歌のふる里

月夜野 すみれ

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第七章 LOVE SONG

第三話

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 小夜のムーシカは、素直な感情表現に好感を持たれたのか、新曲のラブソングだからなのか、日に一度は歌われるようになった。
 多い日は二度、三度のこともあった。
 授業中にも容赦なく聴こえてくる。

「霞乃、どうした、顔が赤いぞ」
 数学の教師が小夜を見て言った。
「な、なんでもないです」
 小夜は真っ赤な顔で俯いた。
「熱でもあるんじゃないのか?」
「だ、大丈夫です」
「ただの恋煩こいわずらいだもんね~」
 隣の席の清美が小声で呟いた。
「清美!」
 小夜が横目で睨んだ。

「小夜、はっきり聞いていい?」
 二人は校門の前で柊矢の車を待っていた。
 小夜が清美に相談したいことがあるから一緒に待って欲しいと頼んだのだ。
「何?」
「柊矢さんと何かあった?」
「何もないよ。あったらこんなに悩まないって」
 柊矢とはあれ以来ぎこちないままで、必要最低限のことしか話していなかった。

「突然真っ赤になったりするのって、Hしちゃって、それ思い出してるからじゃないの?」
「清美! ホントに怒るよ!」
 小夜が頬を朱に染めて言った。
「奥手の小夜に限ってそれはないかぁ。柊矢さんだって両手が後ろに回っちゃうしね」
「え! 清美! それどういうこと?」
 小夜は身を乗り出した。
 柊矢の友達が同じ事を言っていた。
 あのとき意味が分からなかったのだ。

「大人が未成年の子と寝ると犯罪でしょ」
 そう言う意味だったんだ!
 小夜は更に赤くなった。
「ちょ、ちょっと、小夜! あんた、ホントに……」
 清美が小夜に詰め寄った。
「ち、違うって!」
 小夜は慌てて両手を振った。
「柊矢さんの友達が同じこと言って柊矢さんをからかったことがあったの! そのとき意味が分からなかったから……」
「それならいいけど……」
「もしかして、大人の付き合いって、そう言うこと?」
 小夜が訊ねた。
「そうだよ」
 じゃあ、ひょっとして、楸矢さんが言ってた後部座席っていうのも……。
 清美に聞いてみようかと思ったが、もしホントにそう言う意味だったりしたら、車に乗る度に顔が赤くなってしまいそうなのでやめた。

「色々ごたごたしてて忘れてたけど、もうすぐ柊矢さんの誕生日なの。プレゼント、何がいいと思う?」
「あんたあげたら? 自分にリボンかけて」
「清美! 真面目に答えてよ!」
「柊矢さんの好みなら楸矢さんに聞いた方が早いんじゃない?」
「そっか」
 そんな話をしているうちに柊矢の車が来た。

「柊兄の好み?」
 小夜は台所で夕食を作りながら、おやつを食べている楸矢に柊矢の好きなものを訊ねてみた。
「もうすぐ柊矢さんのお誕生日なんですよね? プレゼント、何がいいかと思って」
「小夜ちゃんプレゼントすれば?」
「楸矢さんまで清美と同じこと言わないでください!」
 小夜は真っ赤になって抗議した。
 友達にも同じこと言われたんだ。
 楸矢は苦笑した。
 考えることはみんな同じか。

「柊兄の好みねぇ」
 楸矢は天井を見上げた。
「分かってるつもりだったけど、最近自信ないんだよね」
 小夜ちゃんと沙陽じゃタイプ違いすぎだし。
「考えておくよ」
「お願いします。今日の夕食のリクエスト、聞きますよ」
「ホント? じゃあ、ねぇ……」
 楸矢は身を乗り出した。

 夕食の最中に小夜のムーシカラブソングが聴こえてきた。
 小夜が真っ赤になって俯く。
 柊矢は料理に目を落としたまま無言で食べていた。

「まさか、こんなに流行はやるとはねぇ」
 楸矢が他人事のように言った。

 沙陽は小夜のムーシカを忌々いまいましげに聴いていた。
 なんでみんなあんなムーシカをもてはやすのよ!
 あんな稚拙ちせつなムーシカ。
 自分のムーシカには誰一人賛同してくれないのに、小夜が歌うムーシカには参加する。
 柊矢もあんなつまらない子にいつまでもかかずらって。

 最初は珍しがってるだけだと思ってた。
 沙陽がムーシコスだとは知らなかったから、家族を除けば小夜が初めて会ったムーシコスのはずだし、音大付属高校の音楽科に通っていたから普通科の女子高生が新鮮に映ったのだと。
 だからすぐに飽きると思っていた。
 だが、あの二人はどう見ても相思相愛だ。
 あの子はともかく、柊矢まで初恋をした少年みたいな態度を取ってる。
 ひっぱたいて目を覚ましてやりたいが、どうすれば近付けるのか分からない。
 沙陽が柊矢を呼び出しても素直に来るとは思えない。
 あの子なら来るかしら……。
 榎矢の呼び出しのムーシカには引っかかったらしいけど……。

 楸矢が学校から帰ってきて台所を覗くと、小夜が食器棚で何かを探していた。

「小夜ちゃん、何してるの?」
「あ、楸矢さん。お帰りなさい」
 小夜が振り返った。
「柊矢さんって、お酒を飲むときどのコップを使ってるのかなって思って」
「そのコップに口を付けて間接キスしようとか?」
「ち、違います!」
 小夜が真っ赤になった。

「もし普通のコップを使ってるなら、誕生日プレゼントにお酒用のグラスはどうかなって」
「いいかもね。柊兄が飲んでるのはウィスキーだからウィスキーグラスがいいと思うよ」
「有難うございます」
 小夜は嬉しそうに礼を言った。
「あ、それと、お二人は甘い物好きですか?」
「あ~、バレンタインも近いね」
「そ、そう言う意味じゃ……」
 小夜はまた赤くなった。
 お誕生日にバースディケーキ、作っても大丈夫か知りたかっただけなんだけど……。
「甘すぎなければ大丈夫だよ、柊兄も俺も」
「有難うございます」

「買い物? いいけど」
 翌日、学校へ着くなり清美を買い物に誘った。
「柊矢さんの誕生日プレゼント買いに行きたいの」
「いいよ」
 清美は快諾した。

「これなんかどう?」
 放課後、小夜と清美はデパートの食器売り場にいた。
 普通の雑貨屋より、デパートの方がいいものが置いてあるだろう、と清美が言ったのでここに来たのだ。
「それよりこっちの方が良くない?」
「あ、あれもいいかも」
「それ、ウィスキーグラス?」
「違うの?」
 小夜と清美は時間を忘れて品定めに熱中していた。
「でも、これ綺麗」
 小夜がグラスを手に取ったとき、スマホが鳴った。

 グラスを置いて通話に出ると、
「おい! 何してるんだ!」
「あ! 柊矢さん、すみません」
 清美が自分の腕時計を小夜に向けて時計を指差していた。
 それを見ると柊矢との約束の時間をとっくに過ぎていた。

「今から行きます! ちょっと待っててください」
 小夜は慌てて通話を切ると、今のグラスを手にした。

 会計をすませ、プレゼント用に包装してもらって品物を受け取ると、清美と一緒に駆け出した。
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