17 / 46
第五章
第一話
しおりを挟む
男が三人、信之介の前で刀を構えていた。
「信之介!」
花月と光夜が信之介の両脇に並んだ。
「花月さん! 光夜殿!」
「これで三対三、対等という訳か」
男の一人が言った。
信之介と向かい合っていた男達は殺気立っている。
しかし、こざっぱりした小袖に袴という出で立ちだし月代も剃っている。
牢人だが辻斬りじゃねぇな……。
構え方からして剣術は嗜んだ程度だ。
恐らく実戦経験はないだろう。
花月も同じ事を考えたらしい。
「待たれよ」
花月が低い声で言った。
「貴殿らは辻斬りには見えぬ。人違いをしておられぬか」
「白々しい! 力試しか試し切りか知らぬが父の仇! 覚悟しろ!」
男達が一斉に斬り掛かってきた。
「ちっ!」
光夜は舌打ちして刀を抜いた。
花月も抜刀して男の刀を弾く。
普段なら武器を持って攻撃してきた相手ならそのまま斬り捨てているところだが信之介の前で殺したくないようだ。
打ち込んでくる男の太刀をただ左右に捌いている。
花月が信之介に殺すところを見せたくないなら光夜が斬ってしまうわけにはいかない。
花月ならともかく、光夜が人を斬ったところを見たら信之介は対抗心を燃やして自分も、などと考えかねない。
斬れないなら体術で叩き伏せてしまおうかと思ったが、花月はあくまで道場剣術でなんとか退けたいようだ。
花月は男二人の刀を交互に捌きながら男達が信之介の元に行かないように防いでいる。
信之介は刀を構えているものの、どう動けば良いか分からないようだ。
迂闊に斬り掛かったら却って邪魔になると言う程度のことは理解出来ているらしい。
花月と光夜の二人で三人を相手にしている時点で力量の差を悟れそうなものだが、男達は頭に血が上っていてそこまで考えが至らないらしい。
「貴殿らの御父君を斬ったのは我らではない。何より先日この辺りで殺された者の仇討ちなら免状の発行は未だであろう」
花月が男達を諫めようとした。
仇討ちは届け出をして御公儀(幕府)から免状を貰う必要がある。
例え仇討ちだろうと免状なしで殺したら罪に問われるのだ。
「我らから主を奪った公儀の許可など求める気などない!」
こいつら改易になった家の家臣か……。
直参の武士は主が将軍だから自分の家が改易になることはあっても主が改易になる事はない。
だから自分の家が取り潰されない限り家自体は続く。
禄が減っても家さえ続いていれば再び日の目を見る事もあるだろう。
だが主が将軍ではない武士は違う。
どこかの藩の家臣だったにしろ大名か大身の旗本の家臣だったにしろ主の家が改易で潰れたら禄も家屋も全て召し上げられてしまう。
与えられていると言っても実際には貸与のようなものだからだ。
家を奪われ親も殺されたのならもう失うものはないだろう。
死ぬまで引かない気だ。
そのとき男の一人が花月の隙を突いて、
「やああああ!」
と叫びと共に信之介に斬り掛かった。
咄嗟に信之介は刀を振り上げた。
恐らく弾くつもりだったのが目算を誤ったのだろう。
信之介の切っ先が腹を横に斬り裂いた。
男が悲鳴を上げる。
腹から大量の臓物と血を溢れさせながら倒れた。
「兄上!」
「貴様ぁーーー!」
男二人が同時に信之介に斬り掛かった。
「クソ!」
光夜が男の心の臓を突き刺すのと花月が男の首筋を裂くのは同時だった。
男達が声もなく絶命する。
信之介が斬った男は地面に倒れて呻いていた。
「おい、止めを刺……」
「光夜」
花月は光夜を制止すると男に止めを刺した。
「花月さん! 医者に診せれば助かったかも……」
「臓物が出ちまってんだぞ。どんな医者だって助けらんねぇよ」
光夜の言葉を聞いた途端、信之介がその場に戻し始めた。
「助けられないけど死ぬまでには時間が掛かる。せめて、これ以上苦しまないようにしてあげるのが武士の情けよ」
そう言いながら花月は信之介に止めを刺させなかった。
光夜が訊ねるように視線を向けると、
「仇は作らないに越したことはないから」
と答えた。
そうか、婿養子になったら町人か……。
刀を差して歩けなくなるなら仇はいない方が良い。
「村瀬さん、立てる? 人に見られたら不味いから一先ずここを離れましょう」
花月の言葉に光夜は信之介の腕を取って立たせた。
光夜と信之介は花月の後に随いて歩き始めた。
「……これが人を斬るって事だ」
少し歩いたところで光夜は口を開いた。
「武士の誇りだ矜持だなんてのは関係ねぇ。どんだけきれいごと並べようとただの殺し合いなんだよ」
「花月さんと光夜殿は人を斬った事がおありだったんですね」
信之介が地面に目を落としたまま言った。
「えぇ、まぁ……」
花月は罰の悪そうな顔で答えた。
活人剣がどうのと言ってしまった手前、今まで散々人を斬ってきたとは言い辛いのだろう。
花月は暫く黙って歩いていた。
それから信之介の方を振り返った。
「村瀬さん、光夜の言う通りよ。刀は人を斬るための道具だし、武士の務めは人を斬ること。そして人を斬れば仇が出来る。その覚悟が出来なければ武士は務まらない」
「…………」
「とはいえ、なるべく斬らずに済ませるというのが我が稽古場の教えという事に変わりはない。麻生さんはわざわざ人を斬るために辻斬りを探し回るような事をしたから返り討ちに遭った」
それから後ろを振り返って溜息を吐いた。
「麻生さんを殺したのは辻斬りかもしれないけど、麻生さんが斬ったのはただの牢人だったようだし」
一人が「父の仇」と言っていた。
恐らく麻生は誰かを斬りたくて仕方なかったのに誰もいなかったから偶々通りかかった牢人を斬ったのだろう。
麻生が斬った牢人も今の三人も本来なら死ななくて良かったはずの人間だ。
それを思うと今まで散々人を斬ってきた光夜でさえ後味が悪い。
少なくとも今まで花月や光夜が斬ってきたのは辻斬りや破落戸の類だ。
罪のない者を手に掛けたことはなかった。
ましてや、あんな格下、本来なら相手にしないのに……。
分かれ道で、帰っていく信之介を見送ると、花月と光夜は帰途に就いた。
「信之介!」
花月と光夜が信之介の両脇に並んだ。
「花月さん! 光夜殿!」
「これで三対三、対等という訳か」
男の一人が言った。
信之介と向かい合っていた男達は殺気立っている。
しかし、こざっぱりした小袖に袴という出で立ちだし月代も剃っている。
牢人だが辻斬りじゃねぇな……。
構え方からして剣術は嗜んだ程度だ。
恐らく実戦経験はないだろう。
花月も同じ事を考えたらしい。
「待たれよ」
花月が低い声で言った。
「貴殿らは辻斬りには見えぬ。人違いをしておられぬか」
「白々しい! 力試しか試し切りか知らぬが父の仇! 覚悟しろ!」
男達が一斉に斬り掛かってきた。
「ちっ!」
光夜は舌打ちして刀を抜いた。
花月も抜刀して男の刀を弾く。
普段なら武器を持って攻撃してきた相手ならそのまま斬り捨てているところだが信之介の前で殺したくないようだ。
打ち込んでくる男の太刀をただ左右に捌いている。
花月が信之介に殺すところを見せたくないなら光夜が斬ってしまうわけにはいかない。
花月ならともかく、光夜が人を斬ったところを見たら信之介は対抗心を燃やして自分も、などと考えかねない。
斬れないなら体術で叩き伏せてしまおうかと思ったが、花月はあくまで道場剣術でなんとか退けたいようだ。
花月は男二人の刀を交互に捌きながら男達が信之介の元に行かないように防いでいる。
信之介は刀を構えているものの、どう動けば良いか分からないようだ。
迂闊に斬り掛かったら却って邪魔になると言う程度のことは理解出来ているらしい。
花月と光夜の二人で三人を相手にしている時点で力量の差を悟れそうなものだが、男達は頭に血が上っていてそこまで考えが至らないらしい。
「貴殿らの御父君を斬ったのは我らではない。何より先日この辺りで殺された者の仇討ちなら免状の発行は未だであろう」
花月が男達を諫めようとした。
仇討ちは届け出をして御公儀(幕府)から免状を貰う必要がある。
例え仇討ちだろうと免状なしで殺したら罪に問われるのだ。
「我らから主を奪った公儀の許可など求める気などない!」
こいつら改易になった家の家臣か……。
直参の武士は主が将軍だから自分の家が改易になることはあっても主が改易になる事はない。
だから自分の家が取り潰されない限り家自体は続く。
禄が減っても家さえ続いていれば再び日の目を見る事もあるだろう。
だが主が将軍ではない武士は違う。
どこかの藩の家臣だったにしろ大名か大身の旗本の家臣だったにしろ主の家が改易で潰れたら禄も家屋も全て召し上げられてしまう。
与えられていると言っても実際には貸与のようなものだからだ。
家を奪われ親も殺されたのならもう失うものはないだろう。
死ぬまで引かない気だ。
そのとき男の一人が花月の隙を突いて、
「やああああ!」
と叫びと共に信之介に斬り掛かった。
咄嗟に信之介は刀を振り上げた。
恐らく弾くつもりだったのが目算を誤ったのだろう。
信之介の切っ先が腹を横に斬り裂いた。
男が悲鳴を上げる。
腹から大量の臓物と血を溢れさせながら倒れた。
「兄上!」
「貴様ぁーーー!」
男二人が同時に信之介に斬り掛かった。
「クソ!」
光夜が男の心の臓を突き刺すのと花月が男の首筋を裂くのは同時だった。
男達が声もなく絶命する。
信之介が斬った男は地面に倒れて呻いていた。
「おい、止めを刺……」
「光夜」
花月は光夜を制止すると男に止めを刺した。
「花月さん! 医者に診せれば助かったかも……」
「臓物が出ちまってんだぞ。どんな医者だって助けらんねぇよ」
光夜の言葉を聞いた途端、信之介がその場に戻し始めた。
「助けられないけど死ぬまでには時間が掛かる。せめて、これ以上苦しまないようにしてあげるのが武士の情けよ」
そう言いながら花月は信之介に止めを刺させなかった。
光夜が訊ねるように視線を向けると、
「仇は作らないに越したことはないから」
と答えた。
そうか、婿養子になったら町人か……。
刀を差して歩けなくなるなら仇はいない方が良い。
「村瀬さん、立てる? 人に見られたら不味いから一先ずここを離れましょう」
花月の言葉に光夜は信之介の腕を取って立たせた。
光夜と信之介は花月の後に随いて歩き始めた。
「……これが人を斬るって事だ」
少し歩いたところで光夜は口を開いた。
「武士の誇りだ矜持だなんてのは関係ねぇ。どんだけきれいごと並べようとただの殺し合いなんだよ」
「花月さんと光夜殿は人を斬った事がおありだったんですね」
信之介が地面に目を落としたまま言った。
「えぇ、まぁ……」
花月は罰の悪そうな顔で答えた。
活人剣がどうのと言ってしまった手前、今まで散々人を斬ってきたとは言い辛いのだろう。
花月は暫く黙って歩いていた。
それから信之介の方を振り返った。
「村瀬さん、光夜の言う通りよ。刀は人を斬るための道具だし、武士の務めは人を斬ること。そして人を斬れば仇が出来る。その覚悟が出来なければ武士は務まらない」
「…………」
「とはいえ、なるべく斬らずに済ませるというのが我が稽古場の教えという事に変わりはない。麻生さんはわざわざ人を斬るために辻斬りを探し回るような事をしたから返り討ちに遭った」
それから後ろを振り返って溜息を吐いた。
「麻生さんを殺したのは辻斬りかもしれないけど、麻生さんが斬ったのはただの牢人だったようだし」
一人が「父の仇」と言っていた。
恐らく麻生は誰かを斬りたくて仕方なかったのに誰もいなかったから偶々通りかかった牢人を斬ったのだろう。
麻生が斬った牢人も今の三人も本来なら死ななくて良かったはずの人間だ。
それを思うと今まで散々人を斬ってきた光夜でさえ後味が悪い。
少なくとも今まで花月や光夜が斬ってきたのは辻斬りや破落戸の類だ。
罪のない者を手に掛けたことはなかった。
ましてや、あんな格下、本来なら相手にしないのに……。
分かれ道で、帰っていく信之介を見送ると、花月と光夜は帰途に就いた。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
独裁者・武田信玄
いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます!
平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。
『事実は小説よりも奇なり』
この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに……
歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。
過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。
【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い
【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形
【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である
この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
魔斬
夢酔藤山
歴史・時代
深淵なる江戸の闇には、怨霊や妖魔の類が巣食い、昼と対なす穢土があった。
その魔を斬り払う闇の稼業、魔斬。
坊主や神主の手に負えぬ退魔を金銭で請け負う江戸の元締は関東長吏頭・浅草弾左衛門。忌むべき身分を統べる弾左衛門が最後に頼るのが、武家で唯一の魔斬人・山田浅右衛門である。昼は罪人の首を斬り、夜は怨霊を斬る因果の男。
幕末。
深い闇の奥に、今日もあやかしを斬る男がいる。
2023年オール讀物中間発表止まりの作品。その先の連作を含めて、いよいよ御開帳。
旧式戦艦はつせ
古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/history.png?id=c54a38c2a36c3510c993)
永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい
吼えよ! 権六
林 本丸
歴史・時代
時の関白豊臣秀吉を嫌う茶々姫はあるとき秀吉のいやがらせのため自身の養父・故柴田勝家の過去を探ることを思い立つ。主人公の木下半介は、茶々の命を受け、嫌々ながら柴田勝家の過去を探るのだが、その時々で秀吉からの妨害に見舞われる。はたして半介は茶々の命を完遂できるのか? やがて柴田勝家の過去を探る旅の過程でこれに関わる人々の気持ちも変化して……。
鎌倉最後の日
もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!
江戸の夕映え
大麦 ふみ
歴史・時代
江戸時代にはたくさんの随筆が書かれました。
「のどやかな気分が漲っていて、読んでいると、己れもその時代に生きているような気持ちになる」(森 銑三)
そういったものを選んで、小説としてお届けしたく思います。
同じ江戸時代を生きていても、その暮らしぶり、境遇、ライフコース、そして考え方には、たいへんな幅、違いがあったことでしょう。
しかし、夕焼けがみなにひとしく差し込んでくるような、そんな目線であの時代の人々を描ければと存じます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる