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第六章
第一話
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花月と光夜は二人だけで今泉の稽古場へと来ていた。
稽古場はそれほど広くない。
入り口以外の三方の壁には様々な武器が掛かっていた。
どれも稽古で使われるもので、鎖鎌の鉄球のように加減しても相手を殺傷してしまうような一部のものを除き全て本物である。
「桜井と菊市は比翼の鳥と言われたとか」
師匠が言った。
「はい。まだどちらも未熟です故」
花月が答えた。
「一羽で飛べぬ比翼の鳥か。二羽になったくらいでどの程度になるものか」
森田が嘲るような笑みを浮かべた。
光夜はむっとしたが、
「よろしくご指導のほどお願い致します」
花月は丁寧に頭を下げた。
光夜が見ていると花月が一瞬だけ視線を寄こした。
比翼の鳥の意味を教えてやれってことか。
「まずは二人の腕を見たい。二人は素手でそこに、皆は好きな得物を取れ」
師匠の言葉に弟子達は武器が置かれているところへと向かった。
花月は弟子達の動きに注目している。
ざっと三方を見回した花月の視線が鎖鎌のところで一瞬止まった。
ほんの一時だったので他の者達は気付かなかったようだ。
鎖鎌か……。
確かに鎖鎌に一人で対応するのは難しい。
なるほどな……。
そこへ五寸釘ほどの細く長い棒が数本飛んできた。
棒手裏剣だ。
花月と光夜が左右に飛び退いた。
試合開始!
花月と光夜はそれぞれ刀を持った弟子達の元へ走った。
弟子達もそれぞれ得物を持って襲い掛かってくる。
光夜は小太刀を持っている大久保に駆け寄った。
大久保が小太刀を突き出す。
繰り出される小太刀を避けると、小菅が薙刀を横に払う。
大久保から無刀取りで小太刀を奪い、小菅の方に突き飛ばした。
小菅の薙刀が大久保の胴の寸前で止まる。
そこへ棒手裏剣が飛んできた。
光夜は小菅の脇に回り込み襟首を掴んで棒手裏剣の方へ向けて盾にする。
小菅が慌てて薙刀で手裏剣を叩き落とした。
「大久保」
師匠の言葉に大久保が壁際へ戻っていく。
目の隅に、鎖鎌の鉄球(を模した紙製の玉)を回している森田が映った。
光夜を狙っている。
同時に棒手裏剣が数本飛んできた。
光夜は手裏剣を投げていた山之内に小太刀を投げた。
山之内が小太刀を避ける。
光夜の方へ鉄球が飛んできた。
花月が素早く光夜と森田の間に割り込み太刀で鉄球を受ける。
花月の太刀に鎖鎌の鎖が巻き付く。
森田が鎌を振り上げながら鎖を引いた。
花月は一旦太刀を引き寄せる振りをして森田が鎖を引く力を込めたところで手を放す。
太刀が森田の方に飛んでいく。
森田が花月に駆け寄り鎌を振り下ろそうとした時、横に回り込んでいた光夜が鳩尾に膝蹴りを叩き込んだ。
森田が頽れる。
花月を見ると小菅から取り上げた薙刀を山下に突き付けていた。
残心の構えのまま周囲を見回すと花月と光夜の他に立っている弟子はいなかった。
「森田、小菅、山下。そこまで」
師匠の言葉に花月は薙刀を下ろした。
「さすが桜井殿の教え子だ」
「いえ、これも一重に先輩方のご指導の賜物にございます」
花月が頭を下げた。
「うむ、その謙虚さを忘れずにいれば腕も上がるだろう」
そう言ってから弟子達の方を向いた。
「慢心したな、森田」
「はっ」
窓際に座っていた森田が床に手を付いて頭を下げた。
壁際に座っている弟子の数は八人だった。
光夜が倒したのは大久保と森田の二人だが、森田は花月と連携していたから倒せたのだ。
稽古場を辞した二人は明るい月の下を並んで歩いていた。
「俺も結構腕が立つと思ってたのに花月には敵わねぇな。今日も自力で倒せたのは一人だけだし。どこが違うんだ?」
「そりゃ、あんたのは道場剣術だからよ。今のところはね」
意外な言葉に思わず花月の顔を見詰めた。
「え、俺、何度も真剣勝負してきたし、負けたことは……」
「それは、相手も道場剣術だったから。尋常に勝負してたでしょ」
確かに一対多の斬り合いをした事がないわけではないが体術の類は使った事がなかったし刀を飛び道具として使うような真似もしなかった。
「言っとくけど今日勝てたのは相手が入門したての人達相手だったからよ」
「入門したて!?」
いくら人数が多かったと言っても自分が勝てない相手なのだから相当な手練れだと思っていた。
「でなきゃ、勝てるわけないでしょ」
花月が光夜の額を軽く突く。
そんなことも分からなかったなんてまだまだね、と言われているようだった。
井の中の蛙が海を見た時の驚きが分かった気がする。
自分は海どころか池でさえ未だ見ていなかったのだ。
自分がいたのは小さな水溜りだった。
「今はそれで良いの。稽古に励んでいればいつかはお兄様達を追い越せるから」
達って師匠も越えるつもりなのかよ……。
光夜は呆れた。
とはいえ、それくらいの心意気がなければ腕は上がらないのだろう。
稽古場はそれほど広くない。
入り口以外の三方の壁には様々な武器が掛かっていた。
どれも稽古で使われるもので、鎖鎌の鉄球のように加減しても相手を殺傷してしまうような一部のものを除き全て本物である。
「桜井と菊市は比翼の鳥と言われたとか」
師匠が言った。
「はい。まだどちらも未熟です故」
花月が答えた。
「一羽で飛べぬ比翼の鳥か。二羽になったくらいでどの程度になるものか」
森田が嘲るような笑みを浮かべた。
光夜はむっとしたが、
「よろしくご指導のほどお願い致します」
花月は丁寧に頭を下げた。
光夜が見ていると花月が一瞬だけ視線を寄こした。
比翼の鳥の意味を教えてやれってことか。
「まずは二人の腕を見たい。二人は素手でそこに、皆は好きな得物を取れ」
師匠の言葉に弟子達は武器が置かれているところへと向かった。
花月は弟子達の動きに注目している。
ざっと三方を見回した花月の視線が鎖鎌のところで一瞬止まった。
ほんの一時だったので他の者達は気付かなかったようだ。
鎖鎌か……。
確かに鎖鎌に一人で対応するのは難しい。
なるほどな……。
そこへ五寸釘ほどの細く長い棒が数本飛んできた。
棒手裏剣だ。
花月と光夜が左右に飛び退いた。
試合開始!
花月と光夜はそれぞれ刀を持った弟子達の元へ走った。
弟子達もそれぞれ得物を持って襲い掛かってくる。
光夜は小太刀を持っている大久保に駆け寄った。
大久保が小太刀を突き出す。
繰り出される小太刀を避けると、小菅が薙刀を横に払う。
大久保から無刀取りで小太刀を奪い、小菅の方に突き飛ばした。
小菅の薙刀が大久保の胴の寸前で止まる。
そこへ棒手裏剣が飛んできた。
光夜は小菅の脇に回り込み襟首を掴んで棒手裏剣の方へ向けて盾にする。
小菅が慌てて薙刀で手裏剣を叩き落とした。
「大久保」
師匠の言葉に大久保が壁際へ戻っていく。
目の隅に、鎖鎌の鉄球(を模した紙製の玉)を回している森田が映った。
光夜を狙っている。
同時に棒手裏剣が数本飛んできた。
光夜は手裏剣を投げていた山之内に小太刀を投げた。
山之内が小太刀を避ける。
光夜の方へ鉄球が飛んできた。
花月が素早く光夜と森田の間に割り込み太刀で鉄球を受ける。
花月の太刀に鎖鎌の鎖が巻き付く。
森田が鎌を振り上げながら鎖を引いた。
花月は一旦太刀を引き寄せる振りをして森田が鎖を引く力を込めたところで手を放す。
太刀が森田の方に飛んでいく。
森田が花月に駆け寄り鎌を振り下ろそうとした時、横に回り込んでいた光夜が鳩尾に膝蹴りを叩き込んだ。
森田が頽れる。
花月を見ると小菅から取り上げた薙刀を山下に突き付けていた。
残心の構えのまま周囲を見回すと花月と光夜の他に立っている弟子はいなかった。
「森田、小菅、山下。そこまで」
師匠の言葉に花月は薙刀を下ろした。
「さすが桜井殿の教え子だ」
「いえ、これも一重に先輩方のご指導の賜物にございます」
花月が頭を下げた。
「うむ、その謙虚さを忘れずにいれば腕も上がるだろう」
そう言ってから弟子達の方を向いた。
「慢心したな、森田」
「はっ」
窓際に座っていた森田が床に手を付いて頭を下げた。
壁際に座っている弟子の数は八人だった。
光夜が倒したのは大久保と森田の二人だが、森田は花月と連携していたから倒せたのだ。
稽古場を辞した二人は明るい月の下を並んで歩いていた。
「俺も結構腕が立つと思ってたのに花月には敵わねぇな。今日も自力で倒せたのは一人だけだし。どこが違うんだ?」
「そりゃ、あんたのは道場剣術だからよ。今のところはね」
意外な言葉に思わず花月の顔を見詰めた。
「え、俺、何度も真剣勝負してきたし、負けたことは……」
「それは、相手も道場剣術だったから。尋常に勝負してたでしょ」
確かに一対多の斬り合いをした事がないわけではないが体術の類は使った事がなかったし刀を飛び道具として使うような真似もしなかった。
「言っとくけど今日勝てたのは相手が入門したての人達相手だったからよ」
「入門したて!?」
いくら人数が多かったと言っても自分が勝てない相手なのだから相当な手練れだと思っていた。
「でなきゃ、勝てるわけないでしょ」
花月が光夜の額を軽く突く。
そんなことも分からなかったなんてまだまだね、と言われているようだった。
井の中の蛙が海を見た時の驚きが分かった気がする。
自分は海どころか池でさえ未だ見ていなかったのだ。
自分がいたのは小さな水溜りだった。
「今はそれで良いの。稽古に励んでいればいつかはお兄様達を追い越せるから」
達って師匠も越えるつもりなのかよ……。
光夜は呆れた。
とはいえ、それくらいの心意気がなければ腕は上がらないのだろう。
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