比翼の鳥

月夜野 すみれ

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第五章

第一話

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 男が三人、信之介の前で刀を構えていた。
「信之介!」
 花月と光夜が信之介の両脇に並んだ。
「花月さん! 光夜殿!」
「これで三対三、対等たいとうという訳か」
 男の一人が言った。

 信之介と向かい合っていた男達は殺気立っている。
 しかし、こざっぱりした小袖に袴というで立ちだし月代さかやきっている。
 牢人だが辻斬りじゃねぇな……。
 構え方からして剣術はたしなんだ程度だ。
 おそらく実戦経験はないだろう。
 花月も同じ事を考えたらしい。

「待たれよ」
 花月が低い声で言った。
「貴殿らは辻斬りには見えぬ。人違いをしておられぬか」
「白々しい! 力試しか試し切りか知らぬが父の仇! 覚悟しろ!」
 男達が一斉に斬り掛かってきた。

「ちっ!」
 光夜は舌打ちして刀を抜いた。
 花月も抜刀して男の刀をはじく。
 普段なら武器を持って攻撃してきた相手ならそのまま斬り捨てているところだが信之介の前で殺したくないようだ。
 打ち込んでくる男の太刀をただ左右にさばいている。
 花月が信之介に殺すところを見せたくないなら光夜が斬ってしまうわけにはいかない。

 花月ならともかく、光夜が人を斬ったところを見たら信之介は対抗心を燃やして自分も、などと考えかねない。
 斬れないなら体術で叩き伏せてしまおうかと思ったが、花月はあくまで道場剣術でなんとか退しりぞけたいようだ。
 花月は男二人の刀を交互にさばきながら男達が信之介の元に行かないように防いでいる。

 信之介は刀を構えているものの、どう動けばいか分からないようだ。
 迂闊うかつに斬り掛かったらかえって邪魔になると言う程度のことは理解出来ているらしい。

 花月と光夜の二人で三人を相手にしている時点で力量の差を悟れそうなものだが、男達は頭に血が上っていてそこまで考えが至らないらしい。
貴殿きでんらの御父君ごふくんを斬ったのは我らではない。何より先日この辺りで殺された者の仇討ちなら免状めんじょうの発行はだであろう」
 花月が男達をいさめようとした。

 仇討ちは届け出をして御公儀ごこうぎ(幕府)から免状をもらう必要がある。
 例え仇討ちだろうと免状なしで殺したら罪に問われるのだ。

「我らから主を奪った公儀こうぎの許可など求める気などない!」
 こいつら改易かいえきになった家の家臣か……。

 直参じきさんの武士は主が将軍だから自分の家が改易になることはあっても主が改易になる事はない。
 だから自分の家が取り潰されない限り家自体は続く。
 ろくが減っても家さえ続いていれば再び日の目を見る事もあるだろう。
 だが主が将軍ではない武士は違う。
 どこかの藩の家臣だったにしろ大名か大身の旗本の家臣だったにしろ主の家が改易かいえきつぶれたらろく家屋かおくも全てし上げられてしまう。
 与えられていると言っても実際には貸与たいよのようなものだからだ。

 家を奪われ親も殺されたのならもう失うものはないだろう。
 死ぬまで引かない気だ。
 そのとき男の一人が花月の隙を突いて、
「やああああ!」
 と叫びと共に信之介に斬り掛かった。

 咄嗟とっさに信之介は刀を振り上げた。
 おそらくはじくつもりだったのが目算もくさんあやまったのだろう。
 信之介の切っ先が腹を横に斬り裂いた。
 男が悲鳴を上げる。
 腹から大量の臓物ぞうもつと血をあふれさせながら倒れた。

「兄上!」
「貴様ぁーーー!」
 男二人が同時に信之介に斬り掛かった。
「クソ!」
 光夜が男の心の臓を突き刺すのと花月が男の首筋を裂くのは同時だった。
 男達が声もなく絶命ぜつめいする。
 信之介が斬った男は地面に倒れてうめいていた。

「おい、とどめを……」
「光夜」
 花月は光夜を制止すると男にとどめをした。
「花月さん! 医者にせれば助かったかも……」
臓物はらわたが出ちまってんだぞ。どんな医者だって助けらんねぇよ」
 光夜の言葉を聞いた途端、信之介がその場に戻し始めた。

「助けられないけど死ぬまでには時間が掛かる。せめて、これ以上苦しまないようにしてあげるのが武士の情けよ」
 そう言いながら花月は信之介に止めを刺させなかった。
 光夜が訊ねるように視線を向けると、
「仇は作らないに越したことはないから」
 と答えた。
 そうか、婿養子になったら町人ちょうにんか……。
 刀を差して歩けなくなるなら仇はいない方がい。
「村瀬さん、立てる? 人に見られたら不味まずいから一先ずここを離れましょう」
 花月の言葉に光夜は信之介の腕を取って立たせた。

 光夜と信之介は花月の後にいて歩き始めた。
「……これが人を斬るって事だ」
 少し歩いたところで光夜は口を開いた。
「武士のほこりだ矜持きょうじだなんてのは関係ねぇ。どんだけきれいごと並べようとただの殺し合いなんだよ」
「花月さんと光夜殿は人を斬った事がおありだったんですね」
 信之介が地面に目を落としたまま言った。
「えぇ、まぁ……」
 花月はばつの悪そうな顔で答えた。
 活人剣がどうのと言ってしまった手前、今まで散々人を斬ってきたとは言いづらいのだろう。

 花月はしばらく黙って歩いていた。
 それから信之介の方を振り返った。

「村瀬さん、光夜の言う通りよ。刀は人を斬るための道具だし、武士のつとめは人を斬ること。そして人を斬れば仇が出来る。その覚悟が出来なければ武士は務まらない」
「…………」
「とはいえ、なるべく斬らずにませるというのが我が稽古場うちの教えという事に変わりはない。麻生さんはわざわざ人を斬るために辻斬りを探し回るような事をしたから返り討ちにった」
 それから後ろを振り返って溜息をいた。
「麻生さんを殺したのは辻斬りかもしれないけど、麻生さんが斬ったのはただの牢人だったようだし」

 一人が「父の仇」と言っていた。
 おそらく麻生は誰かを斬りたくて仕方なかったのに誰もいなかったから偶々たまたま通りかかった牢人を斬ったのだろう。
 麻生が斬った牢人も今の三人も本来なら死ななくてかったはずの人間だ。
 それを思うと今まで散々人を斬ってきた光夜でさえ後味あとあじが悪い。
 少なくとも今まで花月や光夜が斬ってきたのは辻斬りや破落戸の類だ。
 罪のない者を手に掛けたことはなかった。
 ましてや、あんな格下かくした、本来なら相手にしないのに……。
 分かれ道で、帰っていく信之介を見送ると、花月と光夜は帰途にいた。
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