比翼の鳥

月夜野 すみれ

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第七章

第七章 第一話

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「とりあえず、様子を見に屋敷に戻りましょう」
 別働隊が屋敷を襲撃しているかもしれない。

 屋敷に着くと門番に頼んで信之介を呼び出してもらった。

「花月さん、光夜殿、どうされました?」
 信之介の様子だと屋敷では特に変わったことはないようだ。
「さっき、若様のところで守り袋を落としたかもしれねぇんだ」
 光夜はあらかじめ花月と打ち合わせていたとおりのことを言った。
 最初、花月が扇子を落としたことにすると言っていたのだが、ちょうど光夜がいつも持ち歩いていた守り袋が無くなっていることに気付いたのでそれを口実にしたのだ。

「守り袋?」
「ああ、もし拾ったら捨てないでくれって頼んでおいてくれ」
「分った」
 信之介は訝しげな表情を浮かべながら頷いた。

「なぁ、花月。なんであいつらのこと屋敷に報告しねぇんだ」
 西野家からの帰り道、光夜が訊ねた。

「うん……」
 花月は考え込むような表情を浮かべた。
「悩むようなことか?」
「篠野様は私達が来ることには乗り気じゃなかったでしょ。特に私は」

 そういやそうだったな……。

「あんたは来るなって言われないかもしれないけど……もし、私は来ないでくれって言われたら、さっきの連中、あんたと信之介さんだけでなんとかなる?」
 確かに花月と二人でも苦戦するのだ。
 花月が居なければ間違いなく負けるだろう。
 これは試合ではない。
 敗北は死を意味するのだ。
 それも命を落とすのは光夜や信之介だけではない。
 狙いは文丸なのだから文丸まで命を奪われる事になる。

「まずはお父様に報告しましょ。それで篠野様に伝えるようにって言われたら明日言えば良いわ」
 花月の言葉に光夜も同意して帰途にいた。

「そうか」
 弦之丞は花月と光夜の話を聞き終えると頷いた。
「不覚でした。離れるなと言われていましたのに」
「引いたのがせぬな。光夜を足止めすることも出来たであろう」
 弦之丞の言う通りだ。
 あの時、背を向けた光夜にあの男が斬り掛かってきていたら応戦しないわけにはいかなかったし、そうなれば花月のところに駆け付けるのが遅れていた。

 確かに訳が分かんねぇ……。

 光夜は首を傾げた。

 翌日、西野家から桜井家に戻ると稽古場には誰もいなかったので花月と二人で稽古をすることになった。
 花月と光夜は対面して座り、光夜だけ右に刀を置いている。
 花月は丸腰で膝の前に扇子を置いていた。

「いつでも仕掛けてきて良いわよ」
 花月の言葉に刀に右手を掛けた途端、顔に向かって扇子が飛んできた。
 咄嗟にける。
 次の瞬間、首に刀の刃が突き付けられていた。
 扇子を投げ付けると同時に光夜の横の刀を取って抜刀し、そのまま首に突き付けたのだ。
 刀は抜ききっていないが、首の血管ちくだを切るだけならこれで十分だ。

 花月が光夜に扇子を手渡すと自分の右に刀を置いた。
 同じようにやってみろという事だろう。
 光夜が扇子を投げ付ける。
 花月は右手で刀を取ると柄頭で扇子を弾きそのまま光夜の眼前に突き付けた。

「同じ手、喰らっちゃダメでしょ。しかもけなかったわね。実戦なら死んでるわよ」
「いや、稽古だか……」
「普段止めてるのは真剣だからよ。門弟がいる場所での稽古ならともかく、そうじゃない時は真剣じゃなきゃ止めないからけなきゃケガするわよ」
 そう言えば稽古で使っているのは刃引きをしていない真剣だ。
「あんたの前にいた内弟子、割と長く続いてたんだけど腕と鼻折って出ていっちゃったのよ」

 マジか……。
 容赦ようしゃねぇな……。

「私だって何度もあざが出来たし。顔にも付いた事あるのよ」
「花月の顔でも殴るのかよ!?」
「そりゃ、一瞬の躊躇ためらいで切っ先が鈍ったらられるから相手によって変えるとなると判断が遅れるし、例え身内でも迷わず攻撃出来ないと死ぬから」

 いくらなんでもそこまで荒んだ世じゃねぇだろ……。
 竹光たけみつしてる奴もいるんだぞ……。

 竹光というのは偽物の刀のことである。
 主に中間など差しているが、金に困った牢人などが鞘と柄だけ残して本物の刀身を質入れする場合も多かった。
 このとき偽の刀身を竹で作ることがあったので竹光と言ったのである。

「ちなみに長くって、どんくらい?」
一月ひとつきちょっと……」

 それで長い方なのか……。
 まぁ稽古はかなりキツいからな……。

 その上で鼻や腕を折られたりしたら付いていけないと思って出ていくのも無理はないだろう。

「ケガしてる時の戦い方の稽古考えてたのに」

 ケガしてても休めねぇのかよ……。

 光夜は呆れた。

 そりゃ出ていって当然だな……。

「じゃ、今度は木刀持って。今、言ったように木刀は止めないからね」
 その言葉に木刀を持つと花月と向き合って立った。
 互いに青眼に構える。
 睨み合ったまま向かい合っていると、不意に花月の切っ先が僅かに動いた。
 咄嗟に光夜は大きく踏み込んで突きを放った。

 誘われた!

 そう気付いた時には打ち込んでいた。
 花月が光夜の木刀を弾く。

 二の太刀が来る前に……!

 逆袈裟に振り上げようとしたが花月の方が早かった。
 喉を狙って木刀が突き出される。

 ホントに止めねぇ気だ!

 光夜は咄嗟に首を傾ける。
 首の横を通り過ぎたと思った木刀が袈裟に振り下ろされる。
 光夜は背後に倒れ込んだが、けきれずに木刀の切っ先が僅かに肩に当たった。
 思わず痛みに顔をしかめながら素早く身体を回転させて足払いを掛けた。
 花月が床に木刀を立てる。
 思い切り振り抜いた足のすねが木刀に激突した。
 木刀が弾き飛ばされて転がる。
 だが光夜が足に受けた痛みはそれどころではなかった。
 衝撃が全身に伝わったかと思うと、次の瞬間、脛を中心に激痛が走った。
 光夜が脛を抱えてうずくまる。
 花月は足が当たると同時に木刀から手を放してくれたが、そのまま押さえられていたら勢いの付いた力がそのまま自分に跳ね返ってきていた。
 そうなっていたら本当に骨が折れていたかもしれない。

「大丈夫?」
 まだ酷く痛むものの、ようやく光夜が動けるようになると花月が声を掛けてきた。
 なんとか身体を起こしたものの、足の痛みに顔をしかめる。
「ちょっと座ってて」
 花月は道場の隅から小さな箱を持ってきた。
 稽古でケガをしたときの手当のために常に置いてある薬などを入れた箱である。
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