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第五章
闇を斬り裂き
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一番の美姫は玉藻前だったのに頼政が夢中になったのは菖蒲前だった。
もし玉藻前に文を送ってくれていたら上皇の寵愛が他の女性に向くように仕向けて頼政に乗り替えるつもりだった。
菖蒲前は一切返事を出さなかったから、いつか頼政が自分の方を向いてくれるかもしれない。
そう思って待っていた。
だが頼政は菖蒲前に文を送り続け、結局それが上皇に知るところとなり頼政の側室になった。
その後、玉藻前は妖狐だという事がバレて宮中から逃げ出したが下野で討伐されてしまった。
その後、玉藻前は何度か人間界に来ては黒磯達に討伐されてきた。
そして今世で作られた〝魂の器〟は死んでしまった。
良い機会だと思った。
白浪と手を切るチャンスだと。
そこで近くにいた生まれたばかりの赤ん坊の中に入った。
「それが、あんた。香夜よ」
「え……?」
花籠はすぐには意味が飲み込めず、首を傾げた。
「生まれた時、香夜って名前を付けられたのはあんたなのよ」
香夜が答える。
そういえば、母が最初は香夜という名前にするはずだったと言っていた。
「じゃあ、私は普通の人間なの? 死亡届も教団を誤魔化すためでホントに死んだわけじゃないって事?」
花籠が訊ねた。
「死んだわよ。〝魂の器〟じゃないってだけで」
香夜があっさり答える。
「えっ!? どういう事!?」
花籠は確かに一度死んだ。
玉藻は儀式で呼び出されて人間界へ来たものの、〝魂の器〟が玉藻が入る直前に死んでしまった。
ちょうど同じ頃、生まれたばかりの花籠の心臓も止まった。
玉藻はその身体に入り込んだのである。
ただ、その時は未だ花籠の魂が身体から抜けていなかったため二人の魂が一つの身体に宿ることになった。
そして香夜は両親の洗脳を解いて宗教団体から逃亡させた。
花籠の両親は香夜の死亡届を出した後、教団に見付からないように出生届を出す時、花籠という名前に変えた。
「じゃあ、やっぱり双子じゃなかったの?」
「最初から一人っ子よ」
玉藻は花籠の意識を操作して双子だと思わせていただけなのだ。
闇の世界に魂が戻らなければ遠からず白浪は玉藻が生きていることに気付いて玉藻を探すだろうし、そうなればいずれ教団から逃げ出した夫婦の子供の存在が知られるだろう。
花籠(の身体)がある程度成長するまで白浪に見付からないようにしていて発見されてしまったら逃げるつもりだった。
高校入学直前まで発見されずにすんでいた。
あの日、鵺の鳴き声を聞いて白浪に見付かったことに気付いた香夜が花籠と入れ替わって逃げようとした時、祥顕と出会い、彼が頼政の生まれ変わりだと気付いた。
花籠が祥顕と知り合ったことで香夜は逃げるのを先延ばしにした。
上手くいけば今世こそ頼政と結ばれることが出来るかもしれない。
そう考えて逃げるのを思い留まった。
幸か不幸か花籠は頼政の最愛の女性だった菖蒲の生まれ変わりだ。
逃げるのは振られてからでも間に合う、と。
そして花籠が死を選ぶように仕向けた。
「私が死んだら香夜ちゃんも死んじゃうんじゃないの?」
「死んでほしかったのは意識だけよ。意識が無事だと表に出てこないように抑えてないといけないから」
けれど――。
「あの人は結局またあんたを選んだ」
香夜が遠くを見るような表情を浮かべた。
「で、でも香夜ちゃんは私の中にいるなら元々一人なんだから香夜ちゃんも先輩と両想いって事じゃ……」
「私はあんたじゃない。たとえ身体が同じだったとしても……」
香夜は悲しげに言った。
「あの人が見ているのはあんたよ」
「…………」
香夜ちゃんも分かってたんだ……。
花籠が香夜ではあり得ないように、香夜も花籠ではない。
二人は同じ人間ではない。
たとえ身体が一つであろうと、心は別なのだ。
「……あの人は間違えなかった」
香夜が言った。
「え?」
「あんたの振りして声を掛けたの」
そういえば先輩、香夜ちゃんに会ったって……。
先輩が会った香夜ちゃんって……。
「あんたよ」
香夜が言った。
瓜二つも何も身体は同じなのだから似ていて当然だったのだ。
今までも香夜は花籠の意識を抑え込んで動いたことが何度もあった。
白浪に拉致された時も香夜が花籠と入れ替わってあの場にいた者達に暗示を掛け、花籠の中に香夜がいることがバレないようにしたのである。
病院で祥顕と会った時、花籠の振りをしてそのまま成り代わろうと思っていた。
けれど祥顕はすぐに気付いて騙されなかった。
先輩、間違えなかったんだ……。
他の誰が気付かなくても肝心の祥顕が騙されないのでは意味がない。
祥顕が好きなのは花籠であって香夜ではない。
その事を改めて思い知らされた。
「それで諦めたの」
香夜の言葉に花籠はどう言えばいいか分からなかった。
「……えっと、香夜ちゃん、これからどうするの?」
「別に」
香夜が肩を竦める。
「玉藻に戻る気はないけど……長生き出来るかはあんた次第ね」
「え?」
「あんたが早太達に玉藻は逃げたと思わせられれば殺されずにすむかもね」
香夜が言った。
「殺……!?」
「バレたらあんたの身体ごと始末されるわよ。実際、連中は何度もそうしてきたんだし」
「…………」
「ま、あの人は命を張ってあんたを守るだろうけど……そうなったらさぞ見物でしょうね」
健闘を祈るわ……。
香夜はそう言って消えた。
もし玉藻前に文を送ってくれていたら上皇の寵愛が他の女性に向くように仕向けて頼政に乗り替えるつもりだった。
菖蒲前は一切返事を出さなかったから、いつか頼政が自分の方を向いてくれるかもしれない。
そう思って待っていた。
だが頼政は菖蒲前に文を送り続け、結局それが上皇に知るところとなり頼政の側室になった。
その後、玉藻前は妖狐だという事がバレて宮中から逃げ出したが下野で討伐されてしまった。
その後、玉藻前は何度か人間界に来ては黒磯達に討伐されてきた。
そして今世で作られた〝魂の器〟は死んでしまった。
良い機会だと思った。
白浪と手を切るチャンスだと。
そこで近くにいた生まれたばかりの赤ん坊の中に入った。
「それが、あんた。香夜よ」
「え……?」
花籠はすぐには意味が飲み込めず、首を傾げた。
「生まれた時、香夜って名前を付けられたのはあんたなのよ」
香夜が答える。
そういえば、母が最初は香夜という名前にするはずだったと言っていた。
「じゃあ、私は普通の人間なの? 死亡届も教団を誤魔化すためでホントに死んだわけじゃないって事?」
花籠が訊ねた。
「死んだわよ。〝魂の器〟じゃないってだけで」
香夜があっさり答える。
「えっ!? どういう事!?」
花籠は確かに一度死んだ。
玉藻は儀式で呼び出されて人間界へ来たものの、〝魂の器〟が玉藻が入る直前に死んでしまった。
ちょうど同じ頃、生まれたばかりの花籠の心臓も止まった。
玉藻はその身体に入り込んだのである。
ただ、その時は未だ花籠の魂が身体から抜けていなかったため二人の魂が一つの身体に宿ることになった。
そして香夜は両親の洗脳を解いて宗教団体から逃亡させた。
花籠の両親は香夜の死亡届を出した後、教団に見付からないように出生届を出す時、花籠という名前に変えた。
「じゃあ、やっぱり双子じゃなかったの?」
「最初から一人っ子よ」
玉藻は花籠の意識を操作して双子だと思わせていただけなのだ。
闇の世界に魂が戻らなければ遠からず白浪は玉藻が生きていることに気付いて玉藻を探すだろうし、そうなればいずれ教団から逃げ出した夫婦の子供の存在が知られるだろう。
花籠(の身体)がある程度成長するまで白浪に見付からないようにしていて発見されてしまったら逃げるつもりだった。
高校入学直前まで発見されずにすんでいた。
あの日、鵺の鳴き声を聞いて白浪に見付かったことに気付いた香夜が花籠と入れ替わって逃げようとした時、祥顕と出会い、彼が頼政の生まれ変わりだと気付いた。
花籠が祥顕と知り合ったことで香夜は逃げるのを先延ばしにした。
上手くいけば今世こそ頼政と結ばれることが出来るかもしれない。
そう考えて逃げるのを思い留まった。
幸か不幸か花籠は頼政の最愛の女性だった菖蒲の生まれ変わりだ。
逃げるのは振られてからでも間に合う、と。
そして花籠が死を選ぶように仕向けた。
「私が死んだら香夜ちゃんも死んじゃうんじゃないの?」
「死んでほしかったのは意識だけよ。意識が無事だと表に出てこないように抑えてないといけないから」
けれど――。
「あの人は結局またあんたを選んだ」
香夜が遠くを見るような表情を浮かべた。
「で、でも香夜ちゃんは私の中にいるなら元々一人なんだから香夜ちゃんも先輩と両想いって事じゃ……」
「私はあんたじゃない。たとえ身体が同じだったとしても……」
香夜は悲しげに言った。
「あの人が見ているのはあんたよ」
「…………」
香夜ちゃんも分かってたんだ……。
花籠が香夜ではあり得ないように、香夜も花籠ではない。
二人は同じ人間ではない。
たとえ身体が一つであろうと、心は別なのだ。
「……あの人は間違えなかった」
香夜が言った。
「え?」
「あんたの振りして声を掛けたの」
そういえば先輩、香夜ちゃんに会ったって……。
先輩が会った香夜ちゃんって……。
「あんたよ」
香夜が言った。
瓜二つも何も身体は同じなのだから似ていて当然だったのだ。
今までも香夜は花籠の意識を抑え込んで動いたことが何度もあった。
白浪に拉致された時も香夜が花籠と入れ替わってあの場にいた者達に暗示を掛け、花籠の中に香夜がいることがバレないようにしたのである。
病院で祥顕と会った時、花籠の振りをしてそのまま成り代わろうと思っていた。
けれど祥顕はすぐに気付いて騙されなかった。
先輩、間違えなかったんだ……。
他の誰が気付かなくても肝心の祥顕が騙されないのでは意味がない。
祥顕が好きなのは花籠であって香夜ではない。
その事を改めて思い知らされた。
「それで諦めたの」
香夜の言葉に花籠はどう言えばいいか分からなかった。
「……えっと、香夜ちゃん、これからどうするの?」
「別に」
香夜が肩を竦める。
「玉藻に戻る気はないけど……長生き出来るかはあんた次第ね」
「え?」
「あんたが早太達に玉藻は逃げたと思わせられれば殺されずにすむかもね」
香夜が言った。
「殺……!?」
「バレたらあんたの身体ごと始末されるわよ。実際、連中は何度もそうしてきたんだし」
「…………」
「ま、あの人は命を張ってあんたを守るだろうけど……そうなったらさぞ見物でしょうね」
健闘を祈るわ……。
香夜はそう言って消えた。
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