歌のふる里

月夜野 すみれ

文字の大きさ
上 下
20 / 144
第四章 古の調べ

第三話

しおりを挟む
 三日後、小夜は放課後に清美とファーストフード店に行ってもいいか訊ねてきた。

「分かった。場所は?」
 小夜がファーストフード店の名前と場所を言うと、
「気を付けろよ」
 と言って電話を切った。

 放課後、小夜が清美とファーストフード店に入ると、柊矢が先に来て隅の方に座っていた。

「柊矢さん、どうしたんですか?」
 小夜が柊矢の横に行くと、
「たまたま時間が余っただけだ。俺のことは気にするな」
 その言葉に小夜は清美のところに戻った。
「時間が余ったから早めに来ただけだって」
「ふぅん」
 清美はそれ以上追求することなく、それぞれ注文をすると柊矢から離れたところに座った。

「あれ? 小夜、それ、コーヒー?」
 匂いで気付いたようだ。
「うん」
 小夜は一口飲んで顔をしかめた。
「どうしたの? 急に」
「柊矢さんも楸矢さんもコーヒーで私だけお茶だから。ただでさえ、小鳥ちゃんとか奥手とか言われてからかわれてるから、せめてコーヒーだけでも飲めるようになろうと思って」
「小鳥ちゃん? あはは。確かに小夜って小鳥ちゃんってイメージだよね」
「清美、ひどい!」
「ひよこちゃんって言われなかっただけマシじゃん」
「清美って、柊矢さん達よりひどい」
 小夜は清美を睨むと、コーヒーをまた一口飲んだ。
 苦い。

「そんなに苦いなら砂糖やミルク入れればいいじゃん」
「あ、そっか」
 小夜はそう言って砂糖に手を伸ばしかけて、すぐに引っ込めた。
「ダメダメ。砂糖やミルク入れたら結局子供扱いされるもん」
 もう一度、コーヒーに口を付けると、顔をしかめた。
「どれどれ」
 清美は小夜のコーヒーを一口飲んだ。
「意外と美味しいじゃん」
「嘘! 清美、嘘ついてるでしょ!」
「嘘じゃないよ、美味しい。あたしも頼んでこよっと」
 清美はそう言うと、コーヒーを買いにいった。

 席に戻ってきて、美味しそうにコーヒーを飲む清美を、小夜は恨めしそうに見ていた。

「清美の裏切り者~」
 清美は自分で言うとおり、もう子供じゃない。
 まだ大人じゃないけど、子供でもない。
 自分はまだまだ子供だ。
 小夜は溜息をついてコーヒーを飲んだ。
 苦い……。

「静かにしろ」
 清美の背後に男が立ったかと思うと、彼女の表情が固まった。
 清美の背に何かを突きつけてるようだ。
 小夜の横に沙陽が立った。
「よくも騙してくれたわね。声を上げたらその子を殺すわ」
 小夜と清美は怯えた表情で顔を合わせた。
「何が欲しいのか分かってるわね。よこしなさい。今度小賢しい真似をしたらホントにその子を殺す」

 小夜がポケットに手を入れたとき、沙陽の横に柊矢が立った。

「こいつに手を出したらただじゃおかないと言っておいたはずだ。そいつと一緒に今すぐ帰れ。でなければお前の喉を潰す」
 ムーソポイオスにとって歌えなくなるのは死ぬより辛い。
 柊矢と沙陽はしばらく睨み合っていたが、やがて、
「行くわよ」
 清美の後ろに立っている男を促すと帰っていった。

「清美! 大丈夫!? 怪我はない?」
「う、うん、今の何?」
「今日はもう帰った方がいい。家まで送ろう」
「清美、車の中で話すから。行こう」
「分かった」

 小夜は車の後部座席に清美と並んで座り、沙陽は小夜が持っているものを狙っている、と話した。

「この前のひったくりって言うのも……」
「うん、男の人が襲ってきて奪おうとしたの」
「それで送り迎えしてもらってたんだ」
「巻き込んでホントにごめんなさい」
 小夜は頭を下げた。
「いいよ。何もなかったんだし」
 そう言ってから、
「小夜、絶対気にするでしょ」
 小夜の顔を覗き込んだ。
「え?」
 小夜が清美の顔を見返した。
「小夜は悪くないんだから、気にしちゃダメだよ」
「うん、有難う」
「あ、そこ曲がったところです。このマンションです」
 清美の指示でマンションの前に車を止めた。
 柊矢が後部座席に回ってドアを開ける。

「送っていただいて有難うございました」
 車から降りた清美が頭を下げた。
「部屋の前まで送らなくて大丈夫か?」
「狙いは小夜なんですよね。だったら小夜を守ってあげてください」
「清美……」
「じゃ、また明日ね。小夜」
 清美は手を振るとマンションに入っていった。
 柊矢は清美が無事にマンションに入ったのを見届けると、自分も車に戻った。

「いい友達だな」
 車を出しながら言った。
「はい」
 そのとき、ムーシカが変わった。
 今までも聴こえていたのだが清美の前では言えなかったので黙っていたのだ。
 この声……。
「柊矢さん」
 小夜は柊矢を見た。
「椿矢か。中央公園にいるかもしれないな。行ってみよう」
 柊矢は車を中央公園に向けた。

「あ、椿矢さん」
 小夜は中央公園のベンチでブズーキを弾きながら歌っている椿矢を見つけた。
 柊矢と小夜はムーシカが終わるのを待った。
 椿矢が終わりを告げると、野次馬達は散っていった。
「その楽器、ブズーキとか言ってたな」
「どこの国の楽器なんですか?」
「ギリシア。柊矢君だっけ? 君はキタラだったね」
「キタラもギリシアの楽器でしたよね。楸矢さんの笛もギリシアのものなんでしょうか」
「あの笛はギリシアじゃないね」
 椿矢が楽器をしまいながら答えた。

「じゃあ、どこのですか?」
「さぁ? もしかしたらムーシケーから持ってきたものが全然進化してないのなのかもね」
「ムーシケー?」
 柊矢が聞き返しながら、さりげなく椿矢が立ち去れない位置に移動した。
 今日こそは全ての質問に答えてもらうまで帰さないつもりだった。
 それを見て取った椿矢が、降参というように両手を挙げて、
「ちゃんと話すから喫茶店にでも移動しない?」
 と提案した。

「ダメだ。喫茶店は営業時間が終わったら追い出されるからな」
「そんな時間まで質問攻めにするつもりなの?」
 椿矢が可笑おかしそうに笑った。
「でも、柊矢さん、ここじゃ寒いですよ」
 小夜が腕をさすりながら言った。
 確かに、こんなところに長時間いたら小夜が風邪を引く。
 かといって小夜を一人で帰すのは論外だ。

「じゃ、こっちだ」
「へぇ、彼女の言葉なら聞くんだ」
「か、彼女じゃ……」
 小夜が赤くなった。
「違うんだ。彼氏はいるの?」
 椿矢が面白がって訊ねた。
「い、いません」
「じゃあ、僕が立候補してもいい?」
「え!? あの、えっと、その……」
 小夜が狼狽えていると、柊矢が小夜と椿矢の間に割って入った。
「おい、こいつをからかうな。お前もいちいち真に受けるな」
「あ、はい」
 からかわれてたんだ。
 柊矢さんや楸矢さんがからかうのも、こういう反応を面白がってるからなのかな。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

崩れゆく世界に天秤を

DANDY
ライト文芸
罹ると体が崩れていく原因不明の“崩壊病”。これが世に出現した時、世界は震撼した。しかしこの死亡率百パーセントの病には裏があった。 岬町に住む錦暮人《にしきくれと》は相棒の正人《まさと》と共に、崩壊病を発症させる化け物”星の使徒“の排除に向かっていた。 目標地点に到着し、星の使徒と対面した暮人達だったが、正人が星の使徒に狙われた一般人を庇って崩壊してしまう。 暮人はその光景を目の当たりにして、十年前のある日を思い出す。 夕暮れの小学校の教室、意識を失ってぐったりとしている少女。泣き叫ぶ自分。そこに佇む青白い人型の化け物…… あの時のあの選択が、今の状況を招いたのだ。 そうして呆然と立ち尽くす暮人の前に、十年前のあの時の少女が現れ物語が動き出す。

あなたのサイコパス度が分かる話(短編まとめ)

ミィタソ
ホラー
簡単にサイコパス診断をしてみましょう

芽吹と息吹~生き別れ三十路兄と私のつぎはぎな数か月間~

森原すみれ@薬膳おおかみ①②③刊行
ライト文芸
──ふわふわ浮き草系の三十路兄と、生真面目女子高生。 つぎはぎだらけの家族が紡ぐ、ほろ苦くもきらきらと光瞬く青春と家族愛の物語── 両親の海外赴任を機に一人暮らしをする予定だった高校生・来宮芽吹のもとに、生き別れの兄を名乗る息吹が現れた。 妹への愛を隠そうとしない、ふわふわ浮世離れした三十路の兄のふるまいに、芽吹は早々に振り回される。 さらには芽吹の高校の購買のお兄さんとして、息吹の就職が決まって…。 妹愛が重すぎる兄と、生真面目な妹、彼らを取り巻く高校を舞台にしたほろ苦いハートフルストーリー。 ※小説家になろう、ノベマ!、魔法のiらんどに同作掲載しています。

ホストクラブで働く女

シュ
エッセイ・ノンフィクション
無職だった19歳の夏の終わり 見つかった仕事は歌舞伎町ホストクラブのキッチンチーフだった! 「ストップストップ!ねぇ君、飲みに行かない?」 「…お金ないし!仕事ないし!」 「え、じゃあ紹介するよ!キャバ?風俗?」 「そういうんじゃなくて…ああいうBARのキッチンとかがいい…」 「マジで!あるよ!!」 「やった!ほんと?!」 「ホストクラブだけど!!」 「…え?」 こうして無職からキッチンチーフになり1年弱ホストクラブで働いた、話。 ※一部フィクションを含みます。 2007,8年頃の話です。

鮭さんのショートショート(とても面白い)

salmon mama
SF
脳みそひっくり返すぜ

ベッドタイム・ストーリーズ

花野未季
ライト文芸
『ベッドタイム・ストーリー』とは、眠る前に読んだり聞いたりするおとぎ話のこと。 眠りにつく前に読むライトな物語は、少し不思議で少し怖くて、でも少しほのぼの……。 エブリスタ様公式コンテスト『次に読みたいファンタジー ほっこり/ほのぼの』で佳作に選んでいただき、有難くも書評家の三村美衣先生から『新しい昔話』と言っていただけた作品です。 1000〜3000字くらいのショートショートを集めた短編集です。 お楽しみいただけたら嬉しいです!

処理中です...