30 / 144
第六章 セイレーネスの歌声
第三話
しおりを挟む
話してみると、宗二は感じのいい人だった。
今大学三年生らしい。
話術が巧みで、いつの間にか小夜も宗二の話に引き込まれていた。
「ね、今度一緒に映画観に行かない? 清美ちゃんも一緒ならいいでしょ」
「行きたい! ね、小夜、行こうよ!」
「清美……」
清美は小夜が狙われてるということをすっかり忘れているらしい。
「お茶くらいならいいけど、映画とかは……」
そのお茶だって清美が一緒でなければ柊矢が許してくれるかどうか。
コーヒーを飲みながら横目で柊矢の方を窺うと、むすっとした顔でこちらを睨んでいる。
清美が一緒でもダメかも。
友達くらいにならなってもいいかな、と思い始めていたのだが、柊矢の反応を見ると男友達は認めてもらえそうになかった。
あれって、保護者としてダメって事なのかな。
それとも焼き餅?
焼き餅かもしれないと思うとちょっと嬉しかった。
「……ちゃん? 小夜ちゃん?」
「あ、はい」
「小夜、ちゃんと話聞いてた?」
「ごめん、ちょっとぼーっとしてたみたい」
「夢見がちなところも可愛いね」
「はぁ」
小夜は気の抜けた返事をした。
清美が呆れ顔で見ていた。
「お茶以外は全然ダメ?」
宗二が訊ねた。
「たまには買い物でもしようよ」
清美が言った。
小夜が宗二と二人きりで会うのを拒む限り、清美が側についていることになる。
つまり清美としてはそれだけ宗二といられることになるのだ。
小夜はコーヒーに口を付けながら上目遣いで清美を見た。
三人で一緒に行動していれば宗二は清美を好きになるかもしれない。
そうすれば今後は小夜抜きで会うようになるはずだ。
清美に宗二を押しつける結果になるが、彼女もそれを望んでるようだから問題ないだろう。
もう一度、宗二に目をやった。
やっぱり、どこかで会ったことあるのかな。
声も聞き覚えあるような……。
初対面ではないように思えるが、だとしたら宗二はそう言うはずだ。
多分、気のせいだろう。
「じゃあ、映画や買い物、行っていいか柊矢さんに聞いておきます。清美も一緒でいいならですけど」
「勿論、構わないよ」
その言葉に清美が宗二の死角になるところでガッツポーズをした。
清美、頼んだよ。
任せて!
女二人の視線での会話に、宗二は気付かなかったようだ。
「映画? 買い物?」
柊矢が前方を見たまま眉を顰めた。
帰りの車の中だった。
「清美があの人と付き合えるようになるまででいいんです。付き合い始めたら二人だけで会うようになるはずですから」
小夜が懇願するように言った。
「あいつはお前の方に気があったようだが?」
「でも、お互い全然知らない相手ですし、一緒にいるうちに清美の方を好きになるかもしれないですから」
柊矢は考え込んだ。
確かに、小夜をぱっと見て気に入ったんだとしても、清美の方が気が合うとなれば彼女の方を選ぶ可能性はある。
清美だって可愛い顔をしているのだ。
小夜は性格的に男に合わせるなんて無理だろうが、清美の方は相手の好みに合わせるタイプに見える。
狙ってる相手ならば尚のこと。
問題は……。
「買い物は店を限定してなら。勿論、送り迎えは俺がする。映画はダメだ。暗いところで襲われたら防ぎようがないからな」
「分かりました」
予想通りの答えだったので小夜は頷いた。
小夜はふと思いついて、
「柊矢さんと二人でも映画はダメですか?」
と聞いてみた。
「ホラーならいいぞ」
柊矢が意地悪な笑みで言った。
「遠慮しておきます」
「今回のことが決着するまではDVDで我慢してくれ」
「はい」
それほど映画が好きなわけではない小夜は素直に返事をした。
「買い物していくか?」
そろそろ大久保通りに近くなった。
買い物をするかどうかで右に曲がるか真っ直ぐか変わってくる。
「何か食べたいものありますか? 昨日は楸矢さんの好きなもの作りましたから、今日は柊矢さんの好きなもの作りますよ」
柊矢はちょっと考えてから大久保通りを右折した。
「買い物なんだけどさ、丁度今、原宿のお店でセールやってるよ」
「え! 行きたい!」
そう答えてから、
「あ、でも、女の子の服の買い物なんて、宗二さんは嫌じゃないかな」
と小夜が言うと、
「じゃ、聞いてみる」
清美はいそいそとスマホを取りだして教室から出ていった。
宗二に電話する口実が出来たのが嬉しいらしい。
清美と宗二さんが上手くいくといいけど。
でも、そうなったら、私とはあんまり一緒にいられなくなっちゃうかな。
清美に念願の彼氏が出来るのは嬉しいが、ちょっぴり寂しい気もした。
「OKだって」
清美が帰ってきて言った。
「じゃ、服買いに行こうか。あ……」
「どうしたの?」
「なんでもない」
宗二に、柊矢の誕生日プレゼントの相談に乗ってもらおうかと思ったのだが、清美と上手くいくまではあまり積極的に話さない方がいいだろう。
「じゃ、今度の日曜日にね」
清美が言った。
日曜日、小夜は清美、宗二の二人とともに原宿の店に来ていた。
「こっちは?」
「え? こっちの方が良くない?」
限られた予算でベストの選択をするには、商品を厳選しなければならない。
自然とあっちをあわせてみたり、こっちをあわせてみたり、となってしまう。
店内は小夜と同い年くらいの女の子で溢れていた。
「このスカートと合わせるならこのブラウスだよね。でも、あのベストと合わせるならあっちのブラウスの方が……」
「でも、そうするとスカートが……」
服選びに夢中の二人に、宗二は完全に置いてけぼりを食った。
宗二の方も、とても口を出せる雰囲気ではないと悟ったのか、店の外でスマホをいじっていた。
清美も今だけは宗二を綺麗に忘れていた。
「やっぱり。向こうの方がいいかなぁ」
「それよりこっちの方がいいんじゃない?」
「小夜、あっちにしなよ。あたし、そっちにする。で、着たいときに貸しっこしようよ」
「いいよ。じゃ、次、隣の店行こうか」
「うん」
二人がレジをすませて店を出ると、宗二は壁にもたれていた。
今大学三年生らしい。
話術が巧みで、いつの間にか小夜も宗二の話に引き込まれていた。
「ね、今度一緒に映画観に行かない? 清美ちゃんも一緒ならいいでしょ」
「行きたい! ね、小夜、行こうよ!」
「清美……」
清美は小夜が狙われてるということをすっかり忘れているらしい。
「お茶くらいならいいけど、映画とかは……」
そのお茶だって清美が一緒でなければ柊矢が許してくれるかどうか。
コーヒーを飲みながら横目で柊矢の方を窺うと、むすっとした顔でこちらを睨んでいる。
清美が一緒でもダメかも。
友達くらいにならなってもいいかな、と思い始めていたのだが、柊矢の反応を見ると男友達は認めてもらえそうになかった。
あれって、保護者としてダメって事なのかな。
それとも焼き餅?
焼き餅かもしれないと思うとちょっと嬉しかった。
「……ちゃん? 小夜ちゃん?」
「あ、はい」
「小夜、ちゃんと話聞いてた?」
「ごめん、ちょっとぼーっとしてたみたい」
「夢見がちなところも可愛いね」
「はぁ」
小夜は気の抜けた返事をした。
清美が呆れ顔で見ていた。
「お茶以外は全然ダメ?」
宗二が訊ねた。
「たまには買い物でもしようよ」
清美が言った。
小夜が宗二と二人きりで会うのを拒む限り、清美が側についていることになる。
つまり清美としてはそれだけ宗二といられることになるのだ。
小夜はコーヒーに口を付けながら上目遣いで清美を見た。
三人で一緒に行動していれば宗二は清美を好きになるかもしれない。
そうすれば今後は小夜抜きで会うようになるはずだ。
清美に宗二を押しつける結果になるが、彼女もそれを望んでるようだから問題ないだろう。
もう一度、宗二に目をやった。
やっぱり、どこかで会ったことあるのかな。
声も聞き覚えあるような……。
初対面ではないように思えるが、だとしたら宗二はそう言うはずだ。
多分、気のせいだろう。
「じゃあ、映画や買い物、行っていいか柊矢さんに聞いておきます。清美も一緒でいいならですけど」
「勿論、構わないよ」
その言葉に清美が宗二の死角になるところでガッツポーズをした。
清美、頼んだよ。
任せて!
女二人の視線での会話に、宗二は気付かなかったようだ。
「映画? 買い物?」
柊矢が前方を見たまま眉を顰めた。
帰りの車の中だった。
「清美があの人と付き合えるようになるまででいいんです。付き合い始めたら二人だけで会うようになるはずですから」
小夜が懇願するように言った。
「あいつはお前の方に気があったようだが?」
「でも、お互い全然知らない相手ですし、一緒にいるうちに清美の方を好きになるかもしれないですから」
柊矢は考え込んだ。
確かに、小夜をぱっと見て気に入ったんだとしても、清美の方が気が合うとなれば彼女の方を選ぶ可能性はある。
清美だって可愛い顔をしているのだ。
小夜は性格的に男に合わせるなんて無理だろうが、清美の方は相手の好みに合わせるタイプに見える。
狙ってる相手ならば尚のこと。
問題は……。
「買い物は店を限定してなら。勿論、送り迎えは俺がする。映画はダメだ。暗いところで襲われたら防ぎようがないからな」
「分かりました」
予想通りの答えだったので小夜は頷いた。
小夜はふと思いついて、
「柊矢さんと二人でも映画はダメですか?」
と聞いてみた。
「ホラーならいいぞ」
柊矢が意地悪な笑みで言った。
「遠慮しておきます」
「今回のことが決着するまではDVDで我慢してくれ」
「はい」
それほど映画が好きなわけではない小夜は素直に返事をした。
「買い物していくか?」
そろそろ大久保通りに近くなった。
買い物をするかどうかで右に曲がるか真っ直ぐか変わってくる。
「何か食べたいものありますか? 昨日は楸矢さんの好きなもの作りましたから、今日は柊矢さんの好きなもの作りますよ」
柊矢はちょっと考えてから大久保通りを右折した。
「買い物なんだけどさ、丁度今、原宿のお店でセールやってるよ」
「え! 行きたい!」
そう答えてから、
「あ、でも、女の子の服の買い物なんて、宗二さんは嫌じゃないかな」
と小夜が言うと、
「じゃ、聞いてみる」
清美はいそいそとスマホを取りだして教室から出ていった。
宗二に電話する口実が出来たのが嬉しいらしい。
清美と宗二さんが上手くいくといいけど。
でも、そうなったら、私とはあんまり一緒にいられなくなっちゃうかな。
清美に念願の彼氏が出来るのは嬉しいが、ちょっぴり寂しい気もした。
「OKだって」
清美が帰ってきて言った。
「じゃ、服買いに行こうか。あ……」
「どうしたの?」
「なんでもない」
宗二に、柊矢の誕生日プレゼントの相談に乗ってもらおうかと思ったのだが、清美と上手くいくまではあまり積極的に話さない方がいいだろう。
「じゃ、今度の日曜日にね」
清美が言った。
日曜日、小夜は清美、宗二の二人とともに原宿の店に来ていた。
「こっちは?」
「え? こっちの方が良くない?」
限られた予算でベストの選択をするには、商品を厳選しなければならない。
自然とあっちをあわせてみたり、こっちをあわせてみたり、となってしまう。
店内は小夜と同い年くらいの女の子で溢れていた。
「このスカートと合わせるならこのブラウスだよね。でも、あのベストと合わせるならあっちのブラウスの方が……」
「でも、そうするとスカートが……」
服選びに夢中の二人に、宗二は完全に置いてけぼりを食った。
宗二の方も、とても口を出せる雰囲気ではないと悟ったのか、店の外でスマホをいじっていた。
清美も今だけは宗二を綺麗に忘れていた。
「やっぱり。向こうの方がいいかなぁ」
「それよりこっちの方がいいんじゃない?」
「小夜、あっちにしなよ。あたし、そっちにする。で、着たいときに貸しっこしようよ」
「いいよ。じゃ、次、隣の店行こうか」
「うん」
二人がレジをすませて店を出ると、宗二は壁にもたれていた。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
Starlit 1996 - 生命の降る惑星 -
月夜野 すみれ
SF
『最後の審判』と呼ばれるものが起きて雨が降らなくなった世界。
緑地は海や川沿いだけになってしまい文明も崩壊した。
17歳の少年ケイは殺されそうになっている少女を助けた。
彼女の名前はティア。農業のアドバイザーをしているティアはウィリディスという組織から狙われているという。
ミールという組織から狙われているケイは友人のラウルと共にティアの護衛をすることになった。
『最後の審判』とは何か?
30年前、この惑星に何が起きたのだろうか?
雨が降らなくなった理由は?
タイトルは「生命(いのち)の降る惑星(ほし)」と読んで下さい。
カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。



ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
黒蜜先生のヤバい秘密
月狂 紫乃/月狂 四郎
ライト文芸
高校生の須藤語(すとう かたる)がいるクラスで、新任の教師が担当に就いた。新しい担任の名前は黒蜜凛(くろみつ りん)。アイドル並みの美貌を持つ彼女は、あっという間にクラスの人気者となる。
須藤はそんな黒蜜先生に小説を書いていることがバレてしまう。リアルの世界でファン第1号となった黒蜜先生。須藤は先生でありファンでもある彼女と、小説を介して良い関係を築きつつあった。
だが、その裏側で黒蜜先生の人気をよく思わない女子たちが、陰湿な嫌がらせをやりはじめる。解決策を模索する過程で、須藤は黒蜜先生のヤバい過去を知ることになる……。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる