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第七章
第七章 第一話
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水緒の迎えに水茶屋に向かっている時、いつものようにつねがやってきた。
わざわざ流の前に立ち塞がって、
「何か気付かないかい?」
と頭を軽く揺らす。
流はつねを避けて歩き始める。
つねは再度流の前に回り込むと、
「ほら、この簪、綺麗だろ。お客さんから貰ったんだよ」
と頭から付きだしている二本の物のうちの片方を指した。
棒の先に透明な丸い物が付いている。
丸い物は日の光を反射する度に色を変えて光った。
どうやらこれが桐崎の言っていた簪という物らしい。
「これ、すごく高いんだよ」
「知り合いから貰ったのか?」
「常連さんだから知り合いと言えば知り合いだよ」
そう答えてからもう一本の簪を指して、
「これも前にお客さんから貰ったんだ。その前に挿してたのもお客さんから貰った物だけど、そのお客さん、最近来なくなっちまったんだよ。だから今来てくれてるお客さんから貰った物を挿してるのさ」
と胸を張る。
「お客さんから貰ったもんだし、着けてるとこ見せなきゃ悪いからね」
桐崎が水緒は高価な物なら喜ぶわけではないと言っていた。
しかし金額以前に頭に挿す以外、なんの役にも立たない物を貰ったところで仕方がないのではないだろうか。
それを言うなら花もそうなのだが。
流は手近なところに咲いていた花を摘んでつねに差し出してみた。
「なんだい、これ」
「花だ」
「それは分かるけど……もしかして贈り物のつもりかい? あんたからの贈り物なんて初めてだよ」
それはそうだろう。
反応を見たかっただけで贈り物をしたいとか、それで気を惹きたいなどとは思ってはいないのだ。
水緒と違って嬉しそうな表情はしないどころか受け取ろうとさえしない。
「あんたらしいね」
と言って苦笑しただけだった。
「あの子は櫛や簪、一つも付けてないけど、お客さんから貰ったものは身に着けてるとこ見せないと気を悪くするよ」
つねが話題を戻したので流は花を捨てた。
今摘んだのでは水緒が店から出てくる前にしおれてしまう。
おそらくそれでも水緒は喜ぶだろうが。
「あたしはこれ以上貰ったら代わり番こに付けなきゃいけなくなるよ」
どうやら自分は何度も贈り物をされていると遠回しに言っているらしい。
「あれだけ繁盛してるのに一度も貰ったことがないわけじゃないんだろ。それとも、しみったれた客ばかりなのかい」
つねがチラッと得意気な表情を浮かべた。
水緒より自分の方が人気があると言いたいようだ。
どうでもいい男達に好かれて何が嬉しいのかよく分からないが。
いつものように水緒の店の前に着いた時に気付くと、つねはいなくなっていた。
帰り道、向かいから歩いてきた男と水緒が同時にハッとした。
男が慌てて逃げていく。
「水緒を呼び出したのはあいつか!?」
「ううん、あの人は別の時」
「別!? 物忘れになった時以外にも鬼に襲われたことがあるのか!?」
桐崎からは聞いてない。
「あ、鬼じゃなくて……」
水緒が帰り道に破落戸に絡まれた時の話をしてくれた。
今、逃げていったのはそのとき流が叩きのめした男の一人だったらしい。
この前、水茶屋で暴れた男達もそうだったのだが、錦絵に描かれたことで江戸中に顔が知れ渡ったために破落戸などにも目を付けられているらしい。
だから見ず知らずの男達にまで狙われるようになったようだ。
何度も危ない目に遭うことを考えたら人気などない方がいいと思うのだが、つねはそう思っていないようだ。
供部と言うだけでも普通の人間より危険なのに、同じ人間ですら油断出来ないとなると人の多い町中だから安全とは言い難いと言うことになる。
水緒にとって安全な場所とは強力な結界が張ってあって妖の類が一切入ってこられず他の人間が一人もいない山の中なのではないだろうか。
流に結界を張る能力があったら今すぐ水緒を連れて山奥に行くのに。
そう思った時、桐崎の言葉を思い出した。
「水緒の方が先に死ぬ。水緒が死んだ後の方が遙かに長い」
正直、水緒がいなくなった後のことなど考えたくない。
水緒が死んだら自分も死んでしまいたい。
幸か不幸か鬼が殺しに来るのだ。
水緒がいなくなったら結界の外に出て襲ってきた鬼に大人しく殺されれば良い。
そう考えて流は水緒がいなくなった後のことを考えるのは辞めた。
帰り道、水緒に客から贈り物をされたことがあるか訊ねてみると、あるけれど受け取ったことはないとのことだった。
錦絵に描かれる以前はいつも受け取らなかったし、毎日流が来ていたから持ってくる者がいなくなって久しかったらしい。
錦絵が出回ってから来るようになった新しい客は持ってくるらしいが、やはり全て断っているそうだ。
一番の理由は、はっきりとは言わなかったものの(流が好きだから)流に義理立てして他の男からの贈り物を受け取らないということらしいが、その他に、受け取ったら身に着けていないと気を悪くしたり、勝手に贈ってきたにも関わらず、それを恩に着せて無茶な要求をされることがあるからというのもあるらしい。
ただでさえ可愛いからと目を付けられているのだから迫る口実は与えない方が賢明だろう。
「そろそろ夏も終わりだね」
いつものようにつねが話し掛けてきた。
「あんた、風流さとは無縁な感じだけど紅葉狩りには行くのかい?」
紅葉狩りがなんなのか知らないから後で水緒に聞いてみよう……。
川開きの後、朝顔市やほおずき市などにも連れていってくれたから紅葉狩りというのも江戸っ子が見に行くものなら水緒が連れていってくれるだろう。
そんな事を考えながら水緒の店の前に着くとまだつねが側にいた。
「また塩でも借りに来たのか?」
「いや、あたしもあの子に挨拶……」
流が睨み付けると、つねは怯んだ表情で口を噤んだ。
「水緒に近付くなと言ったはずだ」
「……つまり、あの子が居る時は遠慮しろって事かい?」
「そうだ」
「分かったよ」
つねは何やら意味あり気な笑みを浮かべた。
どんな意味に受け取ったのかは分からないがとにかく上機嫌で去っていった。
わざわざ流の前に立ち塞がって、
「何か気付かないかい?」
と頭を軽く揺らす。
流はつねを避けて歩き始める。
つねは再度流の前に回り込むと、
「ほら、この簪、綺麗だろ。お客さんから貰ったんだよ」
と頭から付きだしている二本の物のうちの片方を指した。
棒の先に透明な丸い物が付いている。
丸い物は日の光を反射する度に色を変えて光った。
どうやらこれが桐崎の言っていた簪という物らしい。
「これ、すごく高いんだよ」
「知り合いから貰ったのか?」
「常連さんだから知り合いと言えば知り合いだよ」
そう答えてからもう一本の簪を指して、
「これも前にお客さんから貰ったんだ。その前に挿してたのもお客さんから貰った物だけど、そのお客さん、最近来なくなっちまったんだよ。だから今来てくれてるお客さんから貰った物を挿してるのさ」
と胸を張る。
「お客さんから貰ったもんだし、着けてるとこ見せなきゃ悪いからね」
桐崎が水緒は高価な物なら喜ぶわけではないと言っていた。
しかし金額以前に頭に挿す以外、なんの役にも立たない物を貰ったところで仕方がないのではないだろうか。
それを言うなら花もそうなのだが。
流は手近なところに咲いていた花を摘んでつねに差し出してみた。
「なんだい、これ」
「花だ」
「それは分かるけど……もしかして贈り物のつもりかい? あんたからの贈り物なんて初めてだよ」
それはそうだろう。
反応を見たかっただけで贈り物をしたいとか、それで気を惹きたいなどとは思ってはいないのだ。
水緒と違って嬉しそうな表情はしないどころか受け取ろうとさえしない。
「あんたらしいね」
と言って苦笑しただけだった。
「あの子は櫛や簪、一つも付けてないけど、お客さんから貰ったものは身に着けてるとこ見せないと気を悪くするよ」
つねが話題を戻したので流は花を捨てた。
今摘んだのでは水緒が店から出てくる前にしおれてしまう。
おそらくそれでも水緒は喜ぶだろうが。
「あたしはこれ以上貰ったら代わり番こに付けなきゃいけなくなるよ」
どうやら自分は何度も贈り物をされていると遠回しに言っているらしい。
「あれだけ繁盛してるのに一度も貰ったことがないわけじゃないんだろ。それとも、しみったれた客ばかりなのかい」
つねがチラッと得意気な表情を浮かべた。
水緒より自分の方が人気があると言いたいようだ。
どうでもいい男達に好かれて何が嬉しいのかよく分からないが。
いつものように水緒の店の前に着いた時に気付くと、つねはいなくなっていた。
帰り道、向かいから歩いてきた男と水緒が同時にハッとした。
男が慌てて逃げていく。
「水緒を呼び出したのはあいつか!?」
「ううん、あの人は別の時」
「別!? 物忘れになった時以外にも鬼に襲われたことがあるのか!?」
桐崎からは聞いてない。
「あ、鬼じゃなくて……」
水緒が帰り道に破落戸に絡まれた時の話をしてくれた。
今、逃げていったのはそのとき流が叩きのめした男の一人だったらしい。
この前、水茶屋で暴れた男達もそうだったのだが、錦絵に描かれたことで江戸中に顔が知れ渡ったために破落戸などにも目を付けられているらしい。
だから見ず知らずの男達にまで狙われるようになったようだ。
何度も危ない目に遭うことを考えたら人気などない方がいいと思うのだが、つねはそう思っていないようだ。
供部と言うだけでも普通の人間より危険なのに、同じ人間ですら油断出来ないとなると人の多い町中だから安全とは言い難いと言うことになる。
水緒にとって安全な場所とは強力な結界が張ってあって妖の類が一切入ってこられず他の人間が一人もいない山の中なのではないだろうか。
流に結界を張る能力があったら今すぐ水緒を連れて山奥に行くのに。
そう思った時、桐崎の言葉を思い出した。
「水緒の方が先に死ぬ。水緒が死んだ後の方が遙かに長い」
正直、水緒がいなくなった後のことなど考えたくない。
水緒が死んだら自分も死んでしまいたい。
幸か不幸か鬼が殺しに来るのだ。
水緒がいなくなったら結界の外に出て襲ってきた鬼に大人しく殺されれば良い。
そう考えて流は水緒がいなくなった後のことを考えるのは辞めた。
帰り道、水緒に客から贈り物をされたことがあるか訊ねてみると、あるけれど受け取ったことはないとのことだった。
錦絵に描かれる以前はいつも受け取らなかったし、毎日流が来ていたから持ってくる者がいなくなって久しかったらしい。
錦絵が出回ってから来るようになった新しい客は持ってくるらしいが、やはり全て断っているそうだ。
一番の理由は、はっきりとは言わなかったものの(流が好きだから)流に義理立てして他の男からの贈り物を受け取らないということらしいが、その他に、受け取ったら身に着けていないと気を悪くしたり、勝手に贈ってきたにも関わらず、それを恩に着せて無茶な要求をされることがあるからというのもあるらしい。
ただでさえ可愛いからと目を付けられているのだから迫る口実は与えない方が賢明だろう。
「そろそろ夏も終わりだね」
いつものようにつねが話し掛けてきた。
「あんた、風流さとは無縁な感じだけど紅葉狩りには行くのかい?」
紅葉狩りがなんなのか知らないから後で水緒に聞いてみよう……。
川開きの後、朝顔市やほおずき市などにも連れていってくれたから紅葉狩りというのも江戸っ子が見に行くものなら水緒が連れていってくれるだろう。
そんな事を考えながら水緒の店の前に着くとまだつねが側にいた。
「また塩でも借りに来たのか?」
「いや、あたしもあの子に挨拶……」
流が睨み付けると、つねは怯んだ表情で口を噤んだ。
「水緒に近付くなと言ったはずだ」
「……つまり、あの子が居る時は遠慮しろって事かい?」
「そうだ」
「分かったよ」
つねは何やら意味あり気な笑みを浮かべた。
どんな意味に受け取ったのかは分からないがとにかく上機嫌で去っていった。
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