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第四章 唯
第五話
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毒?
「なんでうちが近江屋さんの息子さんを殺さなきゃなんないんです。やったのはそちらでしょう!」
「なんであたしが見合いの相手を殺すんですか!」
「会ってみたら、ヒラメみたいな顔してるのが気に入らなかったんでしょうよ」
ぶっ!
太一が吹き出した。
今にも笑い出しそうな太一を肘で突いた。
太一は後ろを向いた。
その背中が震えている。
お里も顔を背けて袖で口を押さえていた。
夕輝は敢えて遺体の方を見なかった。
見たら笑ってしまうことは容易に想像がついたからだ。
「商売に顔は関係ないのはあんたも商売人なら分かってるでしょう! 宗佑さんはヒラメみたいな顔でも伊勢屋ではやり手の番頭だったんですよ!」
「しかし、お里さんはそれだけの器量だ。ヒラメよりもっといい男の方がいいと思っても不思議じゃないでしょうが!」
「さっきから聞いてれば何ですか! 人の息子をヒラメヒラメって!」
「皆さん、落ち着いて下さい」
夕輝は口論している大人達の中に割って入った。
「おい、太一、平助さん呼んでこい」
「へい」
夕輝が大人達を宥め、別の部屋に集めたとき、太一が平助と嘉吉を連れてやってきた。
「それで、どうしたって?」
「この人が毒を盛ったんですよ!」
橋本屋が篠野の主人を指して怒鳴った。
「だからなんでうちがそんなことしなきゃなんないんですか! うちは料理を出しただけですよ! やったとしたらそちらでしょう!」
また怒鳴りだした二人を、
「るせぃ!」
平助が一喝した。
男達が黙る。
「順序よく話してみな」
「最初は和やかに話してたんですよ。宗佑さんは無口でしたけど。そこへ料理が運ばれてきて、そのとき突然苦しみだして……」
「料理に手はつけたのかい?」
「そう言えば……まだ食べてませんでした」
「その前ぇに口にしたのは?」
平助が近江屋に訊ねた。
「お茶を……」
「なら茶に毒が入ってたって事かい。死骸はどこでぇ」
「こちらです」
半纏を着た男が廊下を挟んだ向かいの部屋に案内した。
男がさっきと同じ格好で倒れてる。
顔を見ないように下半身に目を向けた。
苦しんだらしく、裾が乱れて足が着物からはみ出していた。
「おい、嘉吉。東様呼んでこい」
「へい」
嘉吉が飛び出していく。
平助は倒れている男の手首を十手で持ち上げたりしていた。
しばらくすると平助が東を連れて戻ってきた。
東も平助と同じように検屍をした。
「平助、どう見る」
「へい。首を絞められたみてぇな殺され方してやすが、そんな痕はありやせんね」
「当然ですよ。誰も首なんか絞めてないんですからね」
「こんな死に方する毒なんかあったか?」
「訊いたことありやせんね」
「橋本屋と近江屋、それに篠野の人間に話を聞くとして、おい、平助、誰か良庵先生のところに使いを出せ」
「おい、嘉吉、良庵先生を連れてこい」
「へい」
嘉吉は飛び出していった。
「夕輝、太一、お前ぇ達はもう帰っていいぜ」
「はい」
夕輝が出て行こうとしたとき、
「ちょっと待って下さい!」
橋本屋が引き留めた。
「天満様には帰り道、手前どもを守っていただこうと思って来ていただいたんです。帰られては困ります」
「そうか。じゃあ、仕方ねぇな。二人とも、その辺で待ってろ」
夕輝と太一は玄関脇の小さな部屋に案内され、お茶を一杯出された後は放っておかれた。
「兄貴、今日のお里さん、きれいに着飾ってツボかったでやすね」
「壺!?」
夕輝は辺りを見回して、部屋の一角に花を生けてある茶色い壺を見つけると指さした。
「壺ってあれ?」
「兄貴にはお里さんがああ見えるんで?」
太一が呆れ顔で言った。
「見えないから聞いてるんだろ。何だよ、ツボいって」
「花の蕾のように可愛らしいって事でやすよ」
同じ日本なのに江戸時代の言葉は分からない。
現代って江戸時代から百年くらいしかたってないのに、なんでこんなに言葉が違うんだ。
そんな話をしているとき、廊下が騒がしくなった。
覗いてみると年配で羽織を羽織り、変わった髷の男が三人程、玄関に向かってくるところだった。
「なんで医者があんなに……」
太一が呟いた。
どうやら髷の形で医者と判断したらしい。
医者ってああいう髷をしてるのか。
後ろから篠野の主人がついてくる。
医者達は口々に「無駄足だった」とか「人騒がせな」などと言い合っていた。
玄関ではその三人の供らしい男が三人、静かに待っていた。
医者達が出て行くと、東が平助達を伴ってきた。
「おう、夕輝、太一、待たせたな」
「平助さん、何があったんですか? 今出てきた人達は……」
「珍しい毒だって聞きつけて蘭学の学者先生達が見に来たのよ」
「それで? 何の毒か分かったんですか?」
「毒じゃなかったんだよ」
「じゃあ、なんだったんですか?」
「寄生虫だとよ」
「寄生虫? いきなり死ぬような寄生虫がいるんですか!?」
江都の寄生虫は化け物か!?
「いやいや、そうじゃねぇよ。寄生虫が喉に詰まったんだと」
「喉に詰まったって……」
「どうもな、げっぷか何かした拍子に胃の腑にいた寄生虫が喉をあがってきて、口から飛び出しそうになったんじゃねぇかって言うんだよ。でも、大伝馬小町の前ぇで寄生虫を吐き出せねぇと思ったんだろ。それで飲み下そうとして喉に詰まったんじゃねぇかって」
怖ぇー。
寄生虫恐るべし。
肥やしで作った野菜のサラダを食べたいなんて二度と考えないぞ。
ていうか、太一の言う通りお里って小町って呼ばれてたんだな。
「ま、誰のせいでもねぇから橋本屋も篠野も無罪放免になったぜ」
平助がそう言っているところへ橋本屋がお里を連れてやってきた。
「近江屋さん、それではまた近いうちにご挨拶にあがりますよ」
橋本屋がそう言い、お里も近江屋に頭を下げた。
「天満様、お待たせしました。帰り道、よろしくお願いしますよ」
その言葉に、夕輝は筵に巻いた繊月丸を掴んで立ち上がった。
夕輝の後から太一がついてくる。
外に出るとすっかり暗くなっていた。
暮れ六つを過ぎ、通りの商店はどこも閉まっていた。
夕輝の後から太一、橋本屋、お里、手代がついてくる。
大川端を歩いていたとき、
「兄貴! 前に誰かいやす!」
太一が言った。
「天満様! 後ろにも……!」
橋本屋が後ろを振り返りながら言った。
「待ち伏せか」
夕輝は立ち止まった。
「みんな固まって俺の後ろへ」
前後の男達が近付いてくる。
「なんでうちが近江屋さんの息子さんを殺さなきゃなんないんです。やったのはそちらでしょう!」
「なんであたしが見合いの相手を殺すんですか!」
「会ってみたら、ヒラメみたいな顔してるのが気に入らなかったんでしょうよ」
ぶっ!
太一が吹き出した。
今にも笑い出しそうな太一を肘で突いた。
太一は後ろを向いた。
その背中が震えている。
お里も顔を背けて袖で口を押さえていた。
夕輝は敢えて遺体の方を見なかった。
見たら笑ってしまうことは容易に想像がついたからだ。
「商売に顔は関係ないのはあんたも商売人なら分かってるでしょう! 宗佑さんはヒラメみたいな顔でも伊勢屋ではやり手の番頭だったんですよ!」
「しかし、お里さんはそれだけの器量だ。ヒラメよりもっといい男の方がいいと思っても不思議じゃないでしょうが!」
「さっきから聞いてれば何ですか! 人の息子をヒラメヒラメって!」
「皆さん、落ち着いて下さい」
夕輝は口論している大人達の中に割って入った。
「おい、太一、平助さん呼んでこい」
「へい」
夕輝が大人達を宥め、別の部屋に集めたとき、太一が平助と嘉吉を連れてやってきた。
「それで、どうしたって?」
「この人が毒を盛ったんですよ!」
橋本屋が篠野の主人を指して怒鳴った。
「だからなんでうちがそんなことしなきゃなんないんですか! うちは料理を出しただけですよ! やったとしたらそちらでしょう!」
また怒鳴りだした二人を、
「るせぃ!」
平助が一喝した。
男達が黙る。
「順序よく話してみな」
「最初は和やかに話してたんですよ。宗佑さんは無口でしたけど。そこへ料理が運ばれてきて、そのとき突然苦しみだして……」
「料理に手はつけたのかい?」
「そう言えば……まだ食べてませんでした」
「その前ぇに口にしたのは?」
平助が近江屋に訊ねた。
「お茶を……」
「なら茶に毒が入ってたって事かい。死骸はどこでぇ」
「こちらです」
半纏を着た男が廊下を挟んだ向かいの部屋に案内した。
男がさっきと同じ格好で倒れてる。
顔を見ないように下半身に目を向けた。
苦しんだらしく、裾が乱れて足が着物からはみ出していた。
「おい、嘉吉。東様呼んでこい」
「へい」
嘉吉が飛び出していく。
平助は倒れている男の手首を十手で持ち上げたりしていた。
しばらくすると平助が東を連れて戻ってきた。
東も平助と同じように検屍をした。
「平助、どう見る」
「へい。首を絞められたみてぇな殺され方してやすが、そんな痕はありやせんね」
「当然ですよ。誰も首なんか絞めてないんですからね」
「こんな死に方する毒なんかあったか?」
「訊いたことありやせんね」
「橋本屋と近江屋、それに篠野の人間に話を聞くとして、おい、平助、誰か良庵先生のところに使いを出せ」
「おい、嘉吉、良庵先生を連れてこい」
「へい」
嘉吉は飛び出していった。
「夕輝、太一、お前ぇ達はもう帰っていいぜ」
「はい」
夕輝が出て行こうとしたとき、
「ちょっと待って下さい!」
橋本屋が引き留めた。
「天満様には帰り道、手前どもを守っていただこうと思って来ていただいたんです。帰られては困ります」
「そうか。じゃあ、仕方ねぇな。二人とも、その辺で待ってろ」
夕輝と太一は玄関脇の小さな部屋に案内され、お茶を一杯出された後は放っておかれた。
「兄貴、今日のお里さん、きれいに着飾ってツボかったでやすね」
「壺!?」
夕輝は辺りを見回して、部屋の一角に花を生けてある茶色い壺を見つけると指さした。
「壺ってあれ?」
「兄貴にはお里さんがああ見えるんで?」
太一が呆れ顔で言った。
「見えないから聞いてるんだろ。何だよ、ツボいって」
「花の蕾のように可愛らしいって事でやすよ」
同じ日本なのに江戸時代の言葉は分からない。
現代って江戸時代から百年くらいしかたってないのに、なんでこんなに言葉が違うんだ。
そんな話をしているとき、廊下が騒がしくなった。
覗いてみると年配で羽織を羽織り、変わった髷の男が三人程、玄関に向かってくるところだった。
「なんで医者があんなに……」
太一が呟いた。
どうやら髷の形で医者と判断したらしい。
医者ってああいう髷をしてるのか。
後ろから篠野の主人がついてくる。
医者達は口々に「無駄足だった」とか「人騒がせな」などと言い合っていた。
玄関ではその三人の供らしい男が三人、静かに待っていた。
医者達が出て行くと、東が平助達を伴ってきた。
「おう、夕輝、太一、待たせたな」
「平助さん、何があったんですか? 今出てきた人達は……」
「珍しい毒だって聞きつけて蘭学の学者先生達が見に来たのよ」
「それで? 何の毒か分かったんですか?」
「毒じゃなかったんだよ」
「じゃあ、なんだったんですか?」
「寄生虫だとよ」
「寄生虫? いきなり死ぬような寄生虫がいるんですか!?」
江都の寄生虫は化け物か!?
「いやいや、そうじゃねぇよ。寄生虫が喉に詰まったんだと」
「喉に詰まったって……」
「どうもな、げっぷか何かした拍子に胃の腑にいた寄生虫が喉をあがってきて、口から飛び出しそうになったんじゃねぇかって言うんだよ。でも、大伝馬小町の前ぇで寄生虫を吐き出せねぇと思ったんだろ。それで飲み下そうとして喉に詰まったんじゃねぇかって」
怖ぇー。
寄生虫恐るべし。
肥やしで作った野菜のサラダを食べたいなんて二度と考えないぞ。
ていうか、太一の言う通りお里って小町って呼ばれてたんだな。
「ま、誰のせいでもねぇから橋本屋も篠野も無罪放免になったぜ」
平助がそう言っているところへ橋本屋がお里を連れてやってきた。
「近江屋さん、それではまた近いうちにご挨拶にあがりますよ」
橋本屋がそう言い、お里も近江屋に頭を下げた。
「天満様、お待たせしました。帰り道、よろしくお願いしますよ」
その言葉に、夕輝は筵に巻いた繊月丸を掴んで立ち上がった。
夕輝の後から太一がついてくる。
外に出るとすっかり暗くなっていた。
暮れ六つを過ぎ、通りの商店はどこも閉まっていた。
夕輝の後から太一、橋本屋、お里、手代がついてくる。
大川端を歩いていたとき、
「兄貴! 前に誰かいやす!」
太一が言った。
「天満様! 後ろにも……!」
橋本屋が後ろを振り返りながら言った。
「待ち伏せか」
夕輝は立ち止まった。
「みんな固まって俺の後ろへ」
前後の男達が近付いてくる。
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