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第六章 計略と罠と
第一話
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人間達は相変わらず狩猟採集が中心だった。
森の中で少女が落ちている木の実を拾っては籠に入れていた。
ドングリを掴んだ少女が此方を向いた。
目が合うと少女は微笑み掛けてきた。
此の少女は〝見える〟様だ。
少女は目の前に来てしゃがむとドングリを差し出した。
「食べる?」
信じられない思いで少女を見上げた。
幾ら食料に困ってないと言っても家畜でもない動物に食料を遣るほど余裕がある訳でもないだろうに。
「あ、木の実は食べられないのかな」
牙を見て肉食動物だと思った様だ。
だが差し出されたドングリを食べると少女は嬉しそうに微笑った。
「もっと食べる?」
飼い慣らした所で役に立たない動物に食料を与えるなんて如何かしているのではないか。
呆れて少女を見上げると背を向けて其の場から離れた。
「あ……」
少女は肩を落とすと木の実を籠に戻した。
翌日も少女は木の実を拾いに来ていた。
「あ、昨日の子だよね」
少女は此方に気付くと近寄ってきて籠を置き、腰に下げた袋の中から焼いた肉を取り出して差し出してきた。
「お肉、取っておいたの」
村で飼っている犬にでも遣れば良いのに。
其でも此の少女は自分が肉を喰えば喜ぶだろうと言う事は想像が付いた。
呆れつつも少女の掌に載った肉を食うと予想通り嬉しそうに微笑った。
ふと以前の少女を思い出した。
彼の少女も〝見えた〟
そう言えば彼から大分時間が経った。
彼の少女が生まれ変わって此くらいに成長していてもおかしくない。
馬鹿な人間は何度生まれ変わっても馬鹿なままらしい。
けれど自分を抱き上げた腕はとても柔らかくて温かかった。
人間には食い物だけではなく、何かを抱き締めた時の此の温もりも必要なのかもしれない。
少なくとも此の人間には。
其の考えは正しかった様で数年後、自分の子供を抱いている時はとても幸せそうにしていた。
子供が出来たからもう会いには来ないだろうと思っていたが予想は外れ、良く肉を持っては会いにきた。
此の人間は村の者が困っていると仕事を手伝ったりケガや病で寝込んでいる者の看病をしたりしていた。
其の所為で他の人間に良い様に使われたりもしていたが嫌な顔一つせずに押し付けられた仕事をしていた。
此の人間の馬鹿さ加減には呆れるばかりだ。
年月が経ち、徐々に会いに来る間隔が空く様に成った。
年老いて自由に歩き回れなくなったのだ。
暫く会いに来ない日が続いたので様子を見に行くと家の中で横たわっていた。
一目で長くないのは分かった。
覗き込んだ自分に気付くと、人間の顔の筋肉が微かに動いた。
自分が差し出されたものを食べた時の、彼の嬉しそうな微笑みを浮かべたのだ。
もう表情を変える力さえ残ってないのだ。
明日の朝まで保たないだろう。
村から出た所で討伐員が立ちはだかった。
「手前ぇを捕まえる為に人間界来てんじゃねぇんだぞ!」
彼の人間が自分を探しに来る事はもう無い。
暫く異界で大人しくしていれば上の者も気が済むだろう。
六花が一人で廊下を歩いているとクラスの女子が向かいから歩いてきた。
擦れ違う瞬間、足を掛けられ六花は転んだ。
周囲から笑い声が上がる。
「やだ、みっともな~い」
「どんくさ~い」
「ホントホント」
石川の言葉に同調する言葉が続く。
六花は恥ずかしさを堪えて急いで立ち上がると足早にその場から離れた。
貞光は異界と人間界との次元の境に空いた穴を塞ぐと、
「終わったぞ」
と言った。
「此方は特に異常ないな」
スマホから金時の声が聞こえてきた。
「そろそろ引き上げるか」
「そうだな」
貞光と季武は一緒に歩き始めた。
「季武」
スマホから綱の声が聞こえた。
「何だ」
「お前、未だ六花ちゃんに告白してないって?」
「え!? 本当か!?」
「嘘だろ!」
「六花にはしてない」
「六花ちゃんにはじゃねぇだろ! 人間には前世の記憶が無ぇんだから毎回必要なんだよ!」
「付き合ってないのに毎日弁当作らせてたのかよ!」
「弁当だけじゃないぞ。俺達の食事も作って貰ってんだぞ」
綱が言った。
「何か不味いか?」
「六花ちゃんの恋心を利用して良いように使ってるって事に成るだろうが!」
「恋心って……六花も俺を好きなら問題ないだろ」
「六花ちゃんは好かれてると思ってないのが問題なんじゃん!」
綱が大声で叱り付けた。
「え、六花ちゃん、季武の気持ち知らないのか?」
「あんだけベタベタしてて其はねぇだろ」
「五馬ちゃんが、六花ちゃんに付き合ってるか聞いたらはっきり否定したって」
「両想いなら別に……」
「両想いじゃねぇだろ!」
「告白してないなら付き合ってないって事だろ!」
「六花ちゃん、今フリーって事じゃん。他の男に告白された時、其奴選んでも文句言えないんだぞ」
綱の言葉に季武が息を飲んだ。
「好意的な気持ちははっきり口に出せって何時も言ってるじゃん!」
「お前はイナちゃんに甘え過ぎだ!」
「なんで毎回そうなんだよ! 好い加減覚えろ!」
三人から集中砲火を浴びた季武が黙り込んだ。
異界の者に羞恥心は無い。
だから「好きだ」と言うのが恥ずかしい訳ではない。
言うのは簡単だ。
問題はそれ以外の言葉だ。
六花に訊かれた質問に答えるのは簡単なのだが自発的に言う場合、人間を傷付けてしまう言葉とそうではない言葉の区別が付かない。
同じ言葉でも状況などで傷付くかどうかが変わるとなると尚更だ。
イナ以外の人間なら傷付いた所でなんとも思わないが、そもそも季武は他の人間とは話さない。
イナを悲しませたくないが、どんな言葉で傷付くのかが分からない。
それでつい口が重くなる。
イナは昔の話が好きだから質問に答えてやると喜ぶ。
それでいつも昔話ばかりしていた。
黙り込んでしまった季武に金時達は溜息を吐いた。
森の中で少女が落ちている木の実を拾っては籠に入れていた。
ドングリを掴んだ少女が此方を向いた。
目が合うと少女は微笑み掛けてきた。
此の少女は〝見える〟様だ。
少女は目の前に来てしゃがむとドングリを差し出した。
「食べる?」
信じられない思いで少女を見上げた。
幾ら食料に困ってないと言っても家畜でもない動物に食料を遣るほど余裕がある訳でもないだろうに。
「あ、木の実は食べられないのかな」
牙を見て肉食動物だと思った様だ。
だが差し出されたドングリを食べると少女は嬉しそうに微笑った。
「もっと食べる?」
飼い慣らした所で役に立たない動物に食料を与えるなんて如何かしているのではないか。
呆れて少女を見上げると背を向けて其の場から離れた。
「あ……」
少女は肩を落とすと木の実を籠に戻した。
翌日も少女は木の実を拾いに来ていた。
「あ、昨日の子だよね」
少女は此方に気付くと近寄ってきて籠を置き、腰に下げた袋の中から焼いた肉を取り出して差し出してきた。
「お肉、取っておいたの」
村で飼っている犬にでも遣れば良いのに。
其でも此の少女は自分が肉を喰えば喜ぶだろうと言う事は想像が付いた。
呆れつつも少女の掌に載った肉を食うと予想通り嬉しそうに微笑った。
ふと以前の少女を思い出した。
彼の少女も〝見えた〟
そう言えば彼から大分時間が経った。
彼の少女が生まれ変わって此くらいに成長していてもおかしくない。
馬鹿な人間は何度生まれ変わっても馬鹿なままらしい。
けれど自分を抱き上げた腕はとても柔らかくて温かかった。
人間には食い物だけではなく、何かを抱き締めた時の此の温もりも必要なのかもしれない。
少なくとも此の人間には。
其の考えは正しかった様で数年後、自分の子供を抱いている時はとても幸せそうにしていた。
子供が出来たからもう会いには来ないだろうと思っていたが予想は外れ、良く肉を持っては会いにきた。
此の人間は村の者が困っていると仕事を手伝ったりケガや病で寝込んでいる者の看病をしたりしていた。
其の所為で他の人間に良い様に使われたりもしていたが嫌な顔一つせずに押し付けられた仕事をしていた。
此の人間の馬鹿さ加減には呆れるばかりだ。
年月が経ち、徐々に会いに来る間隔が空く様に成った。
年老いて自由に歩き回れなくなったのだ。
暫く会いに来ない日が続いたので様子を見に行くと家の中で横たわっていた。
一目で長くないのは分かった。
覗き込んだ自分に気付くと、人間の顔の筋肉が微かに動いた。
自分が差し出されたものを食べた時の、彼の嬉しそうな微笑みを浮かべたのだ。
もう表情を変える力さえ残ってないのだ。
明日の朝まで保たないだろう。
村から出た所で討伐員が立ちはだかった。
「手前ぇを捕まえる為に人間界来てんじゃねぇんだぞ!」
彼の人間が自分を探しに来る事はもう無い。
暫く異界で大人しくしていれば上の者も気が済むだろう。
六花が一人で廊下を歩いているとクラスの女子が向かいから歩いてきた。
擦れ違う瞬間、足を掛けられ六花は転んだ。
周囲から笑い声が上がる。
「やだ、みっともな~い」
「どんくさ~い」
「ホントホント」
石川の言葉に同調する言葉が続く。
六花は恥ずかしさを堪えて急いで立ち上がると足早にその場から離れた。
貞光は異界と人間界との次元の境に空いた穴を塞ぐと、
「終わったぞ」
と言った。
「此方は特に異常ないな」
スマホから金時の声が聞こえてきた。
「そろそろ引き上げるか」
「そうだな」
貞光と季武は一緒に歩き始めた。
「季武」
スマホから綱の声が聞こえた。
「何だ」
「お前、未だ六花ちゃんに告白してないって?」
「え!? 本当か!?」
「嘘だろ!」
「六花にはしてない」
「六花ちゃんにはじゃねぇだろ! 人間には前世の記憶が無ぇんだから毎回必要なんだよ!」
「付き合ってないのに毎日弁当作らせてたのかよ!」
「弁当だけじゃないぞ。俺達の食事も作って貰ってんだぞ」
綱が言った。
「何か不味いか?」
「六花ちゃんの恋心を利用して良いように使ってるって事に成るだろうが!」
「恋心って……六花も俺を好きなら問題ないだろ」
「六花ちゃんは好かれてると思ってないのが問題なんじゃん!」
綱が大声で叱り付けた。
「え、六花ちゃん、季武の気持ち知らないのか?」
「あんだけベタベタしてて其はねぇだろ」
「五馬ちゃんが、六花ちゃんに付き合ってるか聞いたらはっきり否定したって」
「両想いなら別に……」
「両想いじゃねぇだろ!」
「告白してないなら付き合ってないって事だろ!」
「六花ちゃん、今フリーって事じゃん。他の男に告白された時、其奴選んでも文句言えないんだぞ」
綱の言葉に季武が息を飲んだ。
「好意的な気持ちははっきり口に出せって何時も言ってるじゃん!」
「お前はイナちゃんに甘え過ぎだ!」
「なんで毎回そうなんだよ! 好い加減覚えろ!」
三人から集中砲火を浴びた季武が黙り込んだ。
異界の者に羞恥心は無い。
だから「好きだ」と言うのが恥ずかしい訳ではない。
言うのは簡単だ。
問題はそれ以外の言葉だ。
六花に訊かれた質問に答えるのは簡単なのだが自発的に言う場合、人間を傷付けてしまう言葉とそうではない言葉の区別が付かない。
同じ言葉でも状況などで傷付くかどうかが変わるとなると尚更だ。
イナ以外の人間なら傷付いた所でなんとも思わないが、そもそも季武は他の人間とは話さない。
イナを悲しませたくないが、どんな言葉で傷付くのかが分からない。
それでつい口が重くなる。
イナは昔の話が好きだから質問に答えてやると喜ぶ。
それでいつも昔話ばかりしていた。
黙り込んでしまった季武に金時達は溜息を吐いた。
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