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第六章
第六章 第一話
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道はすごい混雑だった。
人で埋め尽くされていて地面が見えない。
見えるのは人の頭だけだ。
やはり流には人間の考えは理解出来ない。
水緒が働いている水茶屋がある辺りもそうだが何故人間はこんなに集まってくるのか。
正気とは思えない。
流は頭を振った。
川縁には様々な露店が並んでいる。
「花火ってあれじゃないよな」
流が店を指す。
道端で男が口から炎を吹き出している。
それを大勢の人間が取り囲んで歓声を上げていた。
「あの人は大道芸人」
水緒はそう言ってから道端に並んでいる露店を指した。
「あれは夏の間だけ出てるお店。夕涼みに来た人が立ち寄るためのお店だよ」
「帰り道は分かっているだろうが、はぐれるなよ」
桐崎がそう言ったが水緒はずっと流の袖の袂を掴んでいる。
少なくとも水緒と流がはぐれる心配はないだろう。
大川端は人で一杯だった。
川には船が何艘も浮かんでいる。
屋形船と言うらしい。
「そろそろだな」
桐崎がそう言った時、聞いた事のない音がした。
空を見上げると何かが爆発して炎が四方に飛び散った。
「た~まや~!」
誰かが叫んだ。
次々と花火が打ち上がり、その度に誰かが「たまや」だの「かぎや」だのと叫ぶ。
夜空に炎の花が咲く度に辺りが明るくなる。
確かに音はすごい。
「綺麗だね」
空を見上げながら水緒が言った。
夜空に咲いた花火に水緒の顔が照らされる。
流がその顔に見蕩れていると、不意に水緒が辺りを見回した。
「あれ? おじ様は?」
周りを見回したがどこにもいない。
言った当人がはぐれたらしい。
「大人なんだし、一人で帰れるだろ」
擦れ違い様に流の財布を掏ろうとした男の腕を捻り上げながら言った。
流は痛みに顔を顰めている男から財布を取り返すと手を放した。
掏摸が逃げていく。
「掏摸が多いな。気を付けろよ」
「うん」
「何か食ってくか?」
「そうだね。流ちゃんは何か食べたいものある?」
「いや、どんなものがあるか分からないから」
「そっか。あ、あそこのお店、前に食べたとき美味しかったよ」
水緒が露店の一つを指した。
「じゃあ、あそこにしよう」
流は水緒を促すとその店に向かった。
翌日の昼、
「流ちゃん、どうしたの?」
水緒が、後に随いて外に出ようとした流に気付いて訊ねてきた。
そうか……。
昨日までは昔の話をするために一緒に行っていたがそれはもう終わってしまった。
桐崎が流と水緒が一緒にいることを心良く思っていないようだから理由も無しに随いていくわけにはいかないようだ。
だが誰かが送り迎えしなければ危ないのではないだろうか。
流が一緒ではなかった数日間は無事だったようだが女が男達に絡まれているのは何度も目にした。
正直あの数日間、よく水緒に何事もなかったと思うくらいだ。
「まだ聞きたいことがあるから」
「そう、いいよ、何?」
水緒はそう言って歩き出した。
「その……人間のこととか色々。あれが何かとか他にも……」
流は適当に指を指した。
実際にどれも名前も知らないし、なんなのかも分からないものだらけだから質問のネタには困らない。
「あれはね……」
水緒が説明を始める。
水茶屋に着くまで説明が終わる度に適当にその辺の物を指していった。
水緒は嫌な顔一つせずに丁寧に説明してくれた。
たまに水緒も知らないものもあったが、水緒が「分からない」と言った時は「なら師匠に聞く」と言って別のものを指した。
毎日、行き帰りが同じ道なのでほんの数日で道端のものはほとんど聞いてしまったが、江戸には色んな職業があって初めて見るようなものを背負っている人間とよくすれ違う。
大抵は行商なのだが、中には杣(樵)とか大道搗きなどもいる。
大道搗きは家々を回って玄米を精米する職業だから行商と言えば行商だが。
とはいえそのうち知らない職業も無くなりそうだから新しい質問を考えておく必要がある。
ある日、水緒の水茶屋の側まで行った時、茶碗が割れる音と何人かの女の悲鳴、それに男の怒声が聞こえてきた。
水緒の店だ!
流が店に駆け込むと破落戸が暴れていた。
「ちょっと可愛いからって調子に乗りやがって」
男の一人がそう言って茶碗を床に叩き付けた。
「こっちに来いって言ってんだろうが!」
立ち竦んでいる水緒に男が手を伸ばす。
「よしなよ!」
他の女が止めようと声を上げる。
「すっこんでろ!」
男が女を突き飛ばそうとした腕を流が掴む。
女の直前で男の手が止まった。
「なんだ手前……」
最後まで言い終える前に男を店の外に投げ出した。
「貴様……!」
殴り掛かってきた男の拳を避けると顔面に拳を叩き込む。
別の男の鳩尾に拳を叩き込み、更に別の男の着物を掴むと店の外に放り出す。
店の中に倒れた男達も着物を掴んで次々と入口の外に投げ飛ばした。
男達がいなくなると店の女達や客達が一斉に歓声を上げた。
「流ちゃん、ありがとう」
「ホント、助かったよ」
他の女達も次々と礼を口にする。
「水緒が世話になってるからな」
流がそう言った途端、周りの人間達がどよめいた。
「まぁ!」
「水緒ちゃんはホントいい人捕まえたねぇ!」
水緒が真っ赤になって俯く。
最初、何かマズいことを言ってしまったのかと思ったが、別にそう言うわけではなさそうだ。
「新しい錦絵が出たし、客は減ると思ってたんだけどねぇ」
女が溜息を吐いた。
錦絵……?
「向こうに流れたお客さんも大勢いるんだけど……」
別の女が答える。
人で埋め尽くされていて地面が見えない。
見えるのは人の頭だけだ。
やはり流には人間の考えは理解出来ない。
水緒が働いている水茶屋がある辺りもそうだが何故人間はこんなに集まってくるのか。
正気とは思えない。
流は頭を振った。
川縁には様々な露店が並んでいる。
「花火ってあれじゃないよな」
流が店を指す。
道端で男が口から炎を吹き出している。
それを大勢の人間が取り囲んで歓声を上げていた。
「あの人は大道芸人」
水緒はそう言ってから道端に並んでいる露店を指した。
「あれは夏の間だけ出てるお店。夕涼みに来た人が立ち寄るためのお店だよ」
「帰り道は分かっているだろうが、はぐれるなよ」
桐崎がそう言ったが水緒はずっと流の袖の袂を掴んでいる。
少なくとも水緒と流がはぐれる心配はないだろう。
大川端は人で一杯だった。
川には船が何艘も浮かんでいる。
屋形船と言うらしい。
「そろそろだな」
桐崎がそう言った時、聞いた事のない音がした。
空を見上げると何かが爆発して炎が四方に飛び散った。
「た~まや~!」
誰かが叫んだ。
次々と花火が打ち上がり、その度に誰かが「たまや」だの「かぎや」だのと叫ぶ。
夜空に炎の花が咲く度に辺りが明るくなる。
確かに音はすごい。
「綺麗だね」
空を見上げながら水緒が言った。
夜空に咲いた花火に水緒の顔が照らされる。
流がその顔に見蕩れていると、不意に水緒が辺りを見回した。
「あれ? おじ様は?」
周りを見回したがどこにもいない。
言った当人がはぐれたらしい。
「大人なんだし、一人で帰れるだろ」
擦れ違い様に流の財布を掏ろうとした男の腕を捻り上げながら言った。
流は痛みに顔を顰めている男から財布を取り返すと手を放した。
掏摸が逃げていく。
「掏摸が多いな。気を付けろよ」
「うん」
「何か食ってくか?」
「そうだね。流ちゃんは何か食べたいものある?」
「いや、どんなものがあるか分からないから」
「そっか。あ、あそこのお店、前に食べたとき美味しかったよ」
水緒が露店の一つを指した。
「じゃあ、あそこにしよう」
流は水緒を促すとその店に向かった。
翌日の昼、
「流ちゃん、どうしたの?」
水緒が、後に随いて外に出ようとした流に気付いて訊ねてきた。
そうか……。
昨日までは昔の話をするために一緒に行っていたがそれはもう終わってしまった。
桐崎が流と水緒が一緒にいることを心良く思っていないようだから理由も無しに随いていくわけにはいかないようだ。
だが誰かが送り迎えしなければ危ないのではないだろうか。
流が一緒ではなかった数日間は無事だったようだが女が男達に絡まれているのは何度も目にした。
正直あの数日間、よく水緒に何事もなかったと思うくらいだ。
「まだ聞きたいことがあるから」
「そう、いいよ、何?」
水緒はそう言って歩き出した。
「その……人間のこととか色々。あれが何かとか他にも……」
流は適当に指を指した。
実際にどれも名前も知らないし、なんなのかも分からないものだらけだから質問のネタには困らない。
「あれはね……」
水緒が説明を始める。
水茶屋に着くまで説明が終わる度に適当にその辺の物を指していった。
水緒は嫌な顔一つせずに丁寧に説明してくれた。
たまに水緒も知らないものもあったが、水緒が「分からない」と言った時は「なら師匠に聞く」と言って別のものを指した。
毎日、行き帰りが同じ道なのでほんの数日で道端のものはほとんど聞いてしまったが、江戸には色んな職業があって初めて見るようなものを背負っている人間とよくすれ違う。
大抵は行商なのだが、中には杣(樵)とか大道搗きなどもいる。
大道搗きは家々を回って玄米を精米する職業だから行商と言えば行商だが。
とはいえそのうち知らない職業も無くなりそうだから新しい質問を考えておく必要がある。
ある日、水緒の水茶屋の側まで行った時、茶碗が割れる音と何人かの女の悲鳴、それに男の怒声が聞こえてきた。
水緒の店だ!
流が店に駆け込むと破落戸が暴れていた。
「ちょっと可愛いからって調子に乗りやがって」
男の一人がそう言って茶碗を床に叩き付けた。
「こっちに来いって言ってんだろうが!」
立ち竦んでいる水緒に男が手を伸ばす。
「よしなよ!」
他の女が止めようと声を上げる。
「すっこんでろ!」
男が女を突き飛ばそうとした腕を流が掴む。
女の直前で男の手が止まった。
「なんだ手前……」
最後まで言い終える前に男を店の外に投げ出した。
「貴様……!」
殴り掛かってきた男の拳を避けると顔面に拳を叩き込む。
別の男の鳩尾に拳を叩き込み、更に別の男の着物を掴むと店の外に放り出す。
店の中に倒れた男達も着物を掴んで次々と入口の外に投げ飛ばした。
男達がいなくなると店の女達や客達が一斉に歓声を上げた。
「流ちゃん、ありがとう」
「ホント、助かったよ」
他の女達も次々と礼を口にする。
「水緒が世話になってるからな」
流がそう言った途端、周りの人間達がどよめいた。
「まぁ!」
「水緒ちゃんはホントいい人捕まえたねぇ!」
水緒が真っ赤になって俯く。
最初、何かマズいことを言ってしまったのかと思ったが、別にそう言うわけではなさそうだ。
「新しい錦絵が出たし、客は減ると思ってたんだけどねぇ」
女が溜息を吐いた。
錦絵……?
「向こうに流れたお客さんも大勢いるんだけど……」
別の女が答える。
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