光、さく

月夜野 すみれ

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第五章

はるの夜明けの

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「あの娘の魂は……おそらく人間のものです」
 早太は『彼女は主の最愛の女性の生まれ変わりだ』と言う言葉を飲み込んだ。

 白浪に詳しい者に聞いてみたところ、人には人の、白浪には白浪の魂がある。
 魂が違うのだ。
 両者の魂は異質なものだから混ざり合うことはない。
〝魂の器〟は白浪の魂を入れるための器だから人間の魂が入ってしまうはずはない。

 主の最愛の女性ひとと首魁は同じ時に宮中にいた。
 彼女は主の側室となって邸に引き取られたが、首魁はその後も宮中にいたし、首魁が討伐された後も側室は主と一緒に暮らしていたから別人だったのは間違いない。

 花籠が白浪に『違うと言われた』という言葉と考え合わせると花籠はあの頃、あの病院で誰かが出産した子供なのだろう。

 しかし、花籠が〝魂の器〟として作られた子供ではないのなら白浪が花籠を首魁だと考えるのはおかしい。
 白浪は人間を〝魂の器〟と間違えたことになる。

 仮に花籠は金を巻き上げるために作った子供で〝魂の器〟にするつもりがなかったとしても、それはそれで白浪が首魁と間違えるはずがない。
 だが、そうなると白浪があれだけ執拗に花籠を狙ったの理由が分からない。
 狙っていたと言うことは首魁だと思い込んでたと言うことである。

 何故間違えた……?

 それはあり得ないはずなのに――。

「おい、どうした」
 祥顕の言葉に、
「あ、いえ、出生証明書などの記録は白浪が偽装出来たとして、あの超音波写真が双子ではないというのは……それに双子の出産を扱えない病院で産んでいるのも……」
 早太の言葉に祥顕は溜息をいた。

 それも問題の一つだ。

 祥顕が自分の母親に聞いた感じだと、他の女性の超音波写真を花籠の母親のものだと言ってすり替えることは難しくなさそうだった。

 病院に関しても他の女性が出産する時に花籠の母親の名前を使えば書類に記録されるのは花籠の母親の名前である。
 問題はそこまでやる必要があるのかという事だ。

 と言うか、それ以前に〝魂の器〟として作り、すぐに覚醒させて人間としての生活をさせるつもりがなかったとしたら書類の類は必要ないはずである。
 人間の規則や法律に従う気は無さそうな連中が公的記録を気にしたりはしないだろうし、わざわざ記録を誤魔化そうなどとは考えないだろう。

 どこか変だ――。

 しかも子供を切望していて失ってしまった夫婦に〝魂の器〟として作った赤ん坊を「生き返らせた」と言って見せたりしたら、それを信じて連れ去ってしまうのは目に見えている。
 実際そうなった。

 そもそも移動させる必要のない場所で〝魂の器〟を作ればこんなことは起きなかったのに何故離れたところで作ったりしたのかという疑問が浮かぶ。
 計画が色々と杜撰ずさんだし昔からやっていたにしては手際が悪い。
 昔というのがどのくらい前なのかは知らないが。

 だから毎回早太達に阻まれていたのか……?
 それはそれでかなりマヌケだ……。

 まぁ狐や鳥だからな……。それとアザラシ。

 そう考えてから、ふと、あの鳥の声を思い出した。

 そういえば花籠と初めて会ったのがここだったな……。
 早太とも……。

 あのとき聞いた鳥の声が始まりだった。

〝ほととぎす〟

 あの時、何故かその名前が頭に浮かんだのを思い出した。

「あの鳥はホトトギスなのか?」
「違います」
 早太の即答に、思わず、
「野鳥愛好家か?」
 と訊ねた。

 早太が苦笑いする。

「いいえ、昔つかえていた方がお好きだったので」

 そういえば主が戦うことを選んだって言ってたな……。

「……もしかして、主って正岡子規か?」
「誰ですか、それは」
「忘れてくれ」

 子規は戦士って感じじゃないしな……。
 柿食ったり俳句作ったり……。

〝子規〟というのはホトトギスの異名である。
 正岡子規の名前は〝ホトトギス〟から取ったものなのだ。
 子規はホトトギスと対立したりはしないだろう。

 確か狐の俳句も詠んでたはずだしな……。

 そういえば、早太はいつも〝主〟という言い方をしている。
 おそらく今はいないのだろう。
 早太は人の身を捨てたといっていたが主とやらは人間のまま死んだのだろうか――。

 さすがにそんなことを聞くのははばかられたので祥顕は早太に別れを告げると、早太は、
「連中の言っていた『かぐや』というのを調べてみます」
 と言って立ち去った。

―― 夜床よどこをば みぎわとなして いもを我 引く白浪の 名をや立たまし ――

 剣戟けんげきの音と男達の叫び声が聞こえてくる。
 音は徐々に、だが確実に近付いていた。
 敵がここまで辿り着くのも時間の問題だろう。

「ここまでか……」
 主がそう呟いた時、周りの音が消えた。

「狐にはかられたようだな」
 その声に顔を上げると左大臣が立っていた。
 以前と同じく、昔と変わらぬ姿だった。

「ご忠告頂いていたのに面目次第もありません」
 主が頭を下げると、
「頼みがある。奴らの野望を阻止してほしい」
 左大臣が言った。

「お言葉ですが、私の命運はきました」

 敵はそこまで迫っているし自分は重傷を負っていてこれ以上戦えそうにない。
 味方はほとんどやられてしまい、ここから脱出出来たとしても再起を図るのはまず無理だろう。
 年老いた自分にそれだけの時間は残されてはいない。
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