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第三章
第三章 第三話
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人混みを抜け二人は人気のない路地に入った。
その路地を抜けた先の空き地の隅に他の木々に紛れて小さな桜が一本だけ生えている。
ここは二人だけの花見の場所だ。
初めて水緒と二人だけで花見に来た時、道に迷って入り込んだのがここだった。
何とか上野への道を探そうと地図と首っ引きになっている流に、
「流ちゃん、ここでいいよ。桜、ちゃんと咲いてるよ」
と言った。
「たった一本、それもこんな小さい木だぞ」
「大きくても小さくても桜は桜だよ。私にとっての流ちゃんと同じ」
水緒はそう言って微笑んだ。
それは流にとっての水緒も同じだった。
「ね、ここを二人だけのお花見の場所にしよう。ここなら静かに見られるし」
「水緒がそれでいいなら」
確かに水緒しかいない場所なら気を張り詰めている必要がないから流としても異存はない。
それ以来、二人は毎年ここへ来ている。
「この木、大きくなってきたね」
「そうだな」
「あのね、私の錦絵を描きたいって言われたの」
水茶屋の看板娘を錦絵に描くことは良くあった。
店の方も宣伝になるので快諾する。
「一枚くれるように頼んだの。流ちゃん、貰ってくれる?」
「ああ」
江戸中から水緒を見に男どもが集まるのかと思うと不愉快だが引き受けてしまったのなら仕方ない
流が辺りを見回した時、桜の背後の崖の上に白い花が咲いてるのが見えた。
白い色が水緒の純粋さを、風に揺れる姿がか弱さを表しているように思えた。
流は崖に取り付いて上った。
「流ちゃん?」
流が花を取った途端、足場にしていた石が外れて転がり落ちてしまった。
「流ちゃん、大丈夫!?」
水緒が慌てて駆け寄ってきた。
「これ」
流は花を水緒に差し出した。
「私に? 有難う。流ちゃんからの贈り物なんて嬉しい」
水緒が本当に嬉しそうな笑顔で言った。
あまりの喜びように流の方が戸惑った。
「雑草だぞ。そんなに喜ぶほどのものか?」
「雑草じゃないよ。流ちゃんがくれたお花」
水緒が花を愛おしそうに見た。
思わず花に嫉妬しそうになるほどに。
「可愛いお花」
水緒が匂いを嗅ぐように花を近付けた。
「とっても綺麗だね」
水緒がまぶしいほどの笑顔で言った。
そんなに喜ぶなら簪とか櫛とか、もっと高価な物にすれば良かった。
「ね、帰ろう」
「え? もう?」
「早く帰ってこのお花に水あげないと、しおれちゃうから」
水緒は花を大事そうに胸に抱えて帰った。
「ただいま帰りました」
二人が入って行くと奥から桐崎が出てきた。
「早かったではないか」
「おじ様、見て下さい。これ、流ちゃんがくれたんです」
水緒はそう言って桐崎に花を見せた。
「ほぉ、まるで水緒のような花だな」
「ホント?」
水緒がくすぐったそうに笑う。
「早くお水に入れなくちゃ枯れちゃう」
そう言うと湯飲みを出してきて水を汲み、そこに花を生けた。
「このお花、何日くらい持つかな。ねぇ、おじ様、枯れないようにする方法はないですか?」
「あるぞ」
「ホント!?」
桐崎は紙を出してくると、
「ここに置きなさい」
と言った。
水緒が言われたとおりにすると、その花を紙で挟んで床に置きその上に本を載せた。
「おじ様、お花が潰れちゃう」
「潰すのだ。そして乾かすと枯れなくなる」
それは枯れるからだろ。
と思ったが黙っていた。
流は自分の部屋へ入ると持っている金を全部出して数えた。
桐崎から小遣いを貰っているし、それとは別に化物討伐を手伝えば手伝い料をくれるが使うことは殆どない。
せいぜい水緒を迎えに行った帰りに冷や水売りや心太などを買い食いするのに使うくらいだ。
「流、明日の討伐のことなんだがな……」
流が金を数えていると桐崎が入ってきた。
「なんだ流、結構持ってるじゃないか」
「そうなのか? 櫛か簪は買えるか?」
流は桐崎を見上げた。
「櫛? 簪? 水緒がねだったのか?」
「水緒は欲しがらない。ただ、あんな花一つですごく喜んでたから、あんなものよりもっといい櫛とか簪とか……」
「分かっとらんな。そんなんでは櫛や簪を買っても無駄だ」
「どういうことだ」
「自分で考えろ。分かるまではせいぜい金を貯めておけ」
桐崎はそう言うと翌日の討伐の話をして出ていった。
数日後、桐崎が本の下から花を挟んだ紙を取り出した。
水緒に紙を開いて見せた。
「これでもう枯れないぞ」
「有難う御座います。これならいつも持って歩けます」
水緒は花を挟んだ紙を大事そうに手拭いに挟んで懐に入れた。
ある日、流と水緒は桐崎に呼ばれた。
床の間を背にした桐崎の向かいに流と水緒が並んで座る。
「実はな、お前達に縁組みの話が来た」
「お前達ってどういうことだ?」
「流には養子縁組、水緒は縁談だ」
「それぞれ別ってことか?」
「うむ」
桐崎が頷いて流と水緒の様子を窺うように見ていた。
「断る」
流は速攻で突っぱねた。
「ま、お前はどちらにしろいかれないがな。人間の姿をしているといっても鬼だ」
「おじ様、流ちゃんは最可族……」
「鬼でいい」
流自身、保科に会うまでは鬼だと思っていたのだ。
最可族と言われるより鬼と言われた方がしっくりくる。
「生まれた子も半分は鬼の血を引くことになるからな。下手な家に養子に出すわけにはいかん」
だったら最初から聞くなよ、と思ったが黙っていた。
「おじ様、それ、受けないとこの家にいられないの?」
「いやいや、縁談というのは嫁に行くと言うことだから受けたらこの家から出ていくことになる」
「私、流ちゃんと離れたくない。断ったらダメですか?」
「断れないならこの家にいることはない。水緒、出ていこう」
「待て待て。お前達に来た話だから一応話しただけで断れないとは言ってない。嫌なら断るからいいんだ。今の話は忘れてくれ」
桐崎は急いで言うと、この話を打ち切った。
その路地を抜けた先の空き地の隅に他の木々に紛れて小さな桜が一本だけ生えている。
ここは二人だけの花見の場所だ。
初めて水緒と二人だけで花見に来た時、道に迷って入り込んだのがここだった。
何とか上野への道を探そうと地図と首っ引きになっている流に、
「流ちゃん、ここでいいよ。桜、ちゃんと咲いてるよ」
と言った。
「たった一本、それもこんな小さい木だぞ」
「大きくても小さくても桜は桜だよ。私にとっての流ちゃんと同じ」
水緒はそう言って微笑んだ。
それは流にとっての水緒も同じだった。
「ね、ここを二人だけのお花見の場所にしよう。ここなら静かに見られるし」
「水緒がそれでいいなら」
確かに水緒しかいない場所なら気を張り詰めている必要がないから流としても異存はない。
それ以来、二人は毎年ここへ来ている。
「この木、大きくなってきたね」
「そうだな」
「あのね、私の錦絵を描きたいって言われたの」
水茶屋の看板娘を錦絵に描くことは良くあった。
店の方も宣伝になるので快諾する。
「一枚くれるように頼んだの。流ちゃん、貰ってくれる?」
「ああ」
江戸中から水緒を見に男どもが集まるのかと思うと不愉快だが引き受けてしまったのなら仕方ない
流が辺りを見回した時、桜の背後の崖の上に白い花が咲いてるのが見えた。
白い色が水緒の純粋さを、風に揺れる姿がか弱さを表しているように思えた。
流は崖に取り付いて上った。
「流ちゃん?」
流が花を取った途端、足場にしていた石が外れて転がり落ちてしまった。
「流ちゃん、大丈夫!?」
水緒が慌てて駆け寄ってきた。
「これ」
流は花を水緒に差し出した。
「私に? 有難う。流ちゃんからの贈り物なんて嬉しい」
水緒が本当に嬉しそうな笑顔で言った。
あまりの喜びように流の方が戸惑った。
「雑草だぞ。そんなに喜ぶほどのものか?」
「雑草じゃないよ。流ちゃんがくれたお花」
水緒が花を愛おしそうに見た。
思わず花に嫉妬しそうになるほどに。
「可愛いお花」
水緒が匂いを嗅ぐように花を近付けた。
「とっても綺麗だね」
水緒がまぶしいほどの笑顔で言った。
そんなに喜ぶなら簪とか櫛とか、もっと高価な物にすれば良かった。
「ね、帰ろう」
「え? もう?」
「早く帰ってこのお花に水あげないと、しおれちゃうから」
水緒は花を大事そうに胸に抱えて帰った。
「ただいま帰りました」
二人が入って行くと奥から桐崎が出てきた。
「早かったではないか」
「おじ様、見て下さい。これ、流ちゃんがくれたんです」
水緒はそう言って桐崎に花を見せた。
「ほぉ、まるで水緒のような花だな」
「ホント?」
水緒がくすぐったそうに笑う。
「早くお水に入れなくちゃ枯れちゃう」
そう言うと湯飲みを出してきて水を汲み、そこに花を生けた。
「このお花、何日くらい持つかな。ねぇ、おじ様、枯れないようにする方法はないですか?」
「あるぞ」
「ホント!?」
桐崎は紙を出してくると、
「ここに置きなさい」
と言った。
水緒が言われたとおりにすると、その花を紙で挟んで床に置きその上に本を載せた。
「おじ様、お花が潰れちゃう」
「潰すのだ。そして乾かすと枯れなくなる」
それは枯れるからだろ。
と思ったが黙っていた。
流は自分の部屋へ入ると持っている金を全部出して数えた。
桐崎から小遣いを貰っているし、それとは別に化物討伐を手伝えば手伝い料をくれるが使うことは殆どない。
せいぜい水緒を迎えに行った帰りに冷や水売りや心太などを買い食いするのに使うくらいだ。
「流、明日の討伐のことなんだがな……」
流が金を数えていると桐崎が入ってきた。
「なんだ流、結構持ってるじゃないか」
「そうなのか? 櫛か簪は買えるか?」
流は桐崎を見上げた。
「櫛? 簪? 水緒がねだったのか?」
「水緒は欲しがらない。ただ、あんな花一つですごく喜んでたから、あんなものよりもっといい櫛とか簪とか……」
「分かっとらんな。そんなんでは櫛や簪を買っても無駄だ」
「どういうことだ」
「自分で考えろ。分かるまではせいぜい金を貯めておけ」
桐崎はそう言うと翌日の討伐の話をして出ていった。
数日後、桐崎が本の下から花を挟んだ紙を取り出した。
水緒に紙を開いて見せた。
「これでもう枯れないぞ」
「有難う御座います。これならいつも持って歩けます」
水緒は花を挟んだ紙を大事そうに手拭いに挟んで懐に入れた。
ある日、流と水緒は桐崎に呼ばれた。
床の間を背にした桐崎の向かいに流と水緒が並んで座る。
「実はな、お前達に縁組みの話が来た」
「お前達ってどういうことだ?」
「流には養子縁組、水緒は縁談だ」
「それぞれ別ってことか?」
「うむ」
桐崎が頷いて流と水緒の様子を窺うように見ていた。
「断る」
流は速攻で突っぱねた。
「ま、お前はどちらにしろいかれないがな。人間の姿をしているといっても鬼だ」
「おじ様、流ちゃんは最可族……」
「鬼でいい」
流自身、保科に会うまでは鬼だと思っていたのだ。
最可族と言われるより鬼と言われた方がしっくりくる。
「生まれた子も半分は鬼の血を引くことになるからな。下手な家に養子に出すわけにはいかん」
だったら最初から聞くなよ、と思ったが黙っていた。
「おじ様、それ、受けないとこの家にいられないの?」
「いやいや、縁談というのは嫁に行くと言うことだから受けたらこの家から出ていくことになる」
「私、流ちゃんと離れたくない。断ったらダメですか?」
「断れないならこの家にいることはない。水緒、出ていこう」
「待て待て。お前達に来た話だから一応話しただけで断れないとは言ってない。嫌なら断るからいいんだ。今の話は忘れてくれ」
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