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第八章
第八章 第二話
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結界が解かれるのを待って寺に入っていった鬼はやはり保科だったのだ。
可無の死を確認しに行ったのだろう。
確か可無は流が記憶を失う前に倒した鬼を弟の名無だと言っていた。
となると知らなかっただけで跡継ぎ候補の二人を殺したのは流だったという事になる。
だとしても関係ない。
襲ってきたりしなければ殺したりしなかった。
可無は人を喰っていたからだが、どちらにしろ流を始末するつもりだと言っていたからいずれは襲われただろうし、そうなっていれば反撃していた。
いる事すら知らなかった父親の事情など知った事ではない。
鬼の村なら人間に絡まれる事はないだろうから水緒を連れて行けるなら話は別だが、水緒と離れなければならない場所に行く気はない。
水緒が死んだら後を追うと決めたのだ。
まだ生きているうちに離れるつもりは毛頭ない。
「相模様が汀様――あなたの母上との間に子をなしたのは一族を呪いから解放するためだったのです」
狩りに出た先で汀と知り合い、成斥族には呪いを解く力があると聞いたらしい。
それで成斥族の血を引く子を一族に迎え入れれば最可族に掛けられた呪いが解けるかもしれないと考えて子供を産ませたらしい。
「実際、相模様の読み通り……」
保科は何やら得々として語っていたが流はもう話を聞いていなかった。
呆れたなどというものではない。
流のことを呪いを解くための道具としか思ってないのだ。保科も父も。
呪いが解けるかもしれないからと言う理由だったのなら母が父との間に子をなす事を望んでいたかどうかも怪しい。
鬼なのだから力尽くで母に子供を産ませたと言う事は十分有り得る。
生贄にするために同じ人間を家畜のように増やして売り買いする供部と言う一族も大概だとは思ったが、呪いが解けるかもしれないなどという不確かな理由で子供を作った父も同類だ。
流を跡継ぎにしたいというのも自分の子供だからではなく呪いを解くためなのだから愛情など欠片もないのだ。
兄にその能力があれば流に用はなかったという事になる。
人間の決まりなどどうでもいいと思っている流ですら、他の者を道具にしようなどとは考えない。
自分を道具だとしか思っていない鬼のところに水緒と離れ離れになってまでいくなど冗談ではないし、母がいた時もいなくなった後も助けてくれなかった者のために何かしてやる義理もない。
まだ一人残っているのだからそいつを跡継ぎにすればいいだけだ。
流は足を止めると保科に向き直った。
「失せろ。二度と姿を現すな」
「流様……」
「今すぐ消えるか、ここで討伐されるか好きな方を選べ」
流はそう言って目を眇める。
鯉口を切った流を見て本気だと悟ったのだろう、保科は黙って立ち去った。
一族の呪いを解くために必要な道具なのだからこれくらいでは諦めないだろうが。
可無もそうだったが最可族は人間を当たり前のように喰ってる鬼のようだから場合によっては桐崎や小川に相談して村ごと討伐してしまうことも考えに入れておくべきかもしれない。
流を襲ってきた鬼のほとんどが最可族だったことを考えれば一族ごと滅ぼしてしまえばかなり危険が減るはずだ。
というか人間との争いになった時に祟名を付けられたという話だが、人間が討伐に来るのも宜なるかな、としか言いようがない。
こんな連中では討伐してしまおうと考える者が出てきて当然だ。
同じ血を引く鬼の流ですらそう思うのだから餌にされてる人間なら当たり前のようにそう考えるだろう。
保科の姿が消えた事を確かめると足を早めて水緒の店に向かった。
「水緒」
流は店から出てきた水緒に声を掛けた。
「なに?」
水緒が顔を輝かせる。
こんなに嬉しそうな顔をしてくれるならもっと楽しい話をしたいのだが……。
「保科には近付くな」
「え?」
予想もしなかった話に水緒は戸惑った様子を見せた。
「あいつは敵だ。俺を捕まえるためならどんな事でもする。お前を利用出来ると思えばするだろう。絶対に口車に乗せられるな」
「昔は一緒に暮らしてたのに……何かあったの?」
「最初から俺を狙ってたんだ。お前を喰わなかったのも俺を信用させるためだ。俺がケガをしたとき追い出したっていうのも動けない状態じゃお前を守れないから遠ざけたんだ」
流の言葉を聞いて目を見張っている水緒に、
「さっき本人の口から聞いた。それがバレた以上、今後は何をしてくるか分からない。お前の事を知ってるんだから人の話を素直に信じるって事も分かってるだろう。だから何があってもあいつの言葉を信じるな」
と告げた。
水緒は動揺しているようだが、流を捕まえるために利用するかもしれないと聞かされれば保科に何か言われても、おいそれとは随いていかないだろう。
ただ保科は鬼だし、流より強かったというなら水緒の力では敵わない。
水緒が騙されないと分かったら力尽くで捕まえようとするかもしれない。
「もし保科の姿が見えたらすぐに逃げろ」
水緒の方が先に見付けて保科に気付かれる前に逃げられればなんとかなるだろう。
「次にある行事はなんだ?」
流は話題を変えた。
「雪見とお正月、どっちが先かな」
水緒が首を傾げた。
「分からないものなのか?」
「お正月は日付が決まってるけど、雪見は雪が降らないと見られないから」
それはそうだ……。
暦で何日なのか決まっている行事と違い、天気に左右されるようなものは凡の季節しか分からない。
可無の死を確認しに行ったのだろう。
確か可無は流が記憶を失う前に倒した鬼を弟の名無だと言っていた。
となると知らなかっただけで跡継ぎ候補の二人を殺したのは流だったという事になる。
だとしても関係ない。
襲ってきたりしなければ殺したりしなかった。
可無は人を喰っていたからだが、どちらにしろ流を始末するつもりだと言っていたからいずれは襲われただろうし、そうなっていれば反撃していた。
いる事すら知らなかった父親の事情など知った事ではない。
鬼の村なら人間に絡まれる事はないだろうから水緒を連れて行けるなら話は別だが、水緒と離れなければならない場所に行く気はない。
水緒が死んだら後を追うと決めたのだ。
まだ生きているうちに離れるつもりは毛頭ない。
「相模様が汀様――あなたの母上との間に子をなしたのは一族を呪いから解放するためだったのです」
狩りに出た先で汀と知り合い、成斥族には呪いを解く力があると聞いたらしい。
それで成斥族の血を引く子を一族に迎え入れれば最可族に掛けられた呪いが解けるかもしれないと考えて子供を産ませたらしい。
「実際、相模様の読み通り……」
保科は何やら得々として語っていたが流はもう話を聞いていなかった。
呆れたなどというものではない。
流のことを呪いを解くための道具としか思ってないのだ。保科も父も。
呪いが解けるかもしれないからと言う理由だったのなら母が父との間に子をなす事を望んでいたかどうかも怪しい。
鬼なのだから力尽くで母に子供を産ませたと言う事は十分有り得る。
生贄にするために同じ人間を家畜のように増やして売り買いする供部と言う一族も大概だとは思ったが、呪いが解けるかもしれないなどという不確かな理由で子供を作った父も同類だ。
流を跡継ぎにしたいというのも自分の子供だからではなく呪いを解くためなのだから愛情など欠片もないのだ。
兄にその能力があれば流に用はなかったという事になる。
人間の決まりなどどうでもいいと思っている流ですら、他の者を道具にしようなどとは考えない。
自分を道具だとしか思っていない鬼のところに水緒と離れ離れになってまでいくなど冗談ではないし、母がいた時もいなくなった後も助けてくれなかった者のために何かしてやる義理もない。
まだ一人残っているのだからそいつを跡継ぎにすればいいだけだ。
流は足を止めると保科に向き直った。
「失せろ。二度と姿を現すな」
「流様……」
「今すぐ消えるか、ここで討伐されるか好きな方を選べ」
流はそう言って目を眇める。
鯉口を切った流を見て本気だと悟ったのだろう、保科は黙って立ち去った。
一族の呪いを解くために必要な道具なのだからこれくらいでは諦めないだろうが。
可無もそうだったが最可族は人間を当たり前のように喰ってる鬼のようだから場合によっては桐崎や小川に相談して村ごと討伐してしまうことも考えに入れておくべきかもしれない。
流を襲ってきた鬼のほとんどが最可族だったことを考えれば一族ごと滅ぼしてしまえばかなり危険が減るはずだ。
というか人間との争いになった時に祟名を付けられたという話だが、人間が討伐に来るのも宜なるかな、としか言いようがない。
こんな連中では討伐してしまおうと考える者が出てきて当然だ。
同じ血を引く鬼の流ですらそう思うのだから餌にされてる人間なら当たり前のようにそう考えるだろう。
保科の姿が消えた事を確かめると足を早めて水緒の店に向かった。
「水緒」
流は店から出てきた水緒に声を掛けた。
「なに?」
水緒が顔を輝かせる。
こんなに嬉しそうな顔をしてくれるならもっと楽しい話をしたいのだが……。
「保科には近付くな」
「え?」
予想もしなかった話に水緒は戸惑った様子を見せた。
「あいつは敵だ。俺を捕まえるためならどんな事でもする。お前を利用出来ると思えばするだろう。絶対に口車に乗せられるな」
「昔は一緒に暮らしてたのに……何かあったの?」
「最初から俺を狙ってたんだ。お前を喰わなかったのも俺を信用させるためだ。俺がケガをしたとき追い出したっていうのも動けない状態じゃお前を守れないから遠ざけたんだ」
流の言葉を聞いて目を見張っている水緒に、
「さっき本人の口から聞いた。それがバレた以上、今後は何をしてくるか分からない。お前の事を知ってるんだから人の話を素直に信じるって事も分かってるだろう。だから何があってもあいつの言葉を信じるな」
と告げた。
水緒は動揺しているようだが、流を捕まえるために利用するかもしれないと聞かされれば保科に何か言われても、おいそれとは随いていかないだろう。
ただ保科は鬼だし、流より強かったというなら水緒の力では敵わない。
水緒が騙されないと分かったら力尽くで捕まえようとするかもしれない。
「もし保科の姿が見えたらすぐに逃げろ」
水緒の方が先に見付けて保科に気付かれる前に逃げられればなんとかなるだろう。
「次にある行事はなんだ?」
流は話題を変えた。
「雪見とお正月、どっちが先かな」
水緒が首を傾げた。
「分からないものなのか?」
「お正月は日付が決まってるけど、雪見は雪が降らないと見られないから」
それはそうだ……。
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