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第二章
しろたえの
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「お姉さんと似てるのか?」
祥顕の言葉で花籠は我に返った。
「え……はい」
花籠は戸惑いながら答えた。
祥顕には香夜と花籠は全く違って見えるのだろうか。
お母さんでさえ間違って私のこと『香夜』って呼ぶことあるのに……。
〝光り輝くかぐや姫〟
その言葉を思い出すと花籠の胸が痛んだ。
でも、香夜ちゃんってホントに光り輝いてるように見えるし……。
しかし、今は自分の事を憂いている時ではない。
本当の狙いが香夜なら危険なのは彼女の方だ。
どうしよう……。
自分の身すら守れない花籠に香夜を守ることは出来ない。
かといって祥顕に頼むのは躊躇われる。
命を狙ってきているのなら祥顕も巻き添えを食らって殺されてしまうのかもしれないのだ。
香夜を守る為でもそんな危険な頼み事は出来ない。
けど……。
花籠は祥顕の横顔を盗み見た。
祥顕は特に慌てている様子はない。
香夜が狙われていると分かったにしては随分落ち着いている。
香夜ちゃんと親しいはずなのに……。
顔に出ていないだけで内心では心配してるとか……?
そう思うと更に胸が痛んだ。
私じゃない……。
皆が好きなのは香夜ちゃんで私じゃない……。
私を見てくれる人は誰もいない……。
誰も……。
祥顕は俯いた花籠を横目で見た。
お姉さんを心配してるのか……?
まぁ人を掴んだまま空を飛べるような化物に狙われてるんじゃ警察に言ってもどうにもならなさそうだしな……。
人命が掛かっているとなると祥顕も軽い気持ちで「守る」などと安請け合いは出来ない。
それも一人ではなく二人となると祥顕一人ではどうにもならないだろう。
早太や狐達に「人違いだ」と教えれば花籠は狙われなくなるかもしれないが、標的が変わるだけで女の子が襲われることに代わりはないから迂闊に言うわけにもいかない。
理想としては早太や狐達が厨二的な考えを捨てて女の子達を襲うのをやめることだがそれはまず無理だろう。
そもそも空を飛ぶ化物に道理が通じるとも思えない。
それ以前に人間の言葉を解するのかという問題もあるが。
いい考えは何も思い付かないまま二人は曲がり角で別れた。
住宅街に入っていく花籠の背を祥顕はしばらくの間、見守っていた。
―― 狩りゆけば 交野のみ野に 立つ鳥の 羽きりも見えぬ 夕霞かな ――
「そっちだ!」
「そっちに行ったぞ!」
男達の声が聞こえる。
「何事だ」
主の問いに、
「今、様子を見に……」
そう答えかけた時、後ろの方で「うわっ!」と言う声が聞こえたと思うと男達がこちらに向かって走ってきた。
「殿……」
危ないのでお下がり下さい、と言おうとした時には主は横を通り過ぎようとした男の背を刀の柄頭で叩いて倒し、続いて駆け抜けようとした男の足を刀の鞘で払って転ばせていた。
郎等達が急いで駆け寄ると男を取り押さえる。
「殿! 危のうございます!」
「こういうことは我らに……」
郎党達が口々に主を窘める。
「殿、お歳をお考え下さい。古希を過ぎているのですよ」(古希=70歳)
そう諫めると、
「失敬な。都の治安を守るのが私の務めだ」
主が言い返す。
実際に動くのは郎等達で主は指揮をするだけなのが普通だろうに……。
それも戦場ならまだしも町中の雑魚など……。
呆れながら溜息を吐くと、やってきた検非違使に男達を引き渡した。
―― これきけや 花見る我を 見る人の まだありけりと 驚きぬらん ――
祥顕は朝日の眩しさで目を覚ました。
夕辺カーテン引き忘れたのか……。
窓から強い日差しが差し込んでいる。
あまりにも眩しいのでカーテンを引きたくなったがこれから起きる時にそうするわけにもいかない。
ふと、夢の中の声をどこかで聞いたことがあるような気がした。
しかし思い出せない。
気のせいか……。
祥顕は首を振ると目の前に垂れてきた前髪かき上げながら顔を洗う為に部屋を出た。
リビングからTVのニュースが聞こえて来る。
どこかで大きな事故があったらしい。
その音声を背に洗面所に入った。
体育の時間――
「体育でタイムなんか計らなくても良いと思うけどな」
祥顕がぼやくようにタイムを記入する紙をひらひらさせながら言うと、
「運動神経ないやつらは可哀想だよな~、女子にモテないし」
宮田が聞こえよがしに言った。バカにしたような顔でこちらを見ている。
『やつら』ということは祥顕だけではないという事だ。
祥顕は思わず宮田の方を睨んだ。
授業中「弓弦先輩」という囁き声が聞こえてきて花籠は思わずそちらに視線を向けた。
見ると校庭で三年の男子が体育の授業をしているところだった。
あ、先輩が走……。
そう思った時にはゴールしていた。
速い……。
同時に走った男子を大きく引き離していた。
一緒に走った人、運動苦手だったのかな……。
『信じられない』という顔をしている宮田を尻目に祥顕は紙にタイムを書き込んだ。
「お前さぁ……」
酒井が声を掛けてくる。
「なんだ」
祥顕が涼しい顔で答えた。
「いや、別にいいけど……何もムキにならなくていいだろ」
酒井が呆れたように言った。
「ケンカ売ってきたのは向こうだろ」
祥顕はそう答えるとチャイムが鳴るのを待って教室に向かった。
祥顕の言葉で花籠は我に返った。
「え……はい」
花籠は戸惑いながら答えた。
祥顕には香夜と花籠は全く違って見えるのだろうか。
お母さんでさえ間違って私のこと『香夜』って呼ぶことあるのに……。
〝光り輝くかぐや姫〟
その言葉を思い出すと花籠の胸が痛んだ。
でも、香夜ちゃんってホントに光り輝いてるように見えるし……。
しかし、今は自分の事を憂いている時ではない。
本当の狙いが香夜なら危険なのは彼女の方だ。
どうしよう……。
自分の身すら守れない花籠に香夜を守ることは出来ない。
かといって祥顕に頼むのは躊躇われる。
命を狙ってきているのなら祥顕も巻き添えを食らって殺されてしまうのかもしれないのだ。
香夜を守る為でもそんな危険な頼み事は出来ない。
けど……。
花籠は祥顕の横顔を盗み見た。
祥顕は特に慌てている様子はない。
香夜が狙われていると分かったにしては随分落ち着いている。
香夜ちゃんと親しいはずなのに……。
顔に出ていないだけで内心では心配してるとか……?
そう思うと更に胸が痛んだ。
私じゃない……。
皆が好きなのは香夜ちゃんで私じゃない……。
私を見てくれる人は誰もいない……。
誰も……。
祥顕は俯いた花籠を横目で見た。
お姉さんを心配してるのか……?
まぁ人を掴んだまま空を飛べるような化物に狙われてるんじゃ警察に言ってもどうにもならなさそうだしな……。
人命が掛かっているとなると祥顕も軽い気持ちで「守る」などと安請け合いは出来ない。
それも一人ではなく二人となると祥顕一人ではどうにもならないだろう。
早太や狐達に「人違いだ」と教えれば花籠は狙われなくなるかもしれないが、標的が変わるだけで女の子が襲われることに代わりはないから迂闊に言うわけにもいかない。
理想としては早太や狐達が厨二的な考えを捨てて女の子達を襲うのをやめることだがそれはまず無理だろう。
そもそも空を飛ぶ化物に道理が通じるとも思えない。
それ以前に人間の言葉を解するのかという問題もあるが。
いい考えは何も思い付かないまま二人は曲がり角で別れた。
住宅街に入っていく花籠の背を祥顕はしばらくの間、見守っていた。
―― 狩りゆけば 交野のみ野に 立つ鳥の 羽きりも見えぬ 夕霞かな ――
「そっちだ!」
「そっちに行ったぞ!」
男達の声が聞こえる。
「何事だ」
主の問いに、
「今、様子を見に……」
そう答えかけた時、後ろの方で「うわっ!」と言う声が聞こえたと思うと男達がこちらに向かって走ってきた。
「殿……」
危ないのでお下がり下さい、と言おうとした時には主は横を通り過ぎようとした男の背を刀の柄頭で叩いて倒し、続いて駆け抜けようとした男の足を刀の鞘で払って転ばせていた。
郎等達が急いで駆け寄ると男を取り押さえる。
「殿! 危のうございます!」
「こういうことは我らに……」
郎党達が口々に主を窘める。
「殿、お歳をお考え下さい。古希を過ぎているのですよ」(古希=70歳)
そう諫めると、
「失敬な。都の治安を守るのが私の務めだ」
主が言い返す。
実際に動くのは郎等達で主は指揮をするだけなのが普通だろうに……。
それも戦場ならまだしも町中の雑魚など……。
呆れながら溜息を吐くと、やってきた検非違使に男達を引き渡した。
―― これきけや 花見る我を 見る人の まだありけりと 驚きぬらん ――
祥顕は朝日の眩しさで目を覚ました。
夕辺カーテン引き忘れたのか……。
窓から強い日差しが差し込んでいる。
あまりにも眩しいのでカーテンを引きたくなったがこれから起きる時にそうするわけにもいかない。
ふと、夢の中の声をどこかで聞いたことがあるような気がした。
しかし思い出せない。
気のせいか……。
祥顕は首を振ると目の前に垂れてきた前髪かき上げながら顔を洗う為に部屋を出た。
リビングからTVのニュースが聞こえて来る。
どこかで大きな事故があったらしい。
その音声を背に洗面所に入った。
体育の時間――
「体育でタイムなんか計らなくても良いと思うけどな」
祥顕がぼやくようにタイムを記入する紙をひらひらさせながら言うと、
「運動神経ないやつらは可哀想だよな~、女子にモテないし」
宮田が聞こえよがしに言った。バカにしたような顔でこちらを見ている。
『やつら』ということは祥顕だけではないという事だ。
祥顕は思わず宮田の方を睨んだ。
授業中「弓弦先輩」という囁き声が聞こえてきて花籠は思わずそちらに視線を向けた。
見ると校庭で三年の男子が体育の授業をしているところだった。
あ、先輩が走……。
そう思った時にはゴールしていた。
速い……。
同時に走った男子を大きく引き離していた。
一緒に走った人、運動苦手だったのかな……。
『信じられない』という顔をしている宮田を尻目に祥顕は紙にタイムを書き込んだ。
「お前さぁ……」
酒井が声を掛けてくる。
「なんだ」
祥顕が涼しい顔で答えた。
「いや、別にいいけど……何もムキにならなくていいだろ」
酒井が呆れたように言った。
「ケンカ売ってきたのは向こうだろ」
祥顕はそう答えるとチャイムが鳴るのを待って教室に向かった。
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