源頼政、歌物語

月夜野 すみれ

文字の大きさ
上 下
2 / 5

ほととぎす

しおりを挟む
〝なかぬ夜も なく夜もさらに ほととぎす 待つとてやすく いやはねらるる〟- 赤染衛門

「よし! 出掛けるぞ」
 頼政がそう言うと、
「どちらへ」
 と聞かれたので、
「そろそろ郭公ほととぎすの鳴く頃だろう。だから山に聞きに……」
 と答えた瞬間、
「ダメです! なに言ってんですか! これから出仕しゅっしです!」
 猪野早太いのはやた叱責しっせきが飛んできた。

物忌ものいみという事にしておけばいいだろう」
「そう言うわけには参りません!」
 早太にそう言われて頼政は仕方なく出仕の支度を始めた。

   *

〝恋するか 何ぞと人の あやむらん 山ほととぎす げには待つ身を〟

(ほととぎすを待ってそわそわしている自分を見て人は恋の病ではないかと怪しむだろう)

 五月に入り、夜通しほととぎすの鳴き声を待って徹夜していた頼政はあくびをみ殺した。

「殿、早く支度をなさって下さい」
 早太が口やかましく言う。
「夜更かしをするから寝坊するのですよ」

「いつまでも鳴かないほととぎすが悪いのだ」
 頼政が言い返す。
「鳴いたところで、もっと聞くと言って結局起きてるではないですか」
 早太はそう言って頼政を急かした。

 頼政はむすっとした表情で手元の紙に何かを手早く書き付けると、それを早太に渡した。
 そして、

「それをたちばなの木に貼り付けておけ」
 と早太に 命じた。

をとめて 山ほととぎす やと 空まで匂へ 宿のたち花〟(橘よ、香りでほととぎすを呼び寄せろ)

「ったく、なんで鳥の鳴き声を聞くのにそんなに躍起やっきになるんだか……」
 早太は溜息をくと、女房の一人を呼び寄せて橘の木に紙を貼り付けるように指示した。

   *

〝待ち待たぬ 人の心を 見んとてや 山ほととぎす 夜をかすらん〟

 その晩も頼政はほととぎすが鳴くのを待っていた。
 だが夜も更けたがまだ鳴かない。

 また早太に小言を言われるな……。

 と思いながら和歌をんでみたが、やはり鳴かない。

〝今さらに なほ待てとてや ほととぎす 五月の末に 声のともしき〟

 そろそろ郭公ほととぎすの季節は終わってしまうのにまだ鳴き声が聞けない。
 まだ待たせる気か。

 その年もまた、頼政の眠れぬ夜は続いた。

       終

ほととぎすは初夏の頃にやってきて夜鳴くことが多いが、中々鳴き声が聞けない鳥だったので、頼政に限らず鳴き声を待っている和歌が多かった。

作者名が書いていない和歌の作者は源頼政。

カクヨムのタイトルは「郭公とりへず」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

歌語り

月夜野 すみれ
歴史・時代
日本の昔話を歌物語にしてみました。 一話完結の短編です。 カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

鵺退治

月夜野 すみれ
歴史・時代
源頼政を主人公に『平家物語』の鵺退治と『源平盛衰記』の菖蒲の前の話を現代語訳しました。 ノベマ!、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

松前、燃ゆ

澤田慎梧
歴史・時代
【函館戦争のはじまり、松前攻防戦の前後に繰り広げられた一人の武士の苦闘】 鳥羽伏見の戦いに端を発した戊辰戦争。東北の諸大名家が次々に新政府軍に恭順する中、徳川につくか新政府軍につくか、頭を悩ます大名家があった。蝦夷地唯一の大名・松前家である。 これは、一人の武士の目を通して幕末における松前藩の顛末を描いた、歴史のこぼれ話――。 ※本作品は史実を基にしたフィクションです。 ※拙作「夜明けの空を探して」とは別視点による同時期を描いた作品となります。 ※村田小藤太氏は実在する松前の剣客ですが、作者の脚色による部分が大きいものとご理解ください。 ※参考文献:「福島町史」「北海道の口碑伝説」など、多数。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

江戸の夕映え

大麦 ふみ
歴史・時代
江戸時代にはたくさんの随筆が書かれました。 「のどやかな気分が漲っていて、読んでいると、己れもその時代に生きているような気持ちになる」(森 銑三) そういったものを選んで、小説としてお届けしたく思います。 同じ江戸時代を生きていても、その暮らしぶり、境遇、ライフコース、そして考え方には、たいへんな幅、違いがあったことでしょう。 しかし、夕焼けがみなにひとしく差し込んでくるような、そんな目線であの時代の人々を描ければと存じます。

【総集編】 時代短編集

Grisly
歴史・時代
⭐︎登録お願いします。 過去に起こった出来事を、新たな解釈で 短編小説にしてみました。

安政ノ音 ANSEI NOTE

夢酔藤山
歴史・時代
温故知新。 安政の世を知り令和の現世をさとる物差しとして、一筆啓上。 令和とよく似た時代、幕末、安政。 疫病に不景気に世情不穏に政治のトップが暗殺。 そして震災の陰におびえる人々。 この時代から何を学べるか。狂乱する群衆の一人になって、楽しんで欲しい……! オムニバスで描く安政年間の狂喜乱舞な人間模様は、いまの、明日の令和の姿かもしれない。

処理中です...