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第四章 唯
第七話
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「こちらのお兄さんは無口なのね」
「あ、へい……平吉さんとお姐さんの話を遮っちゃいけないと思いまして」
夕輝がそう言うと、平助が蓑屋のことを訊ねた。
蓑屋自体はそこらにあるような飲み屋だが、女将の情夫はあまりいい噂を聞かない、とおふくは答えた。
「その草太って人とどういう知り合いなんだい?」
「前に同じ長屋だったのよ。そのときよく米や酒を貸してやったんだが、ある日突然消えちまったからよ。どうしたのかと思ってな」
「折角縁が切れたんだから近寄らない方がいいんじゃないかい?」
おふくがそう言ったとき、調理場から彼女を呼ぶ声が聞こえた。
「行かなきゃ」
おふくが立ち上がった。
「姐さんと話が出来て楽しかったぜ」
平助がそう言うとおふくは調理場の方へ戻っていった。
それから小半時程してから夕輝と平助は店を後にした。
「これからどうするんですか?」
「後は明日だな。嘉吉辺りに蓑屋を探らせるか。今日は帰ろう」
「夕ちゃん、ちょっといいかい?」
峰湯の手伝いをしていた夕輝にお峰が声をかけた。
「どうしたんですか?」
「お花さんを送っていってやって欲しいんだよ。荷物が重くてさ、夕ちゃん、ちょっと持ってやってってくれないかい」
「いいですよ」
「夕ちゃん、悪いねぇ」
お花がすまなそうに言った。
「これくらい、何でもないですよ」
夕輝はそう言ってお花の荷物を持ち上げた。
重っ……。
お峰達に手伝ってもらって何とか背負うと歩き出した。
お花の長屋について荷物を下ろしたときは、思わず溜息をついてしまった。
「夕ちゃん、助かったよ。有難うよ」
「いいんですよ。俺に出来ることがあったらいつでも言って下さい」
「ほら、水飲むといいよ」
お花は水を汲んできて夕輝に出してくれた。
夕輝は有難くそれを飲んだ。
「いつもお峰さんから頼まれて持ってきてる荷物って、何が入ってるんですか?」
「人形の材料だよ」
「人形?」
「ほら、これだよ」
とお花が人形を長持ちから出して見せてくれた。
端切れなどを上手くつなぎ合わせた可愛い人形だった。
「これ、どうするんですか?」
人形を返しながら訊ねた。
「縁日のときに売るんだよ。って言ってもあたしが売るわけじゃないけどね」
要するに内職らしい。
「そうなんですか」
結構売れるのだそうだ。
こう言うのも貴重な収入源なのだろう。
お花の部屋から出るとお唯がちょうど井戸端で洗濯を始めたところだった。
「お唯ちゃん」
「夕輝さん。こんにちは」
「こんにちは。家事はお唯ちゃんがやるの?」
「はい。おっかさんは具合が悪いし、おとっぁんは働いてますから」
「そうか。偉いね。頑張って」
お唯に手を振ると長屋を出た。
人気のない道を歩いているときだった。
「―――――!」
声にならない悲鳴が聞こえた。
前方の神社の中からだ!
夕輝は走り出した。
神社に駆け込むと奇妙なものが女の子を引きずっていた。
それは人形をしていたが、手足が異様に長く、黄色かった。
まるで粘土で作ったように見えた。
着ている物も、布きれが辛うじて巻き付いているだけだった。
女の子が悲鳴を上げながらもがいていた。
夕輝が駆け出そうとしたとき、
「十六夜」
いつの間にか横に繊月丸が立っていた。
繊月丸が刀の形になる。
――あれは人じゃないから刃引きにはならないよ。
繊月丸が頭の中に話しかけてきた。
「人じゃない?」
――あれは望の手先。異形のもの。
「異形のもの?」
――頭を切り落とさないと死なないよ。
「殺しちゃって大丈夫なんだろうな。殺しの罪で捕まったらシャレになんないぞ」
――頭を切断すれば消えて跡は残らないから大丈夫。
――手足を切り落とすと数が増えるから気を付けて。
「…………」
よくは分からないが要するに化け物と言うことらしい。
繊月丸を掴むと異形のものに走り寄った。
「その子を放せ!」
異形のものが夕輝の方を振り返った。
それには顔がなかった。
目らしき細長い穴のようなものが二つ付いているだけだった。
「助けて!」
女の子が叫んだ。
「今助ける! 動かないで!」
夕輝はそう叫ぶと異形のものの腕を切り落とした。
女の子が自由になる。
「逃げて!」
しかし、女の子は恐怖で竦んでいた。
その間に切断された異形のものの腕が盛り上がって人形になった。
腕を切られた異形のものも両手が伸びた。
夕輝は女の子と異形のもの達の間に入ると繊月丸を構えた。
一体が腕を伸ばしてきた。
切り落とさないように峰で叩くと、懐に飛び込んで首を横に払った。
首が飛んだ。
と思うと異形のものは粉になって崩れ去った。
なるほど。これなら跡は残らない。
殺人犯として捕まる心配はなさそうだ。
残りの二体が同時に躍りかかってきた。
意外に素早い。
伸ばされた腕をくぐって鳩尾に繊月丸を突き刺した。
しかし、異形のものは構わず腕を振り下ろした。
異形のものを蹴って繊月丸を抜くと、もう一体の方に振り向きざま刀を払った。
首より少し上だったが、粉になって消えた。
「―――――!」
悲鳴に振り返ると、残り一体の異形のものが女の子に掴み掛かったところだった。
振り上げた右手が刀のようになっていた。
「頭下げて!」
夕輝はそう叫ぶと、後ろから異形のものの首を払った。
首が飛びながら粉になって消えていく。
夕輝は繊月丸を構えたまま、辺りを見回した。
異形のものが消えているのを確認して刀を下ろした。
「大丈夫?」
女の子に近付くと、屈んで目線の高さを同じにして訊ねた。
女の子は泣きじゃくっていた。
「もう大丈夫だよ。ね」
優しく言うとようやく泣き止んできた。
「家はどこ? 送ってあげるよ」
女の子が指を差した。
と言っても、その家が見えていたわけではない。大体の方向を指しただけだ。
夕輝は女の子と手をつなぐと、その方向に歩き出した。
「あ、へい……平吉さんとお姐さんの話を遮っちゃいけないと思いまして」
夕輝がそう言うと、平助が蓑屋のことを訊ねた。
蓑屋自体はそこらにあるような飲み屋だが、女将の情夫はあまりいい噂を聞かない、とおふくは答えた。
「その草太って人とどういう知り合いなんだい?」
「前に同じ長屋だったのよ。そのときよく米や酒を貸してやったんだが、ある日突然消えちまったからよ。どうしたのかと思ってな」
「折角縁が切れたんだから近寄らない方がいいんじゃないかい?」
おふくがそう言ったとき、調理場から彼女を呼ぶ声が聞こえた。
「行かなきゃ」
おふくが立ち上がった。
「姐さんと話が出来て楽しかったぜ」
平助がそう言うとおふくは調理場の方へ戻っていった。
それから小半時程してから夕輝と平助は店を後にした。
「これからどうするんですか?」
「後は明日だな。嘉吉辺りに蓑屋を探らせるか。今日は帰ろう」
「夕ちゃん、ちょっといいかい?」
峰湯の手伝いをしていた夕輝にお峰が声をかけた。
「どうしたんですか?」
「お花さんを送っていってやって欲しいんだよ。荷物が重くてさ、夕ちゃん、ちょっと持ってやってってくれないかい」
「いいですよ」
「夕ちゃん、悪いねぇ」
お花がすまなそうに言った。
「これくらい、何でもないですよ」
夕輝はそう言ってお花の荷物を持ち上げた。
重っ……。
お峰達に手伝ってもらって何とか背負うと歩き出した。
お花の長屋について荷物を下ろしたときは、思わず溜息をついてしまった。
「夕ちゃん、助かったよ。有難うよ」
「いいんですよ。俺に出来ることがあったらいつでも言って下さい」
「ほら、水飲むといいよ」
お花は水を汲んできて夕輝に出してくれた。
夕輝は有難くそれを飲んだ。
「いつもお峰さんから頼まれて持ってきてる荷物って、何が入ってるんですか?」
「人形の材料だよ」
「人形?」
「ほら、これだよ」
とお花が人形を長持ちから出して見せてくれた。
端切れなどを上手くつなぎ合わせた可愛い人形だった。
「これ、どうするんですか?」
人形を返しながら訊ねた。
「縁日のときに売るんだよ。って言ってもあたしが売るわけじゃないけどね」
要するに内職らしい。
「そうなんですか」
結構売れるのだそうだ。
こう言うのも貴重な収入源なのだろう。
お花の部屋から出るとお唯がちょうど井戸端で洗濯を始めたところだった。
「お唯ちゃん」
「夕輝さん。こんにちは」
「こんにちは。家事はお唯ちゃんがやるの?」
「はい。おっかさんは具合が悪いし、おとっぁんは働いてますから」
「そうか。偉いね。頑張って」
お唯に手を振ると長屋を出た。
人気のない道を歩いているときだった。
「―――――!」
声にならない悲鳴が聞こえた。
前方の神社の中からだ!
夕輝は走り出した。
神社に駆け込むと奇妙なものが女の子を引きずっていた。
それは人形をしていたが、手足が異様に長く、黄色かった。
まるで粘土で作ったように見えた。
着ている物も、布きれが辛うじて巻き付いているだけだった。
女の子が悲鳴を上げながらもがいていた。
夕輝が駆け出そうとしたとき、
「十六夜」
いつの間にか横に繊月丸が立っていた。
繊月丸が刀の形になる。
――あれは人じゃないから刃引きにはならないよ。
繊月丸が頭の中に話しかけてきた。
「人じゃない?」
――あれは望の手先。異形のもの。
「異形のもの?」
――頭を切り落とさないと死なないよ。
「殺しちゃって大丈夫なんだろうな。殺しの罪で捕まったらシャレになんないぞ」
――頭を切断すれば消えて跡は残らないから大丈夫。
――手足を切り落とすと数が増えるから気を付けて。
「…………」
よくは分からないが要するに化け物と言うことらしい。
繊月丸を掴むと異形のものに走り寄った。
「その子を放せ!」
異形のものが夕輝の方を振り返った。
それには顔がなかった。
目らしき細長い穴のようなものが二つ付いているだけだった。
「助けて!」
女の子が叫んだ。
「今助ける! 動かないで!」
夕輝はそう叫ぶと異形のものの腕を切り落とした。
女の子が自由になる。
「逃げて!」
しかし、女の子は恐怖で竦んでいた。
その間に切断された異形のものの腕が盛り上がって人形になった。
腕を切られた異形のものも両手が伸びた。
夕輝は女の子と異形のもの達の間に入ると繊月丸を構えた。
一体が腕を伸ばしてきた。
切り落とさないように峰で叩くと、懐に飛び込んで首を横に払った。
首が飛んだ。
と思うと異形のものは粉になって崩れ去った。
なるほど。これなら跡は残らない。
殺人犯として捕まる心配はなさそうだ。
残りの二体が同時に躍りかかってきた。
意外に素早い。
伸ばされた腕をくぐって鳩尾に繊月丸を突き刺した。
しかし、異形のものは構わず腕を振り下ろした。
異形のものを蹴って繊月丸を抜くと、もう一体の方に振り向きざま刀を払った。
首より少し上だったが、粉になって消えた。
「―――――!」
悲鳴に振り返ると、残り一体の異形のものが女の子に掴み掛かったところだった。
振り上げた右手が刀のようになっていた。
「頭下げて!」
夕輝はそう叫ぶと、後ろから異形のものの首を払った。
首が飛びながら粉になって消えていく。
夕輝は繊月丸を構えたまま、辺りを見回した。
異形のものが消えているのを確認して刀を下ろした。
「大丈夫?」
女の子に近付くと、屈んで目線の高さを同じにして訊ねた。
女の子は泣きじゃくっていた。
「もう大丈夫だよ。ね」
優しく言うとようやく泣き止んできた。
「家はどこ? 送ってあげるよ」
女の子が指を差した。
と言っても、その家が見えていたわけではない。大体の方向を指しただけだ。
夕輝は女の子と手をつなぐと、その方向に歩き出した。
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