比翼の鳥

月夜野 すみれ

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第五章

第二話

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 翌朝、素振りを始める前に花月は弦之丞に頭を下げ、
「お父様、申し訳ありません」
 と謝った。
 慌てて光夜も隣で頭を下げる。
「何があった」
 弦之丞の問いに花月は前夜の顛末てんまつを話した。
慢心まんしんしておりました。剣術だけでどうにかなると。すぐに体術で叩き伏せていればあの三人の命を奪わずにみました。そうすれば……」
「その三人にいつまでも仇として狙われることになっていただろう。お前と光夜はともかく、村瀬は三人がかりで襲われたら太刀打ちできないのではないか」
「それはそうですが……」
「その反省を今後に生かせば良い」
「はい」
「始めるぞ」
 弦之丞の言葉に花月と光夜は立ち上がると木刀を握った。

 朝餉のために素振りを中断した時、
「花月、光夜」
 宗祐が声を掛けてきた。
「はい」
「刀は片刃かたばだ」
「あっ!」
 花月と光夜が同時に叫んだ。
 殺さないようになどと考えた事がなかったから忘れていたが峰打みねうちというものがあったのだ。
 二人の表情に宗祐は苦笑しながら母屋に入っていった。

 信之介はあれ以来、一層稽古に励むようになった。
 光夜もそれに対抗して今まで以上に熱心に稽古をしていた。
 午後の稽古が終わり弟子達が帰ると光夜と信之介は残って試合をしていた。
 木刀なら光夜と信之介の力は拮抗きっこうしている。
 花月は審判として二人の試合を見ていた。

 翌日、午後の稽古が終わると、花月と光夜は弦之丞に連れられて家を出た。
 着いたのはどこかの稽古場だった。

 中に入ると一人の男が複数の男を相手に戦っている最中だった。
 一人で戦っている男は次々と他の男達を倒していったが、あと二人というところで喉元に脇差を突き付けられて負けた。

 戦いを見ていた初老の男が弦之丞を見付けて笑みを浮かべた。
 強い……!
 このじいさん、只者ただものじゃねぇ……。
 まず間違いなく弦之丞よりも強い。
 花月も同じことを思ったらしく表情が引き締めていた。

「桜井殿。久し振りでござるな」
 そう言ってから、花月と光夜を見て、
「なるほど。なかなかの逸材いつざいですな」
 と言った。
「花月、光夜、今泉師匠だ」
「桜井花月と申します」
「菊市光夜です」
 二人は同時に頭を下げた。
「見ての通り、ここでは複数の者を相手にしたときの戦い方を教えてましてな」
「夜の稽古で教えてきたのはここの武術だ」
「桜井殿の後継者なら歓迎するからいつでも来なさい」
 今泉が優しそうな笑顔で言ったが目は鋭く光っていた。

 翌日の午後、稽古の後、いつものように光夜と信之介が手合わせをしていると中間の弥七が花月と光夜を呼びに来た。
 客間の前に来ると、花月が、
「父上、花月と光夜です」
 と声を掛けた。

 弦之丞から入るようにと言われて花月が襖を開ける。
 あ……!
 中を見た光夜は思わず声を上げそうになった。
 弦之丞と宗祐の向かいに座っていたのは、以前助けた家臣だ。
 どうやったのかは知らないが光夜達を探し出したらしい。
 しかし何の用かが分からない。
 光夜は首をかしげた。
 改めて礼でも言いに来たのだろうか。
 いくら何でもそこまでするほどの事ではないと思うが……。

「桜井花月と菊市きくち光夜です。して、御用ごようの向きは」
 弦之丞が年配の家臣に向かって訊ねた。
「それがしは西野家の者で篠野源太夫と申します。先日、我が江戸留守居役えどるすいやくの乗った籠が襲われたおりに、こちらのお二方ともうお一方に助けられもうした」
 篠野はそう言うと一旦口をつぐんだ。
 その表情を見ると礼を言うためにわざわざ来た訳でもなさそうだ。
「あの、もうお一方ひとかたもこちらの御弟子おでしでは……」

只今ただいま呼んで参ります」
 花月はそう言うと、すぐに信之介を連れて戻ってきた。
 信之介は光夜の斜め後ろに座った。
「村瀬信之介と申します」
 花月から話を聞いていたらしく、信之介は驚いた様子もなく礼儀正しく頭を下げた。
「あのとき襲ってきた中でも一番の手の者を桜井殿と菊市殿二人がかりだったとは言えほぼ互角に戦っていたのを拝見して護衛をお頼みしたいと……」
「護衛? しかし、この二人はまだ未熟……」
「あ、いえ、お二人にではなく、こちらの稽古場の遣い手の方にお願いしたいと」
 篠野が慌てて手を振った。
 まぁ、そうだよな……。
「御弟子の中には部屋住みの方もおられましょう。こちらの留守居役が腕の立つ者なら何人か召し抱えても良いと申しておりまして今回の御役目を無事果たして頂けた暁には……」
「確かに我が稽古場には腕の立つ者がおります。しかし、それはそちらの御家中にもおられましょう。何故なにゆえ我が稽古場の者が必要なのでしょうか」
 弦之丞がそう言うと、
「それが……」
 お恥ずかしい話ですが、と断って篠野が話し始めた。
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