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俊恵、危機一髪!(弐)
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〝深山花〟
歌会で歌の題が発表された。歌会では歌の題が出題される。
「深山木の その木ずゑとも 見えざりし 桜は花に あらはれにけり」
頼政が詠じると周りが感心したような表情を浮かべた。
「では次の題だ。〝宇治川〟、〝藤鞭〟、〝桐火桶〟、〝頼政〟を一種の中に読み込んでみせよ」
院が言った。
貴族達が顔を見合わせる。
「誰でも良い」
院が更に言う。
と言っても題の中に〝頼政〟が入っている時点で頼政を指名しているようなものだ。
「宇治川の 瀬々の淵々 落ちたぎり 氷魚けさいかに 寄まさるらん」
(宇治川の瀬々の淵々落ちたぎり氷魚けさいかに寄りまさるらん)
仕方なく頼政が再度詠じると貴族達が声を上げた。
「さすが」
「物名歌は一つでも難しいのに……」
貴族が口々に褒め称える。
「よくやった」
院が上機嫌で頼政を褒めた。
頼政が頭を下げる。
「頼政卿」
俊恵は歌会から帰ろうとしていたよりまさに声を掛けた。
「何か」
「今日は見事でした」
俊恵は褒めたが、
「大した事はありませんよ」
頼政は首を振る。
『宇治川』は隠していないから物名歌としては上手くない。
「頼政殿を拝見していて父の話を思い出しました」
俊恵はそう言って父・源俊頼の話を始めた。
ある歌会の時――
源兼昌が出席者が提出した歌を詠み上げていた。
俊頼の歌の番になったとき兼昌が困惑した表情で、
「お名前が書いてありませんよ」
と囁いた。
兼昌の言葉に、
「そのままお読み下さい」
俊頼はそう返事をした。
「卯の花の 身の白髪とも 見ゆるかな 賤が垣根も としよりにけり」
歌に俊頼の名前が隠されていると気付くと忠通をはじめ出席者は皆感心した様子で俊頼を賞賛した。
「ほう、それは確かに素晴らしいですな」
頼政はそう答えたものの、頼政の方は名前を指定されていたからそれを読み込んだだけである。
その後――
ある時、歌会で帝が〝左巻きの藤鞭〟〝桐火桶〟を川によせて歌うようにと出題された。
「水ひたり 牧の淵々 落ちたぎり 氷魚今朝いかに 寄りまさるらん」
(水ひたり牧の淵々落ちたぎり氷魚けさいかに寄りまさるらん)
と頼政が詠んで賞賛を浴びた。
歌会のあと――
「頼政卿、今日もお見事でした。お題に加えてご自分のお名前まで」
俊恵がそう声を掛けると、
「先日、あなたのお父上の話を聞いて思い付いたのですよ」
頼政が答えた。
「私はあなたの父親と言われるほどの年ではありませんが」
ぎゃっ……!!
しまった、怒らせてしまっただろうか……。
俊恵の視線が頼政の腰の太刀に引き付けられる。
もしや白い菊を赤く染めるのは私の血か!?
冷や汗を掻いている俊恵に気付かない様子で頼政は頭を下げると去っていった。
なんでこの人は頼政卿が怖いのに余計なことを言うんだろう……。
そう思いながら今日も俊恵の話を聞いていた。
* * *
出典:
鴨長明『無名抄』「同人、歌に名字を詠むこと」(同人=俊頼。前のタイトルが「俊頼の歌を傀儡歌ふこと」。名字=ここでは名前のこと)
『源三位頼政集』『詞花和歌集』『源平盛衰記』『新拾遺和歌集』
『源平盛衰記』の「宇治川の~」のエピソードはおそらく『新拾遺和歌集』の「水ひたり~」の詞書を基に作られたもの。
歌会で歌の題が発表された。歌会では歌の題が出題される。
「深山木の その木ずゑとも 見えざりし 桜は花に あらはれにけり」
頼政が詠じると周りが感心したような表情を浮かべた。
「では次の題だ。〝宇治川〟、〝藤鞭〟、〝桐火桶〟、〝頼政〟を一種の中に読み込んでみせよ」
院が言った。
貴族達が顔を見合わせる。
「誰でも良い」
院が更に言う。
と言っても題の中に〝頼政〟が入っている時点で頼政を指名しているようなものだ。
「宇治川の 瀬々の淵々 落ちたぎり 氷魚けさいかに 寄まさるらん」
(宇治川の瀬々の淵々落ちたぎり氷魚けさいかに寄りまさるらん)
仕方なく頼政が再度詠じると貴族達が声を上げた。
「さすが」
「物名歌は一つでも難しいのに……」
貴族が口々に褒め称える。
「よくやった」
院が上機嫌で頼政を褒めた。
頼政が頭を下げる。
「頼政卿」
俊恵は歌会から帰ろうとしていたよりまさに声を掛けた。
「何か」
「今日は見事でした」
俊恵は褒めたが、
「大した事はありませんよ」
頼政は首を振る。
『宇治川』は隠していないから物名歌としては上手くない。
「頼政殿を拝見していて父の話を思い出しました」
俊恵はそう言って父・源俊頼の話を始めた。
ある歌会の時――
源兼昌が出席者が提出した歌を詠み上げていた。
俊頼の歌の番になったとき兼昌が困惑した表情で、
「お名前が書いてありませんよ」
と囁いた。
兼昌の言葉に、
「そのままお読み下さい」
俊頼はそう返事をした。
「卯の花の 身の白髪とも 見ゆるかな 賤が垣根も としよりにけり」
歌に俊頼の名前が隠されていると気付くと忠通をはじめ出席者は皆感心した様子で俊頼を賞賛した。
「ほう、それは確かに素晴らしいですな」
頼政はそう答えたものの、頼政の方は名前を指定されていたからそれを読み込んだだけである。
その後――
ある時、歌会で帝が〝左巻きの藤鞭〟〝桐火桶〟を川によせて歌うようにと出題された。
「水ひたり 牧の淵々 落ちたぎり 氷魚今朝いかに 寄りまさるらん」
(水ひたり牧の淵々落ちたぎり氷魚けさいかに寄りまさるらん)
と頼政が詠んで賞賛を浴びた。
歌会のあと――
「頼政卿、今日もお見事でした。お題に加えてご自分のお名前まで」
俊恵がそう声を掛けると、
「先日、あなたのお父上の話を聞いて思い付いたのですよ」
頼政が答えた。
「私はあなたの父親と言われるほどの年ではありませんが」
ぎゃっ……!!
しまった、怒らせてしまっただろうか……。
俊恵の視線が頼政の腰の太刀に引き付けられる。
もしや白い菊を赤く染めるのは私の血か!?
冷や汗を掻いている俊恵に気付かない様子で頼政は頭を下げると去っていった。
なんでこの人は頼政卿が怖いのに余計なことを言うんだろう……。
そう思いながら今日も俊恵の話を聞いていた。
* * *
出典:
鴨長明『無名抄』「同人、歌に名字を詠むこと」(同人=俊頼。前のタイトルが「俊頼の歌を傀儡歌ふこと」。名字=ここでは名前のこと)
『源三位頼政集』『詞花和歌集』『源平盛衰記』『新拾遺和歌集』
『源平盛衰記』の「宇治川の~」のエピソードはおそらく『新拾遺和歌集』の「水ひたり~」の詞書を基に作られたもの。
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