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第八章 惑星の子守唄
第二話
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「これだよ……」
清美と話をしていた楸矢は頭を抱えた。
音楽室からヴァイオリンの音色が聴こえてくる。
防音とは言え、隣の部屋だとどうしても聴こえてしまう。
「楸矢さん、この曲って……」
清美が音楽室の方を見ながら訊ねた。
「セレナーデ。小夜ちゃんへの」
「これがセレナーデっていう曲なんですか?」
「いや、曲名は『Love's Greeting』 、日本名は『愛の挨拶』。セレナーデって言うのは音楽のジャンルでもあるけど、恋人のために窓の下とかで演奏する場合も指す言葉。今がまさにそう。窓の下じゃないけど」
「こういうの、毎日聴かされてるんですか?」
「そんなとこ」
「うわ、きっつ……」
「分かってくれる?」
楸矢が身を乗り出した。
「分かります!」
清美が力強く頷いた。
「ありがとう~。分かってくれる人がいて嬉しいよ」
「柊矢さんってもっとドライで冷静沈着な人だと思ってました」
「俺も」
柊兄って周りが見えなくなるタイプだったんだなぁ……。
とはいえ、恋してる最中というのを抜きにしてもここまで見えなくなるとは思ってなかった。
少なくとも沙陽と付き合っていた時はこんな風にはなってなかった。
あの頃ならまだ十代だったから、こうなったとしても若いからと言うことで納得できたが今はもう二十六だ。
柊矢の話だと、沙陽は柊矢と桂のどちらかがムーシコスだと当たりを付けて二人に近付いてきて、ムーシコスの振りをした桂を選んだらしい。
多分、沙陽と付き合っていたのは綺麗な女の子が言い寄ってきたからというだけで、元々好みは小夜みたいなタイプだったのだろう。
「楸矢さんも大変ですねぇ」
柊矢と小夜、二人して毎日こんな調子なんだとしたら楸矢はたまったものではないだろう。
清美は心底同情した。
「清美ちゃん、また来てね」
「はい! 小夜、またね」
清美は柊矢の車の窓から手を振ると、柊矢に送られて帰っていった。
翌日、学校から帰ってきた小夜は夕食を作っていた。
この歌声、沙陽さん?
切れ切れにムーシカが聴こえてくる。
なんだか嫌な気分になるムーシカ。
「ただいま」
楸矢が帰ってきた。
「あ、楸矢さん、お帰りなさい。……顔色、良くないですけど」
「ちょっと気分が悪くて。夕食は食べられそうにない。リクエストしておいてゴメン……」
「それは気にしなくていいですけど……。大丈夫ですか?」
「多分、部屋で寝てれば治ると思う」
楸矢はそう言うとよろよろと自室へ上がっていった。
小夜は二階に上がって柊矢の部屋をノックした。
「どうした?」
「楸矢さん、具合が悪いそうなんですけど」
「なんか悪いものでも拾い食いしたか?」
「柊矢さん!」
「分かった分かった。様子を見てみるよ」
柊矢はそう言って部屋から出てきた。
真向かいの楸矢の部屋をノックすると、返事を待たずに中へ入っていった。
「おい! 大丈夫か!?」
部屋の中では楸矢がゴミ箱に吐いていた。
小夜は急いで洗面所に置かれている使われてないバケツを持ってきた。
「楸矢さん、これ。そのゴミ箱のは私が処分してきますから」
「小夜ちゃん、ゴメン」
楸矢は食べたものを全て吐き、吐くものがなくなっても胃液を吐いていた。
小夜は楸矢の背中をさすりながら、
「楸矢さん、もしかして、ムーシカ、聴こえてます?」
と訊ねた。
「うん」
吐く合間に楸矢が頷いた。
「ムーシカ? 俺には聴こえないぞ」
「多分、治癒や呼び出しのムーシカの応用みたいなものじゃないでしょうか。きっと、楸矢さんの具合を悪くするために歌ってるんです」
「ムーシカか……」
柊矢は楸矢の部屋を出て行くと、すぐにキタラを持って戻ってきた。
「ムーシカで具合が悪くなったなら治癒のムーシカで治るんじゃないか?」
「あ! そうですね。私、歌います」
柊矢のキタラにあわせて治癒のムーシカを歌い始めると、他のムーソポイオスも歌い始めた。
楸矢の顔色が良くなった。
顔を上げてムーシカを聞いている。
最後のコーラスを残して治癒のムーシカが終わった。
その瞬間、再び沙陽のムーシカが流れ出して楸矢が戻し始めた。
「またムーシカが始まったのか?」
「はい。もう一回歌います」
小夜が歌おうとするのを、
「待て」
柊矢が止めた。
「柊矢さん! どうしてですか!?」
「向こうには歌えるヤツが少なくとも三人はいる。他にもいるかもしれない」
「三人?」
小夜が首をかしげた。
「この前の交通事故の時、歌っていたのは沙陽じゃなかった」
そういえば、沙陽ではない女性からの呼び出しのムーシカを聴いたことがあった。
それに榎矢もいる。
「こちらは椿矢を勘定に入れても二人だ。交代で歌われたらこちらが負ける。負けないにしてもどちらかが根負けするまで続くだろう」
「じゃあ、どうすれば……」
「とりあえず、楸矢を病院に連れて行く」
柊矢はスマホを取り出した。
一一九番を押す。
「でも、ムーシカで具合が悪くなったなんて言っても……」
「そんなことは言わない。ただ具合が悪くなっただけだと言えばいい」
柊矢は急病人だと言って救急車を呼んだ。
「病院で治せるんですか?」
「食事が出来ないまま吐き続けてたらどんどん消耗していく。病院で点滴でも打ってもらえば少なくともこれ以上衰弱することはないだろう。その間に対策を考える」
「分かりました。楸矢さん、必ず助けます。だから待っててください」
「小夜ちゃん、ありがと」
救急車のサイレンが近付いてきた。
「そうだ、楸矢さん、これを。これならきっとムーシカから守ってくれます」
小夜はクレーイスを楸矢の手に握らせた。
「小夜ちゃん、これは君のお守り……」
「元気になったら返してください」
「ありがとう」
楸矢は何とか笑みらしきものを浮かべた。
清美と話をしていた楸矢は頭を抱えた。
音楽室からヴァイオリンの音色が聴こえてくる。
防音とは言え、隣の部屋だとどうしても聴こえてしまう。
「楸矢さん、この曲って……」
清美が音楽室の方を見ながら訊ねた。
「セレナーデ。小夜ちゃんへの」
「これがセレナーデっていう曲なんですか?」
「いや、曲名は『Love's Greeting』 、日本名は『愛の挨拶』。セレナーデって言うのは音楽のジャンルでもあるけど、恋人のために窓の下とかで演奏する場合も指す言葉。今がまさにそう。窓の下じゃないけど」
「こういうの、毎日聴かされてるんですか?」
「そんなとこ」
「うわ、きっつ……」
「分かってくれる?」
楸矢が身を乗り出した。
「分かります!」
清美が力強く頷いた。
「ありがとう~。分かってくれる人がいて嬉しいよ」
「柊矢さんってもっとドライで冷静沈着な人だと思ってました」
「俺も」
柊兄って周りが見えなくなるタイプだったんだなぁ……。
とはいえ、恋してる最中というのを抜きにしてもここまで見えなくなるとは思ってなかった。
少なくとも沙陽と付き合っていた時はこんな風にはなってなかった。
あの頃ならまだ十代だったから、こうなったとしても若いからと言うことで納得できたが今はもう二十六だ。
柊矢の話だと、沙陽は柊矢と桂のどちらかがムーシコスだと当たりを付けて二人に近付いてきて、ムーシコスの振りをした桂を選んだらしい。
多分、沙陽と付き合っていたのは綺麗な女の子が言い寄ってきたからというだけで、元々好みは小夜みたいなタイプだったのだろう。
「楸矢さんも大変ですねぇ」
柊矢と小夜、二人して毎日こんな調子なんだとしたら楸矢はたまったものではないだろう。
清美は心底同情した。
「清美ちゃん、また来てね」
「はい! 小夜、またね」
清美は柊矢の車の窓から手を振ると、柊矢に送られて帰っていった。
翌日、学校から帰ってきた小夜は夕食を作っていた。
この歌声、沙陽さん?
切れ切れにムーシカが聴こえてくる。
なんだか嫌な気分になるムーシカ。
「ただいま」
楸矢が帰ってきた。
「あ、楸矢さん、お帰りなさい。……顔色、良くないですけど」
「ちょっと気分が悪くて。夕食は食べられそうにない。リクエストしておいてゴメン……」
「それは気にしなくていいですけど……。大丈夫ですか?」
「多分、部屋で寝てれば治ると思う」
楸矢はそう言うとよろよろと自室へ上がっていった。
小夜は二階に上がって柊矢の部屋をノックした。
「どうした?」
「楸矢さん、具合が悪いそうなんですけど」
「なんか悪いものでも拾い食いしたか?」
「柊矢さん!」
「分かった分かった。様子を見てみるよ」
柊矢はそう言って部屋から出てきた。
真向かいの楸矢の部屋をノックすると、返事を待たずに中へ入っていった。
「おい! 大丈夫か!?」
部屋の中では楸矢がゴミ箱に吐いていた。
小夜は急いで洗面所に置かれている使われてないバケツを持ってきた。
「楸矢さん、これ。そのゴミ箱のは私が処分してきますから」
「小夜ちゃん、ゴメン」
楸矢は食べたものを全て吐き、吐くものがなくなっても胃液を吐いていた。
小夜は楸矢の背中をさすりながら、
「楸矢さん、もしかして、ムーシカ、聴こえてます?」
と訊ねた。
「うん」
吐く合間に楸矢が頷いた。
「ムーシカ? 俺には聴こえないぞ」
「多分、治癒や呼び出しのムーシカの応用みたいなものじゃないでしょうか。きっと、楸矢さんの具合を悪くするために歌ってるんです」
「ムーシカか……」
柊矢は楸矢の部屋を出て行くと、すぐにキタラを持って戻ってきた。
「ムーシカで具合が悪くなったなら治癒のムーシカで治るんじゃないか?」
「あ! そうですね。私、歌います」
柊矢のキタラにあわせて治癒のムーシカを歌い始めると、他のムーソポイオスも歌い始めた。
楸矢の顔色が良くなった。
顔を上げてムーシカを聞いている。
最後のコーラスを残して治癒のムーシカが終わった。
その瞬間、再び沙陽のムーシカが流れ出して楸矢が戻し始めた。
「またムーシカが始まったのか?」
「はい。もう一回歌います」
小夜が歌おうとするのを、
「待て」
柊矢が止めた。
「柊矢さん! どうしてですか!?」
「向こうには歌えるヤツが少なくとも三人はいる。他にもいるかもしれない」
「三人?」
小夜が首をかしげた。
「この前の交通事故の時、歌っていたのは沙陽じゃなかった」
そういえば、沙陽ではない女性からの呼び出しのムーシカを聴いたことがあった。
それに榎矢もいる。
「こちらは椿矢を勘定に入れても二人だ。交代で歌われたらこちらが負ける。負けないにしてもどちらかが根負けするまで続くだろう」
「じゃあ、どうすれば……」
「とりあえず、楸矢を病院に連れて行く」
柊矢はスマホを取り出した。
一一九番を押す。
「でも、ムーシカで具合が悪くなったなんて言っても……」
「そんなことは言わない。ただ具合が悪くなっただけだと言えばいい」
柊矢は急病人だと言って救急車を呼んだ。
「病院で治せるんですか?」
「食事が出来ないまま吐き続けてたらどんどん消耗していく。病院で点滴でも打ってもらえば少なくともこれ以上衰弱することはないだろう。その間に対策を考える」
「分かりました。楸矢さん、必ず助けます。だから待っててください」
「小夜ちゃん、ありがと」
救急車のサイレンが近付いてきた。
「そうだ、楸矢さん、これを。これならきっとムーシカから守ってくれます」
小夜はクレーイスを楸矢の手に握らせた。
「小夜ちゃん、これは君のお守り……」
「元気になったら返してください」
「ありがとう」
楸矢は何とか笑みらしきものを浮かべた。
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