歌のふる里

月夜野 すみれ

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第六章 セイレーネスの歌声

第二話

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 そんな話をしているうちにバスがバス停に着いた。
 小夜はバスから降りた。

「買い物に行くんだ」
 楸矢が一緒に降りながら言った。
 霧生家の最寄りのバス停は次である。
 ここで下りたと言うことはスーパーで買い物をすると言うことだ。
「今日の夕食、何?」
「まだ材料買ってませんから何でもいいですよ」
「そっかぁ。何にしようかな」
 楸矢はそう言いながら嬉しそうに小夜の隣を歩き始めた。

「今度こそ決めた! カツ丼と肉じゃが!」
 楸矢は散々迷った末その二つに決めた。
 なかなか決まらないので、スーパーの中をうろうろしてしまった。
 材料をカゴに入れるとレジに向かった。
「小夜ちゃん、お礼にいいこと教えてあげる。柊兄の誕生日、来月だよ。二月五日」
「そうだったんですか。楸矢さんはいつなんですか?」
「え、俺? 俺はいいじゃん。内緒」
「教えてくれないんですか?」
「そ、秘密」

 何か嫌なことでもあったのかな?
 もしかしてお祖父様の命日だとか?
 それなら無理に聞かない方がいいだろう。
 小夜は深く追求しなかった。

 小夜が肉じゃがを作っているとき、柊矢が帰ってきた。

「お帰りなさい」
「ただいま。今日は肉じゃがか」
 柊矢は小夜の肩越しに鍋を覗き込んだ。
 と、柊矢さん、顔近い!
 い、今、頬が触れたような気が……。
 小夜は真っ赤になった。
 心臓の音が聞こえないといいけど……!

「あ、あの、柊矢さん?」
 小夜は俯いたまま、柊矢に声をかけた。
「ん?」
「楸矢さんのお誕生日って……」
「十月十日だが」
「何か嫌なことでもあったんですか?」
「妊娠期間は十月十日って言うだろ。それで子供の頃、元旦に作られたって散々からかわれたんだ」
 柊矢の言葉に小夜は耳まで赤くなった。
「もう出来ますから、楸矢さんを呼んできてもらえますか?」
「分かった」

「小夜~、聞いて!」
 学校の自分の机に鞄を置くと清美がこちらを向いた。
「どうしたの?」
「今、校門のところにすっごくかっこいい人がいたの」
「清美、柊矢さんが好きなんじゃなかったの?」
「柊矢さんは沢山いる恋人候補の一人ってだけだよ」
 清美はあっさり言った。
 つまり、柊矢さんが好きってわけじゃないのか。
 それにしても、知り合いでしかない段階で恋人候補っていうのもすごい。
 片想い中ならともかく。

「それでどうしたの?」
 清美は小夜の手を取ると、折り畳まれたメモ用紙を載せた。
「なにこれ?」
「その人の番号」
「なんで、私に渡すの?」
 小夜が首を傾げた。
「もぉ~、小夜に渡して欲しいって頼まれたからに決まってるでしょ!」
「どうして?」
「一応確認しておくけど、それ、素で聞いてる?」
「うん」
 清美は溜息をついて肩を落とした。

「小夜に気があるから電話して欲しいって事だよ」
「え!?」
 小夜は驚いて清美を見た。
「だ、ダメだよ! 清美、返してきて!」
 小夜は清美にメモ用紙を押しつけた。
「どうしてよ、会うだけ会ってみたら? かっこいい人だったよ」
「無理! 絶対無理! 知らない男の人となんて話せない! とにかく断って!」

 激しく首を振りながら言う小夜に、もぉ~、小夜奥手すぎ、と言いつつも清美はメモ用紙を受け取った。
 良かった。
 無理矢理会わされたらどうしようかと思ったのだ。
 柊矢さんは私のことなんかなんとも思ってないだろうけど、私は柊矢さんが好きなんだから他の男の人と会ったりするのは良くないよね。
 清美だったらそんなことお構いなしに会っちゃいそうだけど。
 て言うか、この様子だと、番号を渡されたのが清美なら今頃一緒にお茶してても驚かない。

 小夜は清美にメモ用紙を返してそれで終わったと思っていた。

「え? 受け取ってくれなかったの?」
 二十歳くらいだろうか。
 私服を着た青年は困ったような顔で前髪をかきあげた。
 淡い茶色の巻き毛が風に揺れている。
 それを清美がぼーっと見上げていた。
 その二人を通り越していく女生徒達も青年をちらちらと見ていく。
 中には一緒にいる清美を睨んでいく者までいた。
 勿論、清美はそんなの気にしない。
 青年が小夜に興味があると知って尚、他の女にとられてたまるか、と言うように、彼をがっちりガードしていた。

「そうか。残念だな。話だけでもしてみたかったんだけどな」
「あ、それなら、今日は無理ですけど、明日にでも小夜をお茶に誘いましょうか? あたしと一緒ならきっと会ってくれますよ」
 清美は青年の気を惹きたい一心いっしんで言った。
「いいの?」
「はい。任せてください。番号教えてもらえますか? 上手くいったら電話します」
「じゃあ、これ」
 青年は小夜が返してきたメモ用紙を清美に渡した。

 翌日、清美は小夜をお茶に誘った。
 何も知らない小夜は二つ返事でOKした。

 清美と一緒にファーストフード店に入っていくと、既に柊矢が来ていた。
 小夜が柊矢に微笑むと、向こうも頷いてきた。

 注文したコーヒーを受け取った小夜が席を探していると、
「小夜、こっちこっち」
 清美が呼んだ。
 行ってみると先客がいた。

「この人、昨日言ってた人。山田宗二さん」
「清美!」
 小夜が怒ると、
「小夜ちゃん、ゴメンね。清美ちゃんを怒らないであげて。僕が無理を言ったんだ。清美ちゃんと一緒に話をするだけならいいでしょ」
 宗二が手を合わせて謝った。

 小夜は困って柊矢の方を見た。
 柊矢は険しい顔でこちらを見ていた。
 男がそばにいるのが気に入らないらしい。
 柊矢さん、怒ってるみたい。
 困ったな。

「何? 柊矢さん? あたしが理由わけ、話してきてあげようか?」
「いい! 柊矢さんには後で私から話すから」
 小夜はきっぱり断った。
 ここで清美が行ったら更にややこしくなりそうな気がする。

「じゃ、座ろ」
 清美がそう言って宗二の横に腰を下ろした。
 小夜は清美の前に座った。
 この人、どこかであったことあったっけ?
 小夜は宗二を見て首をかしげた。
 見覚えがあるような気がするのだが思い出せない。
 小夜は知らない男の人と話すことは滅多にないから話したことがあるなら覚えているはずだが。

「あの人、小夜ちゃんの彼氏?」
「いえ……」
「小夜の後見人なんです」
「後見人?」
 宗二が訊ねるように小夜の方を見た。
「その、色々ありまして……」
「ふぅん」
 宗二はそれ以上突っ込んでこなかった。
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