29 / 42
第四章 唯
第七話
しおりを挟む
「こちらのお兄さんは無口なのね」
「あ、へい……平吉さんとお姐さんの話を遮っちゃいけないと思いまして」
夕輝がそう言うと、平助が蓑屋のことを訊ねた。
蓑屋自体はそこらにあるような飲み屋だが、女将の情夫はあまりいい噂を聞かない、とおふくは答えた。
「その草太って人とどういう知り合いなんだい?」
「前に同じ長屋だったのよ。そのときよく米や酒を貸してやったんだが、ある日突然消えちまったからよ。どうしたのかと思ってな」
「折角縁が切れたんだから近寄らない方がいいんじゃないかい?」
おふくがそう言ったとき、調理場から彼女を呼ぶ声が聞こえた。
「行かなきゃ」
おふくが立ち上がった。
「姐さんと話が出来て楽しかったぜ」
平助がそう言うとおふくは調理場の方へ戻っていった。
それから小半時程してから夕輝と平助は店を後にした。
「これからどうするんですか?」
「後は明日だな。嘉吉辺りに蓑屋を探らせるか。今日は帰ろう」
「夕ちゃん、ちょっといいかい?」
峰湯の手伝いをしていた夕輝にお峰が声をかけた。
「どうしたんですか?」
「お花さんを送っていってやって欲しいんだよ。荷物が重くてさ、夕ちゃん、ちょっと持ってやってってくれないかい」
「いいですよ」
「夕ちゃん、悪いねぇ」
お花がすまなそうに言った。
「これくらい、何でもないですよ」
夕輝はそう言ってお花の荷物を持ち上げた。
重っ……。
お峰達に手伝ってもらって何とか背負うと歩き出した。
お花の長屋について荷物を下ろしたときは、思わず溜息をついてしまった。
「夕ちゃん、助かったよ。有難うよ」
「いいんですよ。俺に出来ることがあったらいつでも言って下さい」
「ほら、水飲むといいよ」
お花は水を汲んできて夕輝に出してくれた。
夕輝は有難くそれを飲んだ。
「いつもお峰さんから頼まれて持ってきてる荷物って、何が入ってるんですか?」
「人形の材料だよ」
「人形?」
「ほら、これだよ」
とお花が人形を長持ちから出して見せてくれた。
端切れなどを上手くつなぎ合わせた可愛い人形だった。
「これ、どうするんですか?」
人形を返しながら訊ねた。
「縁日のときに売るんだよ。って言ってもあたしが売るわけじゃないけどね」
要するに内職らしい。
「そうなんですか」
結構売れるのだそうだ。
こう言うのも貴重な収入源なのだろう。
お花の部屋から出るとお唯がちょうど井戸端で洗濯を始めたところだった。
「お唯ちゃん」
「夕輝さん。こんにちは」
「こんにちは。家事はお唯ちゃんがやるの?」
「はい。おっかさんは具合が悪いし、おとっぁんは働いてますから」
「そうか。偉いね。頑張って」
お唯に手を振ると長屋を出た。
人気のない道を歩いているときだった。
「―――――!」
声にならない悲鳴が聞こえた。
前方の神社の中からだ!
夕輝は走り出した。
神社に駆け込むと奇妙なものが女の子を引きずっていた。
それは人形をしていたが、手足が異様に長く、黄色かった。
まるで粘土で作ったように見えた。
着ている物も、布きれが辛うじて巻き付いているだけだった。
女の子が悲鳴を上げながらもがいていた。
夕輝が駆け出そうとしたとき、
「十六夜」
いつの間にか横に繊月丸が立っていた。
繊月丸が刀の形になる。
――あれは人じゃないから刃引きにはならないよ。
繊月丸が頭の中に話しかけてきた。
「人じゃない?」
――あれは望の手先。異形のもの。
「異形のもの?」
――頭を切り落とさないと死なないよ。
「殺しちゃって大丈夫なんだろうな。殺しの罪で捕まったらシャレになんないぞ」
――頭を切断すれば消えて跡は残らないから大丈夫。
――手足を切り落とすと数が増えるから気を付けて。
「…………」
よくは分からないが要するに化け物と言うことらしい。
繊月丸を掴むと異形のものに走り寄った。
「その子を放せ!」
異形のものが夕輝の方を振り返った。
それには顔がなかった。
目らしき細長い穴のようなものが二つ付いているだけだった。
「助けて!」
女の子が叫んだ。
「今助ける! 動かないで!」
夕輝はそう叫ぶと異形のものの腕を切り落とした。
女の子が自由になる。
「逃げて!」
しかし、女の子は恐怖で竦んでいた。
その間に切断された異形のものの腕が盛り上がって人形になった。
腕を切られた異形のものも両手が伸びた。
夕輝は女の子と異形のもの達の間に入ると繊月丸を構えた。
一体が腕を伸ばしてきた。
切り落とさないように峰で叩くと、懐に飛び込んで首を横に払った。
首が飛んだ。
と思うと異形のものは粉になって崩れ去った。
なるほど。これなら跡は残らない。
殺人犯として捕まる心配はなさそうだ。
残りの二体が同時に躍りかかってきた。
意外に素早い。
伸ばされた腕をくぐって鳩尾に繊月丸を突き刺した。
しかし、異形のものは構わず腕を振り下ろした。
異形のものを蹴って繊月丸を抜くと、もう一体の方に振り向きざま刀を払った。
首より少し上だったが、粉になって消えた。
「―――――!」
悲鳴に振り返ると、残り一体の異形のものが女の子に掴み掛かったところだった。
振り上げた右手が刀のようになっていた。
「頭下げて!」
夕輝はそう叫ぶと、後ろから異形のものの首を払った。
首が飛びながら粉になって消えていく。
夕輝は繊月丸を構えたまま、辺りを見回した。
異形のものが消えているのを確認して刀を下ろした。
「大丈夫?」
女の子に近付くと、屈んで目線の高さを同じにして訊ねた。
女の子は泣きじゃくっていた。
「もう大丈夫だよ。ね」
優しく言うとようやく泣き止んできた。
「家はどこ? 送ってあげるよ」
女の子が指を差した。
と言っても、その家が見えていたわけではない。大体の方向を指しただけだ。
夕輝は女の子と手をつなぐと、その方向に歩き出した。
「あ、へい……平吉さんとお姐さんの話を遮っちゃいけないと思いまして」
夕輝がそう言うと、平助が蓑屋のことを訊ねた。
蓑屋自体はそこらにあるような飲み屋だが、女将の情夫はあまりいい噂を聞かない、とおふくは答えた。
「その草太って人とどういう知り合いなんだい?」
「前に同じ長屋だったのよ。そのときよく米や酒を貸してやったんだが、ある日突然消えちまったからよ。どうしたのかと思ってな」
「折角縁が切れたんだから近寄らない方がいいんじゃないかい?」
おふくがそう言ったとき、調理場から彼女を呼ぶ声が聞こえた。
「行かなきゃ」
おふくが立ち上がった。
「姐さんと話が出来て楽しかったぜ」
平助がそう言うとおふくは調理場の方へ戻っていった。
それから小半時程してから夕輝と平助は店を後にした。
「これからどうするんですか?」
「後は明日だな。嘉吉辺りに蓑屋を探らせるか。今日は帰ろう」
「夕ちゃん、ちょっといいかい?」
峰湯の手伝いをしていた夕輝にお峰が声をかけた。
「どうしたんですか?」
「お花さんを送っていってやって欲しいんだよ。荷物が重くてさ、夕ちゃん、ちょっと持ってやってってくれないかい」
「いいですよ」
「夕ちゃん、悪いねぇ」
お花がすまなそうに言った。
「これくらい、何でもないですよ」
夕輝はそう言ってお花の荷物を持ち上げた。
重っ……。
お峰達に手伝ってもらって何とか背負うと歩き出した。
お花の長屋について荷物を下ろしたときは、思わず溜息をついてしまった。
「夕ちゃん、助かったよ。有難うよ」
「いいんですよ。俺に出来ることがあったらいつでも言って下さい」
「ほら、水飲むといいよ」
お花は水を汲んできて夕輝に出してくれた。
夕輝は有難くそれを飲んだ。
「いつもお峰さんから頼まれて持ってきてる荷物って、何が入ってるんですか?」
「人形の材料だよ」
「人形?」
「ほら、これだよ」
とお花が人形を長持ちから出して見せてくれた。
端切れなどを上手くつなぎ合わせた可愛い人形だった。
「これ、どうするんですか?」
人形を返しながら訊ねた。
「縁日のときに売るんだよ。って言ってもあたしが売るわけじゃないけどね」
要するに内職らしい。
「そうなんですか」
結構売れるのだそうだ。
こう言うのも貴重な収入源なのだろう。
お花の部屋から出るとお唯がちょうど井戸端で洗濯を始めたところだった。
「お唯ちゃん」
「夕輝さん。こんにちは」
「こんにちは。家事はお唯ちゃんがやるの?」
「はい。おっかさんは具合が悪いし、おとっぁんは働いてますから」
「そうか。偉いね。頑張って」
お唯に手を振ると長屋を出た。
人気のない道を歩いているときだった。
「―――――!」
声にならない悲鳴が聞こえた。
前方の神社の中からだ!
夕輝は走り出した。
神社に駆け込むと奇妙なものが女の子を引きずっていた。
それは人形をしていたが、手足が異様に長く、黄色かった。
まるで粘土で作ったように見えた。
着ている物も、布きれが辛うじて巻き付いているだけだった。
女の子が悲鳴を上げながらもがいていた。
夕輝が駆け出そうとしたとき、
「十六夜」
いつの間にか横に繊月丸が立っていた。
繊月丸が刀の形になる。
――あれは人じゃないから刃引きにはならないよ。
繊月丸が頭の中に話しかけてきた。
「人じゃない?」
――あれは望の手先。異形のもの。
「異形のもの?」
――頭を切り落とさないと死なないよ。
「殺しちゃって大丈夫なんだろうな。殺しの罪で捕まったらシャレになんないぞ」
――頭を切断すれば消えて跡は残らないから大丈夫。
――手足を切り落とすと数が増えるから気を付けて。
「…………」
よくは分からないが要するに化け物と言うことらしい。
繊月丸を掴むと異形のものに走り寄った。
「その子を放せ!」
異形のものが夕輝の方を振り返った。
それには顔がなかった。
目らしき細長い穴のようなものが二つ付いているだけだった。
「助けて!」
女の子が叫んだ。
「今助ける! 動かないで!」
夕輝はそう叫ぶと異形のものの腕を切り落とした。
女の子が自由になる。
「逃げて!」
しかし、女の子は恐怖で竦んでいた。
その間に切断された異形のものの腕が盛り上がって人形になった。
腕を切られた異形のものも両手が伸びた。
夕輝は女の子と異形のもの達の間に入ると繊月丸を構えた。
一体が腕を伸ばしてきた。
切り落とさないように峰で叩くと、懐に飛び込んで首を横に払った。
首が飛んだ。
と思うと異形のものは粉になって崩れ去った。
なるほど。これなら跡は残らない。
殺人犯として捕まる心配はなさそうだ。
残りの二体が同時に躍りかかってきた。
意外に素早い。
伸ばされた腕をくぐって鳩尾に繊月丸を突き刺した。
しかし、異形のものは構わず腕を振り下ろした。
異形のものを蹴って繊月丸を抜くと、もう一体の方に振り向きざま刀を払った。
首より少し上だったが、粉になって消えた。
「―――――!」
悲鳴に振り返ると、残り一体の異形のものが女の子に掴み掛かったところだった。
振り上げた右手が刀のようになっていた。
「頭下げて!」
夕輝はそう叫ぶと、後ろから異形のものの首を払った。
首が飛びながら粉になって消えていく。
夕輝は繊月丸を構えたまま、辺りを見回した。
異形のものが消えているのを確認して刀を下ろした。
「大丈夫?」
女の子に近付くと、屈んで目線の高さを同じにして訊ねた。
女の子は泣きじゃくっていた。
「もう大丈夫だよ。ね」
優しく言うとようやく泣き止んできた。
「家はどこ? 送ってあげるよ」
女の子が指を差した。
と言っても、その家が見えていたわけではない。大体の方向を指しただけだ。
夕輝は女の子と手をつなぐと、その方向に歩き出した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる