歌のふる里

月夜野 すみれ

文字の大きさ
上 下
27 / 144
第五章 魂に紡がれゆく謳

第五話

しおりを挟む
「見つけた!」
「見つけられた! って、僕を捜してたの?」
 歌を遮った楸矢を聴衆が睨み付ける。

 柊矢と楸矢で小夜にピアノを教えているときに椿矢の歌声が聴こえてきたので、三人で中央公園までやってきたのだ。

「ま、とにかく、逃げないからさ。あと二、三曲歌わせてよ」
 椿矢はそう言うと、ムーシカを続けた。
 それを柊矢と楸矢はじりじりしながら待っていた。

 小夜は二人の後ろで歌声に耳を傾けていた。
 やっぱりムーシカは最高だ。
 椿矢さんの優しくて甘い声。それに重なる澄んだソプラノや、低く響くアルトの歌声。様々な楽器の演奏も風に乗って聴こえてくる。
 歌えなくてもこうして聴いていられるだけで幸せだった。

 小夜はうっとりしてムーシカの旋律にひたっていた。
 しかし、柊矢と楸矢はそれどころではなかった。いつもなら心地よい歌声も、今日は耳に入らなかった。地球人でさえ、もっと聴きたいと思う美しい旋律も、柊矢や楸矢の耳には入らなかった。
 ようやくムーシカが終わり、聴衆が散ると、椿矢はブズーキを置いて柊矢達に向き直った。

「随分長いこと姿を見せなかったな」
「なんかあの人達に狙われてるような気がしてね。で、用件は?」
 柊矢は事情を話した。
「あの毒、現存したんだ」
「毒のことを知ってるのか!」
 柊矢と楸矢が身を乗り出した。
「なら、解毒剤も……」
「毒も解毒剤も地球のものじゃないよ」
 椿矢が柊矢を遮って言った。

「毒が手に入るなら解毒剤だって……」
「残念だけど、僕に分かるのはこの森のどこかに生えてるって事だけ」
 椿矢が手を振ってみせたので、周囲を見回すと、いつの間にか森が現れていた。
「解毒剤になる草は分かるけど……」
「凍り付いてるから使えない、か」
 柊矢と楸矢は肩を落とした。
 小夜は一人でスマホに何か書いていた。
「これがあの人達の手なのかもしれないね」
 椿矢が言った。
「解毒剤のために俺達が森の眠りを覚ますだろうって読みか」
「悔しいけど、ここは沙陽の……」
 そう言いかけた楸矢の裾を小夜が引いた。
「何? 小夜ちゃん」
 小夜は柊矢と楸矢にスマホを見せると丁寧にお辞儀をした。

 みなさん、ありがとうございます
 もう十分です

「何言ってんの! 小夜ちゃん、ここで諦めるの!?」
 小夜は更にスマホに入力した。

 私はクレーイス・エコーです
 その私が公私混同で森を起こすわけにはいきません
 みなさんの気持ちだけいただいておきます

「小夜ちゃん」

 私の代わりに封印のムーシカを歌ってください

 小夜はもう一度お辞儀した。

「待ってよ! 小夜ちゃん! 諦めたらダメだよ!」
 楸矢は小夜の両腕を取って揺すった。
「一時的に起こして、解毒剤の草だけ取って封印すれば……」
 小夜は首を振った。
 自分がクレーイス・エコーになった理由は分からない。
 特に意味はないのかもしれない。
 そうだとしても、ムーシケーの意志に反することはしたくなかった。
 ムーシケーを覆っている旋律に憧憬しょうけいの念を抱いているからこそ、それを冒涜するような真似はしたくない。
 椿矢がブズーキを奏で始めた。

「待て……!」
 椿矢を止めようとした楸矢の腕を小夜が掴んでもう一度首を振った。
「封印したら治癒のムーシカを歌うよ。それで手を打ってくれないかな」
 椿矢が言った。
「治癒のムーシカなんてあるのかよ!」
「ありそうだな」
 柊矢が言った。

 その言葉に楸矢は黙った。
 心の中で治癒のムーシカを望むと旋律が浮かんできた。
 これで小夜を治せるのかは分からないが、治癒のムーシカがあることは確かのようだ。
 椿矢が歌い始めると、他のムーソポイオスが同調して歌い始めた。
 一重一重、重なって八重になるように、歌声が重なっていく。

 歌声が流れ、通り過ぎていったところにある森が薄くなっていく。
 森が徐々に消えていった。

 ムーシカが終わりに差し掛かったとき、歌いながら椿矢が柊矢の後ろを指した。
 森は殆ど消えているのに、わずかに地面が残っていた。
 そこに一輪の花が咲いていた。
 青い色をした、キキョウに似た小さな花だった。
 凍り付いた旋律の大地に生えていながら、その花は凍っていなかった。

「これが……」
 柊矢が花を手折たおると森は完全に消えた。
「これが、解毒剤?」
 楸矢が訊ねた。
「そうだよ」
 椿矢が答えた。
「どうやって飲むの?」
「薬草なんだからせんじるんじゃないのか?」
「これは、こうして……」
 椿矢は柊矢から花を受け取ると、器用に花を茎から切り離して小夜に差し出した。
「付け根のところから蜜を吸って」
 小夜は恐る恐る口を付けると蜜を吸った。甘い蜜が一滴、喉を通った。

 あ……

 かろうじて聴こえるくらいの小さな声が出た。

 出ました

 かすれた声で囁くように言った。

「これで治ったって言えるの?」
 楸矢が椿矢を睨んだ。

 楸矢さん、楸矢さん、声、出てますよ

 小夜が楸矢の袖を引っ張った。

「小夜ちゃん、悪いけど聞こえてないよ」
 楸矢が首を振った。
「そこで僕たちの出番でしょ」

 椿矢はブズーキを弾きながら歌い始めた。
 すぐに他のムーソポイオスも歌い始める。
 歌声が集まって小夜を優しく包む。
 小夜は目を閉じて聴いていた。
 小夜を中心に大きな八重咲きの花が開いていくようだった。
 ムーソポイオスの歌声に、喉が治っていくのが感じられた。

 もう大丈夫だ。
 柊矢は確信した。
 このムーシカが小夜を癒やしてくれた。
 柊矢はキタラを持ってこなかったことを悔いていた。
 自分もこのムーシカに参加して小夜の喉を治したかった。

「あーあ、笛持ってくれば良かった」
 楸矢も同じ気持ちらしい。盛んに残念がっていた。

 治癒のムーシカが終わると、小夜が歌い始めた。
 声はすっかり戻っていた。
 透き通った優しい歌声が広がっていく。
 三人が一様に驚いた表情をした。

「これは……」
「これ、ムーシカ……だよね」
 楸矢が確かめるように柊矢と椿矢を見た。
 耳に聴こえる肉声とは別に〝聴こえてる〟からムーシカのはずだ。
 だが、知らないムーシカだった。
 既存のムーシカなら聴いたことのないものでも知ってるはずなのに。
 だから、確信が持てなかったのだ。

「小夜ちゃんが創った新しいムーシカなんだよ」
 椿矢が言った。
 だから、他のムーシコスは誰も知らないのだ。
 これはムーシカだから他のムーシコスの元にも届いている。
 だが、小夜のムーシカだから他のムーシコスは参加していない。
 歌っているのは小夜だけだが、それは沙陽のようにムーシコスが味方していないための独唱ではない。
 これは、小夜から他のムーシコスへのお礼のムーシカだ。
 だから他のムーシコスは大人しく聴いているのだ。
 小夜の歌声が風に乗って街へ広がっていく。

 有難う、柊矢さん、楸矢さん、椿矢さん。
 有難う、ムーシコス。

「こうやって、ムーシカは出来てきたんだな」
 小夜の歌声を聴きながら柊矢が言った。
 ムーシケーを凍り付かせている旋律は、きっと全てムーシコスの先人達の作ったものだ。
 ムーシコスが、心に思うだけで旋律が溢れてくるのは、それが魂に刻まれているからだ。
 こうやって新しいムーシカが生まれる度に、ムーシコスの魂に刻まれてきたのだ。
 小夜のムーシカも同じようにムーシコスの魂に刻まれ、次からは他のムーシコスも奏でるだろう。
 三人はただ黙って小夜の歌声を聴いていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

“Boo”t!full Nightmare

片喰 一歌
ライト文芸
ハロウィン嫌いの主人公・カリンは、数日にわたって開催される大規模なハロウィンイベント後のゴミ拾いに毎年参加していた。 今年も例年通り一人でてきぱきと作業を進めていた彼女は、見知らぬイケメン四人衆に囲まれる。 一見するとただのコスプレ集団である彼らの会話には、たまに『化けて出る』や『人間じゃない』といった不穏なワードが混じっているようで……。 彼らの正体と目的はいかに。 これは日常と非日常が混ざり合い、人間と人ならざるものの道が交わる特別な日の出来事。 ついでに言うと、コメディなんだか社会風刺なんだかホラーなんだか作者にもよくわからないカオスな作品。 (毎回、作者目線でキリのいい文字数に揃えて投稿しています。間違ってもこういう数字をパスワードに設定しちゃダメですよ!) お楽しみいただけておりましたら、 お気に入り登録・しおり等で応援よろしくお願いします! みなさま、準備はよろしいでしょうか? ……それでは、一夜限りの美しい悪夢をお楽しみください。 <登場人物紹介> ・カリン…本作の主人公。内面がやかましいオタク。ノリが古めのネット民。      物語は彼女の一人称視点で進行します。油断した頃に襲い来るミーム!ミーム!ミームの嵐! ・チル&スー…悪魔の恰好をした双子? ・パック…神父の恰好をした優男? ・ヴィニー…ポリスの恰好をしたチャラ男? 「あ、やっぱさっきのナシで。チャラ男は元カレで懲りてます」 「急に辛辣モードじゃん」 「ヴィニーは言動ほど不真面目な人間ではないですよ。……念のため」 「フォローさんきゅね。でも、パック。俺たち人間じゃないってば」 (※本編より一部抜粋) ※ゴミは所定の日時・場所に所定の方法で捨てましょう。 【2023/12/9追記】 タイトルを変更しました。 (サブタイトルを削除しただけです。)

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。 彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。 ……あ。 音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。 しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。 やばい、どうしよう。

地球によく似た星

井浦
ミステリー
故障寸前の宇宙船で、命からがら降り立ったのは、地球によく似た星だった。 ただ、辺りには子どもの姿しか見当たらなくて……。

ピアノの家のふたりの姉妹

九重智
ライト文芸
【ふたりの親愛はピアノの連弾のように奏でられた。いざもう一人の弾き手を失うと、幸福の音色も、物足りない、隙間だらけのわびしさばかり残ってしまう。】 ピアノの響く家には、ふたりの姉妹がいた。仲睦ましい姉妹は互いに深い親愛を抱えていたが、姉の雪子の変化により、ふたりの関係は徐々に変わっていく。 (縦書き読み推奨です)

国から見限られた王子が手に入れたのは万能無敵のS級魔法〜使えるのは鉱石魔法のみだけど悠々自適に旅をします〜

登龍乃月
ファンタジー
「どうしてこうなった」  十歳のある日、この日僕は死ぬ事が決定した。  地水火風四つの属性を神とする四元教、そのトップであり、四元教を母体とする神法国家エレメンタリオの法皇を父とする僕と三人の子供。  法皇の子供は必ず四ツ子であり、それぞれが四つの元素に対応した魔法の適性があり、その適性ランクはSクラスというのが、代々続く絶対不変の決まり事だった。  しかし、その決まり事はこの日破られた。  破ったのは僕、第四子である僕に出るはずだった地の適性ランクSが出なかった。  代わりに出たのは鉱石魔法という、人権の無い地の派生魔法のランクS。  王家の四子は地でなければ認められず、下位互換である派生魔法なんて以ての外。  僕は王族としてのレールを思い切り踏み外し、絶対不変のルールを逸脱した者として、この世に存在してはならない存在となった。  その時の僕の心境が冒頭のセリフである。  こうした経緯があり、僕としての存在の抹消、僕は死亡したということになった。  そしてガイアスという新しい名前を授けられた上で、僕は王族から、王宮から放逐されたのだった。  しかしながら、派生魔法と言えど、ランクSともなればとんでもない魔法だというのが分かった。  生成、複製、精錬、創造なども可能で、鉱石が含まれていればそれを操る事も出来てしまうという規格外な力を持っていた。    この話はそんな力を持ちつつも、平々凡々、のどかに生きていきたいと思いながら旅をして、片手間に女の子を助けたり、街を救ったり世界を救ったりする。  そんなありふれたお話である。 --------------------- カクヨムと小説家になろうで投稿したものを引っ張ってきました! モチベに繋がりますので、感想や誤字報告、エールもお待ちしています〜

小さな大魔法使いの自分探しの旅 親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします

藤なごみ
ファンタジー
※2024年10月下旬に、第2巻刊行予定です  2024年6月中旬に第一巻が発売されます  2024年6月16日出荷、19日販売となります  発売に伴い、題名を「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、元気いっぱいに無自覚チートで街の人を笑顔にします~」→「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします~」 中世ヨーロッパに似ているようで少し違う世界。 数少ないですが魔法使いがが存在し、様々な魔導具も生産され、人々の生活を支えています。 また、未開発の土地も多く、数多くの冒険者が活動しています この世界のとある地域では、シェルフィード王国とタターランド帝国という二つの国が争いを続けています 戦争を行る理由は様ながら長年戦争をしては停戦を繰り返していて、今は辛うじて平和な時が訪れています そんな世界の田舎で、男の子は産まれました 男の子の両親は浪費家で、親の資産を一気に食いつぶしてしまい、あろうことかお金を得るために両親は行商人に幼い男の子を売ってしまいました 男の子は行商人に連れていかれながら街道を進んでいくが、ここで行商人一行が盗賊に襲われます そして盗賊により行商人一行が殺害される中、男の子にも命の危険が迫ります 絶体絶命の中、男の子の中に眠っていた力が目覚めて…… この物語は、男の子が各地を旅しながら自分というものを探すものです 各地で出会う人との繋がりを通じて、男の子は少しずつ成長していきます そして、自分の中にある魔法の力と向かいながら、色々な事を覚えていきます カクヨム様と小説家になろう様にも投稿しております

神様のミスで女に転生したようです

結城はる
ファンタジー
 34歳独身の秋本修弥はごく普通の中小企業に勤めるサラリーマンであった。  いつも通り起床し朝食を食べ、会社へ通勤中だったがマンションの上から人が落下してきて下敷きとなってしまった……。  目が覚めると、目の前には絶世の美女が立っていた。  美女の話を聞くと、どうやら目の前にいる美女は神様であり私は死んでしまったということらしい  死んだことにより私の魂は地球とは別の世界に迷い込んだみたいなので、こっちの世界に転生させてくれるそうだ。  気がついたら、洞窟の中にいて転生されたことを確認する。  ん……、なんか違和感がある。股を触ってみるとあるべきものがない。  え……。  神様、私女になってるんですけどーーーー!!!  小説家になろうでも掲載しています。  URLはこちら→「https://ncode.syosetu.com/n7001ht/」

処理中です...