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第一章
第三話
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二日後、光夜は大川沿いの柳に凭れながら後悔していた。
……甘かった。
十歳の子供がどうやって食べていくのか、そんなことも考えずに出てきた自分を殴りたかったが腹が減っていて腕を動かすのも億劫だった。
けど……。
浜崎が仇持ちだとは聞いてなかったから、斬られたとしたら辻斬りくらいしか考えられない。
仇持ちというのは誰かの仇という事である。
いつ仇討ちで殺されてもおかしくなかったなら光夜にそう言っていただろう。
浜崎が死んだら光夜は路頭に迷うのだから、いざという時どうすれば良いかくらいは言置いていたはずだ。
もし金目当ての辻斬りなら浜崎の持っていた金など一日か二日で尽きるだろう。
金が無くなれば再び辻斬りをするはずだ。
そろそろ浜崎を殺した奴がまた動き出すに違いない。
別に浜崎を慕っていたわけではないが育ててもらった恩がある。
敵うかどうかは分からないが、仇を討たなければいけない気がした。
光夜は情けない音を出す腹を宥めるように夜空を見上げた。
月はどこにも見えない。
辺りは真っ暗だった。
月の代わりに満天の星が競うように輝いている。
ふと目の隅に光が映ったような気がして道に目を戻すと微かに揺れる灯りが見えた。
提灯か。
光夜は目を逸らせた。
辻斬りが提灯を持って歩くわけがない。
その時、不意に殺気を感じた。
光夜を挟んで提灯とは反対の柳の陰だ。
光夜に対してではない。
あの提灯の持ち主を狙っている。
辻斬りだ……!
殺気の主はゆっくりと提灯に向かっていく。
提灯を持っている男が異変に気付いたのか動きが止まった。
提灯に照らされているのは二人の男だった。
恰幅のいい大店の主人風の男と、見世のお仕着せを着た若い男だ。
辻斬りは光夜から二間ほど離れたところで刀を抜いた。
提灯の光が刃で反射したのを目が捉えたのだろう、若い男が「ひっ」と声を上げた。
「金を出せ」
辻斬りが言った。
光夜は立ち上がると両者の間に立った。
「邪魔だ」
辻斬りは光夜の方に一歩踏み込むと無造作に刀を払った。
光夜は避けながら抜刀すると刀を払い、返す刀で逆袈裟に斬り上げた。
辻斬りの袖が切れる。
「あくまで邪魔をするのか!」
「そっちが先に掛かってきたんだろ」
光夜は刀を構えたまま言った。
「邪魔をする気がないなら消せろ」
「良いぜ。だがその前に聞きたい事がある」
辻斬りが怪訝そうな表情を浮かべた。
「二日前にここで牢人を殺したのはお前か」
「なんだ、あやつの縁者か」
「お前が殺ったのか!」
光夜が殺気を漲らせる。
「拙者ではない」
辻斬りは牽制するように光夜に切っ先を突き付けた。
後ろで男達が逃げていく足音がした。
「なら、誰だ」
「知らん。あやつは返り討ちに遭ったのだ」
「返り討ち? 仇でも討とうとしてたのか?」
浜崎に仇がいると言う話は聞いてなかった。
仇持ちだとも。
光夜の言葉に辻斬りが嗤った。
嫌な笑い方だった。
「あやつも拙者と同業の者よ。金のありそうな男から金を奪おうとして用心棒に斬り殺されたのだ」
「何だと!?」
「あやつも辻斬りで食っておったのだ」
「馬鹿な!」
「でなければ、あんな牢人がどうやって食うておったと思っておるのだ」
辻斬りは呆然としている光夜を嘲笑った。
光夜は殴られたような衝撃を受けた。
下ろした刀を辛うじて右手で握っていた。
剣術の師範代というのは嘘だったのか、それともそれだけでは糊口を凌げなかったから辻斬りもしていたのか。
「お前のせいで獲物に逃げられ……」
辻斬りが最後まで言う前に光夜は深く踏み込み刀で男の心の臓を貫いた。
「……!」
辻斬りは驚愕の表情を浮かべて死んだ。
光夜は辻斬りの懐を探って財布を盗るとその場を後にした。
所詮、牢人なんて野良犬だ。
食うために殺し合う。
野良犬なら野良犬らしく死ぬまで殺し合うだけだ。
「金を出せ」
辻斬りが見世のお仕着せを着た男に刀を突き付けた。
男が悲鳴を上げる。
「金を置いていけば殺しはしない」
殺気丸出しでよく言うぜ……。
逃がす気がないのは明らかだ。
光夜は布を顔の下半分に巻くと刀を抜きながら辻斬りと男の間に割って入った。
「なんだ、てめぇ!」
光夜は辻斬りの言葉を無視して、
「いくら出す」
肩越しに出来る限り低い声で男に訊ねた。
「え?」
「いくら出す。金次第では助けてやる」
光夜がそう言うと、男は探るような目を向けてきた。
「そうはいくか!」
辻斬りが斬り掛かってきた。
光夜は刀を弾くと後ろに跳びさすった。
金を貰う前に倒してしまうわけにはいかない。
「自分の命の値段だ。よく考えろ」
辻斬りに刀を向けたまま言った。
「い、一両で」
「良いだろう。金をそこに置いて早く逃げろ」
男は震える手で懐から財布を出すと中を探った。
「もし誤魔化してたら、お前を捜し出して殺す」
男は怯えた表情で頷くと二朱銀を何枚か地面に置いて後ずさった。
「行かせるか!」
辻斬りが刀を袈裟に振り下ろした。
光夜は刀を避けて道に転がった。
切っ先が光夜の肩を掠める。
着物が僅かに裂けた。
光夜は転がった姿勢のまま刀を横に薙いだ。
辻斬りの右膝から下が地面に転がった。
「ぐあ!」
辻斬りが倒れる。
光夜は素早く立ち上がると男に近付き、心の臓に刀を突き立てた。
辻斬りは一瞬痙攣して死んだ。
光夜は道に置かれた二朱銀を拾ってちゃんと八枚あるのを確認してから懐に入れた。
視線をあげると三間ほど離れたところに牢人らしき男が刀を抜いて立っていた。
「金が目当てか」
「悪く思わんでくれ。儂はもう三日も食ってないのでな」
「別に」
光夜は肩を竦めた。
野良犬が生きるために他の野良犬を殺す。
それだけだ。
「俺を殺せたら持ってけよ」
光夜は刀を構えた。
……甘かった。
十歳の子供がどうやって食べていくのか、そんなことも考えずに出てきた自分を殴りたかったが腹が減っていて腕を動かすのも億劫だった。
けど……。
浜崎が仇持ちだとは聞いてなかったから、斬られたとしたら辻斬りくらいしか考えられない。
仇持ちというのは誰かの仇という事である。
いつ仇討ちで殺されてもおかしくなかったなら光夜にそう言っていただろう。
浜崎が死んだら光夜は路頭に迷うのだから、いざという時どうすれば良いかくらいは言置いていたはずだ。
もし金目当ての辻斬りなら浜崎の持っていた金など一日か二日で尽きるだろう。
金が無くなれば再び辻斬りをするはずだ。
そろそろ浜崎を殺した奴がまた動き出すに違いない。
別に浜崎を慕っていたわけではないが育ててもらった恩がある。
敵うかどうかは分からないが、仇を討たなければいけない気がした。
光夜は情けない音を出す腹を宥めるように夜空を見上げた。
月はどこにも見えない。
辺りは真っ暗だった。
月の代わりに満天の星が競うように輝いている。
ふと目の隅に光が映ったような気がして道に目を戻すと微かに揺れる灯りが見えた。
提灯か。
光夜は目を逸らせた。
辻斬りが提灯を持って歩くわけがない。
その時、不意に殺気を感じた。
光夜を挟んで提灯とは反対の柳の陰だ。
光夜に対してではない。
あの提灯の持ち主を狙っている。
辻斬りだ……!
殺気の主はゆっくりと提灯に向かっていく。
提灯を持っている男が異変に気付いたのか動きが止まった。
提灯に照らされているのは二人の男だった。
恰幅のいい大店の主人風の男と、見世のお仕着せを着た若い男だ。
辻斬りは光夜から二間ほど離れたところで刀を抜いた。
提灯の光が刃で反射したのを目が捉えたのだろう、若い男が「ひっ」と声を上げた。
「金を出せ」
辻斬りが言った。
光夜は立ち上がると両者の間に立った。
「邪魔だ」
辻斬りは光夜の方に一歩踏み込むと無造作に刀を払った。
光夜は避けながら抜刀すると刀を払い、返す刀で逆袈裟に斬り上げた。
辻斬りの袖が切れる。
「あくまで邪魔をするのか!」
「そっちが先に掛かってきたんだろ」
光夜は刀を構えたまま言った。
「邪魔をする気がないなら消せろ」
「良いぜ。だがその前に聞きたい事がある」
辻斬りが怪訝そうな表情を浮かべた。
「二日前にここで牢人を殺したのはお前か」
「なんだ、あやつの縁者か」
「お前が殺ったのか!」
光夜が殺気を漲らせる。
「拙者ではない」
辻斬りは牽制するように光夜に切っ先を突き付けた。
後ろで男達が逃げていく足音がした。
「なら、誰だ」
「知らん。あやつは返り討ちに遭ったのだ」
「返り討ち? 仇でも討とうとしてたのか?」
浜崎に仇がいると言う話は聞いてなかった。
仇持ちだとも。
光夜の言葉に辻斬りが嗤った。
嫌な笑い方だった。
「あやつも拙者と同業の者よ。金のありそうな男から金を奪おうとして用心棒に斬り殺されたのだ」
「何だと!?」
「あやつも辻斬りで食っておったのだ」
「馬鹿な!」
「でなければ、あんな牢人がどうやって食うておったと思っておるのだ」
辻斬りは呆然としている光夜を嘲笑った。
光夜は殴られたような衝撃を受けた。
下ろした刀を辛うじて右手で握っていた。
剣術の師範代というのは嘘だったのか、それともそれだけでは糊口を凌げなかったから辻斬りもしていたのか。
「お前のせいで獲物に逃げられ……」
辻斬りが最後まで言う前に光夜は深く踏み込み刀で男の心の臓を貫いた。
「……!」
辻斬りは驚愕の表情を浮かべて死んだ。
光夜は辻斬りの懐を探って財布を盗るとその場を後にした。
所詮、牢人なんて野良犬だ。
食うために殺し合う。
野良犬なら野良犬らしく死ぬまで殺し合うだけだ。
「金を出せ」
辻斬りが見世のお仕着せを着た男に刀を突き付けた。
男が悲鳴を上げる。
「金を置いていけば殺しはしない」
殺気丸出しでよく言うぜ……。
逃がす気がないのは明らかだ。
光夜は布を顔の下半分に巻くと刀を抜きながら辻斬りと男の間に割って入った。
「なんだ、てめぇ!」
光夜は辻斬りの言葉を無視して、
「いくら出す」
肩越しに出来る限り低い声で男に訊ねた。
「え?」
「いくら出す。金次第では助けてやる」
光夜がそう言うと、男は探るような目を向けてきた。
「そうはいくか!」
辻斬りが斬り掛かってきた。
光夜は刀を弾くと後ろに跳びさすった。
金を貰う前に倒してしまうわけにはいかない。
「自分の命の値段だ。よく考えろ」
辻斬りに刀を向けたまま言った。
「い、一両で」
「良いだろう。金をそこに置いて早く逃げろ」
男は震える手で懐から財布を出すと中を探った。
「もし誤魔化してたら、お前を捜し出して殺す」
男は怯えた表情で頷くと二朱銀を何枚か地面に置いて後ずさった。
「行かせるか!」
辻斬りが刀を袈裟に振り下ろした。
光夜は刀を避けて道に転がった。
切っ先が光夜の肩を掠める。
着物が僅かに裂けた。
光夜は転がった姿勢のまま刀を横に薙いだ。
辻斬りの右膝から下が地面に転がった。
「ぐあ!」
辻斬りが倒れる。
光夜は素早く立ち上がると男に近付き、心の臓に刀を突き立てた。
辻斬りは一瞬痙攣して死んだ。
光夜は道に置かれた二朱銀を拾ってちゃんと八枚あるのを確認してから懐に入れた。
視線をあげると三間ほど離れたところに牢人らしき男が刀を抜いて立っていた。
「金が目当てか」
「悪く思わんでくれ。儂はもう三日も食ってないのでな」
「別に」
光夜は肩を竦めた。
野良犬が生きるために他の野良犬を殺す。
それだけだ。
「俺を殺せたら持ってけよ」
光夜は刀を構えた。
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