた。
何曲か歌ってお開きになったところで柊矢に気付いた。
スーツを着ているから仕事で近くに来ていたようだ。
「あ、柊矢君。ごめん、小夜ちゃん借りちゃった」
「別に」
柊矢は肩を竦めた。特に気にしている様子はないのを見て小夜はホッとした。
椿矢に別れを告げると、柊矢と小夜は帰途についた。
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